山海関市の歴史
中華民国との関係
満洲帝國の南西部に位置する熱河省は満洲帝國と中華民国の境を形成する省である。その中でも、山海関(県級)市は、第二次満洲事変とも称される、満洲独立戦争・満華戦争の際の講和条約で満華国境をこの山海関の城壁を境としたことから国境の町として位置づけられ、中華民国軍の報復戦を意識した最前線を形成している。かつては、陸軍一個師団、一個機甲師団、空軍の二個航空師団を張り付かせ、山海関市の郊外にその師団司令部を配置し、対空陣地、対空レーダー施設などでハリネズミのような武装を施していた。
中華民国の報復戦の最大の警戒は2回訪れた。一回目は、康徳34年(西暦1967年)のことである。当時の満洲帝國皇帝、康徳帝崩御のX-DAYが迫らんとしてた頃、日本の天皇が満洲帝國皇帝として即位し、日本との間に同君連合が形成されるという情報が周辺国への観測気球として流れ出した頃である。大日本帝国による再びの中華大陸への領土拡大であると中華民国国内で動揺が広がっていた。日本による中国支配を許すなという中国国内の運動は中華民国首都南京の総統府、駐華日本公使館・駐華満洲公使館前で大きなデモ運動として起こっていた。中華民国側の満洲との国境の町、秦皇島市でもこのデモ運動はおこっており、日に連れて声が大きくなっていった。
スイスのジュネーブで開かれた国際連盟緊急理事会及び英国をはじめとする欧州列強との間での妥協により成立した大東亜共栄圏の緊急外相会合では、日満の政府関係者から、今回の同君連合が、オーストリア=ハンガリー帝国のような物的同君連合による大日本帝国の領土拡大を目的としたものではなく、イギリス帝国のような人的同君連合の体制であることが強調され、同君連合の成立は康徳帝の意思であることもまた強調した上での説明が行われた。当時の日本国佐藤栄作内閣は、日本国政府は満洲国政府に対して優越的地位にはなく、いかなる指導的権限をも保有しないことを閣議決定して公表した。日本国帝國議会両院及び枢密院も同様の院議を決議し、それを公表した。こうして第一回の警戒は下火となった。
二回目の危機は、昭徳18年(西暦1984年)に訪れた。オーストリア、ドイツ、ロシアの三国によって行われた「ポーランド解体」は、二重帝国へのテロ行為を繰り返すポーランドへの懲罰と三国による失地回復を謳ったものであった。これを中華民国本土では、失われた満洲の回復に結びつける動きに繋がった。
三カ国の軍隊が欧州で作戦を展開する。欧州が緊張に包まれる中、万一の事態を防止せんとして国際連盟常任理事国である日本国も欧州派遣軍を緊急編組した。英国に交換駐留していた日本軍が緊急展開するとともに、シベリア鉄道を経由して、朝鮮半島の二個師団が緊急派遣された。朝鮮半島の日本軍が欧州へ向けて緊急展開する報に過剰反応した中華民国軍が部分動員を発動すると、満洲国軍も5個師団に即応待機の命令が出された。二個師団の穴を埋めるべく、そして突如発生した軍事緊張を抑圧せんと九州と本州から各一個師団が関東軍の指揮下に異動し、関東軍司令部のある大連へと緊急展開した。
極東も緊張に襲われたが、大東亜共栄圏緊急首脳会合が当時議長国であったフィリピン共和国大統領の名の下に招集され、フィリピン、英自治領マライ連邦、タイ王国、仏自治領インドシナ連邦王国、蘭自治領インドネシア王国からなる紛争防止多国籍軍が結成され、他国籍軍の海軍艦艇が山海関市と秦皇島市の領海外に展開し、満華双方に緊張関係を解くように勧告をだした。アメリカ合衆国大統領、次いでロシア皇帝も動員解除に関する勧告を発表するに至り、満華両国は動員令の解除実施を国際放送で宣言した。
動員令解除後も中華民国国内では、軍を緊急展開した日本と日本と同盟関係にある満洲を激しく非難する市民運動が高まりを強め、首都南京の日満公使館周辺は警察による厳重な警備態勢が敷かれていた。そして、8月には、南京城観音門付近でデモ隊と警官隊が衝突し、死者20名余を出す惨事となった。総統府は南京市を戒厳令下に置き、抵抗勢力を激しく弾圧した。9月18日のポーランド中央政府の降伏後は、国際社会の緊張も解け、中華民国内も落ち着きを取り戻した。
この2回の緊張の後、日本国と満洲国は、中華民国との間に特命全権大使を交換することで合意し、融和ムードを高めることに注力した。興信10年(西暦1998年)には、山海関市に駐屯していた一個航空師団の後方配備を発表し、興信20年(西暦2008年)には歩兵師団と機甲師団の司令部と一部部隊の後方配備を実現し、満洲帝國政府は中華民国との融和ムードの継続をしている。
(配信日:興信26年12月1日)
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「ゼロ回答ですか・・・。そろそろ、誠意を見せていただきたいものですがねえ。」
呆れながら言葉を発する満洲帝國陸軍第三師団長黄信貴陸軍中将は、机の向かい側に座る男に話しかける。男の目の前には、来客用のお茶が置かれてはいるが、容れられた容器は紙コップであり、決して歓迎されているわけではないことがうかがえる。
「私としても貴軍には何度でも善処を要求すると言い続けなければならない事情があるのだ。貴軍の正体は満洲帝国陸軍などではなく、リーム王国軍であること。我がクーズ統治機構軍と貴軍との間に交戦は一切なかったこと。我がパーパルディア皇国の人間がマオ王国やトーパ王国に向かう際には無制限で通行を許可すること。これらの要求を貴国政府に伝え、貴国がリーム王国として返答すること。クーズ辺境伯領の統治機構長である、エアハルト・ラルス・クーズ・フォン・ブランゲンベルグ閣下からの要求です。この際貴国の正体については二の次だ。貴国がリーム王国として振る舞うことを要求する。」
満洲国側の軍人たちはうんざりした顔でパーパルディア皇国人の顔を見る。
「3月の終わりに我々に接触してきてから、もう11回目だ。同じことを何度も何度も、壊れたスピーカーのように。経歴詐称は貴国では罪ではないのですかね。」
第三師団参謀長は、眼鏡を中指でずり上げながら皮肉めいた口調ではなしかける。すると、皇国人は鼻で笑ったような声を出して回答した。
「私も何度目の話か分からないが、貴国の国内法などどうでもよいことだ。パーパルディア皇国クーズ辺境伯の要求は、リーム王国宮廷も無視できなかった。同じことを同じ場所に存在している貴国に求めているに過ぎない。卿等がこの第三文明圏で生活を続ける以上は、第三文明圏の盟主であるパーパルディア皇国の要求には従ってもらう必要がある。この世界の理を卿等がなぜ無視しつけるのか。」
「だから、我々はリーム王国の人間ではないと、それこそ何度言えばわかってもらえるのですか。」
「貴国の正体などどうでもよいことなのだ。それがクーズ辺境伯のお考えなのだ。辺境伯の発言は何物にも優先する。そして、それをリーム王国宮廷は受け入れてきた。それがこの周辺地域の現実なのだ。」
第三師団参謀長の反発に対して、皇国人はかたくなな態度で否定する。ここ数か月の第三師団司令部要員と皇国人との間で繰り返されてきた不毛なやり取りである。
部屋の空気は冷たく、硬く緊張している。両者ともに険悪な関係が続きつつも、第三師団司令部要員は国務院及び幕僚総監部就中統帥本部からのパーパルディア皇国人との接触を続けるようにとの命令を受けてこうしてひと月に数回の頻度で同じやり取りを繰り返している。
「そろそろある程度本音で話してはもらえませんかねえ、バルチュ本部長。貴方だって、これまで同じことを何度も何度も我々に話しかけては帰り、また来て同じこと話しかけては帰りのの繰り返しでは、詰まらんでしょう。我々もうんざりですよ。この不毛なやり取りがこれ以上継続するのは。」
顔の前で両手を組み、手を顎に乗せて話しかける黄師団長であるが、パーパルディア皇国人の顔は固い。パーパルディア皇国人の名前は、ハーロルト・バルチュ。クーズ統治機構本部長の職に在る。
パーパルディア皇国内務省の外局である臣民統治機構は、各属領ごとに分局として地方領名を冠した統治機構を設置している。クーズ統治機構は、パーパルディア皇国の属領であるクーズ王国を統治する地方組織である。属領であるとはいえ、王国と名乗るからには国王が存在する。この場合二つの種類が存在する。一つは、独立国家であった国が皇国の要求に従って皇国に服属した場合である。この場合は、統治機構が国王の上位に位置し、統治機構長が国王を従える場合であり、統治機構長は皇帝が兼任し、総督を名乗る。そして、臣民統治機構の役人が代官として派遣される。もう一つは、独立国家であった国が皇国に攻め滅ぼされたり、国王が廃位となった場合である、この場合は、パーパルディア皇国皇帝が当該国の王位を兼任し、統治機構はその下部組織として統治する。その長には貴族が就任し、封爵されて各属領に赴任する。このとき、臣民統治機構や滅ぼされた王国で政治を行ってきた貴族が統治機構本部長として実際の行政を担任する。
バルチュは、元クーズ王国の宰相の地位にあった者で王国が滅ぼされた際に、国王一家の助命を条件にパーパルディア皇国に服属し、伯爵の地位を返上した。パーパルディア皇国から領地を持たない准男爵の地位に任じられたうえで、クーズ統治機構本部長の地位を得て、属領の統治を助けている存在である。己が下手を動けば、クーズ辺境伯領領都で幽閉されている元国王一家の命が危ない。バルチュとしては、クーズ辺境伯の言葉に逆らえないのである。眉間にしわをゆがませて、バルチュは声を絞り出した。
「・・・本音も何も、クーズ辺境伯のお言葉が最優先なのです。」
「だが、貴方は我が国の正体など二の次であるとおっしゃった。それはつまり、我が国がリーム王国とやらではないということを認識しているということだ。これまであなた方が被った損害はリーム王国とやらの軍備で可能なのでしょうか。そうではないでしょう。だからこそ、我が国がリーム王国とやらではないということを貴方は辺境伯に説くべきではありませぬか。間違った理解からは間違った答えしか生まれないでしょう。」
「・・・。」
黄師団長の言葉にバルチュは黙った。実際、1月15日に日満両国が転移して以降、満パ国境では複数回の軍事衝突が発生した。突如現れた長城線に驚いたクーズ統治機構軍は、わけもわからぬ状態で攻撃を開始した。満洲国側はギリギリまで戦闘を控えていたが、飛来してきたワイバーンが空軍の対空レーダーと電波塔に対して導力火炎弾を発射し、これの破壊を確認した後は直ちに防戦を開始し、飛来してきたワイバーン20騎を瞬く間に撃墜した。長城線を乗り越えようと攻撃してきた統治機構軍の歩兵にも百名ほどの損害を与えた。それ以降も散発した攻撃が続き、ワイバーンの撃墜総数は45騎にも及ぶ。
だが、これらの損害はクーズ辺境伯によって事実が歪曲された。飛行中に突風が発生した事故、急病死、竜舎兵舎に落雷や火災が発生、川の増水に巻き込まれたなどの原因によってワイバーンや兵が予想外に死亡したという報告書が作成され、臣民統治機構に届けられた。ご丁寧にワイバーンの補充を要請するという言葉も添えてである。ワイバーンの損害数だけは過少申告できなかったが、兵の損害は一部が隠匿されたうえで過少申告もされた。統治機構軍の定員割れについては、書類が偽造されたうえで兵の補充がなされた。
この状況では、クーズ統治機構本部長としての彼に打つ手はなかった。
「・・・何も。・・・クーズ辺境伯が認識されているそれが、すべてだ。我々は今までこうやってきた。そしてこれからも同じである。貴国は、満洲帝国などではなく、リーム王国であること。それ認めるべきなのだ。」
第三司令部要員が溜息を吐く。失望した表情を浮かべる者もいる。うんざりした表情を見せた黄第三師団長は、顔を伏せて言葉を吐いた。
「ゼロ回答は変わりありませんか・・・。もう今日のところはお帰り下さい。」
「・・・次こそは、満足のいく返答を期待する。」
バルチュ本部長は席を立ち、部屋の外へ向かおうと歩き始めた。その表情は暗いものであった。