大日本帝國召喚   作:もなもろ

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東西新聞と帝都新聞があるということはアイツもいる、ということです。


大日本帝国東京都銀座 星ヶ岡茶寮 2675(平成27・2015)年7月10日(金) 午後7時

大日本帝国東京都銀座 星ヶ岡茶寮

 ― 大日本帝国通商産業大臣 田山宏茂

 

 帝都の一等地・銀座に広大な敷地を保有して、営業している星ヶ岡茶寮。政財を始めとする各界の上澄みが集うこの場所。田中先生が御存命のころ、よく連れて行ってもらったことがあるが、この料亭は、亭主である海原雄山(うなばらゆうざん)氏が主宰する「美食倶楽部」の会員となっていなければ、予約することができない。ただし、会員の紹介ということで、会員が非会員を連れて来店することは可能である。私は、会員ではないので、利用することはできなかったが、今日は海原氏の御招待ということで、この場にいる。不可解なのは、この場に厚生大臣の飯島先生がいることだ。そして、空いている座布団が、海原氏の分ともう一人。

 

「田山先生は、今日なぜこちらに?」

「さて、私もよくはわからないのです。秘書が海原氏の秘書の方から連絡を受けて、午後7時に私にご来店を頂きたいということだったようでして。」

「私のところも同じですな。現職の大臣二人を呼んで、海原氏は何をお話になろうというのでしょうか。」

「さて・・・。海原氏はそもそも政治家嫌いで有名です。このようなご招待自体が異例のことですからねえ。」

 

 人が近づいてくる足音が聞こえる。海原氏だろうか。それ以外にも数名の足音も聞こえる。海原氏の秘書だろうか。そんなことを思っていたら、襖が開いて海原雄山、その人が現れた。

 

「お待たせしましたかな。」

「いえ、まだ7時前です。すこし早く来てしまいました。茶寮は久しぶりですので、年甲斐もなく楽しみにしておりましたもので。」

「フフフ。田山先生は最近ご無沙汰でしたからな。まあ、今日はごゆるりと楽しまれたい。」

 

 私に話しかけながら、下座に着座する海原氏。

 

「飯島先生は、当庵には来られたことがおありかな。」

「いえ、何分朝鮮の田舎者故、このような高級な場所には疎いものでして。」

「ほう。どちらの御出身かな。」

「はい。中鮮地方の元山道二区の選出です。」

「まだ、お若いようだが、当選回数は。」

「はい。まだ四回の若輩者です。」

「なるほど。田山先生、確か大臣適齢は当選回数5回が相場と聞いていますが。」

「はい。飯島先生は優秀でしてな。若い時分は京城帝國大学経済学部を首席で卒業され、厚生省に入省。生活衛生局長まで進まれて退官し、地元から出馬して当選して以来の連続当選です。山上総理からの信任も厚く、早くも厚生大臣に推薦されたというわけです。」

「ほう。なかなかどうして。ずいぶんな御活躍ですな。」

「いえいえ、まだまだ若輩者です。」

 

 雑談を行っていたところ、海原氏の秘書の方が現れ、彼に耳打ちをする。もう一人の客人が到着したようで、海原氏は出迎えの為中座した。そして、戻ってきた彼が連れてきたのは、フェン王国の駐日公使であった。

 

「御両所共に顔は御存じでしょうが、直接の面識はないのではないですかな。」

「いかにも。拙者は、フェン王国の駐日公使を拝命しております、ブランド・エモンノカミ・ショウゾウと申します。」

 

 我が方も名を名乗り、会談が始まった。

 

「海原先生。この会合は一体何なのでしょうか。」

 

 この面子のなかでは私が最も海原氏を面識がある。それが為に私が口火を切った。すると、海原氏は不敵な笑みを浮かべて、「中川」と自身の付き人を呼んだ。

 

「フフフ。まずは足を運んでいただいた皆様をおもてなしするのが料亭の亭主としての責務であろう。まずは、一杯の酒を楽しんでいただきたい。」

 

 付き人の方が徳利を持ってきて、我等に酒を注いでいく。よく冷えた酒だ。海原氏が「さあ、お試しあれ。」と勧めてきたので、口に運び、まずは香りを楽しむ。

 ほう。なんという芳醇な香りであろうか。どこか懐かしいような匂いだ。どれ、まずは一献。・・・うむ。きりっと引き締まったようで、しかも米の甘さも残る。うむ。うむ。隣を眺めれば、飯島議員も目を閉じてうっとりとしたような顔をしている。

 

「・・・よい酒ですな、海原先生。」

「ほう、流石は田山先生。かつては茶寮をよくご利用頂けただけはございますな。」

「ええ、角栄先生に連れられてここを訪れたころを思い出しました。」

「フフフ、懐かしいお名前ですな。飯島先生はいかがかな。」

 

 飯島議員は、目を閉じて余韻を楽しんでいたようだが、海原氏の声に驚いたのか、急に早口で話し始めた。

 

「・・・!ええ、わたくし初めて日本酒が美味しいと思いました。」

 

 海原氏は飯島議員の返答を聞くや否やフハハハと笑い出して、さもありなん、さもありなんとご満悦であった。

 

「して、ブランド公使はいかがかな。」

「海原先生。この酒は我が故郷フェンの酒ではありますまいか。味に覚えがあり申す。」

 

 我等大臣二名が驚愕した表情でブランド公使そして海原氏を見る。これが、これがフェンの酒か?いや待て、我等は海原氏から招待を受けた理由はまさか。

 

「ほう、遠き異国の地に居ても故郷の味を忘れざるか。フハハハ。公使閣下はそこらの日本人よりも鋭敏な舌をお持ちのようだ。結構。実に結構だ。」

 

 海原氏の笑い声が部屋に響き渡る。いかん。酒の味をもう忘れてしまった。

 

「大臣のお二人に御足労を願い出たのはこのことなのだ。この酒は、つい先日までフェン王国を訪ねていた知人が帰国後の挨拶に届けてくれたものであってな、この酒は私が気に入るはずだというのだ。果たしてその言が誠か否かは御両所が今ご経験されたとおりだ。早速この星ヶ岡茶寮でも扱いたいと思ったが、輸入業者が居らぬ。そこで、私が独自に取り寄せようと思ったのだがな。フェンの酒は輸入が出来ぬというのだ。」

 

 そこまで話し終えると、海原氏がジロリと我等を見た。

 

「海原先生。お話の途中ではありますが、一つお聞かせ願いたく思います。フェン王国とは国交を樹立しておりますが、輸入品、特に加工食品については、検疫の関係上、未だに全面的に輸入ができぬ状況となっております。これは、フェン王国にとどまらず新世界各国に対してほぼ同様の措置が払われておりますが、海原先生の知人の方はどのようにして持ち込まれたのでありましょうか。」

 

 飯島議員が検疫の問題を口に出した。新世界の状況は未だに不明点が多すぎる。故に動植物の我が国への持ち込みについては、検疫を通す必要があるが、その検疫も未知の生物を扱うために、安全性の検証が不十分であることを理由の一つとして、当面の間一律輸入禁止の措置が妥当であるとの上申が上がってきた。検疫を所管するのは厚生省である。

 

「さて、その知人がどのようにして持ち込んだかについて、詳しいことなど私も存じ上げませぬ。それより、飯島先生。今先生は検疫のことをおっしゃられた。ではなぜ、クワ・トイネ産の食品が日本に輸入されてきているのか。なぜ、トーパ王国方面の北洋漁場で獲れた魚介類は我が国に水揚げされているのか。私は、防疫のことは門外漢であるがゆえに詳しいことは分からぬが、これらが許されているのにもかかわらず、フェンの酒を輸入することができないのは何故か。フェン王国の公使閣下の前でしかとお答えいただこう。」

 

 海原氏の指摘に飯島議員が黙る。輸入禁止措置の継続のもう一つの理由が、検疫体制に余裕がないことがあげられる。クワ・トイネの食品、特に小麦類がそうだが、これらの輸入は我が国の食料危機を回避するために行われた緊急検疫が今も続いているに過ぎない。検疫職員が総出で取り扱いを始め、一時は民間業者である各食料加工業の検査部門の職員を臨時雇用したうえで対策に当たったほどなのだ。貨物船の船内に積み込まれた農作物の中からサンプル調査を実施し、国内の港についてもあらゆる角度から検査を実施して、ようやく荷揚げが行われたのだ。

 トーパ王国の例についてもほぼ同様であるが、北洋漁業は帝国北部、つまりは樺太・北海道が根拠地となっている。北海道の取扱いは、我が党では重要だ。それは、立憲政友会の党利党略たる側面がないというわけではない。これが飯島議員が黙る理由であろう。

 新世界の各国家が我が国と貿易を行おうというのであれば、農林水産業の品目が取扱いの主力とならざるを得ない。クイラのように鉱業品目が我が国の輸入品目となる例はそう多くはないだろう。故に、今国交を結んだ各国公使は我が国との貿易開始の外交交渉を行っている。こちらのフェン公使も同じだろう。しかし、政府は検疫業務に余裕がないことを理由に輸入禁止を継続している。飯島議員の発言には細心の注意が求められる。

 とはいえ、この状況では、フェン王国の食料品の輸入を拒否し続けるような回答を言う訳にもいかぬまい。

 

「海原先生のご依頼の件につきましては、私も了解しました。しかしながら、厚生省の検疫職員に余裕がないということもご理解いただいておられることと思います。このお話は、まず政府に持ち帰りまして、しかるべく検討を行いたいと思います。」

「ほう・・。この海原雄山にその場しのぎの発言をするとは。」

「あ、いえ、そのようなつもりは毛頭なく・・・。」

 

 海原氏がギロりとした眼で飯島議員を射抜く。いかぬな。海原先生に姑息な手段は通じまい。やむを得ぬ。越権行為ではあるが私がやるしかない。

 

「海原先生。通産省は貿易を扱う省です。現在世界各国と貿易を行えない状況は通産省としても忸怩たる思いを持っているところです。そこでどうでしょう。飯島先生のいうところの検疫職員の人的資源の不足という点は現状やむを得ぬところです。どなたか食品検査を行える職員を厚生省の臨時雇として検疫業務に従事させ、それをフェン王国の食品検査に専属で当たらせるということにしては。」

「なっ!?先生、この案件は厚生省の案件ですよ。田山先生が口を出す領分では、」

 

 飯島議員が私がこの話に絡んできたことで越権行為を咎める。それはそうであろうが、これは已むを得まいことだ。

 

「フハハハ。田山先生、目白の親父殿に似てきましたな。こちらの要求を通してほしくば、私にも要求達成の障害を取り除けとは。なかなか美味い手ですな。フハハハ。」

 

 海原先生は一通り笑うと飯島議員を見る。

 

「飯島先生。私は芸術家にして美食家だ。この芸術を、このフェンの美酒を世に出す使命がある。この酒に合う料理を今も考えている。」

 

 そう言いながらお猪口を手に取り、一口飲む。

 

「この海原雄山、天が下に恐れるものは一切なし。ただ自らの芸術の完璧ならんことを追求するのみ。詔勅と雖も妥協はない。」

 

 更に一口呑んで、我等を視線で射貫く。身震いがする。

 

「後のことは、ブランド公使と調整をされるがよろしかろう。閣下。今日は我が国最高峰の料理をお楽しみください。では、私は料理の差配がありますので、これで。」

 

 すっと頭を下げた。全くここは心臓に悪い。

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