アルタラス王国王都ル・ブリアス アルタラス外務局迎賓館
― アルタラス王国外務卿シモン・ド・ユグモンテ
先週の第一回交渉の席では、同盟四か国からの講和要求要綱の説明が行われ、講和条約の条文案が同盟四か国から示された。同盟四か国は、ロウリアからを徹底的に領土や財産を搾り取ろうという目論見がないことがうかがえる。しかも、一週間の猶予を与えて、講和要求を精査し、交渉が必要な点があれば、申し出よとの話であった。国王陛下も首をかしげていた。ロウリアは敗戦したと聞いたが、それはまこと、真実なのかと。
講和要求要綱は5つの項目に分かれる。領土割譲、軍備制限、賠償、国家体制改造、保障占領の5区分である。領土割譲は同盟国軍が占領した領土の一部を割譲させるというもの。軍備制限は、陸海軍航空兵力の一部を削減するというもの。賠償は、同盟国の戦費の一部を要求するというもの。国家体制改造は、ロウリアが亜人排撃主義を止め、それを国家の政策として取り入れるというもの。保障占領は、これらの要求項目が達成され、それが反故にされないことが確認できるまで、同盟国軍が占領した地域で、割譲対象ではない土地を占領するというもの。いずれの項目も穏便な要求であり、敗戦国ならば諸手で飛びつきそうなものであるが、交渉があれば申し出ろとは、どういうことであろうか。
「それでは、ロウリア王国全権は同盟国側からの5つの要求項目につき、領土割譲については異議なく受諾。それ以外の項目については、何らかの交渉があるということでよろしいかな。」
会議の議長役の任にある外務局次長が、ロウリア王国側から申し出があった、修正要求提案を再度確認すると、ロウリア王国の首席全権ヨースコネクト・マオス外務卿が事前の回答の通り、肯定する。
「左様です。敗残の身の上にしては図々しいとは思うが、交渉が許されるというのであれば、これら四点については、何らかの修正を願いたい。」
この講和会議は、我がアルタラス王国が両陣営から仲介国として指名を受けた。故にロウリア側から事前に通知があったので、わかっていたことであるが、5つの内4つも修正要求があるとはな。普通の国であれば、この段階で席を立つところよ。外務局次長が同盟国側の見解を促したところ、
「ロウリア全権のお話をまずはお伺いいたしましょう。」
クワ・トイネ公国の首席全権である、ビーデン・リンスイ外務卿が代表して返答した。やはり、5つの内4つも修正と聞いては、多少ひきつったような顔をしているな。
この返答した者についてもよくわからぬ。同盟国の中でも一番に力を持っているのは、大日本帝国と聞いていた。次いで満洲帝国。そしてクワ・トイネ公国とクイラ王国が同格として位置していると。
大日本帝国の首席全権は、外務大臣徳川義輝侯爵。外務卿と同様の職位にある者と聞いている。そして、全権に駐アルタラス公使の大垣秀徳。衆議院議員なる白山松五郎。同じく満洲帝国の首席全権が、外交部大臣の森山直次。全権に駐アルタラス公使のローズモンド・マニャール。衆議院議員のアロイス・ボワレー。クワ・トイネ公国が、首席全権に加えて、外務局員のツールレイ・ヤゴウとハンク・コッタパン。クイラ王国が首席全権が外務大臣アイーラ・メッサル。内務大臣兼諸侯会議統裁官ハムダーン・フワイリド・アル=ハーンジーに外務省条約局長ニザール・ハーンジー。
会議場は、「コ」の字型に机が並べられ、中央にアルタラス王国の人員が座る。中央にルミエス・ラ・ファイエット王女殿下が座り、その両隣に外務局次長と私が座る。そして、一方の側にロウリア全権団が座り、もう一方に同盟国全権団が座る。
机の席順も変わっている。一方のロウリア側が一か国しかないため人数が少ない。数で威圧するような形はよろしくないと徳川外務大臣が提案して、同盟国側はそれぞれ一か国に付き一席が机に座る。それ以外の全権は、代表の後ろに設置された椅子に座ることとなる。
その四席も日満が上座に来るかと思えば、上座にはクワ・トイネとクイラが順番に着座した。着座した者がクワ・トイネとクイラは外務卿と外務大臣であったのに対して、大日本帝国が大垣公使を、満洲帝国がボワレー全権を座らせたからだという。日満側が座らせた者は鍬杭両国の座った者達と違って政府の外交責任者ではないという建前から、クワ・トイネとクイラに上座を譲ることとなったというのだ。
第一回会談が始まる直前、我が国の外務局員が整備した会議室の席順を変更してほしいという申し出を日満両国から受け、わたしはクワ・トイネとクイラに説明するために外務局員を彼らの控室へ向かわせた。外務局員の話によれば、上座に座るということを聞いた時、彼らが変に緊張するのではないかと思っていたそうだが、彼らは苦笑したにとどまったとの報告を受けた。わからぬ。彼らの関係性が全く以てよくわからぬ。
「当政府としては、今回の休戦協定の期限までの間に講和条約の締結に結び付けたい。悪戯に条件闘争をしたいのではないということをまず申し伝えたい。そのうえで、まず、軍備制限条項についてですが、陸上戦力削減について、ロウリア側からの修正意見を申し述べます。征伐、失礼、侵攻軍は、そもそも最終的には全軍で20万の軍兵を集める予定でありました。先陣として、クワ・トイネ方面に向かうパンドール将軍率いる東方侵攻軍が10万、そしてギムの街からクイラに向かうスマーク将軍率いる南方侵攻軍が5万、そして両軍の予備兵力として5万です。この内、南方侵攻軍と予備兵力については既に武装解除の上兵を解散させております。東方侵攻軍はすでに瓦解し、その影も見ることはできません。東方侵攻軍の内、国王直轄軍は4万ですが、兵は散り散りとなり、再建が必要な状況です。そのうえで王国陸軍を各領邦軍と併せて15万人を限度とされては、国王の直轄軍、それも王都周辺の直轄軍が再編できなくなります。西部と南部の諸侯の兵の数が10万はおります。東部諸侯は、ギム攻撃に参加して失われた諸侯軍も合わせればそもそも5万の兵がいました。これだけでも定数を超過しています。中央の諸侯も7万は兵がいます。国王直轄軍はかつてはロウリア全土に8万の兵がいましたが、そのうち4万がこの戦争で失われました。すなわち、我が国は戦前の常備兵力が30万弱でありました。我が国の陸軍は大きく兵を減らしました。それでもまだ20万以上の兵がおります。同盟国側からの15万人への削減要求では現有兵力をさらに削減することになります。直轄軍の再編を合わせまして、25万人の上限としていただきたい。」
「次に王立海軍の軍備制限についてですが、7月6日の第一回の交渉日に条約上の文言を確定させた際に、王立海軍とはサンデル伯領海軍とシグネス伯領海軍のことを差すものということで語義を確定させたので、これを前提として話しますと、4月26日の海戦において、クワ・トイネを攻撃するために出撃した艦船約4000隻の内3000隻はサンデル伯領海軍であり、1000隻ほどがシグネス伯領海軍であります。これとは別にシグネス伯領海軍の根拠地である軍港ダートマスに500隻ほどの艦船がありました。海戦の結果として、4000隻の艦船の内、海戦による撃沈、逃走中の損傷による自沈、帰投後損傷著しい為廃船となったものを合計しまして3000隻が失われたことなっております。つまり、王立海軍には今現在、1500隻の軍船が配備されております。この状況下で王立海軍への軍備制限が計500隻で3分の一が削減要求となっております。しかも、帰投中自沈・帰投後廃船となった状況により乗組員の数が現有船舶の数よりも超過しております。王立海軍軍人として雇用している人間を養うことができぬ状況であります。少なくとも現有船舶の保有は認めていただくわけにはいきますまいか。」
「航空兵力についてですが、この度の戦争で、多数のワイバーンと乗り手である竜騎兵が失われました。これに関する補充は我々にとっては急務でありますが、軍備軽減を受け入れます以上、750騎の上限につきましては、同盟国の要求を異議なく受諾したいと思います。ただ、ワイバーンの基地についてですが、飛行場の立地条件などにより、移動させることが困難である場合があります。その場合は同盟国の監視下に置くという条件で基地の移動を免除させることをお願いしたいと思います。また、これらの修正を依頼する以上、代替として、侵攻兵器である攻城兵器群は全て解体処分としたいと考えております。」
「軍備制限事項についてのロウリア側からの修正意見となります。この条件につきましては、同盟各国の皆様方からすれば思うところもあるでしょうが、講和条約締結後は、捕虜の返還が為されるという話も聞いております。兵士たちの働き口を確保せねば、せっかくお返しいただきます捕虜も飢えてしまいます。同盟国各国のご理解を賜り、再度の調整を願いたく思います。」
陸軍関連条項についてヨースコネクト・マオス外務卿が、海軍関連条項についてローデリヒ・ベルシュ駐アルタラス大使が、航空兵力条項についてアレロック・パタジン防衛騎士団将軍が修正意見を述べ、最後にマオス外務卿が締めの言葉を述べた。リンスイ外務卿の顔が引きつったような顔をしており、メッサル外相は呆れたような顔をしている。まあ、無理もあるまい。敗戦国の身の上で、制限要求の倍や三倍の量的緩和を要求する。なかなかの厚顔無恥さだな。
それにしても、日本の大垣公使は無表情で正面をとらえ続け、満洲のボワレー議員は気だるそうな表情をしておるな。確か、事前の説明では、ボワレー議員は野党の総務会長なる御仁であったな。外交官でもないとか。ふむ、満洲国はこの講和交渉に力を入れていないという事なのか。あるいは、日鍬杭三国の出方を見ているのか?
ロウリア全権団は、この後も修正意見を出した。全権の一人であるギルベルト・マイヤーハイム大蔵卿から賠償条項の修正意見が出された。パーパルディアからの借款返済、戦死した遺族に対する一時見舞金の支払いなどもある為、賠償金の支払いに猶予が欲しいことを述べ、現物賠償の条項についても猶予か減額を願い出た。マオス外務卿からは、亜人排撃の思想の廃絶を約束したが、国王の身体の安全の確約を願い出た。そして、これらの修正意見に対しての不信もあるだろうから保障占領を5年から10年に延長し、その間の通商の関税を全額減免扱いとすることで賠償金の代わりとして相殺してほしいとの修正意見だった。
うーむ。この講和会議、果たして本当に妥結するのか?ここまで双方の意見に食い違いがあって双方納得がいく形になるのだろうか?これはひょっとすると、面倒なことに巻き込まれたのかもしれぬ。