クワ・トイネ公国公都クワ・トイネ首相官邸
― クワ・トイネ公国首相 エミサスカ・カナタ
「では、モリトヤマ公爵は自分の地位はあくまで森林盟約宣言に基づくものであって、クワ・トイネ公国の国家元首たる地位に着くつもりはないと?」
「はい。モリトヤマ公爵家はミズ・トイネ国王の分家筋ではあっても、既に臣下の家である。臣下が王位を継ぐわけにはいかない。また、森林盟約宣言は今現在も尚有効な協約であり、クワ・トイネ公国がクワ・トイネ公国であるための最高法規である。とのことです。」
イーセ司法卿がお手上げというジェスチャーをして返答した。頭が痛いことだ。ハイエルフは気難しい種族だとは聞いていたが、ここまでとは。
クワ・トイネ公国は、日本国満洲国を手本とした近代国家への脱皮を目指すため、中央集権化を図ろうとしている。日本国の明治維新が参考だ。モリトヤマ公爵を王位に推戴し、地方諸侯の所持している統治権を王の下に集約させる。これにより、統一法典を整備し、均一的な行政を達成することで、安定的な財源を得て、国内の諸改革を進めていく。
「現状の路線を進めていくより他にないのではありませんか。幸いにして中央政府構成諸侯は、改革の必要性を認めております。多少の温度差はありますが、停滞するよりも一歩一歩着実に近代化に向けた取り組みを継続することが必要なのではありますまいか。」
ギック内務卿が現状の枠組みの中での近代化政策の継続を訴えかける。中央政府構成諸侯のなかで実は一番力を持っているのがこの考え方だ。モリトヤマ公爵家は、ミズ・トイネ王家の分家であるがゆえに、彼にならば膝を屈することができるという考え方を持つ者はクワ・トイネ諸侯の総意と言える。だが、モリトヤマ公爵家は王位に着かない。ならば、誰の下にも膝を屈することはできぬというのがギック卿などの考えだ。
それは分かる話だ。今まで互いが爵位の違いはあれどもクワ・トイネ諸侯としては同格と考えてきた我々だ。急に誰かの支配に入れということは難しかろう。特にオクレンカ大蔵卿とコンボウ軍務卿とは、その思いが強いと言える。彼らは其々嫡流が途絶えたヤリトミズ侯爵家の宗主権を主張している。お互いが自分こそが主筋であると言っているのだ。なかなか配下に入るのは難しかろう。それに、オクレンカ伯爵領はスピアウオータで国際会議が開かれたのを機に日本資本が投下されつつある。コンボウ子爵家は羨望の目でオクレンカ家を見ている。妬みの感情があるに相違ないだろう。
この手の感情的な問題がもう一つ政府内部にある。それは、ヘラルド海軍卿の問題だ。ロウリアの脅威が過ぎ去ったため、海軍力の整備という問題は宙に浮いてしまっている。
海軍の艦船の配備・維持には莫大な金が掛かる。これを一諸侯がやっていくには限界がある。そもそも封建諸侯の軍役は各領邦内でその諸侯の手持ちのヒト・モノ・カネを動員して行われるものであって、それは海軍であっても変わることがない。奉公する手段が陸上戦力か海上戦力かという違いでしかない。それゆえに、海軍力強化という名目で公国諸侯から資材資金を供出させ、それをクワ・トイネ海軍主力の第一艦隊を有するヘラルド男爵や第二艦隊を有するハガマ伯爵に融通するという計画が侵攻直前の去年の12月まで採用できなかったのである。
ロウリアの脅威がなくなった今、公国諸侯に課していた臨時海軍軍役は各諸侯の負担が大きいと廃止の声が公王庁にて挙がっている。特に経済規模の小さな諸侯ほどその声は大きい。そして、ヘラルド海軍卿もまた、支援を受けるのを止めたがっている。クワ・トイネ公国海軍とはいっても、本来は男爵領の兵力という感覚が大きい。自前の軍備は自分で用意するものというのが 封建諸侯の考え方だ。それに、支援をもらうということは口出しを許されるという事にもなりかねない。領内統治に口を出されてはたまらないという感覚もあるのだ。
新規で造船をしたとしても乗組員の確保という問題がある。この点日本国から海防艦の「売却」の話を頂いている。ロウリア海軍を相手にするのであれば、1隻で100隻相手に完勝、200隻迄ならば十分に相手にできるというのは日本公使館駐在武官の話だ。この海防艦が数隻売却してもらえるという話を頂いている。海防艦に人を割り振るという事であれば、新規の造船は無駄だろう。売却される海防艦の型にもよるが1隻で帆船2~4隻分程度の乗組員を必要とする。
「内務卿。本当に現状の枠組みで諸問題が対処できるとお思いですか?たとえば、軍事関連は各諸侯がばらばらの装備を各自で用意している。日本軍や満洲軍のような統一的な軍制がない状態で、彼らと今後肩を並べて戦うことができると?日本海軍の指導を受けた海軍海兵隊がようやく形を作りつつあります。装備の支給は受けてはいますが、クワ・トイネ人だけで設立された部隊。このような部隊が本当に現状の延長線上で構築できるのでしょうか。我々だけでこのままでは我々は彼らのお荷物のままです。現に、西部方面軍のモイジ中将からは、日鍬、満鍬混成軍は軍事上の負担が大きい。政治の都合で、我が国に花を持たせてくれたことは理解できるし、日満両国には感謝しているが、日満両国軍の現場の負担は相当に大きかったと思う。足手まといの我々をサポートしながら、足並みをそろえて、共同作戦を行使するのは今後は充分に検討すべきであるとのことです。
また、日本国によるロウリアの保障占領ですが、日本政府中央の方針は、早期撤兵です。我々が彼らの代わりができるというのであれば、占領期間の延長も視野に入れてはくれますが、それでも交代要員は徐々に減らすことを通告してきております。ロデニウス大陸のことはまずロデニウス大陸に住む人間が責任を持つべきである。サポートは以後も手厚く行うが、早期の自立を望むというのが彼らの考えです。内務卿、我々はこのままでは厳しい。側にクイラという日満両国の考えを我々と同様に理解し、しかも実行している国家がある。これに関して駐満公使から報告書が届いています。外務局次長、そうですね?」
「はい。駐満公使からの報告によりますと、クイラ王国は、知的財産権に関する国内法規を確立し、満洲国の地方の役人から高性能の馬車の寄贈を受けました。そして、今後当該高性能馬車の輸入が解禁されました。これには車体の揺れを軽減する、車輪の寿命を向上させる、車体の重さを軽減できるといった車両製造技術の情報解禁も含みます。今の我々の文明レベルでは製造できない完成品を購入すると言ったこれまでの関係に加えて、我々でも製造可能な商品を購入できるというのは、クイラの技術力を底上げできます。我々は彼らの後塵を拝する結果となっております。クイラは新型馬車を用いて、国内の流通を改善することが可能となります。その結果起きうることについては、大蔵卿、お願いします。」
「まあ、間違いなく、クイラはヒト・モノ・カネの流れがよくなる。金のめぐりがよくなる。好景気ということになるだろうな。そうなると、今後解禁されてくる、対ロウリア貿易だが、彼らの売り上げは我等に比較してよくなるだろう。それを国内の諸侯がどう思うかだが・・・」
「結論は分かっていますな。あの馬車が欲しいと。」
「だが、司法卿。クイラ側は新型馬車、つまり新技術を組み込んだ馬車の売却は、満日両国のみにしかできないとしか返答できない。それが知的財産権を保障する枠組みであったはずだ。技術流出は満洲国の技術の漏洩となる。」
「その通りです。軍務卿ご指摘の通り、クイラ側もそのあたりは分かっていますので、新型馬車の管理は厳重です。そして、新型馬車を走らせるのも、当面の間は王都周辺か王都と租借地の間のみ。そして我等にこれが可能ですか。公都とマイハークの間のみに高性能の馬車を走らせる。あなた方は、私がそれを行うのを黙ってみているということになりますが。」
皆の顔が渋る。クワ・トイネ中央政府直轄地は元イネトミズ侯爵領だ。各地に代官としての世襲貴族が配置されているが騎士爵がほとんどで、つまり我がカナタ子爵家の影響が十分に及ぶ範囲だ。そのカナタ子爵家とハガマ伯爵家のみが満日の技術、特に我等の技術に転換できる程度の満日両国から見たら低い技術ではあるが、我等にとっては垂涎の技術が手に入るということに、本来同格の彼らが我慢できるだろうか。それを前提として、知的財産権保護の法整備を受け入れるだろうか。
「やはり、強力な中央政府が必要ということですな。我等を上から支配できる存在が必要ということですな。首相。これまでは黙っていましたが、腹をくくりました。モリトヤマ公爵から首相を通じてお願いがありました。日本公使に連絡を取り、日本の帝室の関係者に連絡を取ってほしいそうです。」
「田中公使に会いたいという事ではないのですか?」
司法卿が話しかけてきた内容は訝しい内容であった。皆も私と同じ表情だろう。これまで表に出てこなかったモリトヤマ公爵。日本との条約交渉の全権委任状も私の名前で行うようにと指示をしてきたり、日本公使館の開館式に名代としてイーセ司法卿を指名したに過ぎなかった公爵が独自の動きを見せている。
「その、公爵は日本の帝室の関係者と会ってどうしようと?」
「なんでもお見せしたいものがあるというので、リーン・ノウの森まで御足労願いたいと。できれば、政府よりも宮廷の人物がよいとのことでした。」
会議の皆がざわざわとする。無理もあるまい。リーン・ノウの森には私でも過去に一度きり、子爵位相続後に首相職に任じられた際に訪れた限りだ。そこに他国の廷臣を招くというのか。
「訝しい話ですな。」
「さようです。公爵が何を意図しておられるのか。今の時点ではわからない。」
「とはいえ、公爵からの要請です。まずは、田中公使に面談の予約をいれませぬと。」
皆が話しているが、私は気になったことがあるので、司法卿に尋ねてみる。
「司法卿。この話、公爵の国王即位と関わり合いがありますか?」
「おそらくは。」
司法卿は重々しく頷く。さて、これは一大事。政府要人ではなく、宮廷要人を招くか。なかなか難しそうだが、これは我が国の未来が掛かった交渉となりそうだ。