「人が多いですねえ。」
「コッポラスちゃん、離れないように涼子と手を繋いでいてね。」
「はい、彩香お姉さま。」
レイラ・ミキノカミ・グナイスト駐福岡フェン領事の御息女レイラ・コッポラス嬢は、妹の涼子と仲良くなり、うちに遊びに来るようになった。コッポラス嬢は涼子から書道を習い、涼子はコッポラス嬢から泳ぎを教わった。姉貴が話を聞きつけてウキウキして彼女らについていった後は、コッポラス嬢は姉貴にも泳ぎを習うようになった。コッポラス嬢を姉貴に取られたと一時涼子が不機嫌になったのは秘密だ。
祖母からは剣道の練習会に招かれて、じじばば剣道愛好家達のアイドル的存在となり、剣道教室を紹介されたりもした。祖父からは囲碁を習い、ついでに時代劇や大河ドラマを共に鑑賞して、信玄教の信者となった模様。野球少年善吉とはキャッチボールをするようになるなど、涼子だけではなくうちの家族と付き合いをするようになり、ますますコッポラス嬢との付き合いの時間を減らされた涼子の機嫌が下降気味なのも内緒だ。
それにしても、身体を動かすことが好きななかなか活発なお嬢様だ。夏休みには叶岳に登山に行くらしい。小学生だけでは危ないのでということで、俺と姉貴が引率でついていくハメになった。善吉は部活でパスとのことだ。レイラ家の人間は土地勘がないので彼らだけでは不安なのでということで、執事の人がうちに来て、頼んできたらしい。らしいというのは、俺がその時に家に居なかったので、この話を承諾した母さんから聞いたからだ。「これも日阜友好のためよ」と引率の御礼にと執事さんが持ってきていたひよこを食べながら言われた。
「まだ夜明け前なのに明るい。本当に日本はすごいところですねえ。」
「そうよねえ。流石眠らない街中洲の側やんね。それにしてもまだ、屋台開いてるのかしら。ねえ、帰りにラーメン食べていかない。お姉さんがおごっちゃうわよ。」
「ダメダメ。朝飯入らなくなるぞ。」
先導して歩く姉が振り返りながら弟妹たちにそういうと俺は即座に否定した。俺が母さんから怒られる。
「よかやないね。涼子たちは半分こしてもらえば。それにこれも博多の文化の一つやないね。日本の食文化の体験は日阜友好のためには重要やん。」
「兄貴、屋台のラーメンって俺も食べたことない。頼むよ。」
「お兄ちゃん。私もラーメン食べたかー。」
「お兄さま。お願いいたします。」
妹たち二人が頭を下げてきた。姉貴は腕を組んでニシシと笑ったような顔で俺を見る。善吉は頭を下げずにいうだけだった。
「あーわかったわかった。その代わり朝飯もちゃんと食べること。でなきゃ俺が叱られちゃう。」
妹二人がありがとうと御礼を言う。善吉がよっしゃラーメンやと言う。俺も弟妹達に甘いのだ。姉貴がニタニタした顔をして俺を見てくるのが癪に障ったがやむを得ない。ふと、姉貴がつぶやいた。
「あら、あっちのほうも明かりが。おかしかね。今の時分は開いてないはずとに。」
姉貴の目の先を追ってみた。オイ、バカ。至らんことを言うな。
「あっちのほうって何ですかお姉さま。」
「え?あ、いや何でもない。なんでもないとよ。オホホホ。」
狼狽した姉貴が急に前を向いて早歩きになろうとした。バカたれ。保護者が小学生を置いていこうとするな。シャツの襟を掴んで引き戻す。ぐえっと女子がしちゃいけないような声を出して止まった。ついでに、脇を肘で小突く。顔を近づけて小声で話し出す。
「姉さん。子供相手になに動揺してんだよ。テキトーにごまかせよ。」
「ゴメン、ゴメンて。お詫びにあんたにもラーメンおごってあげるから許してよ。」
えっ、この姉貴。俺の分のラーメン代は出さないつもりだったのかよ。俺も年下なんだが。我を取り戻した姉は弟妹たちを連れて、再び歩き出す。善吉も姉貴の見ていた方向を見ていたが、首をかしげると歩き出した。何故か、弟は大丈夫だ。というフレーズが頭をよぎった。
―――――
櫛田神社の中に入る。今日は、博多の夏の名物、博多祇園山笠のフィナーレ、追山の日だ。山笠、ヤマと呼ばれる4メートルほどの高さの「神輿」を地元の男たちが担いで博多の街を疾走する。櫛田神社の神事でありながら、この時期の観光イベントとしても名高い。
九州各地、いや帝国全土からこのお祭りを身に来ようとするため、周りは人の山だが、それをかき分けて俺たちは特等席に向かう。何故かと言えば、それはコッポラス嬢のおかげだ。コッポラス嬢の御父上、レイラ・ミキノカミ・グナイスト駐福岡フェン領事が、このお祭りに特別ゲストとして参加することになった。
このお祭りは、櫛田神社の氏子が担う神事であることから、原則として地元の者しか参加することができない。しかし、レイラ領事は、この神事を聞くや、是非とも参加したいと申し出てきた。しかも、「神輿」を担ぐ舁き手をやりたいとのことだ。「私もフェンの武人だ。重いものを担ぐだけの体力・筋力はある。」と豪語したそうだが、ただ担ぐだけではなく、周りと息を合わせて走らなくてはならず、それには練習が必要で、練習不十分の者が舁き手になると領事本人だけではなく、周囲の皆が危険だと櫛田神社の宮司から丁重にお断りをされてしまった。それでも、なんとか参加させてほしいとそれはもうきれいな土下座を行い、この姿に意気に感じた山笠関係者が「台上がり」と呼ばれる「神輿」の上に乗る役に任じた。台上がりは指揮を執る役だが、領事という人の上に立つ役だから、務まるだろうとのことだ。この話をしてくれたのはもちろんコッポラス嬢だが話した後で、恥ずかしいので、涼子ちゃんたちとだけの秘密ねとのことだった。
そのコッポラス嬢だが、涼子とともにちょっとばかり俯いている。どうしたと声を掛けてみた。
「なんかちょっと恥ずかしいです。」
はて、どういうことだと思っていると、お兄ちゃんのバカと涼子からいわれた。何故と戸惑っていると、善吉から兄貴、兄貴と呼ぶ声がして、善吉のほうを見てみれば、あの衣装のことじゃねーの?と男たちを指さした。あのケツ丸出しの格好が、女子には目の毒なんじゃね?というと、善兄のバカと涼子から怒られていた。なるほど。まあ、そういうもんだよな。でも、神事ってたいていあんな感じだしなあ。
「全く、うちの男どもはレディーの心がわかっとらんねえ。そんなんじゃ、女子からオモテになりませんワよ。」
ほっとけ。俺は男子校だ。「俺は野球に生きるからいいんだよ。」と善吉が反撃したが、生意気ねえ、善吉はラーメン要らないんやねと姉からいわれると、即座に「すみませんお姉さま」と降伏した。
そうこうしているうちに会場からのアナウンスが流れ出した。今年の山笠には、フェン領事が参加するというサプライズが発表され、会場からどよめきの声が挙がる。おお、やはり驚くよな。水法被に締込褌姿で登場したフェン領事は、マイクもなしに会場のお客さんに挨拶をする。
「日本の、そして日本の友好国の方々。私は、駐福岡フェン領事のレイラ・ミキノカミ・グナイストと申す。今回は、日本の伝統文化、博多の偉大なるお祭りに参加させていただき、クシダジンジャの神官の方々とヤマカサの関係者には深く感謝する。短い期間ではあるが、私は必死で練習に参加した。この祭りにかける情熱は、日本の方々にも負けない自負がある。フェン人は皆武人である。武人である以上力は抜かない。何事にも全身全霊を掛けて行う。この信念は、日本の武士と深く相通ずるところがあると思う。私は、この祭りに参加する私の姿を通して、日本とフェンの友好関係が今以上に強固になることを願ってやまない。・・・諸君!!追山の始まりじゃ、気合を入れていこう!!」
フェン領事の挨拶で会場がヒートアップする。会場のボルテージが上がる瞬間というのは確かにあるのだ。善吉も雄たけびを上げていた。うん。なんか野球の試合でも応援団がこういう風に盛り上げることあるしな。まあ納得だ。
カウントダウンが始まる。20秒前、10秒前、5秒前のアナウンスが終わる。一瞬の静寂の後、太鼓の音とともにイヤアアという男たちの絶叫が会場外から聞こえた。午前4時59分。ヤマが動き出す瞬間だ。
オイサッ、オイサッの掛け声とともに会場の外からヤマが櫛田神社の境内に入ってくる。櫛田入りだ。会場のお客さんも拍手で出迎える。勿論俺たちも拍手をした。
今年の一番山笠は大黒流。台上がりはヤマの進行方向とその逆で各3名が座るのだが、進行方向の側を表という。表右側にいるのが、フェン領事だ。オイサッ、オイサッの掛け声とともに30名弱の男たちに担がれたヤマが清道旗というポールの周りを山笠がまわると一旦停止する。宮司のお祓いが始まる。そして、会場皆で博多祝い唄の大合唱。あれ?歌い始めは表中央に座る表棒さばきが歌うはずなんだが、フェン領事が歌い始めたぞ。
「お父様が山笠の方々にお願いされたそうです。」
俺の疑問を感じ取ったのか、手拍子をしながら、コッポラス嬢が教えてくれた。いや、しかしよく聞こえる大きな声だな。
歌い終えると、山笠は再び駆け出して、博多の街を疾走する。二番山以降はお祓いも祝いめでたも歌わずに、櫛田入りしたあとは清道旗の周りをまわってそのまま駆け出していく。
「迫力があって、すごくよかったです。」
コッポラス嬢は興奮した様子で涼子と話している。すべての山が走り終わった後、俺たちは帰宅の徒についている。ラーメンを食べて帰るという話は、領事から迎えの車がよこされたことで変更となる。今日はまだ学校だ。家に帰ると制服に着替えて登校することになる。おや、ひょっとすると、ラーメン食べて帰っていたら遅刻したかもしれないぞ。
ちなみに、後日あっちのほうに明かりがついていた理由を姉貴が話してきた。なんでも聞いた話によると、追い山の日は観光客が多く、宿泊施設が足りなくなるということで、一時宿泊所として臨時運営しているらしい。大学の友人の父親に県警本部に勤めている人がいるらしい。何で俺にそんな話をと聞くと、あんたも気になっていたっしょとニタニタしながら言うもんだから、出ていけと言いながら枕を顔面に投げつけてやった。ちょっと気になっていたことは事実だ。でも、それは秘密だ。
※本作品はフィクションであり、筆者は山笠を一度しか見に行ったことがないので、詳しいことは分かりません。とりあえず、雰囲気はこんなもんです。