アルタラス王国王都ル・ブリアス 日本公使館
― クイラ王国外務大臣 アイーラ・メッサル
ル・ブリアスで始まった講和会議は、いよいよ第三日目の本格的な交渉に入った。初日に同盟国側からの講和条件通告、一週間後の第二日目には、ロウリア側からの我が条件に対する諾否の回答。そして、本日から行われる条件交渉。初日は、賠償問題についての交渉であり、終盤まで我が同盟国側とロウリア側との間で激しい意見の応酬が続いた。ロウリア全権の一人から発せられた指摘に、クワ・トイネの全権団は烈火のごとく怒り、収拾がつかなくなった。日満両国の介入により、議論は一時中断となり、後日の再開となった。
「だいぶ激しいやり取りでしたな。」
森山外相が会議を振り返る。
善後策の協議のための我々同盟国全権団は、ル・ブリアス郊外にある日本公使館に集まった。アルタラスと国交を有していないクイラ王国全権団は、日本公使館とそれに隣接する満洲公使館に分けて宿泊する。クワ・トイネ大使館のほうが外務局迎賓館に近い場所にあるが、クワ・トイネ大使館は未だ電化が不十分であり、我々を受け入れては、本国との連絡が難しくなるということで電力に余裕がある日満公使館を間借りさせてもらっている。いずれ、この地域に我が公使館も建設させてもらいたいものだ。
「車内でもメッサル卿と話になりましたが、ロウリア側の態度は許しがたいものがあります。我等、クワ・トイネ人に対する公然たる侮辱であります。森林盟約宣言は、クワ・トイネの部族の中でも高貴な存在であるとされている3エルフ族がかつての王国を、かつての理想郷を再建しようとして結んだ盟約です。いわば、公国が公国たる所以を示した歴史的文書です。それを他国侵攻の根拠として、言いがかりをつけてくるとは、・・・真に以て許しがたい発言です。」
この講和会議に際して、我等同盟国は日本側からの提案により、日本や満洲から輸出された我等の公用車両をアルタラスに持ち込んだ。ガソリンは、日本側が船舶で持ってきており、ドラム缶に容れて、自動車で公使館へと運んでいた。
自動車という存在自体は、ムー国と国交があるアルタラスも知っており、我等が自動車を所有しているということに驚いていた。無理もあるまい。ムー国で普及している自動車は何と言っても高価なものだ。文明圏外の国家がおいそれと手を出せるものではない。それに、車を動かすためのガソリンは、今のところ我がクイラしかこの辺りでは精製していない。車などガソリンが無くてはただの鉄の箱だ。しかも、我等の所有する自動車は、ムー国で普及している自動車の数世代上を行くものだ。アルタラス駐在のムー国の外交官が我らの車列を目を皿のようにしてみていた時はまこと胸のすく思いであった。ちなみに我がクイラは満洲重工業から販売されている「青天」を公用車としており、クワ・トイネはトヨタ自動車から販売されている「クラウン」である。この乗り心地を知れば、もう馬車には戻れない。
会議が終了後、日本公使館へと向かう際にリンスイ卿からクワ・トイネ公用車への同乗を進められた。公使館に着く前に一度、意見の調整がしたかったのであろう。わしは頷き、クワ・トイネ公用車へ乗り込んだ。始めは憤慨していたリンスイ卿であったが、その後の話はこの事態に対して日満両国がどういう見解を出すかという内容であった。あの場では、日満両国は話を中断させただけで、特にロウリア側を非難するような発言はなかった。
四か国の事前協議では、ロウリア側を崩壊に追い詰めるようなことはしないということを基本路線としている。それは、百害あって一利なしとのことだ。賠償を受け取れない、ロウリア国内の治安の悪化とそれによる難民の発生とそれらの我等両国への波及、貿易が開始できないことによる経済的利益の未発生などなど。このことは、我等も本国中央政府も理解しているし、納得もしている。そして、それがために、ロウリア側に一方的に譲歩するのではないかということを話してきた。うむ。ありうる話ではあるが、それはそれで我等の関係にひびが入りかねないものである。我等には余裕がある為、厳しい状況であるならば、なんとか納得できることでもその納得が難しい場面が出てくるもしれない。
「左様。我等クイラは、ミズ・トイネ王国の後継国家を名乗ってはいませんが、リンスイ卿の怒りは理解できます。ロウリア全権の意見は確かに言いがかりでしょう。戦前の戦力分析では、ロウリア側は圧倒的な戦力を保持しておりました。我等クイラとクワ・トイネ両国を足してもロウリア側の戦力には届きません。このような状況にも関わらず、『クワ・トイネ公国は、かつてロデニウス大陸全域を支配していたミズ・トイネ王国の復活を望み続けている。公国はロウリアを攻め滅ぼそうという思想を持ち続けていて、数代前のロウリア王がこれに敵愾心を抱き始め、危険を除去しようと思い始めたのがすべての始まりで、それが亜人排斥主義とも絡み合い、ロウリアの軍備拡張、そして、やられる前にやれという先制攻撃につながった。この考え方自体がすべての原因とはいわないし、これがこの戦争の契機の全体像を差しているとはいえないが、そういう側面がある以上、ロウリアにのみ今次戦争の責任の一切があるという物言いはなかなか承服しがたい。』という発言は我等としては到底承服しかねる発言です。」
リンスイ卿が首を縦に振っている。
「両外相のご発言、誠にもっともなことと思います。私もロウリアのベルシュ全権の発言は、すべてが真実を表しているとは思えません。現に、あの発言のあったとき、周りのロウリア全権はベルシュ全権を驚いて見ていました。彼の意見が、ロウリア側の共通認識であれば、あのような顔はしなかったでしょう。全くの作文であるということは断定できませんが、事実としてはそれに近いものであろうと思います。」
「では、ロウリア側には断固とした態度で臨むべきではありませんか。講和会議の場に於て、責任逃れをしようとしたことは誠に許しがたい。このままでは、我が国の威信のみならず、日満両国も同様に威信が低下しますぞ。それは、貴国等にとって好ましいことではありますまい。」
森山外相の発言を受けて、リンスイ卿が徳川・森山両外相を説得しようとしている。森山外相も徳川外相も迷っているというよりも何か違った難しい顔をしている。
「皆様方。これは、我が国と満洲国が前の世界にいた際の友好国の工作員が掴んだ情報です。第三文明圏公用語でペーパーにしていますので、ご覧いただきたい。」
徳川外相の秘書官から、ホチキスでとめられた数枚の報告書が渡されたので読んでみる。ううむ。ロウリア王国地方都市ビーズルにて極端な物不足の為商会が打ちこわしに遭う、か。
パーパルディアからの借款返済の為、ロウリア中央政府は地方諸侯に大規模な増税を実施した。増税に応えるため、諸侯は一部軍役を解き、それにより治安の悪化が発生している。調度品の類の売却は、買い手が少なく不調。特に、東部諸侯は敗戦で諸侯軍が崩壊し、それ以外の治安部隊の維持も厳しい状況が続いているため要注意である。
傭兵の一部が野盗と化した模様で、野盗により行商人・商隊の一部が被害に遭い、物流が崩壊寸前の状態。物不足は、大都市に近いほど激しく、ビーズルでは物価が上昇し続けており、小麦の値段は3月末の時点と比較すると260%のインフレ率が発生していると把握している。特に東部地域は、クワ・トイネ国境とも近いため、現状の注視が必要。
農村部も徴兵された男子の死亡や捕虜による拘束を受けている状態で人不足が深刻であり、農作物の生産量に影響が出ている状況である。畑の手入れを行う人間がおらず、秋の刈入れも満足にできるか厳しい状況。
南部・西部の諸侯の動静も不透明。現在は、王都に諸侯の人質を軟禁しているため、表立って反抗に及ぶ諸侯はいないが、地方諸侯への更なる増税が行われた場合は危険と判断する。
「ご覧いただいた通りです。リンスイ卿のお怒りは分かるが、野盗が国境を越えてクワ・トイネに侵入してきたり、難民がやってくるとなれば、そのほうがクワ・トイネにとっては問題であるとわしは思う。わしは一回程度なら休戦協定の延長も視野に入れたうえで、じっくりと会談を行うべきかと思っていたが、思っていたよりもロウリア側の状況は悪い。逆に早期の決着が必要であると思う。今、本国でも政府首脳同士での会議が行われていると思うが、早期の交渉妥結による捕虜送還。場合によっては、先に捕虜送還を行うことが必要かもしれぬ。それに、クワ・トイネにとっては、調度品の類を買い取り、それと交換で食料を輸出する。その方がお互いに良い取引になると思うが、ここは譲歩してくださらぬか。もちろん、先のロウリア全権の発言については、公式に否定することを条約上で明確に記載するなどの方法を取る。」
徳川外相がリンスイ卿に頭を下げた。思いもよらぬことだ。徳川外相はロウリアの肩を持って、クワ・トイネの怒りをなだめようとしている。いや、それが正しいことは私にもわかる。この報告書の記述を見れば、本国も嫌とは言うまい。それにしても、戦争に勝ったのにもかかわらず、難しい対応を迫られるとは、まこと外交は難しい。