アルタラス王国王都ル・ブリアス ロウリア大使館
― アルタラス王国駐箚ロウリア王国大使 ローデリヒ・ベルシュ
講和会議における我等のこれまでのやり取りについて振り返り、今後の対応を協議すべく、ロウリア全権団は、第三回の会合終結後、直ちに大使館の会議室に集った。まずは、先ほどの私の発言について、詳しく説明し、この意見を基にして我等の主張の軸をしっかりと立てねばならぬ。
会議室に入り、着席を進めていたところ、わしはいきなり殴られた。もんどりうって倒れたわしに対して、殴りかかってきたパタジン将軍が吊り上がった目で怒り声を発した。
「貴公!なんということをしてくれたのだ!あんなことを言っては、クワ・トイネは我等のことを決して許さぬぞ。あのようなケンカを吹っかけては、講和会議はぶち壊しになる。我等は敗戦国だぞ。意見の応酬はあっても、われらの立場を弁えたうえで、交渉せねばならぬというのに、外交官の身の上でそのようなこともわからぬか。」
わしの秘書官がわしを抱き起す。口の中が切れたか。流石は現役の将軍というべきか。とてつもない力だ。
「その件につきまして、これから説明を行うところでございます。まずは、着席をお願いします。」
憤慨したパタジン将軍を始めとして、全権団四名が席に座る。
「初めに断っておくが、我等も貴公の発言については全くの寝耳に水であった。何らの事前の説明も受けていない状況で、ああいうことをされては困る。」
「いかにも。パタジン将軍が言ったように、我等は敗戦国だ。発言には細心の注意が求められる。乱心したわけではないようだが、いったい何を考えているのか。返答によっては、全権と大使を解任の上、即刻本国に送り返すぞ。」
マイヤーハイム大蔵卿とマオス外務卿が次々とわしに対して非難の言葉を投げかけていく。無理もないことではある。パタジン将軍はわしを睨みつけている。
「乱心したわけではありませぬ。すべてが計算づくという訳でもなく、賭けの部分がなかったとも申しませぬが、これまでの私の調べによりますと、日満両国にとっては、私の発言で講和会議打ち切りにはならぬという十分な勝算がありました。」
皆が眉間にしわを寄せ、わしを訝しむ。
「今少し詳しく話してくれ。」
「わかりました。私は、4月12日のギムでの敗戦の報が伝わった時から、アルタラスの外務局などに働き掛け、日満両国の情報収集に尽力してきました。当初は我々のロデニウス統一を阻む彼らを調べることで、今後の戦争を有利に仕向けるためでありました。しかし、徐々に調べが進むにつれ、このままでは祖国が滅亡するとの確信を抱くに至りました。」
マイヤーハイム大蔵卿とマオス外務卿が驚愕の表情を浮かべている。パタジン将軍は、苦しい表情をしている。自身の戦争計画の見通しが甘かったと言われているとでも思ったのであろうか。
「それゆえに、私は日満両国のことをこれまで以上に調べることとしました。様々なツテを探り、日満両国の政府上層部の考えなどを手に入れるに至り、私は日満両国がロウリアを滅亡にまで追い込むことがないことを知りました。それもロウリアを嬲るつもりもなく、講和に際しても必要以上に痛めつけるような形で国の存続を図らせようとすることがないことも知りました。ただ、それでも、我が国を取り巻く状況は厳しい。それがために、いささか荒療治ともいうべき方法を取りました。なんとか、この戦争の開戦責任をうやむやにできないか、我々の一方的な責任が多少でも緩和できれば、賠償条項も緩和できないかと考えた次第です。」
私以外の三人がそれぞれお互いに顔を眺めている。
「卿の意見は理解した。いや、未だに理解しきれたとも言えぬが、その、卿の調べを手伝った者はアルタラスの外務局か。アルタラスは日本国満洲国ともに国交を有している。アルタラスの首脳部から日満両国の首脳部に講和の基本方針を聞いたという事か。」
「そのことにつきましては、協力してくれた者の立場もございます。また、私の口から協力について漏れたとあれば、今後の協力が得られなくなります。何卒、そのあたりについてご質問することは控えていただきたく存じます。」
「左様か・・・。」
うむ。やはり、わしがどこから情報を入手したのかは気になる所であろうな。政府上層部の意向などそう簡単には手に入らぬ。
「では、今後の交渉についてベルシュ大使の私見をまず述べてもらいたいが。」
「はい。まずは、賠償問題で相手方に譲歩を迫ります以上、軍備制限については原案に加えて大幅な制限を追加で受諾すべきであると思います。そして、それに代わる治安維持の強化のためにも保障占領の長期化と日満両国軍隊による国内主要都市への駐屯。」
「王国国内に他国の軍隊を駐屯させろと申すのか。それでは、我が国は属国の扱いとなる。我が国の体面が傷つくのではないか。」
大蔵卿の発言は確かにそうであろう。ではあるが、我々のほうから積極的に申し出ることに身がある。
「この提案は、我々の誠意を相手方に示すものであり、実現する話とは思っておりません。と、申しますのも、日満政府の、特に財政当局者の意向としては、派遣軍の早期撤兵が基本路線なのです。日満両軍の軍人の給与なのですが、軍人が出征すると出征手当なる加俸給が発生します。ギムやマインゲンで戦闘が行われた際にはこれに戦地手当や戦闘手当が加算され、その後の占領統治の期間中には危険の度合いに応じて、第一種から第三種までの危険地手当なるものが加算されます。第一種は占領直後で住民の反発などが予想される、敵軍の反攻などの戦闘のおこる蓋然性が高い状況での勤務手当でありまして、そこから危険の度合いが下がるごとに加算の金額も少なくなります。今、マインゲンでは第三種の、カルーネスでは第二種の危険地手当が支給されているとのこと。これを本国の財政当局者は我等と早期に講和を結ぶことで戦争状態を終結させることで出征手当を廃止し、海外赴任手当、海外派遣手当なるものに置き換えようという動きがあると聞いています。」
「なるほどな。軍人への俸給手当を段階的に引き下げ、国庫に占める割合を減少させつつある状況で、逆に国庫に占める割合を増やすことになる増派は嫌がると、そのように卿はもうされるのだな。」
「はい。ですが、私個人としては保障占領の長期化・外国軍隊の駐屯も悪くはないと思っております。」
「なんじゃと。」「バカな。」「国内諸侯からの反発が。」などと三者がそれぞれに反対の意を示す。
「皆様もご覧になられたでしょう。日満鍬杭各国が持つ自動車を。あのような機械文明を持つ国が我々の国土内であれらの文明物を運用するということになれば、必然的に道路や各種整備施設、運用資源などの持ち込みが行われることになります。それは、紛れもなく我々の発展の一助となります。駐屯地間を結ぶ道路は整備される。そして、その恩恵は我等の国民を預かることが可能です。現に、クワ・トイネとクイラがそのよい証左です。このままでは、我々は、彼らの後塵を拝するということになりましょう。彼らを寧ろ積極的に受け入れることで国の力を強くしていく。そういう考え方もありうるのではないかと思うのです。
「なるほど。国力回復にはつながるな。」「うーむ。」「諸侯がどう考えるか。」うむ。迷いだしたか。それはそれで、良い傾向であるが、今一つか。だが、下手に勘違いした者が出現することは抑えねばならぬ。
「今後は、ロデニウス大陸の三国は協調していくより他に途はないのです。始めに戻りますが、その意味でも今回の私の提案はクワ・トイネ側にくぎを刺すことができると思うのです。」
「む?その意味は。」
マオス外務卿はピンときた様子だが、マイヤーハイム大蔵卿は意図がわからぬか。ふむ、パタジン将軍もやはり外交の機微は疎いか。
「はい。50年前の戦争と今回の戦争と、これまで我が国の圧迫を受けていたクワ・トイネですが、今後日満両国の支援を受けて、急成長を果たした時、我等に報復するという未来が考えられると思います。しかし、それはロデニウス大陸を再び混乱に陥らせるだけであると考えます。日満両国はクワ・トイネを抑えましょうが、押し切られる可能性もありえなくはないのです。」
「なるほど、其れゆえに森林盟約宣言の話が出てきたか。森林盟約宣言に基づくクワ・トイネによる統一戦争が起きようとしたときは、今度は我等が日満の力を背景にして、クワ・トイネが報復戦を仕掛けてくることはできぬという風に持っていきたいのか。」
「左様です。」
大蔵卿も将軍も理解した様子だ。これで、ようやく出発点に建てたと言うところか。将軍からは先頬殴ってしまったことを謝罪された。
「なるほど・・・。とすると、この問題は、じっくりと協議していく必要があるな。講和会議はできるだけ引き延ばして、できれば期間の延長も引き出したいところだが、ベルシュ大使。延長は可能か。」
「不可能とは言いませぬ。日満両国としては、じっくりと交渉を行い、双方の不満を解消し、納得した上で調印に持ち込みたいというのが本音です。彼らは『名誉ある講和』というワードを大事にしています。力で押し付けて我等にサインを強いるというのは、彼らにとっても不本意なのです。ですが、早期決着を望んでいるというのも先に申し上げましたように事実です。それに、」
「それに?」
「我が国の国内の動向も気になります。日満両国は、敗戦の混乱で我が国の国内が貧窮することを望んでおりません。混乱はあるにしても、それはある程度コントロールされたものであるという事実が必要です。我が国の荒廃がコントロール不可能なまでになれば、日満両国は我が国を見捨てるという選択肢も用意しているはずです。そういう含みがある情報が届いています。」
三名の、いや会議室に集った者の、ゴクリとつばを飲み込むような音が会議室に響いた。
「具体的には?」
「東部諸侯領の独立国化。同盟国側は、ジューンフィルア伯爵を捕虜としています。彼を戻したうえで、伯国として日満両国が新国家に資本を投下し、徹底的な治安維持に努めます。そうすることで、クワ・トイネの西部国境を安定化させる。緩衝国家を作ることで、クワ・トイネ側の不安と不満はそこで抑える。現に満洲国は、80年ほど前にかつての日本国が他国との緩衝国家として建国させたという歴史があり、日本国国境地帯の安定という目的は成功しております。そして、その緩衝国家は今や日本国と遜色ない独立国家となっております。一度成功しておりますので工程表のようなものも残っているでしょう。日満両国にとっては、資本投下が必要となりますが、クワ・トイネとクイラの歓心を買うという事では充分に意味があることです。」
「うーむ。」
その後も会議は夜遅くまで続いた。交渉をどの程度引き延ばすのか。そのあたりの見極めが重要となる。本国とも連絡を取らねばなるまい。
―――――
アルタラス王国王都ル・ブリアス アテノール城
― アルタラス王国国王 ターラ・ド・ラ・ファイエット
「やはり高度な文明を有する国家というものは、ものの考え方もまた進歩的です。文明圏外の国家が手を取りあって互いに助け合い、各国が進歩を競っていく。共存共栄の精神を涵養していくことは重要であると思います。」
「そうか、そうか。うむ。そうよのう。己だけがよければよれで良しという考え方が、格差を生み、その結果妬みと劣等感からつまらぬ思いにとらわれ、自分を磨くのではなく、相手を貶めて、自分のレベルに引き下げようとするわけじゃな。そうすると、全体のレベルが停滞し、あるいは落ちていくことに繋がりかねない。集団としては、最悪の未来じゃのう。」
美しく育ったわしの娘はわしに語り掛けてくる。育つにつれて、亡き妻によく似てきた。妻はルミエスを含めて、男2人女3人を産んでくれたが、大半が夭折してしまった。残るは5歳になる嫡男と8歳の女子のみ。ルミエスも王国で成人年齢とされる16歳を超えて18歳となってしもうた。そろそろ嫁ぎ先考えなくてはならないが、直系の王族には人がおらぬ。ルミエスもそれをわかっていて、嫁ごうとはせぬ。悲しいことよ。
「はい、既にクワ・トイネとクイラが日満両国の力を受けたと言えども、協力して、ロウリアに立ち向かい、これを退けました。近隣諸国との交際を密にし、各国が協力して事に当たっていく。非常に重要だとおもいます。それがためにも、お父様、いや陛下。大東洋共栄憲章への署名と大東洋共栄圏への積極的な参加を我が国は図るべきであると思います。」
ここ最近、我が国の宮廷・政府・貴族の間で話題になっているのが、この大東洋共栄憲章と共栄圏機構なる存在だ。日満鍬杭四か国の対ロウリア戦争の同盟国を中心勢力として、大東洋の平和と安定のために国家間で協力をしていこうという枠組みが作られた。そして、その枠組みは、文明圏外各国にも開放されている。
だが、元は対ロウリア戦争の同盟国が中心勢力である。現在、中立国としてロウリア戦争の講和条約を扱っている我々がこれに加入することは中立国としての地位を放棄することになる。少なくとも今は加入すべきではない。
それに、かつて日満両国がロウリアの戦争発動を停めようとして文明圏外各国と共同宣言を発しようとしたとき、我が国はこれに賛成しなかった。今更このような枠組みに加入することは、後追い、追随になる。それにクワ・トイネやクイラの後塵を拝する形になるのは、アルタラスとしてはいただけない。時間をかけてでも交渉し、機構内にそれなりの地位を確保してからでも加入は遅くないという勢力がある。
ルミエスを筆頭とする「新外交」を提唱する勢力は未だ弱い。それに引き換え、アルタラスの地位を高め、文明圏外での地位を高めようとする勢力は、外務卿を筆頭に多数に上る。何と言っても、クワ・トイネやクイラの傘下に着くような真似はできぬという感情的な問題は、わしを含めて強い。中央世界に一番近く、ミリシアルともつながりの強い我が国は、もともと文明圏外でも一目置かれていた。ロウリアが自滅した今、我が国の地位を上げるときであるという意見は強い。
その意見を補強する報がユグモンテ外務卿より届けられた。なんでも、パーパルディアの国家戦略局なる機関の南方部長が秘密裏に外務局に接触していたらしい。忌々しい大使館、つまり、パーパルディア外務局の連中とは別部署の人間であるとのことだ。彼の話によれば、パーパルディアにもアルタラスにもうま味のある提案を持ってきたというのだ。
一つ、シルウトラス鉱山の名前をエミール鉱山と名前を変更すること。これは所有権を移転せよという話ではないこと。
一つ、ハルトマイム鉱山のいくつかの坑道の所有権をパーパルディアに譲渡すること。
一つ、ハルトマイム鉱山から算出された魔石を使用した、魔道具工場を鉱山付近に設けるので土地を提供すること。
一つ、魔道具の作成はパーパルディア人が行うが、販売はアルタラスに委託する。その際の収益の50%はアルタラスが保持してよいこと。
一つ、魔道具にはパーパルディア国旗とアルタラス国旗を装飾する。天地がある場合には上の方にパーパルディア国旗を、裏表がある場合には表側にパーパルディア国旗を装飾すること。
うむ。これまでの外務局の連中の申し出てきた話よりも確かにうまみのある話だ。将来的には、アルタラスの魔道具職人の雇用も否定しないということも伝えてきた。これは、我が国の魔法技術の向上も期待できる。シルウトラス鉱山の名前を変更せよというのには驚いたが、所有権を渡せという話でもないため、実害はない。
気がかりなのは、国家戦略局は外務局とは別組織ということだ。彼らもそれについては、念を押して、我等の行動をパーパルディア大使館に知られぬようにと言ってきた。大使館の人間に知られては、この話が違った方向に行きかねない。パーパルディアとアルタラスが共存して発展していくためには、この話は秘密裏に成功させねばならないとのことであった。知られてはまずいということは、知られた場合には、話が覆されてしまうという、国内での国家戦略局の立場を表している。だが、それを除けば、この話は考慮に値する。
ルミエスの言う大東洋共栄圏。日満両国は魔導文明の国ではなく、科学文明の国ということだ。これでは、我が国の機構内での立ち位置が弱い。日満両国に主導権を握られ、我々はそれに追随するだけの存在となりかねない。
「ルミエスよ。その話は、宮廷でも話題になっておるぞ。なんでも其方は、各貴族の夫人や令嬢を招き、日満両国の優秀さを説いておるそうだな。なんでも、化粧品や衣服、調度品、菓子を手に入れて、美しく着飾り、胃袋を掴むことで、女性陣の心を夢中にさせておるそうじゃないか。」
これにはわしも驚いた。女たちは、ルミエスの招待を受けた後、それぞれの自宅で夫や父に日満両国との積極的な交流を働きかけておるというではないか。なかなかうまい手を考え付いたものよ。
だが、日満両国は我が国との貿易に積極的ではない。というのも我々から日満両国に売るものが少ないからだ。彼らは魔石を必要としない機械文明の国家だ。貿易収支を考えると、あまり輸入を増やすことはできぬ。
「ご安心ください、お父様。」
む?なんだ?
「既に満洲国内の化粧品メーカーと交渉を行っております。我が国に化粧品工場を誘致することで我が国内で化粧品の製造を始めることができるかもしれません。そうすれば、製造品を日満両国に輸出することができます。外貨獲得に繋がるものと思います。」
ほう、わしの心を読んだか。うむ。うむ。聡い子よ。優秀じゃのう。
「ほう、してその話は何時頃正式なものとなるのかね?わしのところにはまだ外国の商会が支店を置くというような話は届いておらぬのじゃが。」
わしがそういうと、ルミエスの顔が曇る。うむ、憂いを帯びた表情も美しいのう。
「我が国で製造しようと考えている商品がこちらです。ヤシの実石鹸という、ヤシの実を使用した体を洗うためのものです。これは、満洲国がこの世界に来る前に他国で製造して輸入していたものなのですが、在庫が少なくなってきているそうです。そこで我が国に企業の工場を誘致することで生産を行えればという事らしいのです。」
ほう、ヤシの実を化粧品に使うのか。なんとも満洲の連中は不思議なことじゃのう。
「それで、このお話を具体化するにあたっては障害がたくさんあるのです。一つは、我が国の産業です。我が国は魔法文明国でもあるために、科学文明国がその生活及び生産の上で必需としている電気が存在しません。そのため、大規模な工場が作れないのです。」
ふむ。ここでも、科学が問題となるか。やはり、日満両国とは相容れぬというか、協調を取ることは難しいのう。
「ルミエス。それでは、どうしようもない話ではないか。そもそも、前提条件に大幅な問題があるのに、誘致の話そのものが出ているということ自体が不可思議な話じゃぞ。さては、其方騙されておるのではあるまいか。」
「いえ、そうではございません。まず、工場の誘致そのものですが、ムー国のルバイル空港の近辺であれば、多少の発電施設がございます。ここと協力ができれば、大規模な工場誘致は不可能ではございませんが。」
「なるほど。ムー国と満洲国は国交樹立交渉の途中であったな。商業活動を行うのにはまだ障害があるの。」
国交樹立直後では、ムー国側も簡単に商売の話に乗ってはくるまい。まだ初対面の間柄じゃからの。交流を深めぬことには、いくら満洲国がムー国と同じ科学文明国と雖も、簡単に商売の間柄とはならぬまい。
「はい。またヤシの木が多数生えている場所とは距離が離れております。生産工場の立地としてはあまり良くない場所です。それがために次善の案として、電気を使わず、職人の手作りで生産を行う施設を建設するという形の案が浮上しております。」
「なるほどの。其の案であれば、我が国でも可能という事か。」
「はい。ですが、障害が残されているのです。」
ふむ。ものづくりそのものについては、満洲側が行う。原材料も我が国にある。何が足らぬというのであろうか。
「製造工程そのものは難しいところはないそうです。大体の製造工程は満洲国や日本国では民間でも知られている製造工程で、それこそ大人が注意して見守れば、子どもにでもできるものだそうです。そのため、我が国の国民から雇用者を募って、生産に従事してもらう予定だそうです。その際の給金も我が国のいろいろな職人の相場を参考にしてそれに沿った金額を支給してもらえるとのことです。」
「なるほど、それならば、我が国でも生産が可能じゃな。良いことづくめではないか。」
「お父様、実はそれが問題となっております。」
何?どういうことじゃ?
「製造工程は難しいものではありませんが、品質や香りを高めるための添加物の種類や量、材料の混ぜ方など具体的な工程のところどころには、その企業の研究結果があります。満洲国や日本国ではこのような成果については、特許権や実用新案権といった発明した者を保護する政策がとられています。先ほども申しましたが、難しい工程がないからこそ、模倣も可能となっております。我が国には権利を保護する仕組みがないので、企業の進出を妨げる一因となっているとのことです。」
むう。子供でも作れるようなものを出し惜しみするとは。我が国の作物を使用して富を得ようとしているのにもかかわらず、そのやり方も秘匿するとは。
ユグモンテが言っておったな。日満両国は国としては信用に足るが信頼には足らぬと。なるほど。こういうことか。上位存在の国家は下位の国を庇護し、善導せねばならぬ。時には利益も与えて、我等に着くことにうま味があると思わせねば、他になびくだけであると。
「ルミエス。その話自体、わしは初めて聞いた。特許じゃったかな、それも含めていろいろとわしも聞いてみるといたそう。」
「ありがとうございます。」
「うむ。今日はもう休みなさい。」
ルミエスが立ち上がり、護衛騎士の先導を受けて自室に戻っていく。さて、考えねばならぬ。ルミエスの言うことは聞いてやりたいが、この問題如何に解決すべきか。