大日本帝國召喚   作:もなもろ

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私事ですが4月4日は私の誕生日です。なので、日本政界・官界のドロドロ状態を投稿します。


大日本帝国東京都首相官邸 2675(平成27・2015)年7月17日(金) 午後0時

 山上総理は昼の12時に必ず休憩をとる。帝国議会開会中であってもそれは変わらない。衆議院予算委員会で集中審議が開かれていた時もそうであった。野党議員の質問攻めにあっているときも、12時の5分前になると、引き留める野党議員を無視して、議場から退室し、議会内の総理大臣室に戻っていった。始めのころは、議会軽視だと騒がれたが、これが繰り返されると次第に皆も諦めの境地に達し、野党も休息に入るようになった。

 1年ほど前、兵部省の経理局長と国防産業の一企業との間に癒着が噂され、その金の流れが統帥側にも及んでいるという噂が政界を駆け巡っていた。カネの流れが当時の兵部政務次官(後に衆議院議員辞職、当時政友会山上派所属)にもおよんでいるという話が出たときも総理は同じように12時5分前になると議論を切り上げた。流石にこのような時にという声もあり、ネット世論も炎上しかかったが、ネット工作の影響もあって、まあルーチンなのでということで最終的には落ち着いた。この際、山上総理は、総理大臣控室に戻って食事をしようとしたが、食事がのどを通らなかったといわれている。事情を知るものの中には、「宰相殿の空弁当」という故事を用いて、酒の肴にする者もいると言われているが、定かではない。

 山上総理は休憩中人とは会わない。緊急の用件には内閣副書記官長が応対する。必要があれば、内閣書記官長に伝言が行き、そこから総理に伝達される。

 今日は、山上総理は登院せず、総理官邸で執務を行っていた。そして、昼食の時間になると、自らの腹心たる荒池内閣書記官長のみを陪席させて、食事をとりつつ、政務の相談を行う。これが彼のスタンスであった。

 

「田山通産相と飯島厚相から相談がありました件ですが、厚生省のほうで対策チームを設けて、検討に当たらせることとなりました。チームの発足は、来週の月曜日になりそうです。」

「目途は何時頃になりそうかね。」

「来週中には、何らかの答申が出せそうですね。幸いにして、海原先生のお声掛かりを受けた何人かの食品衛生管理資格保持者の中から厚生省の嘱託職員という形をとりまして、厚生省の本年度予算内で賄う事が出来そうです。」

「うむ。早急に動いてくれたまえ。海原先生は怒らせるとやっかいだからな。」

 

 本日の山上総理と荒池書記官長の昼食は、かつ丼であった。総理は今年66歳になるが、なかなかの健啖家である。

 

「ところで、党内の状況はどうかね。玉原さんは民政党に行くつもりはないといっているそうだが。」

「はい。桜内幹事長が接触を続けております。玉原先生は、対ロウリア外交はもっと強硬にやるべきであるという考え方は持ってはいますが、政友会を離党してまで行動を起こすということは無いともおっしゃっていたと桜内幹事長より聞いております。党内の意見を少しでも強硬路線に持っていくために衆議院本会議は欠席したが、それはあくまで党内政治のことである。建議はあくまでも衆議院の希望であって、山上内閣の外交方針に修正を促すものであった。だが、政友会の党員として、最終的な内閣の決定には従うとのことでした。」

「ふむ・・・。」

 

 山上総理は食べ乍ら物事を考える。総理にとってこの時間は休息であって休息ではない。実際に執務に追われるだけが仕事ではない。物事を考える時間が必要だ。荒池翰長もそれをわかっているので、思考を開始したとともに自分の箸を進める。

 

「玉原派は20名だったか・・・。確かに与野党の議席差を考慮すれば、決議がひっくり返る。だが、建議で我を通したとしても、決議で我を通すことはできまい・・・。政党人としては信義にもとる行為であり、民政党としても寝返ったものをそう簡単には信用しまいし、選挙区の事情もある・・・。現職と元職でどう候補者を調整するか、それも簡単にはいくまい・・・。だが、保険は必要か・・・。」

 

 山上総理は時折独り言を発し、時々箸を進ませる。

 帝國議会衆議院の議員定数は723名。政党別の内訳は、

 立憲政友会(345名、47.7%)、

 立憲民政党(230名、31.8%)、

 日本社会党(48名、6.6%)、

 民社党(43名、5.9%)、

 日本共産党(8名、1.1%)、

 立憲帝政党(18名、2.4%)、

 三葵会(17名、2.5%)、

 堂上会(12名、1.6%)

 無所属(2名、0.2%)

 となっている。この内、三葵会と堂上会は、貴族院にも会派を構えていることと議員本人は爵位を持っていない(衆議院議員の被選挙権は士族籍又は平民籍若しくは華族籍であっても爵位を持たないことが条件)が、華族の身内であることを理由として、政党の争いとは一線を引き常に政府案に賛成する傾向がある。このため、与党は、議席数374名で議席占有率は51.7%、野党は339名で46.8%となる。玉原派20名が寝返れば、与党354議席、野党359議席で逆転する。

 とはいえ、寝返りは簡単ではない。それぞれの選挙区には、政友会と民政党の選出代議士がだいたい1名以上いる。政友会で1名、民政党で1名というのが多くの選挙区の状況で、まれに政友会が2名とる。この残り1名の議席を争って、多くの選挙区で勝った方が与党となるのが、日本政界の状況だ。

 玉原派の政友会議員が寝返って民政党が2名となったとしても、次の選挙で2名当選するかと言えば、正直難しい。何故なら、それぞれの候補者は後援会や支援者を抱えているが、その後援会や支援者の中には、政党でその候補者の支持者になっている者がいる。政党を変えたらその支持者は離れていくだろう。また、残り1名の議席を争って敗れた者の存在を忘れるわけにはいかない。次の選挙では、政友会は新たな候補者を立てる。とすれば、玉原派の候補者の票は割れる。そして、前回の選挙で敗れた者も選挙に出るとなれば、民政党の票も割れるが、その割り方次第では、下手をすれば第三党の候補者の票が上位得票者となる可能性もあるだろう。

 

「荒池君。たしか、党の顧問の角丸先生は美食倶楽部の会員だったな。」

「はい、私も何度か、星ヶ岡茶寮にお誘い頂いたことがあります。」

 

 荒池翰長は箸を停め、水を飲んで、会話を再開する。そして、玉原代議士との手打ち式の次第を話し出した。角丸代議士から山上と玉原両名を誘ってもらい、星ヶ丘茶寮で飲食を行う。これによって、玉原代議士の「造反」を許すという流れだ。

 

「だが、保険は必要だ。玉原代議士及びその派閥の議員の醜聞は何かないか調べてさせてほしい。ある程度の仕込みも許可する。もちろん、今後玉原先生が党を割るなどしなければ、爆発させる必要はない。」

「わかりました。では、今回もヴァルヌスに依頼を?」

「いや、そちらには別の依頼がある。」

 

 山上総理は一拍おいて荒池翰長に喋り出す。

 

「戦争も終わったことだ。となれば、ある程度の混乱は許容範囲だ。そろそろ、政軍関係の調整、粛軍が必要だ。」

「なるほど・・・。柳沢軍令部総長の件という事でしょうか。」

「うむ。」

 

 粛軍、昭和40年代の内閣総理大臣であった佐藤栄作がその在任期間の全てを使って成し遂げたそれは、帝國政府と帝國陸海軍との関係を調整するものであった。陸海軍省の兵部省への再編、軍事参議院会議の内閣側出席、大本営総監副総監職の設置、元帥会議の宮中設置、軍部大臣の就任資格の段階的緩和、統帥部から人事権を兵部省へ権限移譲。これにより、政軍関係はある程度調整された。帝国憲法上、軍の指揮権が天皇に在ることは変えられぬが、その参謀たる組織を旧来の武官だけで構成された省部から大幅に拡張することに成功した。いわゆるシビリアンコントロールとまではいかないものも、内閣総理大臣も軍の統帥に関与することが可能となった。

 

「1年前の村上君のあの騒動だ。国防産業の一企業と噂になっていた海軍の高官は、柳沢総長と当時米国駐在武官だった汪第一部長だ。」

「・・・その情報はどこから?」

「君も推測している通り、ヴァルヌスだ。君にも内緒で私の私設秘書が代理人を通じて接触した。だが、彼らと三菱の重役がある会食の席を共にしたという情報しかない。これだけでは、なんともいえぬ。故に、今回は君のルートからもヴァルヌスに接触して、調査を依頼してほしい。私の私費から調査を依頼したが、次は官房機密費から頼む。」

「しかし、ヴァルヌスは優秀なハッカーとはいえ、民間人のハッカーです。どこから情報を得たと言われたときの信憑性に問題がありますが。」

「わかっている。故に、司法大臣に命じて、訴追のための特別チームを作らせたい。東京地方裁判所検事局特別捜査部から人を派遣してもらい、違法行為又は懲戒事案にあたるような行為がないか、秘密裏に捜査に当たらせたい。あくまでも秘密裏にだが、表で動くのが彼らだ。」

「なるほど、つまり裏で動くのがヴァルヌスということなのですね。」

 

 山上総理がこくんと頷く。

 

「そろそろ、海軍も正常化しないといかんしな。」

 

 平成2年、中東で危機が起こった。湾岸危機の勃発である。宗教的背景から対立していたイラン帝国とイラク王国であったが、散発的な戦争と停戦を繰り返した。このため、GDPに占める軍事費の割合は周辺諸国と比べると高かったこともあり、両国ともに経済的に疲弊していた。両国ともに資源輸出国であったが、イランに比べるとイラクは、原油ほうが天然ガスよりも貿易の割合が高かった。そこへ原油価格の下落が起きた。イラクの経済は打撃を受け、下落の責任を中東諸国による原油の過剰生産にあると主張し、中東諸国に原油の生産縮小を要求した。しかし、イラクとしてはイランと事を構えている以上戦線の新設は許容できず、恫喝まがいの真似しかできなかった。国際社会もこれをわかっていたため、事態を静観していた。

 当時の日本軍高官もこのような見地に立っていた。緊張関係は続くであろうが、開戦に至ることは無いと。いずれ、欧州列強を中心とした国際社会が調停に乗り出し、緊張緩和に向かうと。

 そこへ、アメリカ合衆国が単独で、国際連盟での根回しもないままに緊張状態の緩和を大義として、イラク派遣部隊を編成して送り出した。国際社会は突然のアメリカ派兵に驚き、まずは国際連盟での調停をと、緊急理事会の開催を目論んだが、アメリカ国連大使より、手をこまねいていては、中東の混乱が持続し、世界の経済に悪影響を与えかねないとして、調停よりも行動を優先した。引き返せという声と進むという声の応酬は続き、ついにアメリカ艦隊がペルシャ湾に到達するに及んで、イラク側にサウジアラビア王国との国境付近に展開する軍部隊を後退させよとの恫喝をするに及んだ。このアメリカの恫喝に対して、イラク側は、国境付近の部隊を後方に移動させるなどしたため、湾岸の危機は終息するに至った。

 これらの動きに対して、日本国内では軍に対する責任を問う声が強まった。アメリカの本気度を見誤ったのは、軍高官の見通しの甘さが原因であり、欧州列強に追随していた姿勢が問題あると。当時の大本営総監、三軍統帥部長は辞任に追い込まれることとなる。全員が退いては、混乱の収拾ができなくなるということで、副総監が総監に昇格して事態の収拾に当たった。陸軍と陸空軍では、次の世代や次の次の世代が後任に就任したが、海軍で後任についたのが、欧州駐在経験者以外の米国駐在経験組であった。これ以来、海軍では欧州派と米国派のポスト争いが激しくなっていくのである。

 

「ということでだ、ヴァルヌスとの接触を頼みたい。そして、特に慎重に事を運んでもらいたい。次官はある程度かかっても構わんのでな。」

「承知しました。それでは、玉原先生の件はこちらで対応するものを選ばせてもらいます。」

「よろしく頼みましたよ。」

 

 政軍関係の緊張は、水面下で大きなうねりを帯びて動き出しつつある。

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