パーパルディア皇国皇都エストシラント 第一外務局
― パーパルディア皇国第一外務局次長 ハンス・ツー・オイゲンベルグ
昨日の夕方のことだ。神聖ミリシアル帝国の駐箚大使から先触れがやってきた。なるべく早く、外務局長と会談をしたいとのことであった。直ちにマリンドラッヘ局長に連絡を取り、翌日の午後三時よりから会談が行われることとなった。
第一外務局正面車寄せで待っていると、ミリシアルの魔道車が走ってきた。神聖ミリシアル帝国が誇る魔導科学の結晶である魔導車は、魔石を動力源として動かす車であり、ミリシアル本国の高度な技術の結晶である。この車は貿易の対象品として我が国への輸出品の対象とはなっていない。第一文明圏、中央世界の突出した技術力の粋を凝らして作られたそれは、他国の羨望の的である。
これと同じような品が第二文明圏のムー国が開発し、運用している自動車だ。ムー国は近隣諸国にこのような科学技術で作られた品を輸出し、優越的な地位を築いている。第二文明圏が科学文明と呼ばれている所以である。
車寄せに魔導車が停まる。後ろのドアから、神聖ミリシアル帝国のパーパルディア駐箚大使が降りてくる。
「アルデバラン大使閣下。ようこそおいでくださいました。マリンドラッヘ局長は応接室にてお待ちです。ご案内いたします。」
「オイゲンベルグ次長、今日の階段は貴君も参加為される予定か。」
「はっ。書記役を仰せつかっております。」
「ふむ。案内よろしく頼む。」
コール・ジャスパー・アルデバラン大使は、神聖ミリシアル帝国の貴族であり、第8代バークショー伯爵家の当主である。2代前の伯爵夫人にミリシアル皇帝の息女を娶っているというから相当な名家ではあらしいのだが、ミリシアル皇帝が大変長寿なエルフということもあり、その子女も莫大な数に上る為、どこまでのものかはわからない。
大使を先導して、応接室に案内し、ドアを開けると、マリンドラッヘ局長もスッと立ち上がり、大使に一礼をする。
「お待ちしておりました、アルデバラン閣下。ご機嫌麗しき様子と見受けられます。お慶びを申し上げます。」
「マリンドラッヘ令嬢も普段に増して見目麗しく、壮健なご様子でなによりだ。」
「恐縮であります。せっかくのお運び、まずは喉を潤してから、お話と致したく存じます。」
「これはお心遣い痛み入る。確かに今日は少し暑いからのう。」
外務局の給仕がお茶とお菓子を用意し、大使と局長はひと時の間他愛もない話を交わす。第1四半期のミリシアルとパーパルディア間の旅行者数が過去最高を記録しているという事、エストシラントにルーンポリスで有名な菓子店が出店をしたこと、最近のミリシアル大使館職員の間で流行っているのは海釣りとキャンプであること、パーパルディアの駐ミリシアル大使館員の間では映画鑑賞が話題となっていることなどだ。
「ムー国のムーゲ大使から、懐中時計を贈られましてな。なかなか重厚な造りとなっております。」
「まあ、拝見させていただいてもよろしいでしょうか。」
「もちろんです。」
マリンドラッヘ局長がムー製の懐中時計を手に取る。私も持たせてもらった。重くはない。だが、なんというかずっしりとした重みがある。秒針が規則的に動いている。なんという工作精度であろうか。我が国では、まだここまでの品は作れない。
「ミリシアルとムー国の紐帯は固いご様子ですね。世界の平和にとっては、誠に重畳なことと存じます。」
「さよう。我等ミリシアルとムー国は、魔法文明と科学文明という違いはあれども、同じ列強国として同じ価値観を共有しております。そして文化的な背景も亦しかりです。ムー国の者は魔法を使わないものが多いため、ミリシアルから物を寄贈することは少ないのですが、我々はこうして互いに同じような時を刻むものを個人で所有しております。このような身の回りの小さな事実からであっても、我が国とムー国は相通ずる部分が多いのです。」
「・・・なるほど。」
ミリシアルの大使が意味深なことをいいだした。そろそろ、交渉の開始という事か。
「・・・それにつきましても、アルデバラン閣下。先触れは頂きましたが、昨日の今日の御訪問です。列強最上位国の大使としては極めてフットワークが軽やかでいらっしゃることは結構でございますね。」
「なになに。いまだ老け込む歳ではなし。それに、たまにはマリンドラッヘ令嬢に顔を見せませぬと、我等が眠りこけた日々を過ごしているものと思われても困りますからな。」
「さて。大使閣下におかせられましては、閣下の任期中に我が国との関係を更に強固なものとしていただくように貴族のパーティーなどに足繫く通っていただければ、閣下の公務はなかば完成したものになると思いますが。」
「そうであれば、大使の仕事など楽なのですがなあ・・・。」
皮肉の応酬だ。そばで聞いているだけの私も胃が痛くなるような話だ。
「さて、アルデバラン閣下に動いていただくような仕事など今のところないように思いますね。」
「ほう・・・。箱庭のすぐそばをうろついている者がいると聞いておるがのう。」
アルデバラン大使の目が鋭くなる。マリンドラッヘ局長の顔も真剣そのものだ。
「さて、ここ最近の海外情勢で特にミリシアルに不都合な事態が生じたとの報告は、私の耳には届いていませんね。」
アルデバラン大使の顔が左右に振れる。
「ミリシアル国内では、貴国のこと幾分話題になっておりますぞ。」
「というと?」
「魔石先物市場のことよ。」
何?先物取引だと。それは、ミリシアル国内のことではないか。我が国には関係がないはずだが。
「魔石の先物取引の相場が値上がりをしておる。原因は言わずともわかるでしょうな。」
「さて、ミリシアル国内の先物市場の相場の値上がりが我々にあるとおっしゃられましても、困ります。それに現物市場の値動きには影響は出ていないはずですよ。魔石の取引には特に阻害要因は発生していないはずですが。」
「ほう。あくまでもパーパルディアの行動は無関係であると言われるのかな。」
「我が国は、ミリシアルの魔石取引を阻害するような行動は一切関わっておりませんよ。貴国国内の投資家の行動を我々のせいにされましても、大国の大使閣下のなさる振る舞いとはとんと思えませんが。」
アルデバラン大使とマリンドラッヘ局長が舌戦を繰り広げる。冷たい。部屋の空気が冷たく感じられる。
「お忘れかな。貴国はムー国ではない。貴国は列強の地位にはあれども、貴国は我が国と価値観を共有しているとまではいえない。貴国の行動がどのように我々に見えているか。それを貴国は自覚するべきではないか。」
「これは心外なことをおっしゃいます。我が国の行動を貴国の国民がどのように感じたのかまで、我が国に責任を負えと。」
「確かにパーパルディアは列強ですな。しかし、そうはいえども、新参の国家です。貴国のふるまい、特に属領統治機構のふるまいなどを我等が知らぬと。我等は、貴国の行動が列強にふさわしいものであるかということには、いささかの不安を感じている。それがために、先物市場が動いた。貴国の行動は将来的に魔石の取引を不安定なものにさせる、ゆえに取引価格の上昇という結果が生じた。それは漠然としたものにすぎないかもしれないが、投資家はプロフェッショナルだ。相当な覚悟で貴国の行動を不安視している。」
外交官二人が睨みあう。私とミリシアル側の書記官は、ただただ無心になってペンを走らせる。
「ミリシアル側が我等を不安視しておられるのは、ミリシアル側の意見です。それは我等の責任ではありません。それに、アルタラス王国は我等の庭先です。現状では、かの国に介入するつもりなどはありませんが、地理的に我が国がかの国に対する指導権があると考えるべきです。ミリシアルが位置する中央世界からは離れたところにある国家です。アルタラス王国をめぐっての争いは、それこそ、魔石の取引を不安定なものにさせるでしょう。我々は魔石の取引については、現物取引を阻害するようなことはしていませんし、これからも行うつもりはありません。しかし、我々にかの国に対する優越権はあるものと考えていただきたい。」
「いささか誤解があるようですな。」
「?誤解とは?」
「我々神聖ミリシアル帝国政府は、アルタラス島に対する領有権や現地政府に対する指導権を主張しているのではありません。ただただ、円滑な魔石取引が行われることを追及しているのみ。アルタラス島の現地政府の存在については、円滑な貿易が行われている現在、その現状に改変を加えるようなことを望んではいないということです。よろしいか。貴国の行動は、我が国には貴国が次なる介入先を見つけたようにしか見えぬのです。そして、その介入の後に現れるのは、貴国の属領統治機構をみれば一目瞭然です。とてもではないか、円滑な魔石取引等望みようがない。これが我々から見た貴国の国柄なのです。まずは、貴国はそれを自覚すべきなのです。」
唖然とした思いだ。ミリシアルの我々に対する評価はとても低い。マリンドラッヘ局長も苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「とはいえ、我等は中央世界の人間だ。第三文明圏そして文明圏外には、違った論理があることもまた承知している。で、あるがゆえに、自重されたいと申し出ている。貴国を見る目が変われば、また違った反応もあるだろう。それには、いささか時を必要とする。また、我々から見て、アルタラス島は遠く離れた場所にある。パーパルディアとアルタラスの関係に我々は基本的には容喙しない。
故に、改めて忠告いたす。パーパルディア皇国は、アルタラス島の保全、アルタラス島の現地政府の保全には細心の注意を払うべきであると。」
「大使閣下の御助言に感謝します。パーパルディア皇国は列強の一国として、ふさわしく行動をとるとお約束いたしましょう。」
「マリンドラッヘ令嬢の、いや、マリンドラッヘ局長のお言葉は確かにミリシアル大使の私が受けたまわりました。美味しいお茶、ごちそうさまでした。」
アルデバラン大使はすっと立ち上がり、マリンドラッヘ局長に手を差し出す。両者は握手して、応接室をあとにした。私も筆記を取りやめて後に続いた。