アルタラス王国王都ル・ブリアス ホテル・エルドナス
― パーパルディア皇国国家戦略局南方部長 パルソ・ツー・オーエンブルグ
『・・・以上の如く・・・ロウリア王国政府は・・王国政府の責任に於て、・・・交戦国の提案によるところの・・・条項を異議なく受諾し、・・・ロウリア王国宰相・・・フランチェスコ・マオスの責任によってロウリア王国人捕虜及び抑留人民の・・・軍籍一時離脱の宣誓を・・・政府機関及び軍部に・・・遵守させることを・・・暗号を用いずに・・・発っしたる魔信によって宣言す。なお、・・・これと同様の・・・宣誓書面を・・・速やかに・・・カルーネス駐留の・・・同盟国軍隊に手交す。・・・・中央暦1639年7月24日、ロウリア王国宰相・・・フランチェスコ・マオス・・・繰り返す・・・』
カチッ。
一通りの内容を聞いたので、魔信受信機の電源を切った。ホテルに備え付けてある魔信受信機を使用するのには金が掛かるが、金を出して聞くだけの価値はあった。捕虜の解放とは思い切ったことをしたものだ。
捕虜が敵国に戻れば、軍役に復帰してしまい、敵国の戦力を回復させることとなる。本来であれば、ありえないことだ。捕虜に軍に戻らないという宣誓をさせ、政府に捕虜を軍に戻さないと宣誓させたうえで戻す。うむ。机上の空論としか言いようがない。条件など守られると思う方がどうかしている。あるいは、破棄されることを容認しているというのか。だが、狙いは何だ。わからぬ。
ロウリア王国は戦争に負けた。アルタラス外務卿から聞いた範囲ではあるが、間違いはないようだ。故に戦力を回復させようと捕虜を戻してもらうことには十分な理由がある。だが、相手国側がこれにつきあう理由はない。ロウリアを強くすることに同盟国側が了承した理由が何かよくわからない。
ホテルに備え付けのお茶を飲む。クワ・トイネからの輸入品のようだが、美味い。そういえば、我が国家戦略局がロウリアによるロデニウス大陸統合に協力した原因のひとつが、クワ・トイネからの食料輸入であったな。クワ・トイネの大地は神の祝福によって、豊作が約束された土地だ。ロウリア人を大量に入植させることで耕地面積を拡大させて、クワ・トイネからの輸入を増やそうという計画があった。まあ、失敗してしまったが、このお茶を飲むと惜しいことをしたという思いにとらわれてしまうな。
コンコン
む?部屋に誰か尋ねてきた。誰だ?
「どちら様かな。」
「受付の者でございます。お客様を訪ねてきた方がいらっしゃいます。お会いできるかどうかを、聞いてきてほしいということですが、いかがされますか?」
なに?私を訪ねてきた者がいると?誰だ?
「訪ねてきた者とはどちらの方かね?名を聞いていないのか?」
まずは、誰かを聞かねばならぬ。大使館の第三外務局連中には私がここにいることは知られてはいないはずだ。アルタラス外務局から人がやってきたというのか?
「はい。日本国と満洲国の外交官の方だとおっしゃっておりますが。」
なに!?どういうことだ。ユグモンテ卿が私のことを漏らしたというのか?
―――――
「お初にお目にかかります。大日本帝国外務省にてパーパルディア皇国との国交樹立に関する問題を担当しております、朝田泰司と申します。」
「同じく、満洲帝国国務院外交部に於て同様の問題を担当しております、大東洋司パーパルディア科長の趙大成と申します。初めまして。」
「パーパルディア皇国国家戦略局南方部長、パルソ・ツー・オーエンブルグ・・・。」
さて、考えねばならぬ。彼らが接触してきた理由を。
「警戒されてられるようだが、我々は何らかの交渉をしに来たわけではありません。その前の前くらいの段階のことです。」
「というと?」
趙と名乗った者が私に声を掛けると私は逆に身構えた。外交官が尋ねてきているのに、外交交渉ではないというのか?
「私どもの国は、クワ・トイネ公国内のパーパルディア大使館に対して外交関係開設の申し出を再三にわたって申し入れておりますが、なかなか色よい返事を頂けていないのが、現状です。いや、まともに接触すらできていません。このまま時が経過していくだけというのも、あれですので、せめて何かきっかけでもと思い、藁をもすがる気持ちでやってきました。まずは、対話を深めていただければと思っております。」
朝田と名乗った男が続きを話した。なるほど、クワ・トイネの大使館に国交樹立の申し入れを行ったのか。その手は下策だな。文明圏外の大使館はどこもまともに機能しているとは言い難い。
「ふむ。それは、あまり良い手とは言えませぬな。あ、まずは、そちらの席におかけください。」
立ち話もなんだ。とりあえず、接触をしているのだ。情報を仕入れるチャンスだと思うより他にないだろう。ん?
「おや?どうなさいました。」
「いや、閣下は、私どもの聞いていたパーパルディア人とはだいぶ違いましたので、少し驚いておりました。」
予想にたがわない反応だな。
「まあ、あなた方が接触したのは、クワ・トイネ大使館の職員ですからな。むべなるかなと言ったところでしょうか。」
二人が席に着いた。
「さて、初めに申し上げましたが、私は国家戦略局という部署の人間です。外交官としての献言はありません。それを前提として、あなた方は私から何を聞きたいのですか。」
「我等の国とパーパルディア皇国の国交樹立について。今の状況は、手詰まりの状態です。何か、打開策はないか。そのあたり、何かヒントになりそうなことは無いか。お尋ねできればと考えております。」
ふむ・・・。我が国と国交をか。
「それでは、まず我が国の外交組織についてお話ししましょう。我が国の外交組織は、皇帝陛下の直轄の組織となっております。多くの国で、外務省や外務局といった組織が外交関係の国家機関として置かれております。その組織の長は外務大臣や外務卿と言った人間が就任しており、彼らがその国の外交事務を一元的に管理しています。そして、それは君主の臣下が担っております。しかし、我が国では、皇国の外交事務を一元的に関しているのは皇帝陛下であり、皇帝陛下の下に第一、第二、第三の3つの外務局が並列して置かれております。」
「国家の外交を一元的に担当している人間がいないのですか。それでは、どうやって外交政策を総合的に実施していくのですか?ある程度統一した方針がないと動きづらいと思うのですが。」
朝田氏が質問をしてきた。やはり、我が国の体制は特異なものなのかもしれぬ。外交方針を統一する必要はないというと二人とも訝しい顔をした。
「第一外務局の担当は神聖ミリシアル帝国を始めとした列強国に限定されております。基本的に我が国よりも上位の国を担当しております。第一外務局の外交方針は列強国を相手に我が国の権益を守り、我が国の外交的な立ち位置を維持し、穏やかに対応することが求められます。ただし、相手国に阿るようなことは駄目です。ある程度の強気の交渉を必要としますが、相手を怒らせるわけにはいかない。そのあたりの線引きの見極めが特に重要となる非常にシビアな部局です。」
「第二外務局は第三文明圏以外の文明圏の国々を相手とします。列強国ではない以上、我が国の方が上の立場となります。そのあたりをわからせるためにも軟弱な外交姿勢というのは許されません。徹頭徹尾我が国の権益を相手国に守らせ、相手国の要求は受け入れない。強気の交渉が必要とされます。但し、文明圏の国々には、列強の被保護国・庇護国となっている国もあります。列強が出てくるとややこしくなる。ただ被保護国も保護国に保護を求めようとすれば、何らかの見返りを保護国側からも要求されます。保護国に泣きつかれない範囲で、ギリギリのラインの見極めが重要となり、ある意味では第二外務局の職員は最も難しい交渉を行っているともいえます。」
「そして、第三外務局ですが、ここは第三文明圏や文明圏外国家を対応する部局です。ここの外交官は、ただひたすらに我が国の国益のみを追求する部局です。難しい交渉というものはありません。我が国の要求を相手国に呑ませるだけの外交となります。」
「我が国の外交部局は以上のように所属する部局ごとに外交方針が異なります。第一と第二は外交方針が似通っているように思えますが、第三外務局には全く違う方針で応対することが望まれております。これが、我が国が外交方針を統一する理由がないということになるのです。」
二人が難しい顔をしている。そうだろうな。この状況では、外交関係を樹立するというのは難しかろう。特にこの二か国は、今までの調査によれば、文明圏国家程度の国力を保有していることは間違いない。それにもかかわらず穏健な外交姿勢を貫いている。第三外務局のやり方は受け入れられぬであろう。
「その意味では、クワ・トイネ公国のパーパルディア大使館に接触したというのは、あなた方にとっては不幸なことでした。外交活動としては失敗と言わざるを得ません。クワ・トイネ公国という文明圏外国家での接触というのは、それ以上の文明圏国家での接触ができなかったとみられかねず、とても格下の国々であると彼らからみられてしまっています。まともな対応というのは難しい。」
二人の顔がしかめ面になる。
それにしても日本国と満洲国の情報を取得することが難しい。フェン王国に向かった時は一人付き人を連れてきたが、パーパルディア人ということでフェン人は皆よそよそしい態度でしか接してもらえなかった。フェン王国内の日満両国の公使館に人を派遣しようと思ったが、両国の公使館が郊外にあったことから、そこまでの移動に難があり、目立つ行動はできるだけ控えてほしいという、マグレブの顔を立てて、接触はできなかった。おそらくアルタラスでも同じだろうと付き人にイノス閣下へのフェンでの報告書を持たせて先に返した。
アルタラスでは、ユグモンテ外務卿が夜中ではあるが、秘密裏に接触を図ってもらえており、そこから日満両国の情報を調査させてもらっているが、昼間はホテルに缶詰めだ。パーパルディア人は我が国では目立つというのだ。文明圏外国家にわざわざパーパルディアの国家機関の人間が来たというのは、噂になりやすい。大使館に情報が言ってはまずいということから、昼間はホテルで待機しておいてほしいと外務卿から要請があった。このため、いろいろと調べることができぬ。
「これからでも、アルタラスの貴国大使館に交渉の窓口を変更するというのはいかがでしょうか?」
趙氏が質問してきた。うむ、やはりそう思うのだろうな。私は首を横に振った。
「それは控えた方がよろしいと思う。先ほどは言っていなかったが、第三外務局の外交官は、我が国の門閥貴族とその係累が多く職についている。彼らはプライドの塊だ。今ここで、交渉の窓口を変更すれば、クワ・トイネ公国の大使は顔を潰されたと思い、あることないことを悪しざまに報告することになるだろう。それは、あなた方にとって良いこととは思えない。気長にというか、じっくり腰を据えて望まれる方が結果的には近道となるだろう。」
二名が溜息を吐いた。まあ、気持ちは分かる。だが、いい手はない。イノス閣下経由でカイオス局長に進言してもいいかもしれんな。せっかくの縁だ。ここで恩を売るというのもありかもしれない。