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神の恩寵下におけるロウリア国王、ジンハーク城伯、グレイス、ダールドルフの大公、ヘッセン、ジルベスター、クラッセンブルクの公爵、マオリス、イルクナー、アンデリウム、テールマエの伯爵たる、ハーク・ロウリア・カルダリウム陛下に対し、ジューンフィルアの独立伯爵にしてアンヨークの男爵たるアルフレッド以下八名からなる陛下の臣は、陛下の治世を今後も全からむこととするため、以下の通り、王の庇護を願い奉る。
一、以下に記す土地の庇護者として、国王陛下に新たな称号を名乗られむことを願い奉る。
ジューンフィルア伯爵領
アマーティー伯爵領
オーランゲルーデ子爵領
グレイブゲルト子爵領
ナンベルハイト男爵領
カウフマン男爵領
マルセル男爵領
ゲルラッハ男爵領
一、先に願い出したる土地の庇護者に対し奉り、我等は領地と領民の庇護も同じく願い出で奉る。
一、我等の領民の庇護を全くからむこととするため、我等は土地の庇護者に対して、人頭税の台帳を献上奉る。台帳は、我等と我等の騎士及び文官に依りて毎年一回調製し、土地の庇護者の指定する場所に集合し奉る。
一、領地内の領民の安寧保護のため、我等は土地の庇護者に対して領民の召集権を献上奉る。
本来なれば、臣アルフレッド以下八名自ら王城へ参覲し、上奏すべきところなれど、臣は神々のお導きにより、王の御前に覲ること能わざるため、アマーティー伯爵、グレイブゲルト子爵の相続人、ナンベルハイト子爵の相続人、カウフマン男爵の相続人、ゲルラッハ男爵の五名が御前に傅きて、奏上することをお許し願い奉る。
1639年7月○○日
アルフレッド・フォン・ジューンフィルア・ツー・アンヨーク
ドベルク・フォン・アマーティー
キルシュナー・フォン・オーランゲルーデ
アルト・ツー・グレイブゲルト
カルステッド・フォン・ナンベルハイト
エックハルト・ツー・カウフマン
マイク・フォン・マルセル
ヨーステン・フォン・ゲルラッハ
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大日本帝国台南県台南市・台南俘虜収容分所
― アルフレッド・フォン・ジューンフィルア
「ようやく奏上文が完成した。貴殿の助力に感謝す。」
「伯爵閣下のお力になれましたこと嬉しく思います。」
目の前で傅く青年を見る。目の前の青年は平民という。しかし、彼の知識は我等貴族と比べても遜色がない。いや、少なくとも算術の知識においては、我等貴族や我等の文官を上回る。
ギム西方の戦いで捕虜になった我々は敵の四か国に分散して収容されることとなった。この際に、貴族の方ですので側仕が必要でしょうと言われたため、彼がつけられた。ところどころでロウリアの風習とは違う対応があるが、動き自体は精錬されたものであると思う。
捕虜収容所の生活は、居城の生活とほぼ変わらない。収容当初は、連日尋問を受けていたが、今では週に一度くらいの感覚で一時間程度の尋問―それもロウリアの文化や生活様式についての調査―が行われるだけで、基本的に何もすることがなかった。
農民兵たちは、ときどき力仕事や清掃の業務で収容所から出ることが許されていた。しかも、兵たちは労働力を無償で提供させられているわけではなく、賃金が与えられていたというではないか。彼らは労働で得た賃金を使って時折酒盛りを行う。酒というのは嗜好品だ。捕虜に与えられるというのも珍しいことだと思った。
私も何か労働できることは無いかと側仕に問いかけたが、伯爵閣下に兵たちと同様の労働をさせわけにはまいりませんと断られてしまった。ならば、何か他に可能な仕事はないかと尋ねてみたら、上官に相談してまいりますというので、数日待ったところ、日本の書籍を第三文明圏公用語に翻訳する仕事が与えられた。日本国の小学校という7、8歳ぐらいの子供を教育する初等教育施設で使われている教科書をクイラ王国が使用するから、その翻訳作業を手伝ってもらいたいというのだ。翻訳作業はクイラ王国においても行われているらしいが、翻訳は該当する箇所を日本人に読ませて、それを聞いたクイラ人が第三文明圏公用語で書き留めるという作業を行っているらしい。
方法そのものには特に難しい工程はない。だが、日本語の単語には、第三文明圏公用語に該当する単語がないということもあるらしい。そこで、私のような教養のある人間が、分からない単語について説明してもらい、意味の近い単語を当てはめたり、意味を利用した新語を創作したり、どうしても難しいときは日本語の音を使用して、新しい第三文明圏公用語を創造するという作業が必要であるということなのだ。
これが、良い給金を与えてもらった。捕虜の衣食住は、日本国が費用を負担しているという事なので、私の仕事はほぼ全て私の生活環境の改善に使用された。クワ・トイネやクイラで発行されている新聞の取り寄せや中古品であるがテレビの購入が可能となった。
私は、これらから知る祖国の現状に心を痛めた。私が情報を仕入れることができたときには、既にマインゲン・カルーネスは占領され、クワ・トイネ公国のスピアウオータ市において、講和を結ぶ際の要求草案が話し合われているころであった。
そんなころ、日本国と満洲国の両国の中央政府の役人が私を訪ねてきた。彼らもまた平民であったが、貴族における上位者に対する礼を尽くした上で話を切り出されたから驚きだ。敗軍の捕虜に対して礼を尽くす。なかなかにできることではない。
彼らは同盟四箇国によるロウリア国軍に対する軍縮要求を達成するにあたって、地方領主の観点からできる方策についての検討を指示してきた。かつて、日本国で行われた「版籍奉還」なる歴史的事実、そして、現在クイラ王国において行われている地方諸侯の首都バルラートへの集住命令などを参考に、地方領主の軍権を王家に移譲するなんらかの手続きができないかを検討してほしいということであった。
この指示を実施するにあたって、私と同様に捕虜になっている、オーランゲルーデ子爵やマルセル男爵と連絡を取り合うことが許された。そして、魔信を使って、今回の東征軍には組み込まれなかった東部諸侯であるアマーティー伯爵やゲルラッハ男爵領、そして、ギム西方要塞攻略戦で戦死したグレイブゲルト子爵、ナンベルハイト子爵、カウフマン男爵の相続人とも連絡を取ることができた。彼らとの話し合いでは、我等東部諸侯のみで版籍奉還や諸侯の王都集住を行うことは難しいと判断した。そこで、独立領主が国王陛下に直接隷属するのではなく、新たに東部諸侯の上に庇護者を置き、彼に軍権を集めることで、我等を領主から庇護者の文官のような扱いを受けられるようにすることを望む上奏を行うことでこれに替えることとなった。
「今後我等諸侯は、貴国でいうところの知事、地方官として存続することとなる。全く新たな仕組みであるため、貴国の法令の調査研究を行いたい。側仕の数を増やして、研究の速度を上げたいのであるが、そのようなことは可能であろうか。」
側仕の青年に尋ねたが、彼の答えは芳しくなかった。
「畏れ乍ら申し上げます。伯爵閣下は現時点においては、我が国の管理する捕虜でございます。私は上官の命令に依り側仕として、閣下に仕えておりますが、本業は帝国陸軍の士官でございます。閣下から俸給を頂いておるわけではありませんし、閣下の翻訳業の俸給では、新たな側仕を雇えるだけの余裕はございません。それに、捕虜には側仕を雇用する自由はございませぬ。今はまだ、閣下は敵国の人間でございます。敵国の人間に帝國臣民が仕えるということは難しいと考えいただければ幸いでございます。」
「そうか。無念だの。」
まあ、それもそうか。捕虜の待遇がよすぎるので、勘違いしていたが、このような捕虜生活自体があり得ぬことなのを忘れていた。
「それよりも閣下。閣下には、当収容分所の捕虜代表として、捕虜の宣誓解放への説得に尽力していただかなくてはなりません。収容分所長からも閣下にその旨の依頼の指示が来ております。」
「うむ。祖国の現状については、私も報道などで知る所である。秋の収穫を迎えるまでに捕虜の帰還を急がせねばならぬ。これ以上、私や東部諸侯の領内が混乱することがないように勤めねばならぬな。」
帰還を拒む兵の中には、口減らしの名目で兵になった者もいると聞く、帰りづらかろうが、村の中には戦死した者もいるのだ。未亡人となったものと彼らを再婚させて、土地を取得させ、収穫をさせることも可能であろう。それよりも頭が痛いのは、一攫千金を夢見て東征軍に参加した者達だ。ギム以東のクワ・トイネで略奪ができなかった者達が、この日本国の捕虜収容所で小金を稼いでいる。そして、酒保でこの国の便利用品を購入し、ロウリアに持ち帰る。雑貨商などに持ち込めば、数年は遊んで暮らせるだけの金貨が手に入るであろうことは間違いが無かろう。
捕虜の労働を禁止することができれば、帰還に同意するであろうから、そういう方向で収容分所長と交渉するしかないか。