パーパルディア皇国皇都エストシラント 国家戦略局
― パーパルディア皇国国家戦略局企画官(皇威拡大担当) ヘンリー・ミクリッツ・フォン・イノス
アルタラスに渡っているオーエンブルグから書簡が届いた。
フェン王国への入植の件は、既に連絡が入っている。交渉は成功しており、入植の為の人員たちは既にフェン王国に向けて出港した。入植団体の統括として騎士3名、文官8名、実際に木材を切り出したり、加工したりする平民の職人19名、入植団の中を切り盛りする平民女性(平民の職人の家族であったりする)が10名、単純労働に従事する奴隷が16名、そして、国家戦略局の諜報員が4名といった総数60名からなる団体だ。
今回は、アルタラスにおける交渉やその後調べたことについて知らせてきた。アルタラスは、交渉を受け入れた。そして、アルタラスは、魔信を通じてミリシアルにシルウトラス鉱山の名前を変更を通知し、契約書の文言の更正手続きを申し入れた。
おそらくその際に、我が国に注意を発してもらうべく話をしたのだろう。アルタラスの大使が、貴族としては異例の速さでマリンドラッヘ第一外務局長に面会手続きを申し込み、釘差しが行われたと聞いている。
兵研には、アルタラスに置く魔道具工場の責任者について、その人柄を重視してもらいたいと注意を行った。細心の注意が必要だ。小さな瑕疵も許されない。アルタラスを懐柔するためには、まずは飴が必要だ。
本日の夕方に届いたオーエンブルグからの書簡は驚きの事実が含まれていた。
オーエンブルグはアルタラスのユグモンテ外務卿から多少の信用を勝ち得たらしい。今現在、アルタラスで開かれているという講和会議の模様を知らせてきた。そして、この講和会議の参加国である日本国、満洲国の情報が書簡には書かれてあった。
書簡によれば、日本国は島々が連なって一つの国を構成しているのが基本となっており、このほかにフィルアデス大陸から突き出ている半島をも領土としている。はて、このような半島は大陸にあっただろうか?私が知る地図とは、いささか異なっている。
そして、一番の驚きは、我が国の北東部にある国の名前であった。フィルアデス大陸の南部に我が国が存在しており、その海岸線には南からリーム王国、マオ王国、ネーツ公国、トーパ王国といった具合で国々があったはずだ。リーム王国が存在していた場所に満洲国が存在していた。一体どういうことだ。
書簡の記載の通りとすれば、リーム王国と国境を接していたクーズ辺境伯は、自領の隣に正体の知れない者達の領地が現れたことになる。なぜそのような一大事が今まで中央に知らせがないのだ。怪しい。訝しむべきである。
臣民統治機構のバーラス機構長は信頼できるのか。相談をしても握りつぶされる可能性はないか。やはり、カイオス局長に連絡を入れるべきであろうか。・・・いや、急いてはことを仕損じる。まずは、私の叙爵記念のパーティーがある。バーラス機構長にもカイオス子爵にも招待状を出しているのだ。まずは、社交の場で距離を縮めていき、彼らが信頼に足る人物なのかを確かめねばなるまい。
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パーパルディア皇国皇都エストシラント 第三外務局
― パーパルディア皇国第三外務局長 クラウス・フォン・カイオス
新たにパーパルディアの貴族となった者から届けられた、お披露目の宴への招待状を眺め見る。イーリントン侯爵アルデブランド様の寄子となられたミクリッツ男爵。国家戦略局の企画官という職に在る。国家戦略局は、皇帝陛下が新たにおつくりになった国家機関だ。
我がパーパルディア皇国は皇帝陛下とともに大きく躍進した。その輝かしい歴史の一ページは未だスディアス陛下が王太子であられたころのアルデバラン逆侵攻に始まる。当時パーパルディア皇国は14の属領を従える、フィルアデス大陸における強国の一つであった。当時の我が国の名前はパールネウス王国。
かつてパールネウス共和国は、各貴族の互選にて共和国の代表を決めていた。この代表の地位を統領といった。時が降るにつれて、統領の地位は固定化していった。そして、統領の地位に着くことができる家は、パールトート家、ブラウンシュバイク家、リッテンハイム家の三家に集約される形となった。いうまでもなく皇帝家とブラウンシュバイク公爵家とリッテンハイム侯爵家の三家だ。ブラウンシュバイクとリッテンハイムの両家は、パールトート家を王家と推戴することを決定した。パールネウスの統領屋敷は、パールネウス宮殿と名を変えて戴冠式が行われた。
パールトート王家は脆弱な基盤の上に立っていた。ブラウンシュバイク・リッテンハイム両家は、王家の忠臣という顔を国内で振りまいていたが、両家共に自家の寄子を増やすことに熱心で、国内で徐々に権勢を高めていった。両家の手は、国外にも及んだ。外国の貴族の子弟が両家の下に伺候した。突然の引き抜きに他国の王はパールトート家に対して非難を加える。それもその通りで、他国の王からすれば、武力を用いない侵攻に相違なかったからだ。王家は他国の王に謝罪を行う。だが、それで終了だ。貴族が裏切ったというのであれば、裏切られた方にも問題はあるのだ。引き抜かれるのは、自身に引き付ける力がなかったことでもある。あまり、大げさにはできない。それがルディアス陛下が生まれる前からしばしば起きていた出来事であった。
パールネウス王国の南部にあったアルデバラン王国もまた、ブラウンシュバイク・リッテンハイム両家に国内の貴族を取られた国であった。ルディアス殿下は、当時14歳。パールネウス王宮でもその才覚が認められつつあった。そこにアルデバラン王国からの侵攻の報が届いた。貴族を取られたアルデバラン王からの報復。ありえない話ではなかったが、自身に下級貴族を引き付ける力がないの貴族を取られたことへの報復など貴族としての外聞を考えるとあまり褒められた話ではない。アルデバラン王家は、徐々に拡大を続けていたパールネウス王国を一叩きし、これ以上の拡大を食い止めようと考えていたにすぎなかったことが後日判明している。
他国の侵攻という報にルディアス殿下は迅速に動かれた。パールネウスの中央騎士団と自らの子飼いの騎士団を迅速に派遣し、アルデバラン王家の軍を打ち破った。そして、その余勢をかってアルデバランに逆侵攻を掛けた。全面戦争のつもりはなく、ただ、一叩きしようとしていただけのつもりであった王家はろくな籠城準備をしておらず、ルディアス殿下に降伏した。アルデバラン王家を奉じる諸侯も急な展開についていけず、アルデバラン王家の助命嘆願と引き換えに、ルディアス殿下に降伏した。殿下は、アルデバラン王の退位を条件にして助命を約束した。後日、パールネウス王は、アルデバラン王を相続し、その際にアルデバラン王が単独で所持していた6個の所領の内の半分の所持を認めた。
ルディアス殿下の才能を警戒しつつも、ブラウンシュバイク・リッテンハイム両家はルディアス殿下に接近した。輝かしい武勲を挙げた殿下には、ふさわしい褒章が必要でしょうと言って、寝返ったために真っ先に討伐された相続人のいなくなった所領とアルデバラン王から割譲させた所領を併せた、エストシラント公爵領が誕生した。ルディアス殿下は、公爵領の領都であるアルデバランに赴き、王城を拡張させた。そして、その地は今皇都エストシラントとして、大発展を遂げている。
この聡明な君主の造った機関だ。有能な者が集まっていることは想像に難くない。そしてそれはこの招待状の送り主、イノス企画官のことを思えば、十二分に理解できる。あの時の献策は見事であった。味方に欲しいものである。
だが、どこでブラウンシュバイク・リッテンハイム両家の目が光っているかわからぬ。迂闊な動きはできぬ。陛下も両家の存在は苦々しく思っておられる。だが、彼らの存在は、我が国の深いところに根を張っている。いつの間にか、両家はエストシラントにも根を張った。ブラウンシュバイク・リッテンハイム両家はルディアス陛下を支える存在として我が国の重臣である。それは間違いないが、彼らは自家の伸長に余念がない。
臣民統治機構の統治の劣悪さには、バーラス機構長も頭を痛めている。いつだったか、ミリシアルの外交使節がリーム王国に向かった際に、我が国のクーズ辺境伯領を通過したことがあった。そのときの領都の汚さ、臭いなどが彼らに知られてしまった。すぐさまバーラス機構長が彼らに金を握らせ、口外しないように言い含めたが・・・。あれから、クーズの地は変わることができただろうか。
そういえば、リーム王国の大使が母国に一時帰還すると言っていたな。今頃はリーム王国内に戻ったころか・・・。戻ってきたときに、それとなく話を聞いてみるとするか。
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パーパルディア皇国クーズ辺境伯領領都
― クーズ統治機構本部長 ハーロルト・バルチュ
私の目の前で、リーム王国の大使を載せた馬車が吊り橋から滑落していく。護衛騎士は、鎧がある為水の中に入ってしまえば、おぼれ死ぬだけであろう。問題はそれ以外の者達だ。
リームの大使が母国に一時帰還するという先触れが到着した後、辺境伯は怒り狂った。ここで、リームの大使が母国に戻れば、クーズ辺境伯の隣がリーム王国ではないということがばれてしまう。いつまでも隠しておけるはずもないというのに・・・。
私に大使を事故死に見せかけて始末するようにとの命令が下った。そしてそれを自身で確認するようにとも。街道の橋を事故に見せかけて壊した。船を調達して川を渡ることは可能である。だが、リームの大使はリーム王家の家紋の入った馬車で移動している。馬車を船に乗せることはできない。そのため、遠回りになるが、別ルートに誘導することができた。
川から這い上がってきた者達がいる。辺境伯の迎えと言う形をとって、我々はこの地にやってきた。大使の乗る馬車は・・・潰れているな。そして水に浸かってもいる。あれでは、中で死んでいるだろう。
「辺境伯閣下の御使者様。大使閣下をお助けせねば・・・。手を貸してください。」
ずぶ濡れになった大使の側仕が訴えてくる。私は首を振りつつ言った。
「あの馬車の様子では、もはや、はるか高みに上られたとしか・・・。それに、救助の道具など持ってきておりません。馬車を川岸に引くために綱を掛けて引っ張るしかありませんが、その準備が必要です。その際はどうか手を貸してください。」
頭を抱えてその場に蹲った彼に私は告げた。
「側仕の方。皇都におられる大使閣下の夫人にこのことを知らせる必要があります。何人かは自力で岸までたどり着いているようです。どなたかを使者にたてませんと。」
側仕ははっとした顔で立ち上がった。助かった大使一行は今のところ3,4人と言ったところか。護衛騎士はおぼれ死んでいるようだ。
こんなことをして何になるというのだ。ここで、大使が死んだということになれば、新たに大使を送る必要が出てくる。皇都のリーム大使館からリーム王国に連絡ができないということになれば、外務局も怪しむだけであろうに。結局はあの辺境伯閣下は墓穴を掘っただけに過ぎない。いずれ露見することを先延ばしにしたにすぎないのだ。あの男から離れることができるのはよい。だが、次に来る男がまともかどうかは分からぬ。それだけがきがかりだ。