アルタラス王国王都ル・ブリアス アテノール城 中央暦1639年8月1日(土) 正午
アルタラス王国王都ル・ブリアス アテノール城 休息の間
― アルタラス王国国王 ターラ・ド・ラ・ファイエット
アテノール城のわしの私室に、ユグモンテを召し出してこれまでの情報を聴取する。ルミエスからも話は聞いているが、情報源は複数以上あるほうがよい。
「昨日の講和会議では、ロウリア国王個人の問題についての話し合いがもたれました。」
「ふむ。同盟国側からはハーク・ロウリア陛下に対する退位要求があったな。ロウリア側は受け入れたか。」
「最終的には、と言ったところです。順を追ってご説明いたします。」
ユグモンテの説明によれば、当初同盟国側はハーク・ロウリアに明確な退位要求を突き付けた。その話も退位を強硬に要求していた急先鋒はやはり、クワ・トイネ公国であった。リンスイ首席全権は、物理的に首を取るということはしない。それでは、クワ・トイネとロウリアの遺恨は強まるばかりである。だが、クワ・トイネの民としては、ハーク・ロウリア陛下が玉座にとどまり続けるのは許しがたい。加えて、講和要求要綱にある亜人蔑視思想の廃絶に向けて、そのような思想を持っている王が位を退くのは、蔑視思想の排除へ向けた必要な第一歩であるとも主張していたようだ。跡目もこのような思想を持っていないものであるということが望ましいので、王位はそれなりの識見を持つ者に譲位すべきであると主張した。
「なるほど。クワ・トイネは強硬だの。それで、クイラ王国は何と言っていたか。」
「クイラ首席全権のメッサル外相からは、基本的にはクワ・トイネに同様であるが、譲位はロウリアの王位継承法に則って行えばよいとも話しておりました。王太子がどういう思想を持っていようとも、彼が講和条約に反する施策を行った時は、クイラとクワ・トイネの二か国だけでであったとしても、次は城下の盟を強いるのみであるとのことでした。クイラにしては、いささか強硬な発言ではありますな。」
「うむ。ロウリアを相手取ってそこまで言えるか。なるほど。報告書にもあったが、軍備の強化が行われているのは間違いなさそうだな。」
クイラ王国とは、この講和会議期間中に国交樹立の交渉が行われているが、依然聞いていた話では、クイラは痩せた土地の多い僻地であったが、今はそうではないということかの。
二か国の要求に対して、ロウリア側は現在の国王は譲位の内意を示しており、跡目についても亜人蔑視思想の強い者に譲ることは無いとも内諾を得ている。それゆえに講和条約本文に退位要求の記載をすることはお許し願いたいとのことであった。国内の情勢が不安定になりかかっている現在、国内の貴族から敗戦の責任を問う声は日に日に上がっている。王権が揺らぎつつあるため、国内の動揺を抑えるためにも、王冠を無理やり脱がされたという形をとることはご容赦願いたいとのことであった。
「いささか蟲の良すぎる提案ではあるな。」
「そうでございますな。とはいえ、これに理解を示したのが、同盟国でも力を持っている大日本帝国でありました。ロウリア国王の神聖にして至高の権力に配慮すべしというのは、スピアウオータ宣言にもある所でして、それを鑑みれば、講和条約本文から退位要求条項を削除するということは彼らの自己拘束に沿った形となります。」
「またか。本当にあの国は自国とその子飼いの国の利益をどう考えているというのか。」
ルミエスが言っておったな。大東亜共栄圏の一般原則である主権国家の平等。この平等は敗戦国であるロウリア王国も含まれるがため、それを強調するためにあえて議題に乗せたのではないかと。議題に乗せ、議事録に記載し、それが後日公開されるということになれば、たとえ敗戦国であっても、王冠の行方は戦勝国である他国が決めることに在らず。国の最高権力は、他国に動きされるものではないということを示すことができると。いささかほれ込みすぎているきらいがあるが。そういう側面の演出があることは否定できまい。
「しかし、そこで日本国によってクワ・トイネとクイラの要求が覆されたのであるという事であれば、ロウリアにとっては満額回答ではないか。クワ・トイネとクイラの面子はどうなる。」
「はい。その後のやり取りですが、日本国と満洲国より、速記の停止要求がありました。」
「なに。其方も言っていた通り、議事録はその後公開されるものと聞いているぞ。議事録に話を載せないとはどういうことだ。」
訝しいことである。あの連中は、「公正な話し合い」とやらを重視している。そして、その公正な話し合いを行っていることを公表するということで議事録を中立国である我が国に取らせている。ここで、その仮面を脱ぎ棄てるというのか。
「はい。ロウリア側からの反論の後ですが、満洲国側から一時休憩の提案がありました。ロウリア側も了承したため、議長が一時休会の宣言をしました。すぐさま同盟四箇国より、ロウリアに対して提案がありました。その内容は、同盟四か国は、講和条約締結後は講和条約に則り、ロウリア王国と国交樹立の交渉を行うが、外交使節の信任状の宛名はハーク・ロウリア陛下にはしないとありました。同時にハーク・ロウリア陛下の名前で送られる外交官は誰であっても、そう例え王族であっても、アグレマンを拒否するとの提案でありました。」
聞きなれない言葉だ。
「ユグモンテ。アグレマンとはなんだ。聞きなれぬ言葉だが。」
「なんでも日本国および満洲国が以前の世界で使っていた言葉らしいです。派遣国が接受国に対して外交官を派遣する際に接受国が行う外交官の承認ということらしいです。これがなければ、外交官として認められず、外交官の特権を行使できないのだとか。」
「ほう。外交官の特権か。そのようなものがあるのか。」
「そうですな。彼らの説明によると、外交官の身体は不可侵とのことです。身柄を拘束したり、大使館へ接受国の衛兵が立ち入ることは重大な外交侵害のようですな。あとは通信の秘密、認証された袋に入れられた文書類は接受国の検閲の対象外となるそうです。」
ほう。我等の世界とは違うの。パーパルディア皇国の我が国の大使館はときおり、輸出禁止の魔道具を保持していないかの査察の対象となっているとも聞くし、衛兵からの取調べも時折あると聞く。
「そのあたりは、パーパルディア皇国とはだいぶ違うの。しかし、そうなると外交官はやりたい放題ではないのか。」
「そうならないように、外交特権の剥奪の手続きも定められております。それが、ペルソナ・ノン・グラータという手続きです。原義は「好ましからざる人物」ということで、これが発動されると外交官としての特権が剥奪されるのだとか。その場合は、派遣国はその外交官を召喚するか、外交官の資格停止を接受国に通告するかのいずれかを取らねばなりません。」
「なるほどの。ということは、同盟四か国は、ハーク・ロウリア陛下が国王の座にとどまる限りは、国交を樹立しないと通告したということか。」
「御意にございます。講和条約の本文にて退位要求を突きつけない代わりに、あくまでも自発的に退位したという形をとるということです。」
ふむ。甘い。甘すぎる。しかし、ルミエスは、この話をしなかったの。あくまでも公で行われたことではないので、話さなかったとみるべきか。・・・いかぬの。中立の立場であるにもかかわらず、いささか一方に傾倒が過ぎる。
「・・・。ルミエス殿下は、このお話、ご報告為されませんでしたので?」
ふっ。ユグモンテにも我が娘の危うさが分かったようだの。
「いささか、一方の陣営に肩入れが過ぎるの。公開の場で行われるとされている講和会議で秘密交渉が行われたというのが、気に入らなかったのかもしれんの。まだまだ青い。」
「左様で御座いますな。そういう観点から見れば、やはり日満両国は、表向きをきれいに見せる能力に長けていると判断すべきでしょう。今回の交渉を見ればわかりますように、表向きは彼らの理想論を掲げつづけておりますが、しっかりと力を背景にして、退位という要求を突きつけました。講和条約が成立したのにもかかわらず、大使の交換がなされないということが近隣に知れ渡れば、ロウリアも困ることでしょう。なにせ、条約本文上はロウリアは敗戦国です。講和を結んだにも関わらず、国王の代理人でもある大使の受入れが拒否されたとすれば、国王の権威が揺らぎます。そう考えますと、彼らを青いというのは当たりませんな。」
ユグモンテのいう通りだな。なかなか。旨い手を考え付くものだ。
「こうなると、今後の対応を考えねばならぬな。我がアルタラスの後ろ盾となってもらえるかどうか。」
「陛下。かの者達については、今少し調査が必要でしょう。ただ、ミリシアル単独では私もいささか心もとないと思ってはいるところです。今少し、ミリシアルを引きつけつつ、日満両国と我が国が連携できるかどうか慎重な検討が必要かと。」
ユグモンテが、ミリシアルの駐アルタラス大使から伝えられたパーパルディア皇国と神聖ミリシアル帝国とのやり取りを伝えられた。それによれば、ミリシアルにとって、重要なのは魔石の取引が円滑になされるかどうかであった。ミリシアルにとって重要なのは「アルタラス島の保全、アルタラス島の現地政府の保全」であって、我がラ・ファイエット王家がアルタラス島を領有することではない。そういう意味では言質は取れていないともいえる。
ミリシアルを我が国にひきつけ、パーパルディア皇国を牽制することが一番だが、日本国満洲国も巻き込むことができるであろうか。やはり、ルミエスの持ってきたあの話を今一度考えてみるべきか。
だが、水面下では、ルミエスとユグモンテの派閥争いが始まっているとも聞く。急激な方針転換は難しい。ユグモンテも日満両国の人間と接してきてだいぶ警戒心は解けてきたが、それでも、科学文明国である日満両国と利を分け合うことは難しいと考えている。このままでは、従属関係のようになるが、日満両国が我が国を庇護下に入れてもらえるのか。
国家としての海外進出には乗り気ではないと聞く。例外がクワ・トイネとクイラであり、彼らは日満両国が欲するものを持っているとのことだ。我が国にはそれがない。細い糸ではあるが、ルミエスのいう企業進出を検討すべき時期かもしれぬ。