内大臣府官制(明治四十年皇室令第四號)
朕内大臣府官制ヲ裁可シ茲ニ之ヲ公布セシム
内大臣府官制
第一條 内大臣府ニ於テハ御璽國璽ヲ尚藏シ及詔書勅書其ノ他内廷ノ文書ニ關スル事務ヲ掌ル
第二條 内大臣ハ親任トス常侍輔弼シ内大臣府ヲ統轄ス
第三條 内大臣ハ所部職員ノ敍位敍勳其ノ他進退ニ關スル事項ニ付テハ之ヲ宮内大臣ニ移牒スヘシ
第四條 内大臣府ニ左ノ職員ヲ置ク
祕書官長
祕書官
屬
第五條 祕書官長ハ一人勅任トス文書ノ事ヲ掌理ス
第六條 祕書官ハ專任二人奏任トス文書ノ事及庶務ヲ分掌ス
第七條 屬ハ判任トス庶務ニ從事ス
附則
本令ハ明治四十一年一月一日ヨリ之ヲ施行ス
明治十八年太政官達第六十八號及明治二十三年宮内省達第二十三號ハ之ヲ廢止ス
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大日本帝国東京都宮内省第4会議室
― 大日本帝國宮内省侍従職 侍従飛鳥井雅春
7月の終わりにクワ・トイネ公国から戻った私は、事の次第をすぐに上司である三条侍従次長に報告した。上司は私に、言質はとられていないだろうなと聞いてきた。私は、服属については、「私では判断できないので、上司に伝える」と答え、献上品についても、「交渉の対価として受け取ることはできないし、このような名物を何の用意もない状態で持ち歩くわけにもいかないので、後日正式な勅使を差し向ける」と答えたことを伝えた。ことは侍従次長の職分では決済できるはずもなく、三条次長は上司の嵯峨侍従長に報告を行った。
その日から数日しかたっていないのにもかかわらず、宮中の幹部職員が集められた。廣田宮内次官を筆頭に浅野宮内大臣官房長、嵯峨侍従長、庭田式部次長、石田宗秩寮総裁、竹田図書頭、汪内蔵頭、徳川内大臣府秘書官長、横田帝室林野局次長、李東京帝室博物館総長、そして報告者として私。
「報告は、飛鳥井侍従からなされた文書の通りだ。この際、忌憚ない意見を聞きたい。そのため、この会議は議事録はとらない。ちなみに御上には既に御報告済みである。御上の御意見については、今この場でいうべきではない。まずは、浅野官房長、飛鳥井侍従の話を基にしての考察を開陳願う。」
廣田次官からの命令で浅野官房長が今回の天皇陛下とクワ・トイネ公爵の関係性をどう構築するかの考察が始まった。浅野官房長は、現在考えられる問題点を洗い出していた。クワ・トイネ公爵のいう服属の意味するところは何か。クワ・トイネ公国の統治権をクワ・トイネ公爵が天皇陛下に献上したうえで、クワ・トイネ公爵がクワ・トイネ公国の統治権を委任されるとする大政委任論に基づく考え方か。それともクワ・トイネ公爵が天皇陛下と個人的に臣下となる旨の誓詞を献上するだけに留めるのか。あるいは、クワ・トイネ公国を御料として登録し、公爵を御料唯一の管理人として登録することでその地位を保障する。大体においてこのような方法があると主張された。
「いろいろと述べた後にいうのも何なのですが、話の前提として言えるのは、今回の問題は、国務の問題ではなく宮務の問題であるとする我々の意識が本当に正しいと言えるのかということです。今回、クワ・トイネ公爵の申し出が、外務省を経由して内閣総理大臣に伝えられるという連絡ではなく、こうして宮中に話が来たということは、明治43年の韓国のようにクワ・トイネ公国を大日本帝國が併合するということではないと、私は考えます。ただ、現実問題として、宮中のみで話が完結できるかというと疑問です。この点について、我々は意見を統一すべきであると思います。」
浅野官房長が周りを見渡してから、着席した。クワ・トイネ公爵はあえて宮中の人間を呼んでほしいと言ってきたと聞いている。そうなるとクワ・トイネ公爵側の要望としては、確かにこの問題は国務ではなく、宮務で対処すべき事案なのだろう。だが、ことは、国交を樹立した一国が関わる問題であり、国務を無視して話を進めることができるとも思えない。
「確かにその通りだろう。クワ・トイネ公爵は、御上に自身の後ろ盾を頼みたいと申してきておる。つまりは、公爵自身がクワ・トイネ公国の領域内で力をつけるということだ。韓国併合の際には、韓国皇帝は李王として京城市内に留まったが、これは朝鮮国内の王として権力を行使するためではない。朝鮮には総督府が設置され、朝鮮総督が権力者となった。クワ・トイネ公爵が求めているのはこういった王公族のような待遇ではないだろう。」
「侍従長の見解に同意です。クワ・トイネ国を帝國の版図内に組み込むということができれば、皇室令を制定して、公爵に相当な敬礼を与える規則を作ることも可能であろうと思います。しかしながら、これは外国のことです。天皇の権力が外国に及ぶというのは、内政干渉ともいわれかねぬことです。」
「左様ですな。よそ様の家に上がり込んで、当主面するというのは野卑たる振る舞いです。御上にさような役どころをお願いするというのは心苦しいものです。官房長、何かクワ・トイネ側の顔を立てつつも、御上の心遣いが内外に示されるような方策はないだろうか。」
嵯峨侍従長の言葉に対して、石田宗秩寮総裁と庭田式部次長が賛意を示した。周りもそれに同意している。さもありなんといったことだろうか。
「まずもって言えるのは、国家間の平等を既に国務の側で打ち出して大東洋諸国と交際を行っております以上、君主の間で上下関係を結んだとみられること自体がその原則に抵触するというより他にないでしょう。君主間の問題は宮務の側の理屈であるというのは聊か苦しいかと思います。」
官房長の話に対して全員が首を上下する。
「仮に国務と宮務は別であるというとしても、その時点で、内閣側に協力を求めることは難しいでしょう。我々が外務省を交えずにクワ・トイネのみならず、大東洋諸国との間の外交関係に影響を与えかねないことをしていては、内閣は輔弼の責任を果たし得ずということにもなりかねません。我々宮中の人間が意図せずとしても倒閣を働くということは、御上の権威にも傷がつきかねませぬ。そういう点でも、この問題は、内閣の協力が必要となります。」
「では、この案件は外務省に移牒すべきというのが官房長の意見かな。」
「いえ。クワ・トイネ公爵側は、あえて宮中の人間に接触をしています。連絡は行うべきでしょうが、ただ単に丸投げしたとあっては、我々がクワ・トイネ公爵をかろんじているとも見えかねませぬ。庭田次長におきましても、引き続き協力を願いたいと思います。」
問題点を詳らかにするため、更に官房長は、仮定を口にした。クワ・トイネ公国一国を御料の扱いとして、帝國とはあくまでも別の国家として取り扱うということについてである。
「クワ・トイネ公国を御料として取り扱う。これは、確かにクワ・トイネ公爵の後ろ盾として御上が立たれているとを内外に知らしめるものであります。ですが、この考え方ですが、現実的な点からも歴史的な点からも採用はできません。現実的な点については、汪内蔵頭から解説を。」
「はい。一国を仮に御料としても、御料の収入をどのようにして取り扱うかという問題があります。我々は、徴税官ではありませんので、仮に現在のクワ・トイネの徴税官をそのまま判任待遇として宮内官としたとしても莫大な人数を雇用することとなります。内蔵寮では、とてもではありませんが、取り扱いができません。勿論、内蔵寮には、大蔵省の出向者もおりますが、内蔵寮が皇室の予算の編纂を行っている関係上、税を取り扱う主税局の人間ではなく、予算を扱う主計局や資産運用を行う理財局の人間が来ております。税を集めることに長けたものではありませんので、一国の運営を我々が行うというのは難しいです。」
「歴史的な問題は、図書頭の私からお話ししますが、一言でいえば凶例です。」
「凶例とは、穏やかではないな。何か旧例があるというのか?」
「はい。国家がある地域を支配するのではなく、君主がある地域を支配するという前例がありました。それは、コンゴ自由国です。」
会議室が一瞬静まりかえった。質問をした横田林野局次長も息を呑んだ。
「なるほど。それは、確かに凶例ではあるな。ベルギー国王の私領であったコンゴ自由国か。これを聞いては、御料とする扱いは、陛下の瑕疵となることは避けられないと言わざるを得ないな。欧州貴族に知られれば、批難を浴びるだろうな。うむ。」
「横田次長を始めとして、もう、皆さまご理解いただけましたように、クワ・トイネを御料扱いとし、御料の管理人に公爵を据えるとすることはできません。違ったアプロ―チが必要です。これについて、李総長、お話をお願いします。」
「はい。ルーブル美術館に展示されております、「ナポレオン一世の戴冠式と皇妃ジョセフィーヌの戴冠」の絵画を皆様もテレビや書籍で見たことがありますでしょう。このような形で、御上がクワ・トイネ公爵の戴冠式を執り行うということはいかがでしょうか。王冠を被らせるのは、上位者である証ですが、御上御自ら行うとなれば少なくとも、上位者としての側面を見せることは可能です。新世界における初めての行幸先をクワ・トイネに選ぶとすれば、我が国がクワ・トイネを重視していることがその他の諸国にも知られるところとなり、少なくともクワ・トイネ公爵の地位向上には役立つかと。」
会議室がざわざわとした。やはり、其れしかない。
「なるほど。戴冠式という儀式であれば、宮中の式部官が中心となっても動いても問題はありませんな。とはいえ、御上を海外にというのは、ちと厳しいですな。この新世界転移は突然でした。クワ・トイネ行幸中に帝國が再び転移ということになればと思うと・・・。何か、もうひとひねり欲しいですな。御上に御動座いただくことなく。」
「庭田次長の懸念は最ものところです。それでは、東京で戴冠式を行いますか?」
「いや、内蔵頭殿の方法では、クワ・トイネ公爵を呼びつけることになる。それでは、御上が他国の者を呼びつけたことになる。御上の為人に瑕疵がついてしまうことにならないかそれは。」
やはり、問題は御上の戴冠式への出席を回避しつつ、御上の御威光をクワ・トイネを始めとした海外諸国に知らしめること。その方法をどうするのかということなのだ。
「議論の方向性は決したと思う。今後は方策の研究と内閣側への根回しが必要になってくる。そこで、徳川秘書官長。内大臣府でこれらの作業をお願いしたい。内大臣府御用掛を設置して、問題の検討を開始してもらいたい。」
「承知しました。飛鳥井侍従をお借りしたいのですが、侍従長かまいませんか。」
「うむ。飛鳥井君。君のシフトはこの際開けておく。一時侍従職から内大臣府に出向という形をとっておく。直接公爵と面会したのは、君しかおらんのでな、公爵の為人も含めて調査に尽力してくれ。」
「了解しました。徳川秘書官長、よろしくお願いいたします。」
この問題はやはり私が担当することとなったか。再びクワ・トイネに行くことになるのだろうな。