大日本帝國召喚   作:もなもろ

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自由党(満洲) インターネット百科事典『電網完全大百科』より / 満洲帝国新京特別市自由党党本部 2675(興信27・2015)年8月4日(火)

自由党(満洲)

 

 自由党(じゆうとう、英:Liberal Party、英文略称: LP)は、満洲の政党。略称は、「自由」。

 

=概説=

=自由党総理誕生まで=

 結党は、康徳3(1936)年の満洲国立法院総選挙の年の前年である。康徳2年8月、新京の国務総理大臣張景恵の執務室において、後に初代自由党総裁となるヴァシリー・イリイチ・チチェンコ(ロシア系。欧州大戦時のロシア革命で満洲に亡命してきた富裕層。北満鉄鋼相談役。)は、「協和会は日本人出身者の割合が色濃い。そのため、白人は肩身が狭く、協和会に入会するという動機が形成されづらい。白人系の住民の意見を吸い上げる機関としては弱いといえる。一方で、漢人と接触すれば、漢人は未だ満洲国を白眼視している者も多く、関東軍からすれば、反満洲とでも見えてしまう。そこで、白人単独で一個の機関を作りたい。また、国会が開設されたときに国会議員が協和会議員だけというのは、一党独裁のように見え、欧州の支持を取り付けるには不都合である。このため、白人系の人間の意見を吸い上げ、国家にお届けする機関、将来的には政党となりうる機関を設立したいので、関東軍への紹介をお願いしたい。」との会合が行われた。張景恵は、関東軍参謀長西尾寿造との間に折衝を行った。この際に、チチェンコは、西尾参謀長から本年12月1日に立法院総選挙を行う事を告げられ、準備を行うよう指示された。

 この結果、康徳2(1935)年10月1日、新京に自由党本部を設置し、自由党総裁にチチェンコが就任した。12月1日の立法院総選挙は、一省を一選挙区とする大選挙区制で行われ、協和会164、自由党120、社会党84、共産党38、諸派94という結果になった。チチェンコは西尾参謀長との会見で、この組織は白人系の意見の吸い上げを目的としたものであるため、政府と主義主張を戦うことはないと言明していたため、準与党として取り扱われ、政府提出の予算にも大きな修正意見を挙げることなく、自由党から国務総理大臣を輩出することもなく、あくまで閣外協力に留めていた。

 国務総理大臣は、初代の鄭孝胥以来、張景恵、李康正、劉忠順と続けて協和会総裁がその地位に着いていた。満洲帝国建国期から続く政治課題として、アヘンの漸禁政策があった。康徳4(1937)年、立法院の決議を経た法律として阿片法が制定されて以来漸次改正され、康徳20(1953)年、「けし農家の廃転業の支援に関する特別措置法」が制定された。これは、その前年の阿片法改正によって、阿片の原料となるけしの栽培が、帝国農業研究所、大学薬学部付属試験場、政府認可薬品会社試験場以外では認められなくなったがために廃業や転業を必要とするけし農家の救済のため、彼らに対する補助金を交付する必要が生じたためである。この法律施行の3年後の康徳23(1956)年、8月22日、新京新聞朝刊の一面に大きなスクープが掲載された。世にいう、阿片疑獄である。けし農家支援特別措置法による農家救済に関連して、一部の農家が耕地面積を水増しして請求し、それによって不当に得た利益の一部を与党協和会の一部の政治家に献金をしていたという事実が発表された。

 この事実は、与党協和会への国民の支持を失墜させ、自由党を中心とした、劉内閣への弾劾上奏が提出される事態に繋がった。帝國議会を停会する劉内閣に対して、参議府は調停に乗り出し、弾劾上奏が取り下げとなる代わりに劉内閣は総辞職することとなった。その後、第3代自由党総裁であったアレクサンドル・オーシポヴィチ・ネステレンコが、第五代の満洲帝国国務総理大臣に選出されることとなった。

 

 

―――――

満洲帝国新京特別市 自由党党本部

 

 

 満洲帝國の野党第一党である自由党は、対ロウリア講和会議にアロイス・ボワレーを送り出した。ボワレーは自由党総務会長であるが、総務会は、党大会・両院議員総会に次ぐ党の意思決定機関であり、常設機関としては党内最高意思決定機関である。その総務会の会長を講和会議に出席させ、条約に署名させる。これは、自由党が講和条約に賛成しているということを示しており、内閣の主導する外交を国内である程度賛成を確保しておくための手段として常用されている。

 自由党総裁メルヒオール・イザーク・ルッツは、アルタラス王国に長期出張中のボワレーからの報告書を眺める。

 

『ロウリア王国の軍縮の規模は、陸軍定員20万人に落ち着きそうです。今回、同盟四か国は、成人男性50人に1人という割合での兵役という要求を出しました。男女半々として100人に1人。ロウリア王国の文明レベルから言えば、人口ピラミッドは富士山型でしょうから、老人や子供をいれると200から300人に1人と言った割合になるかと思います。ロウリア王国の人口は、およそ3800万人との申告がありましたので、計算すると、上限は13万から19万の兵がいるという計算です。

上限からいえば、余裕がありますが、これは一般兵を基準とした場合です。騎士の類は含まれておりませんので、重装歩兵などをいれると簡単に定員超過となるでしょう。ロウリアに対する軍縮要求として、陸軍定員を上限15万人を党総務会にて了承を取り付けましたが、同盟四箇国がアルタラスで合議した結果、ロウリア側の意見も十分に理由があると判断し、上限20万人に修正という形になりました。ただし、5万人上限を引き上げるので、地方諸侯が軍役を負担して王に奉公するというこれまでの封建契約を解消させるための道筋をつける必要がある為、ロウリア側からの最終返答はまだ得られておりません。これらの点について総務会への説明と条約締結に関しての総務会長への一任は俵田副会長を通じてお願いいたします。』

 

「幹事長。総務会は、その後どうなっているのかね。」

「総務会は緊張関係にあります。負けたロウリアの顔を立てて、クワ・トイネとクイラ両国の顔を潰すつもりかと息を荒げる原島派とダルハン派が共闘して、ボワレー派の総務とやりあっています。とはいえ、これも予定調和に至るまでの道のりのひとつだと思います。そこそこにやりあった後にボワレー総務会長への一任という形でまとめると、原島さんとダルハンさんからもある程度の感触を得ています。」

「ふむ。ロウリア側が最終決定を出すまでにはなんとか話を持っていきたいな。協和会のほうはどうかな。」

「こちらも同じくですね。ですが、噂では、森山外相が一時帰国して、協和会総務会で説明を行うという話も出ています。ロウリアが我等が一歩引いたことに勘違いして、続けてもう一声ということになれば、キャンプファイヤーが山火事にもなりかねません。そのあたりは、要注意ですね。」

「なるほどね。幹事長、ボワレー君の報告書は読んだかね。」

「ええ、少し厄介ですね。」

 

『騎士などは、代々継いできた家業と考えると、騎士を解雇するというのは、代々仕えてきた忠臣を潰すということになり、この選択肢を取る事は難しいです。騎士を陸軍定員に含めるということになれば、陸軍定員は超過してしまうでしょう。となると、やはり、地方諸侯の持つ軍役を担うための徴兵を抑えるしかないと考えます。このためには、先にも申し上げた封建契約の発展的解消という、諸侯から軍権を切り離し、単なる地方官に変えることが必要不可欠の動きです。これが為されるかどうかが、この対ロウリア講和の要諦となります。

この動きが頓挫すれば、地方諸侯と騎士団が抱える陸軍兵員数は20万では足りません。もう少しの上限解放をと言ってくる可能性があります。そこは要注意でして、特にクワ・トイネがこれ以上の譲歩を嫌がっています。日本の徳川外相に苦言を呈していた姿を見たことがあります。

ただ、この動きが成功するということは、クワ・トイネの今後を占う上で重要であるとお思いいます。彼らにはドイツ帝国におけるプロイセン王国のような国内を牽引できる存在がないので、まだまだ諸侯の合議制という国家体制です。そこに中央集権の成功例としての東部諸侯が生まれれば、クワ・トイネが連邦制国家という枠組みを作ることができるのではないかと思います。そういう観点からいえば、この問題はうまくいってほしいと思うのです。』

 

「総裁。御耳に入れておきたいことがあります。」

 

 ルッツ総裁はよく知っていた。幹事長がこういう言い方をするときはあまりよくはない話だということを。眉をひそめて彼は先を促した。

 

「社会党が講和会議全権団への加入を望んでおります。」

「なにい!?」

 

 ルッツ総裁は幹事長を睨みつけながら、声を荒げた。外交団に衆議院の野党第一党の人間を含ませることで、与野党を超えてこの問題に対処しているという建前を旧世界の各国は演出していた。そして、野党第一党が与党に返り咲くもしくは野党第一党を堅持する意味で、第二党以下の全権団参加を排除し続けてきた。

 

「李君。幹事長である君が報告を挙げてきたということは、総理は、社会党の参加に前向きということなのだな。」

「前向きかどうかはまだわかりません。ただ、これまでの慣例の通り、社会党議員の参加を参議府へ諮詢願いを即座に出さずに、外交団への参加増員が必要なのかどうか、外交部へ検討を指示しております。これまでの慣例と違う動きをしていますので、一応お耳に入れた次第です。」

 

 ルッツ総裁は李総理の意図が何処に在るか考える。これまでの満洲国政界は、政友会と自由党が交互に政権を担ってきたといって過言ではない。社会党や共産党に日の目を見せずに、政友会と自由党との間でいわば馴れ合いの内に政権を運営してきた。ここでその繋がりを断ち切る意味はない。というのも、満洲国の政治の中には過半数を割った政権もあったが、そのときは野党第一党と協調を取り、必要な政策を進めてきた歴史があったからだ。議会第二党と第三党が連立を組んで、政権を担当したことは無い。

 

「意図が読めんな。何か掴んではいないのか。」

「はい。李総理周辺では、今回の条約交渉において、我々の交渉要求原案が修正されたときに党の総務会がどのように反応するのかを気にしている様子が確認されています。おそらく、我々自由党執行部に対して総務会を押さえろと言うメッセージではないかと思います。」

「なるほど・・・。李首相は、総務会長を経験していたはずだが、この手の駆け引きはしなかったのか?」

「いえ、李総理が総務会長になられたのは、オリガルヒ疑獄でオーデル・ナイセ内閣が倒れた後です。あの当時の協和会の党内は総選挙敗北の責任論の噴出はすごかったようです。加えて、今は落ちつつあるとはいえ、新世界転移の影響も残っていますので、我々が条約交渉に当たっている全権団の決定に反対しないようにと念には念を入れてということではないかと思いますが・・・。」

「ふむ・・・。意図が読めんな。だいたい総務会内部でやりあっているのは、協和会も同じだというのに、いやまて、外に社会党という敵を作ることで、協和会と自由党の総務会を抑えにかかったということはあるか。」

「なるほど。我が党への対策だけではなく、与党も含めてということですか。」

「こうなると面倒だな。李君。協和会の幹事長とも連携を取っておいてくれ。総務会が必要以上に荒れないようにしっかり統制してくれとな。」

「承知しました。」

 

 幹事長は退室し、ルッツ総裁は再度ボワレーからの報告書を読みなおした。末尾には、今月の中旬には、講和条約が調印迄できるであろうと書かれてあった。

 社会党が動き出していたとしても、全権委員となるまでにはいくつかの手順が必要だ。国内の手続きが完了したとしても、アルタラスまで赴き、アルタラス外務局やロウリア王国側へなどに全権委任状の承認手続きなどの国外の手続きもある。これらの時間を考えれば、社会党の全権が誕生したとしても、おそらく調印には間に合わないと踏んでいる。

 ボワレーに、これ以上の交渉の引き延ばしは認めないとでも言わせるべきかどうかとも悩んだが、同盟四か国に根回しするにはボワレーでは格が足りないことに気づいた。

 

「ままならぬものよ。」

 

 ルッツ総裁は独り言ちた。

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