アルタラス王国王都ル・ブリアス ロウリア大使館
― ロウリア王国大蔵卿 ギルベルト・マイヤーハイム
「それは悪手です。絶対に同意できません。」
ドンッと拳をテーブルに打ち付けて、ベルシュ大使が言い募る。言われたパタジン騎士団長も驚いている。
アルタラスに於ける講和交渉は大詰めに差し掛かっている。
元々領土の割譲要求では争うつもりはなかった。国家体制の問題についても、元々現国王は退位する意思を示していたので、その前提が履行されるのではあれば、特に過酷な条件を突き付けられたわけではない。亜人排除の思想など、元々宮廷内で騒がれていただけにすぎないので、宮廷の掃除ができたと思えばよいのだ。
賠償問題についても大筋での合意を図ることができた。賠償委員会というロウリア人委員を含めた会議体を結成して、その賠償の当否が決せられる。そして、この委員会の決定には、中立国の委員による監査が掛かることになっている。おそらくは、それほど不当な要求にはならないだろう。賠償金の支払い方法についても国家の債権である国債を発行し、それを日満鍬杭四か国で引き受ける方式がとられた。短期と長期の国債が発行されることとなり、長期の国債は償還に10年を掛けるという。10年の間に資金を調達すればよいということになるわけで、破格の猶予が与えられているといってよいだろう。条約の文言上はロウリアが賠償を行う義務があるということになるが、このように細部を考えれば、我々が一方的に義務を課されるようになったとはいえない。敗戦国に対する賠償要求としては破格の対応と言えるだろう。
そして、最終的に残った問題が、軍縮条項と保障占領条項だ。
海軍の条項は、軍船の新造が当分の間不可能となった。これは、現在我が国に残っている軍船の一部を賠償の一部として引き渡しを検討していたところ、日満両国のみならず、クワ・トイネもクイラも我が海軍の軍船を戦時賠償として引き受けることを不要としたからである。これにより、現在我が国に残る軍船の多くが余剰分とされたので、これを削減するまでは、海軍軍船保有上限量を超過しているためである。このおかげで、パーパルディア皇国への借款返済に余剰分の軍船を用いることができ、解体して船舶用の資材にすることもできるようになったなど、対パ―パルディアの課題も同時に対応ができるようになるなど、良いことづくめであった。
航空兵力の問題については、我が国とクワ・トイネ及びクイラ両国の国境から我が国側へ100キロメートルの位置内にワイバーンの基地を新造しない。80キロ地帯までの間のワイバーン基地は移動するという条件で合意ができた。但し、一か所ワイバーンの飼育厩舎がこの地帯内あるが、これについては移動が免除された。この100キロ圏内はクワ・トイネとクイラが飛行許可を発する地帯となり、事前に飛行計画を提出することが求められるようになった。
魔導士についても軍籍にある者については、中央政府の管理とすることが決定した。中央で名簿を作成し、現在の所在地を把握する。軍籍にない魔導士については、従軍は不可とし、これまで通り各諸侯が召し抱えるのを許可した。この辺りについては、更に規則が必要になる。今後は攻撃魔法を扱う者は網羅的に確認が必要となってくる。だがまずは、この程度の取扱いで四か国の容認は得た。
そして、陸上兵力についての問題。この問題は、建国以来の王と諸侯の関係に大きな変更を迫るものであるので、我々は慎重に対処すべきである。
陸上兵力の上限は、当初の要求案から5万人増加し、20万を上限と為すことが出来た。東部諸侯については、この動きに迅速に対処することができ、新たに「エストロア」という領域を設定することができた。ここに3000名ほどの騎士団を置く。新領域内に各諸侯の領地から選出された騎兵・重装歩兵・一般歩兵を常備兵として、エストロア騎士団として領の中心都市に常駐させる。領を含むロウリア王国の防衛任務に従事する。そのため、この騎士団の命令系統は中央政府が保持する。王家の騎士団でもなく、諸侯の騎士団でもない。我々の歴史では類を見ない新たな編成の騎士団が生まれるに至った。これを他の地域にも広めていくつもりであり、四か国からも好意的にみられている。
これまでの講和交渉のやり取りは、魔信を通じて中央政府に知らせている。交渉当初は、中央政府も敗戦国に対する破格の待遇に驚き、間違いではないのか、罠はないのかなどと問い合わせが多かったものだが、ここ最近は喜色に溢れる様子の返書が届いている。それは、交渉をより優位に進めるようにという内容であり、講和会議の雰囲気を知っている我々にとっては当然のことと思われた。ただ一人、ベルシュ大使を除いては。
「しかし、ベルシュ殿。これまでの交渉では、我等に厳しい意見を投げかけていたのは、クワ・トイネとクイラであって、日満両国はそれを抑える方向で動いていた。今になって、陸上戦力5万人の追加交渉を言い出したからと言って手のひらを反すということはないだろう。勿論、却下される可能性は高い。それは我々としてもわかっていることだ。だから、成功させようというのではない。本国からの要請があったから、追加で申し入れだけでもと思っているに過ぎない。言うだけならば、問題ないのではないか。それに、王国東部では、騎士団の新たな編成が進んでいるが、それ以外の地域では、まだまだ旧来の意識に引きずられている者も多い。条約本文に5万人を追加でというのではなくても、せめて1年間の時限措置だけでも認めてもらえれば、国内での交渉の時間的猶予もできる。もう少し粘るべきではないか。」
ベルシュ大使の猛反対に調子が狂ったパタジン将軍が、調子を取り戻すと自己の意見の弁護を行った。そうよなあ。言うだけ言ってみて、ダメなら引き下がればよいだけなのだ。もとより、我々は敗戦国にも関わらず、極めて穏当な取り扱いを受けている。申し出が受け入れられることを前提としているわけではない。講和会議の場で申し入れましたという体裁だけでも整えておくことは本国の要請にこたえるだけなのだから。
「いいえ。いいえ、なりません。これ以上相手の好意に甘んじて、利益をむさぼるような物言いは、断じて許されません。」
「しかし、現にこの条件では騎士団から解任してして、地方諸侯の下で警備任務のみに従事する者もでてくるのだ。彼らの説得にも時間は必要ではないか。」
「それは、我が国が負うべき責務です。四か国におしつけるような真似はすべきではありません。」
「押し付けるなどとは心外な。歴代の王や諸侯に仕えた騎士の身の上を考えれば、時間が必要だ。その気持ちを其方は何とする。」
「双方それまで。」
二人の言い合いをマオス外務卿が止めた。これ以上は拙いと考えたか。ふむ。わしもベルシュ大使がそう結論付けた経緯が気になるな。
「ベルシュ君。わしは、君がそう結論付けた経緯が気になる。君の協力者から何か連絡が入ったのか。」
「はい。まず、一点目として、日満両国の国家財政を預かる財務官僚が外交部局に圧力をかけ始めたそうです。以前お話ししたように、財務当局は早期の条約締結を希望しております。それによって、出征軍の手当てを減らすことが目的です。彼らからすれば、一回目の延長もあまり良い顔をしていないのです。ここで、講和交渉に更なる遅延が生じることは、良い影響を与えません。それに、財務を扱う官僚が国家組織の中で高い地位を占めていることは、どこの国家にも当てはまることです。彼らをこれ以上刺激するべきではありません。」
なるほど。わかる気がするな。財務部局はこの講和交渉の直接の当事者ではないが、大いに力を持っているとみるべきだ。日満両国と我が国が国交を樹立した後の我が国への態度にいろいろと影響が出てくるとみるべきであろう。そうであるとするならば、ここは損をして得を取るように動くべきであろう。
「なるほど。理解した。他には。」
「他にもいろいろとございます。日本国の対ロウリアの過激派とでもいうべき集団、対朗戦争貫徹国民決起集会委員会の存在があります。この団体の主張に賛同する日本国民の数は750万人にも上るとされております。彼らは、日本政府の外交を手ぬるいと批判しているのです。今のところ、彼らは野党勢力、すなわち政治勢力としては非主流派を中心として活動しておりますが、日本政府としては彼らの主張にも耳を傾けねばなりません。今は日本政府が彼らを抑えておりますが、これ以上我々が要求を繰り返せば、それも危険であると言わざるを得ません。この動きについては、満洲側も同じです。ただ、満洲側には詳しくは分かりませんが、野党勢力が交渉の早期妥結を目指しているという話も挙がっています。そして、これは私の私見も含みますが、我々は敗戦国であるにもかかわらず、日満両国から穏当な講和条件での条約交渉を許されました。我等はこれを恩としてとらえなければなりません。こちら側からも歩み寄りを見せなければならないと思うのです。一方的に要求を言い募るだけでは不信感を与えてしまいます。そういう観点からも条件闘争はこれ以上してはならないと考えます。」
ベルシュ大使の意見は、日満両国の内情も含めて話しており、我々が危険な綱渡りをしていることが如実に示された。なるほど。これは確かに我々にこれ以上の停滞は許されないというべきであろうな。
「マオス外務卿。わたしは、ベルシュ大使の意見を取りたいとおもうのだが。」
わたしがそういうとベルシュ大使が安堵の表情で深いため息をついた。
「パタジン将軍。貴君の意見もわかるが、これ以上の停滞はよろしくないと思う。それに、我が国と日満両国は君臣の間柄ではないが、受けた恩は返さねばならぬというのは、封建関係になくとも、理解できるところではないかと思うのだ。そういう観点からすれば、これ以上の追加の申し出は確かに拙い。我々も早期の妥結に向けて動き出すべきではないか。」
「そうですな。確かに、我々は敗戦国であるということ意識が薄かったですな。となると、本国にどう説明するかということですが。」
「会議の本交渉の場ではなく、サロンの場や予備交渉の席の雰囲気でこの話は受け入れられなそうだったということにしておけばよかろう。話を出すこと自体が我が国の不利につながる。そういう忠告もあったと報告をする。あとは、父が国内をとりなしてくれるだろう。」
我ら全員で頷いて、賛意を示す。これでようやく条約交渉も終わりそうだ。あとは、保障占領の範囲拡充と期間延長の申し入れが得られるかどうかだな。