とりあえず、山場を乗り切りました。
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平成27年8月1日 午前
松平外務次官ヨリ在杭國宇野公使宛(電信)
朗利亜國治安維持ニ付杭羅國ヘ部隊ノ応援派遣ヲ依頼セムトスル件
第219号 至急
現在「アルタラス」王國首都「ル・ブリアス」ニ於テ開催中ノ対朗講和会議ニ参加セリシ徳川外相ヨリ帝國政府ニ対シ講和要求条項ノ修正検討依頼アリ。朗利亜王国ガ講和条約ニ定メタル彼國ノ債務ノ実行ヲ監視セムガ為ヲ以テスル帝國陸海軍部隊ニヨル保障占領ノ名目ヲ以テ該部隊ニ朗利亜王國ノ治安維持活動ヲ為サシメムコトハ可也哉。
帝國政府ハ閣議決定ヲ以テ左ノ内容ヲ決シ、外務次官ヲ通ジ杭国公使ニ宛テ通牒セシム。杭國公使ハ杭國政府ノ応諾ヲ得サシムルベク該政府要人ト協議ヲ開始スベシ。猶交渉ノ猶予ハ七日程度トス。対朗利亜休戦協定ノ期限ハ八月十七日終了時ナレバ、中立國或垂巣國外務局ニヨル条約正文ノ調製、講和会議参加各国ニヨル最終確認及条約ヘノ調印ヲ鑑ミレバ其程度ガ限度也ト思慮ス。
一、杭羅王国政府ハ杭羅王國陸軍部隊ノ一部ヲ朗利亜王國東部地域(「カルーネス」、「ビーズル」、「ジンハーク」ヲ結ブ街道附近ノ重要ナル地点ヲ中心トスル領域)ニ派遣シ、同地域内ノ治安維持ノ為該部隊ヲ駐屯セシムル事ヲ約ス。
二、右部隊ノ派遣開始時期ハ講和条約締結後トシ部隊ノ派遣ハ早期ニ之ヲ行フ。終了時期ハ講和条約ニ定メノアル期限ガ終了シタトキ、朗国中央政府ガ条約ノ債務ヲ達成スルニ安定シタ施政ヲ施行シタルト同盟國ニ於テ判断シタルトキ、帝國政府トノ協議ニヨリ派遣任期ガ終了シタルトキトス。
三、部隊ノ派遣地域ハ一項記載ノ地域トス。但シ必要ニ応ジテ該地域外ヘノ派遣モ有リ得ル事ヲ諒承サレムコトヲ付記スベシ。
四、派遣部隊ノ規模ハ一個歩兵連隊ノ規模ヲ以テス。必要ニ応ジテ大隊ノ規模ニ分割駐屯スルコトアルベシ。
五、部隊ノ派遣費用ニ付テハ杭羅王國朗利亜王國トノ間ニ協定ヲ締結スベシ。杭羅王国ノ求メニヨリ帝國政府ニ於テ該協定ノ締結ノ際ノ外交顧問ヲ無償ニテ派遣スルコトアルベシ。
六、派遣部隊ノ補給ニ関シテハ帝國政府ニ於テ弾薬装備品食料等ノ物資補給ヲ行フコトヲ約ス。帝國政府ノ責任ニ於テ実施スル補給計画ハ朗利亜王國國内駐屯地ニ於テ実施ス。
七、本件協力ニ対シテ杭羅王國政府の応諾アリタルトキハ帝國政府ハ杭羅王國ニ対スル無償開発援助ヲ実施スルコトヲ約ス。
(外務省大臣官房文書課編『平成二十七年度外交機密文書集』より)
(国防保安法により政府機密10年指定文書)
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アルタラス王国王都ル・ブリアス アルタラス外務局迎賓館
― アルタラス王国外務卿シモン・ド・ユグモンテ
アルタラス外務局はここ数日間ピリピリとした緊張感で満ち溢れている。その原因はもちろん我が国が仲介して行われているロウリアと日満鍬杭四か国の講和会議である。
会議が始まった当初の私たち外務局職員の意識は、果たしてこれで交渉がまとまるのかという疑念に塗れたものであった。なにせ、この講和会議開催を祝して行われた夜会にて、ロウリア全権には充分な弁明の機会を与えるよう注意を払ってもらいたいと日本国の首席全権である徳川外相が申し出てきたからである。私が驚いたのも無理はないだろう。満洲国の森山外相はしっかりと頷いていた。クワ・トイネのリンスイ首席全権もクイラのメッサル首席全権も苦笑いをしながら、彼の言葉を否定しなかった。この時私は、間違いなく、同盟四か国のリードは日本国が取っているのだと思っていた。
しかし、会議が開催されるや不可解な気持ちになった。講和会議の第一日目は同盟四か国からの講和条件の要綱の説明であったが、第二日目は、ロウリア側からの要綱に対する諾否の回答であった。その際、大項目5項目からなる講和条件に対してロウリア王国はそのうちの4項目までも条件の変更を申し立てた。5つのうちの4つも反対してきたのだ。普通の講和会議ならば即時決裂して交戦再開となってもおかしくはないだろう。しかし、同盟四か国は交渉を打ち切らず、いくつもの要綱を修正しロウリア側の修正意見に応じた。
更には、講和交渉すべてを通しておおよそクワ・トイネとクイラの全権に交渉を任せた。要所要所で話に加わることもあるが、会議をリードしようとする様子は見られなかった。初日に同盟四か国を引き連れて見せたあの存在感は言った何だったのかという思いだ。
この講和会議において目を引いたのは、やはりロウリア王国の外交団の存在だろう。徐々にではあったが、アルタラス外務局は在外公館、特に駐ロウリアの外交官が取得した情報から、戦争そのものは、ロウリアの大惨敗に終わったことが判明している。彼らは、その圧倒的不利な状況から数々の譲歩を引き出した。会議の中盤には、クワ・トイネのリンスイ全権から、「森林盟約宣言は、クワ・トイネ公国が国家としての一体感を持つための歴史的合意文書であり、国家の最高法規の側面がある。この文書は公国内に於て通用する文書であって、他国との関係を規律するような側面を持っていない。」との声明を引き出した。あの文書は、クワ・トイネ公国による報復攻撃の大義名分ともなりうる存在であった。あの時、ベルシュ大使がこの話を持ち出したのは、このためであったかと驚いたものだ。
そして、会議はあと一つの問題が合意を得れば、終了するというところまできた。会議当初はまさかここまで合意できるとは思っていなかった。だからこそ、日に日に外務局員の講和会議成功への期待感は高まりを見せつつあった。それと同時に交渉期限までに交渉がまとまるのかという不安も強くなっていった。休戦協定の期限は当初30日であったが、後日20日の延長がなされた。合計50日の会議期間。もう、あと一息ですべての項目に合意ができるところまでやってきた。
8月3日の会議に於てリンスイ全権は、ロウリア側に休戦協定の再延長はしないと通告した。その日から2週間後が延長された休戦協定の期限だ。おそらくは軍縮問題で上限兵力について再度の検討を、という雰囲気にあったロウリア側を掣肘するために申し出たことであろうと思われた。いわば最後通牒一歩手前という感覚で通告したということだろう。
それから数日たって、ロウリア側は軍縮問題で同盟四箇国の提案するところの陸軍兵力上限案に合意した。我々がほっとしたのもつかの間、保障占領のための兵力を強化してほしいとの申し出がロウリア側よりでた。保障占領は、ロウリアが条約上の義務を果たすかどうかを監視するのが任務であって、ロウリア側が兵力量を多寡を決めるものではないと突っぱねる同盟国側とロウリア国内の不穏分子を抑えるためには、大兵力による威嚇が必要とするロウリア側との間で議論の応酬が続いた。
もはや終着点は目の前に来ている。ここまで来て、御破算ということになれば、仲介の任に当たっている我が国の評価も関わってくる。外務局員の中には、ここまで来てさらに要求を出すとはと、ロウリアをふてぶてしいと思う者もいれば、条約を結んだところでロウリア国内が混乱してしまえば、せっかく条約を締結させた我々の苦労が台無しになるとして一定の理解を示す者もいる。しかし、それでも我々の間に共通していた感情は、先行きがどうなるのかという不安感だった。
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「七重の膝を八重に折ってでもお願いしたいのです。」
いささか大げさにも思えるようなセリフでベルシュ大使が頭を下げる。それに従って、他の全権も同様に頭を下げた。我々はその姿を聊か困惑した目で見ている。休戦協定の終了期限は10日後の17日だ。
休戦協定の有効期限が切れるまでに講和条約への調印を済まさなければならない。この道筋もまた一筋縄ではいかない。まず、これまでの議事録に書かれた記録を参照にしつつ、条約の正文を作る文章化の必要がある。この条約はロウリアと同盟四か国の講和条約であるため、第三文明圏公用語だけではなく、日本語と協和語も均しく正文として扱われるように調整が必要だ。次に翻訳の齟齬をなくしたところで、各全権委員による閲覧点検がある。点検の際に、各国間で異見が発生する可能性がある。議事録を確認しながら、修正若しくは追加などを行わねばならず、この作業にも時間を有する。そして最後は、条約正文の清書と各全権委員による署名だ。最後の手続きは条約の内容を確定させるという意味では最重要のものであるし、最終のセレモニーとしても重要な意味を持つ。
ここまでにあと10日しかないのだ。もう時間的な余裕はない。なぜ、ここまで粘るのか。我々はハラハラしながら見守っているしかない。それにもまして不可思議なのが。ここまで対ロウリアで強硬発言を行っていたクワ・トイネのリンスイ全権だ。
「あー、私どもとしてはだ。そのー、ここまでロウリアに譲歩している以上はだ、国内の取りまとめなどはーだ、それはそちらのほうでだ、何とか、そのうまい具合にしてもらいたいというか、すべきだというか、そのー。」
リンスイ卿もわかっているだろうに。もはや時間がないということに。今日あたりにはすべての事項に合意できなければ、文章化の作業に移れないということに。なぜ、あの時のようにこれ以上議論を尽くす必要はないと最後通告をしないのだ。
不思議なのは、クワ・トイネだけではない。同盟四箇国の全権の後ろに控えている随行団も動きがおかしい。しきりにクワ・トイネとクイラの随行員はしきりに携帯電話を確認している。徳川外相と森山外相はときおり後ろに振り返りながら二言三言随行員と話をしては、前をを向くという行為を繰り返している。せわしない動きだ。
「国家を構成する集団、その全てが一枚岩であるということは古今東西に渡って、そのようなことはなかった、ということはリンスイ卿もお判りでしょう。あと、一歩なのです。講和を結んだ。だが、国が割れたということでは、この講和会議そのものが無に帰してしまう。我々が支払う賠償もなしになってしまう。それは、クワ・トイネ公国としても望むところではないでしょう。」
「いや、まあ、それはそうだが。」
「ならばこそロウリア王国の新政府が正しく機能しているのかを監視する部隊の増強をお願いしたい。メッサル外相、いかがお思いになりますか。」
「いや、まあ、それはだ、軍事部隊の駐屯ということは軽々には」
不気味だ。なぜ、ここまで歯切れが悪い討論が続いているのだ。隣のルミエス王女もドレスのスカートを握り占めてじっとこらえた表情で場を眺めている。無理もあるまい。この講和交渉の場、実務は我々外務局が担ってはいるが、顔役は王女なのだ。講和会議の失敗は、王女の顔がつぶれることにもなる。神輿ではあるが、この場にいる最上位の人間なのだ。だが、この王女とは聊か緊張関係にある。王女の発言権が後退するということ自体は悪くはない・・・。
ピリリッツ!!ピリリッツ!!
突如として講和会議の場に音が鳴り響く。クワ・トイネとクイラの随行員が板のような物を持って席を立ち、会議場の外に出ていった。何事かということで、一瞬議論が停まったが、続けて日本側の随行員、満洲側の随行員も同じような音を出しながら、会議場を出ていった。あれは確か、携帯電話といったか。遠くにいる者と話すための機械であり、我々でいうところの魔信機の卓上版といったところだったか。
ベルシュ大使以外のロウリアの全権が胡乱な表情をしている。大使は力強い眼を浮かべて拳の握り込めている。司会の外務局次長が、休憩をクワ・トイネのリンスイ卿に提案していたが、しばらくこのままでとの返し鷹と思えば、リンスイ卿からも携帯電話の音が鳴り響き、失礼と頭を下げてから、会議場を出ていった。
わしの後ろで記録を取っている我が外務局員もひそひそと話している。皆、とうとう来るべきものが来てしまったかということを言っている。まあ、無理もあるまい。部下たちは、本国が交渉打ち切りを命じたと勘違いしているのだろう。
クイラの随行員が部屋に戻ってきた。そして、メッサル外相の下に行き、耳元でなにやら話しかけている。
「すみませんが、5分。いや10分ほど、同盟国内部での意見交換の為時間を頂きたい。」
「ロウリア側はそれでよろしいか。・・・。では、一時休会とします。」
クイラのメッサル外相が会議の休憩を提案した。局次長もそれを待っていたかのようにロウリアに声を掛け、ロウリア側が了承するや、一時休憩を宣言した。リンスイ卿も合流し、メッサル外相、徳川外相と森山外相が余人で囲むような形となって、会談を始めた。
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会議は再開された。代表して回答を行うのは、クイラのメッサル外相であった。
「同盟各国は最終的な結論に達しました。この回答を以て最後通告としたします。」
ロウリア側の面々から息を呑むような声が聞こえた気がした。
「まず、保障占領の概念そのものを条約上で変更することは一切ございません。そのうえで、現状の講和要求要綱上「カルーネスを含む地域」を占領するという規定を「カルーネス、ビーズル、ジンハークを結ぶ街道附近の重要なる地点を中心とする領域」と変更することとします。そして、占領部隊の駐屯地の指定に関してはロウリア王国政府へ事前に連絡の上同盟国側に於て決定するという一文を挿入する。以上の二点を保障の章に盛り込むことで同盟国側からの修正の提案とさせていただく。」
すっと、ベルシュ大使の手が挙がる。
「駐屯地の指定は「連絡」なのですな。「協議」でもなく、そして「指示」でもなく。」
「はい。「連絡」です。」
ロウリア側の全権団が今度は協議を行ったが、これはすぐに決した。
「ロウリア側は、同盟国側の修正要求を受け入れます。」
・・・・パンッ、パンッ
私は隣を見た。ルミエス王女が拍手をしている。
パチパチパチパチパチパチパチパチ
拍手の波は、アルタラス外務局員、同盟国側全権団、ロウリア側全権団を飲みこみ、会議場の全員に広がっていった。長かった・・・・。