大日本帝國召喚   作:もなもろ

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「手記」持ち主:外務局職員ヤゴウ (2)

2月3日

 私の人生が始まってから今日のように驚きに満ちた日を迎えることはこの後もうないだろう。

 まずは公都クワ・トイネからマイハークまでの移動だ。いつもより早く出勤すると、街の外に移動することとなった。それも移動手段からして尋常ではない。鉄でできた箱、あるいは馬車の客車のようなものに乗って移動することになった。規則的な音が鳴り響き、かすかな振動が見える鉄の箱の内部に乗ってみれば、座り心地の良いソファーがあった。間違いない自宅のソファーよりも滑らかな触り心地と座り心地だ。

 走行中の快適さにも驚いた。馬車を全速力で走らせると客車は上下に激しく振動する。それがどうだ。この馬車は、我々が知る馬車よりも速く走り、しかも車内の安定性は、まるで部屋の中にいるのかと見まがうばかりに振動が少ない。本来なら喋ることなどできないが、我々は車内で談笑していた。

 屋根付きの馬車など貴族しか利用できぬはずだが乗ってよいのだろうかという不安感はとっくの昔に失せた。出発すらしていないうちから、記録にとどめておくべき事項が存在するのだ。常識を覆される事態の連続であろう。

 日本の外務局員(田中氏というらしい)に聞くと、この馬車は「自動車」というのだと教えてくれた。日本には、このような自動車が1億台以上走っているらしい。「億」という言葉に驚く。教養としてそのような言葉は知っていたが、生まれてこの方このような言葉を使用したことがない。日本国が豊かであるという話に真実味が帯びてきた。外務局の人間が、初対面からうそをつくということでは、まともな交渉は期待できない。そう考えれば、たとえ、話半分であるにしても相当な量の自動車が走っているといっても間違いではない。

 

 日本の自動車は街からやや離れた、すこし開けた場所まで走ると柔らかに停車した。馬車よりも速い速度を出していたのにもかかわらず、徐々に速度が落とされていくのを感じ、停車した。停車も尋常ではない。我が国が日本から輸入すべき品目の一つは間違いなくこれだろう。食料と引き換えに自動車を輸入する。これはクワ・トイネの発展に資するだろう。

 そんなことを考えながら、自動車から外を眺めると、自動車よりも大きい箱が開けた場所の真ん中にあった。降車を指示され外に出ると、この自動車がすっぽりと収まってもなお余りある大きさの鉄の箱が鎮座しており、その上方に長い板が放射線状に伸びていた。まるで外輪のない車輪のスポークだ。これも乗り物だろうと田中氏に聞いてみると、これはヘリコプターという空を飛ぶ乗り物で、海軍航空隊の軍用ヘリであると答えてくれた。竜騎士でもない私が空を飛ぶということに驚きを覚えるとともに、空を飛ぶということに対する好奇心が芽生えた。どのくらいの速さで飛ぶのかを聞いたところ、巡航速度は280km/hとのことで、ワイバーンよりも高速であることを知り、竜騎士を超えるスピードを体験することに多少の不安を覚えた。そのような私に対して、田中氏は、これで飛べばマイハークはすぐですと話し、ヘリに乗るようにと勧めた。

 

 地を走る自動車には驚かされたが、ヘリコプターの速さはそれ以上であったことは言うまでもない。竜騎士が普段眺めているであろう景色、それと重ねて、我が国を空から眺めることになった。何とも言えない心地よさに身をゆだねていたが、果たしてすぐにマイハークに到着した。公都からマイハーク港までは確かにすぐであった。このヘリは、軍の所有物ということらしいが、これは輸入できるのであろうか。ハンキ将軍にも報告し、要確認とすべき事案だ。

 

 マイハーク港では、ハンキ将軍と顔合わせを行った。船旅に悪い印象を持つ将軍であったが、これに関しては私も同じような思いを抱いていた。しかし、ここでも印象は覆された。日本国が用意してくれた船は、我が国の二本マストの帆船の5倍を超えるであろう長さを有していた。マストがないのにも関わらず、航行できるのは、自動車と同じような原理に基づくものであろうことは分かった。しかし、この船の特筆すべき点は、やはり快適さと清潔さであろう。私がかつて乗った船は、外洋に出れば揺れで気分が悪くなり、船内は暗く、じめじめした雰囲気を漂わせていた。しかし、この船は、外洋に出ても揺れを全く感じさせない。大地の上にいるのと同様である。また、船内は明るく、清潔で、温度が一定に保たれていた。割り当てられた船室は個室であり、寝台、机、ソファーとテーブルのほか、トイレと体を洗うことのできる部屋がついていた。通常船内の個室は船長が持つものにすぎず、乗り組みの客は、大部屋か少人数の部屋がしかない。個室が割り当てられていることにも驚いたが、個室一つ一つにトイレがついているなど驚きを隠せず、汚物の処理も自動でなされるとの説明には、ここは一国の王宮かと思わざるをえなかった。

 

 船内を一回りした後は、事前研修を受ける。日本国内で注意してもらいたいことや日本滞在中の視察の便を得るための各種の装備の支給がなされた。

 

一、日本国刑法における諸注意。

 殺人強盗など我が国でも犯罪とされていることへの注意。

 君主国であることから日本君主への不敬行為の禁止。不敬行為とは名誉を害する言動ととらえればよいとのこと。その程度は他の君主国と同様なので、外務局員ならば問題はない。

 拾ったものを自分のものとすると犯罪になるというのには驚いた。落し物は警察や施設の管理者に届け出るようにとのことだ。我が国では無くしたものを門番や衛兵に届け出るという慣習もないし、業務でもない。無くした者が悪いというだけだ。他者の財物に対する所有権の尊重、これは日本民族の他者への寛容や他人の財物に手を出さないとする高潔さを示しているのだろうか。民度を知る大きな手掛かりとなりそうだ。

 

二、日本国滞在中の行動について

 動画と呼んでいた音声付きの総天然色の魔導通信を見せられた。日本国の上陸地となる高雄港と宿泊施設のある台北市の映像とのことだった。高雄港は軍港でもあり、海軍の地方本部が置かれているため、高雄港から上陸後は、シンカンセンなる車で台北市を目指すという。台北市は、日本国の構成する島の中の一つ台湾島の中でも最も栄えている地方都市とのことである。ハンキ将軍は、軍港の見学を願い出られたが、台北市では歓迎式典が催されるとのことで、これに間に合うように移動する関係で都合上難しいとのことであった。

 音声付きの総天然色の魔導通信、これ一つとっても日本国の技術の物凄さを物語っている。過去をこのように切り取って転写することのできる技術などこの世に存在するとは思わなかった。外国を飛び回る行商人から、ミリシアルにそのような技術があるらしいとは聞いていたが、ひょっとして、日本国は列強第一位のミリシアルに匹敵する技術を持っているというのだろうか。調査する時間がないのが悔やまれる。

 台北市の歓迎式典は二時間程度行われるとのことで、ここで腕時計という小型の時計を渡された。翌日の視察もあるので、深夜までの行動は避けていただきたいが、日本側担当者の随行があれば、市内散策も許可されている。ケイタイデンワという魔法通信機器も渡された。二つ折りにされた小さな箱を観音開きのように開くと総天然色の画面と数字の書かれた突起物がいろいろと書かれてあったが、中央部分にある1、2、3の突起部分を押すと、それぞれ田中氏と割り当てられた随行員とハンキ将軍の三名と魔法通信ができる仕掛けとなっているらしい。万が一随行員とはぐれた場合は之を使って連絡を取るようにとのことであった。

 さらに日本滞在中に必要な物品を購入することを見越して、日本の通貨が支給された。一人につき10円札が49枚、5円札が1枚、1円札が4枚支給され、補助硬貨のほうが便利な場合もあるということで、これとは別に500銭硬貨が1枚と100銭硬貨が5枚支給された。総額で500円という金額に該当するが、日本国の通貨価値がどのようなものかがわからない。

 悩んでいるところに、日本側の随行員の一人であった、文氏が、一つの筆記具を差し出した。同じようにやってみて下さいといわれ、親指で筆記具の端を押してみると、ペン先が出てきた。出された紙に筆記してみる。赤い線が引かれたが、実に滑らかな書き心地であった。違う部分を押してみるように言われると今度は青い線が描かれた。さらに違う部分を押してみると、今度は黒い線が紙の上に現れた。この一本で3色の色の筆記ができる。驚きを隠せないでいると、インクの上を触ってみて下さいと促され、触ってみるとインクがすでに乾いている。文氏の顔を見ると文氏は、ペン先を上にして持ち、紙に文字を書いて見せた。垂れないインクにすぐに乾くインク。一本で三色を装備する。筆記具の革命ではないかとの思いを抱いていると、性能やインクの種類、あと廉価品に高級品にと物にもいろいろありますので、一概には言われませんが、私が使っているのは、外務省が一括購入した業務用備品です。多分30銭くらいだと思いますよ、とのことだ。

 高等官なんだから自分でそれなりの品を買えと田中氏が文氏に茶々を入れるような声が聞こえたが、私は今日何度とも知れない驚きの渦中にいた。この筆記具は、移動しながらでもちょっとのことで筆記することが可能だ。インク壺を必要としない、すぐに乾く。揺れる船内では、インク壺からインクが飛び出すため、凪の時ではないと筆記することができなかった。郊外でもインク壺を出してペン先にインクをつけ筆記するのはちょっとした労力だ。

 同僚のオランゲが、田中氏、文氏に問う。この筆記具を輸入することは可能かと。オランゲもこの筆記具の重要性に気が付いたようだ。貿易品目に含めることならば、たやすいことだろうとの回答があった。すかさずメモする。国交樹立と貿易開始は何としても成功させねばならない。そして、外務局の備品として支給してもらうように頼まねばならない。

 田中氏から、視察の際のメモ取りなどに使って下さいと言われ、3色ボールペン1本と3冊の表装されていない白紙の本(ノートと呼んでいた)が渡された。さらにカメラという空間を切り取る魔画作成機を渡された。

 明日は今日渡した機械の使用方法の説明などを行うとのことで本日は散会となった。使った会議室は、このまま使用してもよいとのこと。船上で物を盗まれる心配もないため、部屋の施錠はしないとのことだった。

 家から持ってきた筆記具とペンとインク壺が無駄になったと思った。同僚の皆はボールペンを使っている。書いているのも持ってきた紙ではなく、先ほどもらったノートだ。日本に到着したら、先ほど教えてもらった文房具屋に行って大量にノートとボールペンを購入しようと皆で話し合った。

 浮かれた雰囲気につられてか、国交樹立の問題点を話し合う会議では、楽観論が飛び出した。先ほどの拾い物を公署に届けるという日本民族の性質は、野蛮的か文明的かと問われれば、文明的といえるだろう。他者の財産に対する尊重から、他者そのものへの尊重という性質まで拡大してもよいのではないかという分析がオランゲからなされた。だが、外国人に対しても同様なのかという農務局から出向してきたコンダイの言葉に対しては、決定的な根拠を見つけられない。視察はこれからだ。まずは渡された機械の使用方法の習得を目指して、明日に備えようという、使節団長ハンキ将軍の声で、我々は散会した。

 自室に戻る際に、先ほど説明を受けた自動販売機を見つけた。試しに購入してみることとした急遽準備したのであろうか、クワ・トイネの言葉で書かれた札がはりつけてあった。お金を入れて、麦茶と書かれてある部分の突起を押した。機械の下からゴトンという音とともに透明な入れ物が落ちてきたようだ。ガラスではない。陶器でもない。木材でもない。素材そのものがわからないが中に麦茶が入っていることは色でよくわかった。備え付けてあった、立札の説明通り、細くなっている部分を捻ると口が開いた。

 うまい。冷えている。船内の空気を一定に保ち、このように冷えた飲み物を無人で購入できる日本にとてつもない興味がわいた。そしてクワ・トイネの言葉が書かれている貼り付けられている札や立札の準備。少なくとも日本の外交担当者は、我が国に極めて友好的だ。打算では、ここまでの配慮はないだろう。だが、どの国でも政府上層部の人間は腹に一物を抱えている。過度な期待は禁物だ。

 明日はいよいよ日本国に上陸する。西部国境のロウリア王国の動静が最近危険なものになっているとの声が聞こえている。日本国を味方に引き込まなければならないだろう。

 

明日からは、日本国からもらったノートに手記も書いていく。




何を勘違いしたのか、効果しか使えない自販機なんて存在しませんね。
該当箇所修正します。
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