アルタラス王国王都ル・ブリアス アテノール城太陽の間
― オタハイト・タイムズ、ル・ブリアス特派員 マルコム・ミラー
長きにわたる取材の日々もようやく終わる。ようやくこの日がやってきた。この日の為に、取材仲間となった満洲人の知己からフィルム式のカメラを手に入れた。デジタルカメラも譲ってもらったが、現状ではあれは、本国に提出する取材記事には使えない。フィルム式ならハウツー本を手に入れたので、本国でも元々の赴任地のクイラ王国でも使用可能だ。ただ、漏れ聞くところの情報によれば、おそらくクイラならばデジタルカメラも使用可能なだけの民間電力生産が可能になっているだろう。
取材席は太陽の間の右端側だ。三脚を利用して写真を撮る準備は万端。デジタルカメラも動画モードにして撮影の準備もできた。あとは開式を待つばかり。ふと、満洲人の新聞記者に声を掛けられ、煙草を差し出される。
「よう。準備は・・大丈夫なようだな。」
「ああ、おかげさまでね。感謝しているよ。こんな高価な品を譲ってもらえて。」
貰った煙草に火をつけながら、感謝の言葉を述べた。もう何回行ったかは分からないが、少なくともこのようなカメラは本国では生産不可能な高性能の品だ。
「なあに。先行投資ってやつよ。本国じゃムー国との国交樹立交渉も順調って話だ。その折には、我々もムー国に支局を置きたい。その時に口をきいてくれる人間が必要ってことで、お互いにウィンウィンの関係になれればってとこだ。」
「だが、俺は今のところ、クイラに左遷中の身だ。なかなか・・・」
「なあに、これからこの記事で一発かますことになるだろ。本国に帰るつもり・・・なんだろ。」
俺はニヤリと笑って肯定した。
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なんてこった。驚いたぜ。この講和条約調印式には、多彩な来賓がいやがる。ミリシアルの副使にムー国の大使、パーパルディア駐箚のエモール国の副使まで来ていやがる。五大列強の3カ国までやってきているというのか。これは注目されているんだな。しかし、近場のパーパルディア皇国は出席しないのか。まあ、あの副使へ取材したときの印象では参加しないだろうとは思ったがなあ。
他にも文明外国家の大使連中はそろい踏みだな。一般の来賓席はどうだ。やや!あれは、ミリシアル魔石品質基準協会のアルタラス支部長じゃないか。他にも、ムーのルバイル国際空港公社社長、ミリシアル専用埠頭事務所長と大物が揃っているな。む、あの者はどこかで・・・あっ、パーパルディア大使館の書記官ではないか。取材のアポ取りや当日の応対してもらった者が。そうか、上の連中が来ない代わりに彼が来たが、流石に大使や副使とは同じ席を共にすることはできない。かといって、列強国の随員席にだけに座るというのも悪目立ちする。なるほど。上は無視を決め込んでいても、下は情報収集は欠かさないということか。なるほどな。
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式典は始まった。
今は、アルタラス外務局の職員が締結予定の条文を朗読している。読み進めるにしたがって、太陽の間では室内にいる来賓が小声でささやいている。不可解と言った内容が多い。まあ、それもその通りだろう。先だっての、ロウリア王国政府による捕虜解放宣誓の魔信放送により、ロウリアが敗戦したことは世界的に知られているところである。にもかかわらず、講和条約の内容は、ロウリアの責務が比較的小さい。ふうむ、俺の取材席からは大使連中がどういう言う表情をしているのか、読み取ることができない。もどかしい。
朗読が終わると、司会役が講和会議参加各国へ条約の内容に相違はないかを聞いていく。ここでも、ひそひそとささやく声がする。
『クイラ王国』と司会が国名を呼ぶと、クイラ王国の全権団が立ち上がり、中央に歩み出ていく。メッサル首席全権が席に座って、署名をした。続けてアル=ハーンジー全権、ハーンジー全権とそれぞれ署名を行うと席に戻っていった。注目を集めたのは、満洲国のマニャール全権だ。紅一点。出席者がほぼ男性のみという中で、一人だけ女性が全権として出席した。
ロウリア王国全権団の署名が終わると、ロウリア王国のマオス首席全権がそのまま中央に立ち、講和条約に調印しての所感を表明した。同盟国の堅い紐帯と連合軍の精強さを讃え、寛大な講和に感謝するとの言葉であった。そして、同盟国総代としてクワ・トイネ公国のリンスイ首席全権が中央に進み、同じく所感を表明した。陸と海でのロウリア軍の果敢なる戦闘を確認し、不利を感じても果敢に攻め立てようとした軍人精神に感服した。これからは、戦争によらぬ平和的方法で我々は切磋琢磨していきたいと述べた。
そして、首席全権の両者は中央で握手し、講和会議参加国の拍手を皮切りに会場全体で拍手が沸き起こった。その拍手の中をアルタラスのユグモンテ外務卿とルミエス王女殿下が前に進み、仲介国として条約に署名を行った。
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調印式閉式の宣言は、アルタラスのルミエス王女殿下によって行われた。ルミエス王女は、若干17歳という。早熟の天才とは彼女を指して言う言葉だと思った。かくも気高く、かくも美しく、自らの言葉で理想を朗々と述べる彼女は、本当に文明圏外の国家の姫君であったのだろうかと思った。会場のみみな彼女の言葉に驚愕していたことは確かだ。しかし、それがどのような思いでそれを聞いていたのかは、定かではない。
返す返すも列強各国の大使達の顔を見ることができなかったのは残念だ。彼女の演説の後、日本国・満洲国の席から拍手が起こり、それにつられてクワ・トイネ、クイラ、ロウリアと続き、会場からも拍手の音が鳴った。だが、これは戸惑いの色を含んでもいる。
面白い。文明圏外国家とは実に面白い。これは是非とも記事にしなければならない。かくも気高き理想を謳う王女の姿をムー市民に届けねばならない。
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去る4月12日、ロウリア王国軍によるクワ・トイネ及びクイラに対する侵攻によって開始された戦争は、本日8月15日茲に終結を迎えました。開戦の日から126日を迎えた今日、ロウリア王国とクワ・トイネ公国、クイラ王国、大日本帝國、満洲帝國との間に存在していた戦争状態は事実上解消されました。これからのロデニウス大陸には、平和というかけがえのない状態が未来永劫続いていくことになる。私は、この講和会議の仲介国の代表としてそのことを確信しています。
なぜそう言えるのか。それはこの条約の存在を知った私たち皆が理解していると信じています。この条約は、敗者に対して寛容の精神を以て望んでいます。講和会議では、敗戦国と戦勝国が、互いに国を背負い、講和会議参加国の全ての者が互いに意見を戦わせ、時には譲歩し、時には受容し、参加国皆で作り上げたものです。勝者は驕らず、敗者を腐らせることなく受け入れようと苦慮していました。
敗者は勝者を恨むことなく褒め讃え、勝者は敗者の健闘を讃え、国際社会から敗者を疎外することをしない、させない、許さない。これは、先ほどの各国首席全権からのスピーチにも合った通りです。これほど敗者が気高く存立している講和を我々は見たことがあるでしょうか。いや、決して見たことがない、聞いたことがないと皆さまもお思いであると私は思います。
私は御来賓の各国の皆様とこの場にいることがとても幸せです。なぜなら、我々は、歴史の転換点に今居るのではないでしょうか。その転換点の一ページに参加できているのではないでしょうか。その場を御来賓の皆様と私は享有している、享有できている、そのことが私はとてもうれしいのです。
ある哲学者は、力無き正義は無力であり、そして正義なき力は暴力であると言ったと言われています。それを前提とするならば、この講和条約は、力ある正義によって形作られたものではないでしょうか。少なくとも私はそれを確信しています。この講和条約に署名したのは、ここにある講和会議参加国の各国全権委員と仲介国2名です。ですが、この講和条約の精神には、この講和条約調印式に参加した各国来賓の方々も含めて署名できる。この式典に出席した各位もまた同じ思いで条約の調印書に署名していると私は信じたいと思います。
文明圏外国家は、文明国国家の方々からすれば、技術も思想も遅れた存在として位置づけられています。それは、この世界では常識です。ですが、私は、この文明圏外諸国からこの理想を発信したい。国際社会とは、力ある正義によって秩序付けられるべきことを。この世界に存在するすべての国家はすべての国が会同して開かれた会議によって決せられた法に依ってのみ紀律せられるべきことを。そして、その理想が、この講和条約に依って達成に向けての大きな一歩を踏み出したことを確信したい。
私が見ている世界を皆様と共有できる日が来ることを信じて、調印式閉式の言葉とさせていただきます。
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アルタラス国立公園アテノール城址公園碑文より
底本は、アルタラス王国宮廷府図書部編修『ルミエス女王実録』(1639年8月15日ルミエス王女演説)
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