パーパルディア皇国皇都エストシラント ミクリッツ男爵邸
― パーパルディア皇国国家戦略局企画官(皇威拡大担当) ヘンリー・ミクリッツ・フォン・イノス
今宵は、私ことヘンリー・ミクリッツ・フォン・イノスが、皇国内でも名誉ある家、ミクリッツ子爵家を「相続」することを内外に知らせるお披露目の宴が夕刻から開かれる。だが、私が叙爵されるのは、子爵ではなく男爵。対外的には、騎士爵であった私が他の貴族から変な妬みを買わぬようにと、皇帝陛下が子爵の格を以て叙爵されるのを躊躇われたがために、新たにミクリッツ男爵が誕生したという経緯になっている。だが、周りは私がミクリッツの名を賜ったことから、子爵格の人間であるとみなしている。いずれ何らかの形で、新たに子爵の格を以て正式に遇されるのではないかと噂されている。
ミクリッツ子爵家は15年ほど前に後継が絶え、子爵領は皇帝が相続した。ミクリッツ家は遡ると何度か我が国の歴史に出てくる家だ。パールネウス共和国期では統領秘書官を複数回務めたことがあり、パールネウス王国期には民政局、植民局、開拓局の長官職を務めた。パールネウス王国が門閥貴族によって外国貴族への取り込みによる拡大に動いていたころ、ミクリッツ子爵家は、フィルアデス大陸北部の開拓によって王国の勢力圏拡大を模索していた。大陸北部は未だ状況がよくわからない。寒冷地であるため、農業には向かない地である。だが、強い魔物も多く生息していると言われており、そうなると魔物の死骸から作られると言われている魔石も高純度のものが期待できる。そのように考えた子爵は一族郎党を引き付けて、北部開拓に精を出し、事実、王国の勢力圏の拡大に一定の成果を収めていた。だが、有望な魔石鉱山は発見できず、急激な開拓地域の拡大は、縄張りを奪われた魔物による大襲撃を招き、ミクリッツ子爵は一族もろとも死亡した。
貴族の当主が死亡し、後見人が不在の場合は、遠縁の者が相続する場合がある。ミクリッツ家は古くから王国に仕えていたため、代を遡れば、遠縁の者が複数いることになる。パールネウス市の近くにあった、ミクリッツ子爵の本領は好立地であり、門閥貴族とその連枝が縁者を名乗ることで彼らの草刈り場となることを嫌った陛下は、父王に依頼して、ミクリッツ子爵を父王が相続することを奏上した。「ミクリッツ子爵は、王家の忠臣。いずれ、彼の名を受け継ぐに相応しき者が世に現れるでしょう。それまでは、子爵の名は王が保有すべきである」と述べたと聞いている。
ロウリア王国によるロデニウス大陸統一とそれによる食糧と鉱物資源の調達という皇威の拡大に失敗した私に対して陛下は格別なる慈悲を以て遇された。ミクリッツの名をいただいたからには、なお一層の忠勤に励まねばならぬだろう。
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お披露目の宴はなかなか盛況な様子だ。皇族に連なるイーリントン侯爵の寄子となったと言うことも大きい。様々な階層から出席者がいた。
「お楽しみいただいているようで何よりでございます。」
司法尚書オットー・ケルンテン・フォン・キールマンゼク。司法省の長官として、皇国内の裁判事務を一手に取り仕切る存在。謹厳実直を絵にかいたような人物であり、不正には敏感といえる。だが、司法省の職分はあくまで皇国内の一般的な裁判事務が対象であって、行政活動上の職務の取扱いについては対象外である。もちろん、官吏の違法行為については、捜査の対象とはなるが、違法行為の証拠を集めるのは難しい。特に門閥貴族の係累の違法行為については、周りも協力して隠ぺいに動くために証拠をつかむのが更に難しい。
更に贈収賄などは特に難しい話となっている。受け取る側も渡す側も社交儀礼に関わる範囲であると抗弁し、お互いに特に何かを要求したりしていないと反論するのが通常となっている。高額な品を送った場合であっても、贈る相手が高位の貴族であれば安物を渡すことは社交儀礼上失礼に当たる。このような言い分が皇国内では当然とされており、贈収賄の規定などあってなきがごとしというのが社会通念となっている。
我がパーパルディア皇国において国家機関へ奉職することは名誉となっている。しかし、司法省だけはその例外で社会の経済活動を不当に掣肘する役所として嫌われている。それでも、キールマンゼク司法尚書に対する皇帝陛下の信認は特に厚い。「司法尚書がいればこそ、皇国民のタガは外れない。皇国の良心最後の砦である。」というのが、皇帝陛下の認識だ。故に、パールネウス王国が皇帝陛下により帝政が引かれ、これまでの国家機関の多くが、皇帝直属の名を基に廃止か形骸化したのに対して、司法省だけは王国司法局から変わらずとどまっている。司法尚書も陛下の信認に応えて、時折ではあるが、贈収賄の摘発は成功している。
「イノス企画官、いやミクリッツ男爵。この度は、男爵叙爵心よりお慶び申し上げる。」
「ありがとうございます。本日は、ケルンテン伯爵閣下にも私の宴に足をお運びいただきまして感謝しております。」
「いや、卿は皇帝陛下の信頼も厚い。それにまだ若い。これからも皇国の中枢におられるべき人材だ。誼を通じておくに越したことは無い。いつ何時であっても、顔と顔を通じておくことは重要だと私は思っている。」
意味深な言葉だ。キールマンゼク司法尚書は政治的な行動をとらない。それに、その職掌から、多数の貴族と関わることを避けている感がある。社交儀礼も数多くなさる方ではない。
「皇国は大きくなった。わしは、皇帝陛下がお生まれになる前からこの国に仕えている。パールネウス王国とよばれている頃からすれば、大きな成長だ。皇帝陛下はこれからもこの国を大きくしていくことであろう。しかし、その社会構造は実にいびつであると思わぬか。」
「!?」
いかぬ。誰が聞いているかもしれぬこの場で門閥貴族への批判ともとられかねぬ発言は。
「伯爵。そのお話は・・・」
「ミクリッツ男爵、この度は叙爵おめでとう。」
声がする方へ振り返った。皇国最大の貴族、臣籍唯一の公爵であるブランシュバイク公爵家の家宰アルス・ツー・バルハが立っていた。
「これは、バルハ卿。公爵家家宰自らの御来訪ありがとうございます。」
「いやいや、皇国の新たな貴族の誕生は皇国貴族全てが寿ぐべき慶事です。本来であれば、主自ら足を運ぶところではございますが、なかなかそうも参りませぬ。」
ブランシュバイク公爵家に代々仕えているバルス家は、身分こそ准男爵と私よりも低い。これはバルス家が皇帝陛下の直臣たる身分ではなく、陪臣たる身分であるが故である。とはいえ、ブランシュバイク公爵家の内部を統制する彼は、そこらの子爵、男爵よりもその実質的な地位は高い。それゆえ、我等も下手に出る必要がある。バルハ卿は私から目線をそらして、ケルンテン伯爵に眼をやり、話しかけた。
「時に、ケルンテン伯爵閣下とこのようなところでお会いできるとはなかなか珍しいことですな。我が家のパーティーには、なかなか足を運んでいただけませぬのに、男爵が羨ましいですな。」
「叙爵のパーティーだからの。陛下が新たに取り立てた貴族の社交の門出。わしも貴族じゃからの、流石に足を運ばねばな。」
「なるほど。確かにその通りですな。」
頷きながら、バルハ卿は私に再度目線を向けて、微笑みかけながら話しかけた。
「ところで男爵。我が主からのお祝いの品ですが、目録を持参しております。品物は後日、改めてお届けしますので、こちらを御査証ください。また、レミール侯爵夫人からも同じく目録を預かっておりますので、同様にお願いします。」
なんと。キールマンゼク司法尚書を目の前にして!いや、別に贈答の全てが違法なわけではない。そもそも、私はブランシュバイク公爵家に何か見返りを与えることができるようなものは職務権限があるわけではないのだ。怖気ずくな、ヘンリー。下手な行動をとれば、要らぬ疑いを逆に招いてしまう。少々戸惑っていると、バルハ卿がクスリと笑う。
「そう警戒されますな。新男爵の誕生を寿ぐ物に過ぎませぬ。それに、これだけのパーティーを開いているのです。準備も大変でしたでしょう。イーリントン侯爵からもお力添えはあったと思いますが、回収金額は多い方が御身の身のからしてもよろしいでしょう。」
むう。流石はブランシュバイク公爵の家宰だ。「男爵」就任の経緯を知られている。
「やれやれ、弱りましたな。主は簡単に他の者と言葉を交わすことができない身分でございますので、いささか誤解を受けております。家宰としては、主のことが誤解されているというのはやはり悲しいことです。伯爵閣下ならば、そのあたりの事情も御存じとは思いますが?」
キールマンゼク司法尚書は無表情に構えている。どの口がそれを言うのかと言ったところだろうか。門閥貴族連中の放蕩はその主であるブランシュバイク公が彼らを野放しにしているからではないか。
「伯爵閣下の御苦労は私どももよく存じております。閣下にご心痛を煩わせておりますのも、それもこれも、少々心得違いをしている貴族が少なからずいるからなのですな。身分を弁えぬ貴族の一部には、主も心を痛めております。聊か行き過ぎた振る舞いの在る一部の貴族については、私にも心当たりがあります。舞い上がっている者の頭は冷やす必要があるでしょう。ところで、尚書閣下。主がヒノマワリ産の葉巻をこの程手に入れましてな。味を気に入りました主は皇国への輸入を増やしたいと申しておりまして、愛好家を増やしたいご様子です。いかがでしょう、一つ試していただけませんか。」
「・・・頂こう。」
「それは、よかった。男爵、喫煙ルームは・・・あちらかな?」
「あ、はい。ご案内いたします。」
「ああ、男爵はそのままで。招待客への対応をお続けください。」
バルハ卿と司法尚書は、二人して喫煙ルームに向かっていった。
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― パーパルディア皇国第三外務局長 クラウス・フォン・カイオス
なかなか盛況な宴だ。新男爵の誕生というだけではない。ミクリッツの名を許された。そこに大きな価値があると踏んでいるのだろう。ブランシュバイク公爵やリッテンハイム侯爵の係累の貴族たちの姿も見える。
「これだけの規模の夜会をできるとは、あの男それなりに貯めこんでいたようね。」
隣に座るマリンドラッヘ第一外務局長が小さな声を漏らした。いささか、呆れているようだ。
「さて、ミクリッツ男爵はアルデブランド様の寄子だ。寄親としては寄子の門出に花を添える義務があるというものだ。アルデブランド様の援助も相当なものであったと思うが。」
「そういうものかしらね。」
エルト・フォン・マリンドラッヘ。皇国一の才女として名が知られており、皇帝陛下の覚えもめでたい。マリンドラッヘ伯爵家は皇国がパールネウス共和国であったころからの貴族だ。
それなりに一門や係累もいるとは聞いているが、貴族としての仕事は父のフランツ・フォン・マリンドラッヘが現役の伯爵として行っており、彼女は家の仕事を手伝うということはないようなので、あまり知らないと言うところだろう。
「君も少し、家のことを手伝ったらどうかね。」
「あら、貴方もそのようなことを言うのね。意外だわ。」
「しかし、いずれは君がマリンドラッヘ家を相続するのだろう。慣れておく必要はあるのではないか。」
私がそういうと、マリンドラッヘは溜息をついた。
「はー、クラウス。今の状況で私が局長を降りれると本当に思って?」
「これ、このような場で下の名前で呼ぶなど。」
「今は公務外の時間よ。貴方も昔のようにエルトって呼んでいいわよ。」
悪戯が成功したかのような顔をして、マリンドラッヘが笑いかける。やれやれなことだ。
「お楽しみのようで何よりでございます。マリンドラッヘ局長、カイオス局長。」
ホストの到着か。
「これはこれは。イノス企画官。ミクリッツ男爵の叙爵心よりお慶び申し上げる。」
「お招きいただきありがとうございます。男爵叙爵おめでとうございます。」
共に席を立ち、祝辞を述べる。
「両局長の御出席を賜りまして感謝しております。また、両局長には私の叙爵が決まった時には本当にお世話になりました。今私がここで叙爵記念の宴を開くことができるのも、御両所のおかげと思っております。以後もまた御昵懇に願います。」
ミクリッツ男爵が頭を下げてきた。ふむ、あのときのことか。
「礼には及ばない。卿の、いや閣下の献策は誠に良いものであった。閣下の名はきっと、我が皇国史に刻まれるべき名となるであろう。」
「まことに。外1からはこのような意見は出しづらかったものですから助かりました。外務局総体としても、良い方向にこれから皇国が行くものと思います。」
多少のリップサービスもあるが、方向性としては間違っていない。我々は、国家戦略局総体については、さておき、彼とのつながりは持っていきたいと思っている。
「ありがとうございます。ところで、リウス局長は本日は来られていないのでしょうか。まご挨拶をしていないのですが。」
「ああ、リウス局長はちと突発的な事情が入ってな。閣下の耳元にも入っていると思うが。」
「なるほど。パガンダは、第二外務局の職掌の範囲でしたな。」
ふっ。やはり、この男使える。
「流石ですね。国家戦略局は外務局と同様に長い耳をお持ちのようです。同地にて不穏な動き在りということで、その情報の精査のためリウス局長は、まだ第二外務局にて残業中です。せっかくの宴ですので、顔だけでも出しに来るとは思いますが・・・。」
「いえいえ、職務であればやむを得ないことです。それにしても、第二文明圏でも不穏な動き在りですか。このところ不穏な動きが多いとは思いませんか。」
「ええ、まさしく。」
我等は目でやり取りをした。お互いに一歩ずつ近づき、少し小声で話を進めた。
「我が国を取り巻く環境については、充分に検討が必要ですな。」
「情報の収集については、我等戦略局にお任せください。その点については、十二分にお役に立てるかと思います。」
「そうね。そのあたりについては、リウス局長も交えた上で、何らかの意見の交換がしたいわね。おそらくだけど、この件下手な手を打つわけにはいかないと思うわ。クラ、いやカイオス局長は既に情報を入手済みよね。私にも回してくれるかしら。」
「もちろんだ。戦略局からも情報の共有を頼みたい。」
「わかりました。何か手段が必要ですね。」
「それは、おいおい考えよう。」
我等はまた一歩遠ざかる。短い会話だ。あまり不審には思われていないだろう。
「以後も、皇帝陛下への忠勤に励まれたい。」
「お互い陛下の手足として皇国の興隆に尽くしましょう。」
「はい。奉職する部署は違えども、同じく陛下の臣として切磋琢磨していきましょう。では、他にも挨拶をする方々がおりますので失礼します。本日はどうぞごゆっくり。」
マリンドラッヘとともに椅子に座り、あの男を見送る。やはり、あの男は使える。
投票締め切り。
最多は、「9」となりました。
そして、この話の投稿時刻は、「2023年07月04日(火) 22:58」でした。
事前のお話の通り、「2+0+2+3+0+7+0+4+2+2+5+8」と各数字を和したところ、「35」となりましたので、再度計算して、「8」が得られた数字です。これに「9」を足して、17となりました。
これを同様に各桁を和して「8」が最終的なランダム判定値となりました。なかなかな危険度です。