パーパルディア皇国皇都エストシラント リッテンハイム侯爵邸
― ウィルバルト・フォン・リッテンハイム
「御指示の通り、ブラウンシュバイク公の側近との間に、皇帝陛下の皇后をレミール侯爵夫人とする代わりとして、ハルトマイム鉱山の利権を我が家でブラウンシュバイク公の倍の量の取扱いとすること、サビーネ様の皇帝陛下の第一夫人とすることに協力すること、クーズ辺境伯の処断に対して時期辺境伯をリッテンハイム一門に跡目を譲ることで合意いたしました。」
「うむ。ご苦労だった、ワルター。それでよい。」
執務机の前で立って報告をしていた、我が家の家宰、ワルター・ツー・フォーレスが頭を下げる。これでよい。もとより、纏めなればならぬ話だからだ。
パールネウス王国は、先代の王太子ルディアス殿下の手により、大きく拡張した。王太子の辣腕は国内に動揺をもたらし、先代の国王は、国を王太子に託すことを決め、譲位をされた。しかも、ルディアス陛下は、自らの即位式に於て帝号を名乗ることを宣言された。パーパルディア皇国の誕生は我等にとっても誇らしいこと。それは嘘偽りのない感情だ。
だが、ルディアス陛下の行動は我等にとっては脅威でもある。彼は、即位後首都をパールネウス王国の王都パルスから、エストシラント公爵領都アルデバランに遷都し、名前をエストシラントに変えた。パールネウス時代からの脱却であるとでも言わんばかりに、パールネウス王国時代の政府組織を次々に変革した。
パールネウス外務局は解体され、3つに分割され、皇帝直属の機関となった。内務局は残置され、一応は内務省という組織に改められたが、内務尚書は空席である。軍務局と海軍局は廃止された。大蔵局は予算編成権を皇帝秘書官に奪われ、財務局と名を変えて、予算の執行と国家の財産の管理を行う機関となった。
皇帝陛下は確かに優秀であった。これらの仕事を一手に引き受け、なおかつパーパルディア皇国の版図を拡大し、皇国をついには列強国に押し上げた。だが、膨れ続ける業務量と処理のスピードとが次第に追いつかなくなり、若き皇帝はついに過労で倒れた。我等はここぞとばかりに陛下の忠臣としての態度を最大限に示しつつ、皇帝権力の引きはがしにかかった。
内務省は、皇国直轄地たる各都市毎に代官を置き、各都市の周辺町村には徴税の時期の都度に各都市から騎士を派遣して支配していた。皇帝陛下は、内務省に各都市からの報告を取り纏めて、重要度ごとに整理して皇帝に報告する中間組織を置かなかった。中間組織が存在することによって不都合な報告を隠蔽され、重要な報告が届かなくなることを嫌ったのであろう。我等はまずここに介入した。皇国は拡大を繰り返しており、支配地域は格段に広がった。新たな支配地域には、代官として滅ぼす前の国の官吏をそのまま登用していたが、滅ぼされた国の官吏が簡単に皇国の支配に服するとは思えない。そこで、旧支配地の区分ごとに属領統治機構という支配組織を作り、ここに我等の係累の貴族を送り込んだ。皇帝陛下から不信感を得るわけにはいかぬ。わしとブラウンシュバイク公は、門閥係累の貴族の中でも優秀な者を送り出した。彼らは統治を安定させ、確実に報告を中央に送った。
中央にも情報を取り纏める組織を作った。それが臣民統治機構だ。臣民統治機構は各属領統治機構を統括し、属領からの報告を取り纏め、統計を作り、年一回帝前会議の場にて皇帝に報告する。臣民統治機構の長にも優秀な者を送り込む必要がある。ここでも、我等は皇帝陛下にスキを見せるわけにはいかなかった。だが、我が家の派から人を出すか、ブラウンシュバイク公の派から人を出すのか、そこは簡単に引くわけにはいかなかった。何と言っても中央の人間である。ポスト争いは必然である。簡単に相手に譲ることはそれぞれ一門を率いる身であることからできなかった。
お互いに引くわけにはいかぬ、かといって、牽制をし続けるわけにもいかず。下手にこまねいていては、皇帝が誰か人材を登用する。また、この職は門閥貴族にとっては、皇帝から今後の信認を得る(それが一時の小康状態を得るためであったとしても)ための試金石。目端の利くものであれば、その重圧は決して負いたくないものであった。そういう混沌とした状況の中で、門閥貴族の巨頭2名は自己の派閥の中からではなく、中間派の人間を臣民統治機構長に推薦した。
アルバート・リヒテンラーデ・フォン・バーラス。パールネウス王国の時代には、重臣会議議長を数度務めた家の当主である。重臣会議は、パールネウス政府を構成していた力のある諸卿が国王の前に参集し、国全体の方向性を決める重要な会議であった。そして、この重臣会議もまた皇帝が主導する帝前会議に代わり、かつては司会進行を務めていた重臣会議議長も裏方の事務局のような扱いに代わっていった。バーラスほどの男であれば、この仕事を務めることができるであろう。そう考えた我々は、バーラスに属領統治機構のまとめ役をやらせることとした。
就任前のこと、バーラスは我々に、これから作られる臣民統治機構は、皇帝権力に介入することになるがため、現時点では陛下にとっては目障りの存在となっていることを話し、この機関への過度の介入を避けるように話を行ってきた。勿論、我々に拒む道理はなかった。この権力闘争はどう転ぶかどうかわからぬ。パールネウスをパーパルディアという列強国に押し上げた男との闘争となれば、権力闘争に敗北すれば死を賜る可能性もあるのだ。慎重さが必要だ。むしろ、我々は協力する必要がある。そう説いて、我等の派閥の優秀な者を送り出すことを約束した。果たしてそれは今のところは成功している。
だが、それも時を経るに従い、綻びを見せている。もともと、我等の派閥は肥大化している。その上、我等の派閥の拡大は敵を寝返らせて、行ったことから忠誠心という点では信用に値しない連中が多くいる。特定の人物を重宝すれば、それ以外の有象無象の屑が騒ぐ。だが、この屑どもが皇国貴族の多数を占めているのだ。切り捨てを画策しようなどとすれば、たちまちのうちに我等への叛意は燎原の火の如く燃え広がるであろう。そうなっては、我等も皇帝陛下に対抗する力を失う。使いどころのない連中であっても、数は数なのだ。徒党を組んでいくからこそ、皇帝陛下も手出しを躊躇する。
そういうわけで適度に間引くことをしなければならない。今回のクーズ辺境伯の件、皇帝陛下に虚偽の事実を報告し、あろうことか自分の失態で被った損害を補填させた。とんでもない屑であるが、表ざたにはできぬ。すなわち、辺境伯の地位を剥奪するわけにはいかぬので、クーズ統治機構長の職のみ辞任させ、代わりにクーズ辺境伯には、カイオス局長に頼んで、トーパ王国副使の辞令を出させた。だが、奴がトーパの地を踏むことは無い。赴任中に行方不明となるのだ。公務での移動中に行方を晦ませたのだ。これは公職に在るものとして、重大な失態だ。その咎を以て、辺境伯の爵位を褫奪する。
他にも、爵位の身分に不相応な金品の授受を行った者が数名いる。それだけでは処分に値するとはいえぬが、政府の役職についているか、政府と商人との仲介を行っている者がいる。これらの者に対して、疑惑を招きかねない所業を起こしたとして、司法省から譴責の処分を行ってもらう。譴責の処分など蚊に刺された程度の価値しかない処分だ。だが、それであったとしても、我々は汚職を気に掛けているというポーズができる。我等の主催する夜会への招待状を出さぬことで、我々がその者について怒っているという態度を示すことができるのだ。
「ところで、旦那様。フェン王国の我が国の大使館に勤務する我が派の貴族から、このようなものが届けられましたが。」
ワルターが、私に箱を開けて見せた。ほう、これは。
「これは、装飾品か。なるほど。ワルター、これは、フェン王国の大使館員から届けれられたと言ったな?」
「はい。文明圏外の人間が作ったにしては、なかなかの品のようです。是非とも、サビーネ様に献上したいと添書きがついておりました。」
ふむ。フェンの如き蛮地に赴任していると言るからといって、使えない者であるというわけではないのだな。なかなか目端が聞く者がいる。
「これは、どういう経緯で手に入れたものかわかるか?」
「添書きにはたまたま現地人がつけていた髪飾りが目に入ったそうです。細工がきめ細やかで、磨き上げられていたのか、よい光沢が出ていたとのことです。金細工のような重みがないため、御婦人方の装飾品としてはよいものではないかと思い、新品を探して、大使館へ献上させたとのことです。」
なるほど。つやのある黒い色と所々にちりばめられた金箔がよい雰囲気を放っておるな。
「面白い。フェンの如き蛮地にもこのような工芸品を作るものが居るとはな。その添書きを書いた者に申し付けよ。ブラウンシュバイク公の係累の者がおれば、その者とともにこの髪飾りを作った者を探し出し、新たな意匠を考えさせて、それを帝室に献上させよ。」
「ルディアス陛下に献上させるのですか。サビーネ様にお贈りになるのではなく?」
まだまだ甘いな、ワルター。
「うむ。陛下が髪飾りを使うはずはない。故に、この髪飾りは、陛下からレミール侯爵夫人に下賜されることとなる。そうすれば、口さがない宮廷雀どもは陛下とレミール殿下の仲は良好であるという話を振りまこう。それは、我等門閥貴族と帝室の仲を取り持つ一つの材料ともなる。」
「なるほど。」
陛下は情で動く人間ではない。だが、妻の実家を全く気にしないというような、周りの評価を全く気にしないという人間でもない。少しづつでよいのだ。少しづつ陛下と我等門閥の溝を埋めていく。我等はけして陛下に仇なす存在ではないということをわかってもらう必要がある。