対朗講和条約ニ関スル衆議院意見
平成二十七年衆議院建議第百八十七號
衆議院ハ、帝國全権委員ガ或垂巣王国ニ於テ我等ノ同盟国ノ全権委員ト朗利亜王国全権委員トノ間デ交渉シ、署名シタル平和條約ノ成立ヲ慶ビ、全権委員ノ労ヲ多トスルコトヲ院議ヲ以テ表明ス。
魯弟臼大陸ノ平和ハ帝國臣民均シク関心ヲ寄セル事由ナリ。去ル平成二十七年四月十二日払暁、朗利亜軍隊ニヨル鍬途稲及杭羅両国ヘノ軍事侵攻ハ、大東洋ノ平和ト安定ヲ維持セムトスル帝國政府ノ努力ヲ水泡ニ帰サセタ。鍬途稲及杭羅両国国民ガ平和ノ裡ニ生活スルコトヲ希望スル帝國臣民ノ願ヒモ亦打チ砕カレタ。開戦以来、帝國臣民ハ、友好国国民ノ平和的生活ヲ一日モ早ク実現セムコトヲ願ヒ、帝國政府ニ依ル軍事行動ヲ理解シ、国債ノ発行ニ際シテハ之ヲ積極的ニ購入シ、義援金ノ募集ニ際シテハ之ガ為供出ニ応ジ、皇軍将兵ノ出征ニ際シテハ歓呼ノ声ヲ以テ送リ出シ、陰ニ陽ニ紛争ノ早期解決ニ一致協力シ、国家ヲ挙ゲテ戦争ノ早期終結ニ向ケ尽力シタリ。
衆議院ハ、此等ノ帝國臣民ノ行動ニ際シ、帝國臣民ヲ代表シテ、講和条約ノ締結ニ際シテ、特ニ留意スベキ事項ニ関シテ意見ヲ述ベル光栄ヲ表明ス。
一、講和条約ノ精神
衆議院ハ、講和条約ノ精神ガ永続的平和ヲ希求スル姿勢ニ立脚シテ作成サレシコトニ付特ニ賛意ヲ表明ス。一時ノ平和ヲ得ル為ダケノ講和ハ真ノ平和ナラズ。魯弟臼大陸ノ全テノ諸国民ガ平和ノ裡ニ生存シ、且諸国民ガ共助シテ生活ヲ倶ニスル。此レ八紘一宇ノ大精神ニ基ヅク講和デアリ、日本精神ノ発露ナリ。 天皇陛下ノ代理人タル帝國全権委員ガ出席シテ、調印サレタル講和条約ノ精神ニ相応シキ条約ナルコト明白ナリ。
二、講和条約ノ条目
衆議院ハ、講和条約ノ各条目ガ平和ヲ愛スル帝國臣民ノ一般的道義観念ニ照ラシテ、国際法ノ規律スル理念ニ反セザルモノデアルコトヲ諒解スル。但シ此ノ講和条約ニ規定サルル朗利亜王国ニ課サレルベキ道義的及法的責任ニ関シテハ、交戦国国民ノ一般的感情ヲ念頭ニ置クト責任追及ノ程度ガ不充分デアルコトヲ指摘セザルヲ得ズ。
三、朗利亜王国ノ今後ノ存立
講和条約ハ朗利亜王国ヲ自主独立ノ国トシテ規定ス。但シ、朗利亜王国ガ講和条約ニ定メル諸規定ヲ遵守シ、鍬途稲及杭羅両国ニ対シ再ビ干戈ヲ動カサザルコトニツキ相応ノ国情ヲ備エタルト同盟国ガ判断シタル迄ハ同盟国連合軍ニヨリ朗利亜王国国土ノ一部ヲ占領シ、同国ノ状況ヲ監視スルコトヲ条約ハ規定セリ。
自主独立ノ国ナラバ国家統帥ノ権モマタ自立セリ。講和条約ノ定メル兵力量ノ制限ハ此ノ点ニ付朗利亜王国ノ主権ヲ掣肘スルモノナランカ。講和条約ノ諸規定ハ畢竟同盟国聯合軍ノ軍事力ニ依ル威嚇ヲ以テ締結サレタルモノナレバ、衆議院ハ、後日真ニ魯弟臼各国ノ自由ニ表明サレタル意思ノ下新タニ軍縮条約ヲ締結スル必要アリト信ズ。
四、軍事力均衡ノ原理ヲ目標ニシテノ政策
然レドモ開戦前ノ魯弟臼各国ノ兵力量ヲ鑑ミレバ、朗利亜王国ノ軍事力ハ突出シタルモノト評価セザルヲ得ズ。衆議院ハ、コノ不均衡ヲ是正スル為帝國政府ニ対シテ鍬途稲及杭羅両国ニ対スル猶一層ノ軍事支援ヲ行フコトヲ提案ス。
鍬途稲公国ニハ帝國軍令部ノ支援ヲ得テ設立サレタル海兵隊部隊アリ。イマダ装備ノ充足不十分ナルヲ聞ク。
杭羅王国ニハ軍制改革ニヨリ近代的編制ノ陸軍アリ。然レドモ、常備兵力二個連隊程度ノ兵員ヲ有スルノミニテ、装備ノ充足不十分ニテ一部ニハ弓矢等ヲ使用スルト聞ク。王国政府ハ、国政ノ改革ニ着手シ、帝國軍隊ノ使用スル一部ノ兵装ヲ購入スルダケノ財力アリトモ聞ク。
衆議院ハ、斯カル事情ヲ考慮シ、鍬途稲及杭羅両国ニ対スル支援ヲ厚クスルコトヲ、帝國政府ニ対シテ建議ス。
五、帝國政府ノ行フベキ政府宣言
平和条約第六十條ニ定ムル駐屯地指定ニ関シテ各国政府ガ朗利亜王国政府ニ行フ「連絡」ナル字句ノ意義ニ関シテハ、朗利亜王国政府ニ駐屯地指定ノ決定権又ハ決定権ノ一部若シクハ変更権ガアルモノト誤認セラルル表現ナリ。我等ノ軍隊ノ駐屯ハ朗利亜王国ノ債務ノ履行ヲ監視スル為ノ保障ナレバ斯クノ如キ性質ハ不適当ナリ。
衆議院ハ、右ノ如キ性質ヲ含有スル講和条約ノ解釈ニ付政府ノ解釈宣言ヲ批准書ニ記スルベク帝國政府ニ対シテ建議ス。
右衆議院建議ニ依リテ政府ノ責任ニ於テ実現サレンコトヲ希ウ。
平成二十七年八月 日
衆議院議長 従二位勲一等山崎繁
(提案者)
衆議院議員 広瀬渉以下二十九名
衆議院議員 吉崎重五郎以下二十四名
衆議院議員 在原渉以下十九名
衆議院議員 横山綱重以下十六名
衆議院議員 桑田正則以下十八名
衆議院事務局提出 平成二十七年八月十九日
衆議院議長送付 平成二十七年八月十九日
衆議院外交委員長回付 平成二十七年八月十九日
衆議院外交委員会審議 平成二十七年八月二十日
衆議院外交委員会採決 平成二十七年 月 日
衆議院議長回付 平成二十七年 月 日
衆議院本会議採決 平成二十七年 月 日
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信崎慎太郎内閣副書記官長手記
最近は山上首相周辺の動静があわただしい。講和条約批准問題。新世界では初めての講和条約であり、国民の関心事も高く、各党は議会での条約審議に意欲を見せていた。それでも、山上首相は政友会の各派に依頼をして、彼らを各党各派に派遣し、野党各党の有力者の協力を取り付けることで両院協議会での条約審査という方向性で条約審議問題は進み始めていた。そういう関係で条約の大筋合意を得たころには、この動きは小康状態を取り戻していた。迅速な条約審議と批准による条約の発効を目指し、ロデニウス大陸の平和状態を取り戻すことが重要との気運を政界に高め、マスコミ各社の報道姿勢に表すことができた。最終的には会津の松平伯爵と民政党の吉崎幹事長とが会食して、最大野党民政党幹部も帝國議会両院協議会での条約審議に同意し、協議会に出席する各会派の人員の調整に入っていた。
事態はわずか一日にして急激に変異した。8月15日の平和条約調印式は我が国民の間に再び戦争勝利の美酒を味合わせた。明治の建軍以来向かうところ敵なしの皇軍の姿に我が国民は酔いしれた。その上機嫌のところに満を持して登場したアルタラス王国のルミエス王女。まだ幼さを残したような面影を残しつつも凛とした雰囲気を漂わせた少女。これでまだ17歳というのだから驚きだ。我が国でいえば、高等女学校高等科に通う程度の年齢だ。
その彼女が高らかに宣言した国際平和への理想を掲げる演説。フランス王国の哲学者パスカルの格言を引用して提唱した正義を秩序とする国際政治の在り方を問い掛け、国家主権の平等を実現する国際法の制定を促す内容。新世界の状況は旧政界と比べると数百年は遅れていると思っていた国民は、彼女の登場により新世界にも我々と同様の価値観を享有する人物がいることを歓迎した。
ところが彼女は講和締結を祝うアルタラス国王主催の晩餐会に参加しなかった。国民はこれを進取の気性に富む王女が国内の守旧派により排除されたと判断した。世論の論調は一瞬にして変貌した。選挙によって組織された議会により国民の声を政治に反映する。議会政治に神髄を発揮し、文明国の政治がいかなるものかをアルタラス王国にお手本として見せつけよ、という論調に報道は染まり、与野党を問わず各党の政治家はその支援者から民選議院たる衆議院として意見を審議し、意見を開陳する機会を作れとの声に押された。
斯くして両院協議会に依る迅速な条約審議で調製していた事態は御破算となった。条約審議は貴族院議員と政友会の会派を中心とする衆議院議員で構成された両院協議会と与党政友会以外の衆議院議員で組織された衆議院とで分裂して枢密院への批准参考意見を作成することとなった。衆議院建議案は民政党の広瀬総務会長代行、吉崎幹事長、社会党の在原書記長、民社党の横山書記長、帝政党の桑田総裁が共同して提出した。分裂して作成することとはなっても、民政党は、早期の条約批准という山上内閣の方針とは喧嘩しないということを伝えてきている。詳細な委員会審議をせずに早々に批准参考建議を議決するということだ。
この件に関して山上首相の機嫌はよろしくない。これまでの根回しを台無しにされたこと、根回しの為に政友会の各派閥の領袖に頭を下げて依頼したのにもかかわらず反古となったことによる政友会内部での求心力の低下、両院協議会方式という安易な方法を強行したことに対する内閣支持率の低下といった諸々の状況は首相の向かい風となっている。
首相が目下注目していることはこの事態を招いた現況の調査だ。新世界の各国の政治思想の状況を鑑みれば、ルミエス王女がもともとこのような我々先進国で通用するような思想を持っていたとは考えにくい。フランスのパスカルの格言を引用したところからして、我々の世界の側の誰かが彼女に余計な知恵をつけたと判断している。
ルミエス王女に対する一般国民の受けはとても高い。だが、外務省が新世界の各公使館幹部に接触したところ、あのような発言は地域大国にして列強たるパーパルディア皇国を刺激するという声が多かった。大東洋地域の安定化を目指していた山上首相であったが、ここにきて不安定要因が出現したことには時折いらだちを見せている。
一方でルミエス王女という駒はこの世界の法思想の進化を促す存在ともなりえるがため、この世界における我が国の地位向上のためには現状のような排除されているが如き状況は望ましくないともみている。
この問題に対する調査研究の為、内閣官房に私を長とした特別チームが設けられた。内閣官房の内閣書記官数名と内閣情報局の人間が対応することになっている。そして、このチームに新しい人間が来ることになっている。だが、この人物なかなか望ましい人間ではない。
かつて政府にIT化の波が押し寄せた頃のことだ。私を含めてだが、これまでのやり方と違うがために四苦八苦して業務に携わっていた。この流れに異を唱えた人物がいる。彼は当時与党であった民政党の大物政治家の息子であった。いずれは後を継がせることを目的として政権中枢の情報を得させるために内閣官房に官吏として登用させた。その彼が言うところには、「情報には重要な部分と重要でない部分がある。このようにすべてを文書化して記録し、重要性を差別化しないというやり方は問題だ。また安全性の問題もある。重要な部分は紙で作成して秘匿し、外に流れないようにすべきだ。それに紙で作成した書類で重要な部分は口頭でも周知を図っているのが現状だ。電子記録を皆に配布するだけで、説明の時間を削るというやり方はそのあたりがおろそかになる。」というものであった。
一理ある。ただそれだけであった。政府情報のIT化は、当時の内閣の目玉政策の一つだ。反対をし続けることはできない。ただ、政府与党の大物政治家の息子だからそのようなことを口走っても大事にならなかっただけだ。
おまけにそれだけではない。彼は言うことは一丁前だが実力が伴わない。書類の記載ミスなどはよく起こしていた。分所の見落としも多かった。仕事ができる人間ではなかった上に、よく仕事をさぼろうとしていた。電子メールで部内に享有した情報を彼が知らなかった時など、だから電子メールを送ってそれだけということでは見落としが起こるのだ、としらばっくれることを平気で言っていた。だが、紙で作成した回覧が机の上に何日も置いてあることがあったし、机と机の間に落ちていたこともあった。
斯様な人物ではあるが、与党大物政治家の息子であったために彼に対する上の処遇は甘かった。だが、その政治家は選挙運動員の買収に連座して議席を失い、公民権停止となった。権勢に陰りが差したが、子飼いの陣傘政治家も多かったことから、その息子を免官するところまでには至らず、中央官庁から地方に左遷となったにとどまった。地方でもやりたい放題をしたと聞いている。
だが、今回の恩赦で彼の父親の公民権が回復することとなった。これにより、息子が再び中央に戻ってくることになった。今民政党は野党であるが、中央官庁の人事にそれなりの影響力を発揮することができるということなのだろう。
だが、好き勝手させるわけにはいかない。そのため私が選ばれた。このチームは彼の監視のために作られたものと言って過言ではない。ルミエス王女に対する研究は実際には内閣情報局が主として当たることとなっている。何しろ今の彼の父親は昔と違って野党の人間であり、情報を横流ししないかなど留意すべき点は多々ある。
最近は頭の痛い問題ばかりだ。