前編と後編の温度差よ。
アルタラス王国王都ル・ブリアス アテノール城
― 第一王女附筆頭侍従武官 リルセイド・ド・ザーム
我が主、ルミエス様はあの日以来自室に閉じこもってしまわれた。
去る15日、我が国が仲介した講和条約の調印式。初日から欠かさず会議に出席して、会議の様子をつぶさにご見学された殿下は、初めての御体験にいつも興奮されておいででした。外交官同士による舌戦は、片方が敗戦国という非常に不利な状況であるにもかかわらず、真剣に国益を追求し、ギリギリのラインを見定めて、言葉を選んでいました。双方が言葉という武器を使用して、しのぎを削る様は、殿下の心に大きな感動を与えたようでございました。日々、会議終了後には、国王陛下にその日の討議の様子を報告されるのですが、大層興奮して話しておられました。
会議参加者の中では、ルミエス様が身分上最上位にあたります。そのため、講和条約の調印式では、お言葉を述べられることになりました。その草稿の作成には、満洲国のマニャール公使の御意見も入れられました。
当初の草稿は、私が聞いてみても、マズイと思われる過激なものでした。曰く、他国に対して一方的に侵攻することは最早許されない。曰く、列強第一位のミリシアルも含めてすべての国家は平等の関係で存在しなければならない。曰く、すべての人々は抑圧されることなく、平穏な生活を営む権利がある。曰く、文明圏外国家は団結して、理想の国際社会を作る為外交活動に邁進していくべきである。勿論、文章の全体は講和条約の成立を祝い、ロデニウス大陸を含めて文明圏外国家群が平和を維持することに努めようという呼びかけが主題です。しかし、内容の一部にやはり過激な内容があることは否めませんでした。
マニャール公使は苦笑しながら、「オールリテイクね」とおっしゃいました。始めからやり直せという御話しでした。来る日も来る日も、そう10日間以上かけて、マニャール公使のOKがでる演説文が仕上がりました。殿下はその文章を読んで、練習していたはずです。
しかし、当日のスピーチ内容は、最終稿の数回前の内容でした。ルミエス王女が自信作ですと満面の笑みを見せて、マニャール公使に渡した内容でした。マニャール公使は一度読んで苦笑し、二度読んで目をつむり、三度読んで唸りました。そして、「惜しいわ・・・。ええ、本当に惜しい。殿下、今少し内容をソフトに。」とおっしゃいました。ルミエス様は、少し悲しい顔をしていました。
調印式終了後、殿下は自室に戻りました。夕刻に行われる講和条約締結を祝した国王陛下主催の晩餐会に出席するため、衣装替えを為されるためです。私は、ルミエス王女に先ほどのスピーチについて聞こうかと悩んでおりました。
そこへ、国王陛下から至急参内するようにとの御命令が届きました。侍従武官として護衛騎士の役目も負っている私も付き添い、王の執務室に向かいました。あろうことか、ルミエス様をお呼びしたのは、国王陛下ではなく、ユグモンテ卿でした。
ユグモンテ卿はルミエス様が国王陛下に御挨拶をしている最中にも関わらず、「なんということをなされましたのか」と一喝した。やはり、それか。国王陛下は眉間にしわを寄せ、殿下を見ていた。珍しいことではあるが、批難するような眼だ。
「先ほどの調印式における殿下の御言葉は、打ち合わせと違うではございませんか。しかも、あのようなパーパルディア皇国を挑発するかの如き内容を口走るとは、気でも触れましたか。」
ユグモンテ卿は陛下の目の前にもかかわらず物凄い剣幕で怒り散らしていた。ユグモンテ卿も陛下が殿下を可愛がっていることを知っている。常ならばこのような物言いはされない。
「打ち合わせと違う内容であったことはお詫びします。私も私の言葉に悩みました。ですが、私はどうしても各国に私の言葉をお届けしたかったのです。世界は変わるべきです。今回はちょうどよい機会なのです。」
殿下も負けじと言い返した。
「なんということを。殿下は外交の専門家ではございません。我々外務局の人間を差し置いてそのような独りよがりの行動。このままでは我が国にどのような災いが降りかかるか。陛下、外交とは段取りが重要なのです。段取りを無視し、不要な混乱を招き入れようとする殿下の行動をこのまま許していては、外務局は外交ができませぬ。殿下を外務局の外交儀礼担当職から罷免していただきたい。」
ユグモンテ卿は殿下を外務局から追放しようとしている。これはいけない。殿下の地位は非常に不安定だ。殿下を産んだ王妃は既に高みに上られており、後ろ盾がない状況だ。公職から追放されては、殿下はこの国に身の置き場が無くなる。
「陛下。私は間違ったことをしているとは思っておりません。アルタラスが文明圏外世界のいえ、この世界で名誉ある地位に立つために考え抜いて行ったことです。我等は魔石の輸出国という貿易上の地位だけではなく、政治的にも重要な地位に立つべきなのです。」
「何を世迷言を。そのようなことをパーパルディア皇国が許すとお考えか。もう少し世界というものを知りなされ。」
「時代は常に変化していくものなのです。そして、その変化は今ここに、来ているのです。この変化に乗り遅れることなく、いえ我が国が世界の先頭に立つべきなのです。」
ルミエス様とユグモンテ卿の言い争いは激しくなっていく。私はルミエス様の侍従武官だ。そして、殿下の御側近くに仕え、満洲国の公使殿やロウリアの大使殿が王室専用ビーチで話していたことも聞いている。故にルミエス様の言わんとするところは分かるのだ。だが、
「わかった。」
国王陛下が裁定を下した。陛下は、ルミエス様を謹慎とした。よかった。ルミエス様の名誉は一応守られた。「陛下!」とルミエス様とユグモンテ卿が揃って問いかけるが、陛下は決定を変えなかった。
ルミエス様は、夕刻の祝賀晩餐会を急遽体調不良ということで欠席した。寝台からはルミエス様のすすり泣く声が聞こえた。
あの日以来、ルミエス様は表舞台に立つことができなくなった。部屋を王宮の一室から離れへと移し、書物を読みふける日々を続けている。殿下の心は折れていない。だが、夜になると寝台から泣き声が聞こえる。
表では、ルミエス王女は、講和会議に連日出席した疲れがたまっているということで休暇中ということになっている。ユグモンテ卿は事後処理に追われている。一度我が国の王族の口から発された言葉だ。臣下の身で取り消すことなどできない。だが、ルミエス王女は王族として初めての公務で少々舞い上がってしまい、勇ましい言葉が出てしまったに過ぎないということにして、各国大使と秘密裏に交渉しつつあるらしい。
ルミエス様のお考えは私も間違っているとは思っていない。ただ時を得なかった。いずれ、周りもわかってもらえるはずだと私は思うしかない。夜明けは来る。そう信じてお仕えするしかない。
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アルタラス王国王都ル・ブリアス 王立専用ビーチ
― アルタラス王国駐箚ロウリア王国大使 ローデリヒ・ベルシュ
月に照らされ、夜の海岸を歩く。講和会議終了後、日本の徳川外相から頂戴したウィスキーなる酒を持って、おそらくそこにいるだろう者を尋ねると果たしてその者は確かにいた。
「・・・何の用かしら。」
アルタラスの夜は暖かい。といっても、昼よりは気温は下がる。夜という人目を気にしない時間だからであろうか、それともこんな時間帯に海に入ろうというのだろうか、太陽が昇っていた時間に見た恰好と同じ姿をしたその女は、海岸で寝椅子に座りながら、酒を飲んでいた。
「そう邪険にするな。お主は貰っておらんかっただろう。こういう時は酒に頼るのがよいと思ってな。」
わしは同じように持ってきたグラスにウィスキーを注ぎ、女の隣のテーブルに置く。ちょうど、テーブルの近くに置いてあった椅子に腰かける。
「・・・」
「お主はここがよほど気に入っていると見えるな。」
「・・・」
「それとも、ここに来ればとでもわずかばかりの期待をしておるのかな。」
「・・・」
ふと、隣に座っていた女がグラスを手に取り、テーブルに向かってグラスを投げつけた。幸いグラスは割れなかったが、グラスから飛び出したウィスキーがわしの服にかかった。
「何よ。私を嗤いに来たの!!アルタラスでの外交交渉の成果を足掛かりとして本国での出世を目論みたが、たかが小娘一人をもコントロールするのに失敗!地域を不安定化させ、本国からは逆に睨まれたどころか、日本の首相も私に逆恨みしかねないようなこの状況!えー、そうよ。こんなんじゃ本国での出世どころか不安定化した地域の場末の公使がお似合いだわ。現地の王族という恰好の駒を失い、外交のカウンターパートからは睨まれかねない状況。こんなヘマした外交官なんて本国に送還されるのも間近ね!!もう私なんか終りよ!!」
怒りのままに叫ぶ女。言い終わると、その場に座り込んだ。わしは、女の叫びを黙って聞き、もう一つ準備していたグラスに再度ウィスキーを注いだ。そして、グラスを女の顔の前に差し出した。
「まあ、飲め。」
「・・・」
女が顔だけをゆっくり上げる。髪が乱れて、目が片方隠れていた。
「飲め。まずは、それからだ。」
女はおそるおそるわしの手からグラスを手に取ってウィスキーを飲みほした。
「・・・苦いわね。」
「敗北の味というわけだな。」
女はハッとした顔をして、その後しかめ面を浮かべた。
「もう少しなんかないの。」
「残念ながら、講和条約は締結されたが発効はまだだ。法的には我々は交戦状態にある。敵に掛ける情けはないな。」
女は唖然とした顔をした。そして、苦笑した。
「あら、貴方方には私だいぶ情けを掛けたんだけどな。ギブアンドテイクって考えはないのかしら。」
「残念ながら条約は調印され、内容は確定した。さっき決まったばかりの内容だ。今更修正には応じられないな。」
女はハッと笑い、両手を万歳して砂浜に寝ころんだ。
「参ったわ。降参よ。私の完敗ね。」
女は飲み干したグラスをわしに差し出してきた。
「呑ませて。もう少し。」
この物語はKENZENです・・・
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そうだね。KENZENだね。
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ウソダドンドコドーン。
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何故ここで止めた???