フェン王国アマノキ郊外パーパルディア皇国大使館
― パーパルディア皇国大使館書記官 ベルント・ツー・ハイムゼート
東洋艦隊の母港であるトータスにて、東洋艦隊の出師準備が始まったとの報告が第三外務局から到着した。ふふふ、やったぞ。とうとうわしの力は、東洋艦隊を動かすまでに至ったのだ。これは、本国に帰ることができる日も近いのではないだろうか。今一度、リッテンハイム候に伺いを出すべきであろうか、いや、催促のように思われると良くないな。少し待つとしよう。
リッテンハイム侯爵家の寄子であるハイムゼート家は、リッテンハイム候のおかげで再興できた。かつて我が家は、別の国の王家に仕えていたが、祖父の代に当代のリッテンハイム候の父君の勧誘によって、パールネウス王国に鞍替えした。つまりは外様の立ち位置にある。それゆえに、中央での官職にはなかなかつけず、今もこうして文明外の土人の国に左遷させられている。これは良くない。立ち位置は外様ではあるが、私も栄えあるパーパルディア貴族の一員なのだ。
なんとかして中央に返り咲こうと思い、本国にとって有益な情報はないか、リッテンハイム候の利権となり得るものはないか、首都のアマノキを時折お忍びで歩く日々を送っていた。フェン人のような土人共を嗅ぎまわっていると知られれば、同僚から笑い者にされてしまうかもしれぬ。フェンのような蛮地に有益な情報があるのか、ゴミダメしかないところに利権などあるわけがないだろうになどとだ。だがこうして日々を無為に過ごすのよりかはましだろう。ひょうたんから駒という言葉もある。
だが来る日も来る日も有益な情報や利権はない。足を伸ばして、ニシノミヤコを訪れてみたが、あまり収穫はない。やはり、フェンのような屑どもの集まる土地には将来性などないと思っていたが、そのとき私の目に光るものを見つけた。思わず呼び止めた。
「おい女!」
だが、その女は私の言葉に気付くことなく歩き去ろうとしていた。無礼な。私をパーパルディア貴族と知らぬがゆえにそのような態度をとったか。とっつかまえて、突き飛ばした。
女は「何をするのですか」驚いて怒ったが、私がパーパルディア貴族であると名乗ると、「知らぬこととはいえ、申し訳ありません。」と這い蹲って命乞いをしてきた。常ならば、ここで謝罪代わりに、路地裏にでも連れ込んで慰み者にするところであるが、今の私はそれどころではない。
私は、「女、その頭に着けているものはなんだ?」と聞くと、女は顔を上げ、自分の髪にさしてある髪飾りを取り出して、「近頃、ニシノミヤコ付近で流行り出している品でございます。」と言い、私に差し出してきた。ほう、これはなかなか良い品だな。フェン人のような出来損ないどもにこのような精緻な細工を作れるものが居るとはな。
私が感心し、女の顔を見たところ、女が「あの、差し上げましょうか。」と申し出てきた。私が何を言いたいのかを察することができぬとは愚かな。無礼者!と私は女を蹴飛ばし、罰を与えた。「私は栄えあるパーパルディア貴族と申したばかりではないか。なぜ、お前のような下賤な者が身に着けたものを欲しがると思っているのか。思い上がりもほどほどにせよ。それよりも、これが手に入る店はどこなのか。案内せよ。」
女は申し訳ございません、こちらでございますと先導を始めた。
店構えは、フェン人の商店にしては、中規模と言ったところか、ふむ。主を呼び出し、私がパーパルディア貴族と名乗ると恐縮した。これを同じものをあるだけ用意せよと伝えるとすぐに準備しますと店の奥に走っていった。私は、先ほどの女の足元に髪飾りをほおるとともに、フェンの銀貨を一枚投げた。「案内ご苦労であった。駄賃だ、獲っておけ。」と声を掛けて、女を解放した。
店の主は、先ほどの髪飾りを3つほど持ってきた。なぜこれだけしかないのか、少ないと叱責すると、手作りの品のようで、しかも納入が始まったばかりのようで、まだ数が少ないことを申し出てきた。
全く役に立たぬ。とりあえず、あるだけを献上させ、ついでにエストシラントのリッテンハイム侯爵邸に届けるように差配させた。
後日、リッテンハイム候からの返書には、ブラウンシュバイク公爵家の寄子の者と共同して、この髪飾りを我が家とブラウンシュバイク公爵家に送れという指示があった。ふふふ、なるほどこれが派閥政治というものなのだな。これはブラウンシュバイク公爵との取引に使えるということなのだな。中央に戻れるかもしれぬ。指示の通りに、リッテンハイム候、ブラウンシュバイク公両家の寄子数名に声を掛け、先日の店の主から聞き出した、生産者の下を訪れることとした。
生産者はニシノミヤコの東に位置するコミナトの北に言った森の中に住んでいた。このような移動に難儀する辺鄙な場所にする住むとは異常な頭の持ち主なのだな。「誰かある!」私が叫ぶと、鍵は開いているという声が聞こえたため中に入った。
中に入ると初老の男が部屋の奥で作業をしていた。無礼な。先触れは出していたであろうに、貴族である私たちを出迎えもせずに背中を向けるとは。
「おい貴様。私たちをパーパルディア貴族と知ったうえでそのような狼藉を働くか。」
私が一喝すると、男はこちらを見た。
「ああ、そういえば、誰かくるってカカァが言っていたな。それでお前さん方何の用だ。」
なんという無礼な物言いか。私が憤慨していると、同僚が話始めた。
「喜べ、フェンの土人よ。貴様の作品は我がパーパルディア皇国の高位貴族に気に入られるものであったぞ。ついては、そのやんごとなき方々が、もっと多くの数、そしてこれまでとは違った新たな意匠の髪飾りを所望しておる。相応の礼は取らすによって、早急に制作にかかるがよいぞ。」
うむ。貴様のような土人の創作物が第三文明圏に認められたのだ。生涯の栄誉とせよ。わたしがそう付け加えると、その男はあろうことか我等に口答えしてきた。
「なんだ貴様ら。なんて口の利き方だ。帰れ!!帰れ!!俺はお前らのようなキチガイの相手をしている暇はねーんだ。」
同僚は呆気にとられた表情をしていた。その点私は怒りに打ち震えていた。この成功で中央に戻れるかもしれないと思うと、私の成功を妨害しようとするこの男に否応もなく殺意を抱いた。
「おのれ、ムシケラの分際で!!我等貴族には向かうとは!!」
私はさっとステッキを構えた。
「なんだこのやろう!そんな棒切れで喧嘩しようってえのか!上等だ!」
「ファイヤーボール!」「・・・はっ!ま、待て、ハイムゼート!!」
ブワッと火球が男を覆った。ギャーーーと男は叫び、その場に倒れた。同僚の制止は少し遅かったようだが、なぜ、止めようとした。この者は我等パーパルディア貴族を侮辱したのだぞ。
何の声だ!なんだ!という大声が家の奥から聞こえて、数人が走ってくる足音が聞こえる。
『ああ!!ウェンドゥー先生!!』『あんたたち、なんということを!!』『あ、あんたー!!』
代わる代わる叫ぶ。うるさい連中だ。
「どういうことですか。どうして、貴方方は私たちの先生を殺したのですか!!」
どうして?どうしてだと!この愚か者どもめ。
「貴様らも歯向かうのか!この屑は我等パーパルディア貴族をバカにして、盾突いたのだぞ。懲罰は当然ではないか!」
わしが一喝すると、男どもはひるんだ。
『な、パーパルディア貴族・・・』『なんで、こんなところに貴族が』『いったいどういうことだ。』
男どもは理解が追い付いていないようである。我等が今日ここを訪れる予定になっていたことも知らないようであった。ふと、焼け焦げた男の足元ですすり泣いていた女が急に立ち上がって、私を睨みつけた。
「こ、この人殺しが!!うちの旦那がなにしたってんだい!!」
女は怒りに任せて私の頬を張り倒した。殴っただと。父上にもぶたれたことのない私を殴っただと。
「こ、この醜女がぁ!!」
私は再度ファイヤーボールを放った。今度は先ほどよりも怒りが強く魔力量が多かったようだ。先ほどよりも大きな火球が女を包み込んだ。
『ああ、オカミサーン!』
女は黒焦げになり、ばたっと倒れた。
「御同輩。こうなっては仕方ないぞ。」
「やむを得んな。」
いくら我等が栄光あるパーパルディア貴族といっても、流石にフェンの官憲に事前の報告をすることなく、フェンの国民に死刑を与えたとなってはまずい。こうなった我々は目撃者を消すことにした。この場にいた者、そして、家の中にいた者も含めて殺害していった。そして、やむを得ないので、この家の中にあった、髪飾りの完成品を持っていくこととした。
家の中を物色し、さあ帰るかという頃になって、同僚一人が気付いた。この死体を見れば魔法で焼かれたことがばれてしまう、と。已むを得ん。フェンの土人共は我等と違って、火の魔法ではなく実際の火を使う。火の不始末があったということにしよう。私がそう提案すれば、やむを得ないかということになり、家に火を放った。
火の手は結構大きくなってしまい、辺り一帯を焼き、あろうことか我が国の入植地ショーンレミール近くまで迫ってしまった。だが、不幸中の幸いとはこのことだろう。入直地の居留者に水の魔法を使えるものがいたようで、水魔法で火を消し止めることができた。おまけに、水魔法でできた水があの死体にも降りかかったようで、死体についていたであろう火の魔法痕が水の魔法痕とで混ぜあった形となった。これで、おそらく万が一にも魔法痕の痕跡が死体に残っていたとしても水の魔法痕のそれと推定されることになるであろう。フェン人は魔法を使えぬとはいえ、気がかりではあったので、助かった。
その後の動きも私にとって良いように進んだ。ショーンレミールの町の者が我々に陳情を出してきた。我々は、入植の際にフェン側と結んだという規約を盾にして、フェンの外国奉行に軍備強化を通告した。外国奉行の連中はしぶしぶではあったが、元々の規約にもあることだから了承した。だが連中は東洋艦隊が常駐するようになるまでは知らぬまい。抗議でもしてこようともなれば、陸上部隊が数か月任期の交代制で駐屯するというのに艦隊がこれに随伴しないわけがないではないか、どれだけお前たちは常識を知らないのかと嘲笑ってやればよい。
ふふふ、私にも運が向いてきたな。