大日本帝國召喚   作:もなもろ

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デジャブ。あるいは二番煎じともいう。


ロウリア王国マース河出入国管理署 中央暦1639年9月15日

ロウリア王国マース河出入国管理署

 ― ロウリア王国外務卿 ヨースコネクト・マオス

 

 かつての我が国の東部都市であったマインゲン市。講和条約の発効とともにクワ・トイネ公国に割譲された同市は、我が国とクワ・トイネ公国の国境の街として、日満両国の領事館が置かれることとなった。日本の領事館には領事以下通常の領事館職員の他に後のロウリア公使が内定している大場一郎クワ・トイネ公国公使館附が参事官待遇で常駐していると聞いた。その部下にはロウリア人の部下を雇用して、ロウリアの情報を仕入れているという。

 私が交渉するとすれば、その人物だろう。外務卿たる私が、この国難の時局に国を離れることは基本的にできない。となれば、王都からは一時的に離れるとしても、早期に帰ってこれる場所で、日満両国の外交官がいる場所となれば、この大場参事官しかいない。

 防御施設が解体されつつあるアールヌルポ要塞。兵の訓練所としてならば使用し続けることは可能となったため、要塞としての防御能力、施設などはできるだけ撤去しなければならない。この解体工事の為に人足が集まっている。そして、その人足の財布目当てにクワ・トイネ人と見受けられる行商人がやってきている。正直ありがたい話だ。今の我が国には、人足に与えられるほど食料に余裕がない。行商人は日本製の、お湯を淹れてちょっと待てば食べられるスープ付きの小麦加工食品を持ってきていた。人足達の人気商品になっているようだ。

 この要塞の横を通り過ぎ、国境となったマース河の手前にまできたマース河に掛けてある橋は全面的にクワ・トイネ側の管理となっている。川の手前にあるロウリアの出入国管理署に到着すると、衛兵に遣いを出し、日本の大場参事官との会談を希望していることを伝えた。衛兵は直ちに橋を駆けてゆき、クワ・トイネ側の役人に話を伝えてくれた。翌朝、そちらの出入国管理署を尋ねるとのことだった。

 

 マース河の向こう側、クワ・トイネ領となったマインゲンは活気に満ちていた。講和会議で訪れたアルタラスの外務局の職員から見せてもらった日本国の工作機械。ムー国が使用する科学を用いた道具。これらを使用してマインゲンは都市建設の真っ最中であった。河の向こう側からは機械が出す様々な音が聞こえた。電波塔なる日本国が用いている魔信設備のための鉄でできた鉄塔が高く建設されていた。将来的には、このマインゲンタワーからロウリアやアルタラス、シオスといった地域に向けて電波を飛ばすことできるそうだ。

 だが、この喧騒も夜になると静まり返った。マース河のこちら側は夜になると暗い。月明かりか松明の火が無ければ、満足に出歩くことのできない暗黒の世界。だが、マース河のあちら側は違った。街の中心部には電灯なる明かりで、月明りも松明の火も関係のない世界が出入国管理署の窓に広がっていた。ああ、つくづく思う。我が国はどうしてあのような明かりを煌々と作り出すことができるような国々と戦争をしてしまったのだろうか。あれらの国々を相手にして我が国は生き残ったことは僥倖に近い。だが、一思いに蹂躙してくれた方がこんな悩みを抱えることもなかったのにな・・・。いかんいかん。弱気になってはいかん。相手国の思惑がどうであれ、我が国は生き残った。ならば、最大限の努力を行うのみだ。私は、酒を一杯ひっかけて休むことにした。

 

 翌朝、まだ河の向こう側は工事を始めていないようで、辺りは静かだった。おそらく今日も似たような音で周辺は喧騒に包まれるのだろう。とりあえず、朝食をとるか。秘書官に命じて、何か腹に入れるものを頼んだ。

 朝食を待っていると、河の向こう側から音が聞こえだした。この音はつい先日アルタラスで聞いたことがある。自動車の音だ。それも一台ではない。何台もいる。席を立ち、急いで出入国管理署の当直職員を探した。

「どういうことだ。なぜ、日本がこんな朝早くからやってきた。」

 わしは当直室に入ると、当直職員にそう話しかけた。秘書官は既に当直室にいたが、秘書官は当直職員が電話で話しているのを横で聞いていたようだ。電話が終わると当直職員がこちらに向いて話し出した。

「外務卿閣下。今やってきておりますのは、日本国の大場参事官と複数の車両です。会談をお望みとのことです。」

「何!翌朝向かうと言っていたが、こんなに早くか。」

 わたしは急いで管理署の玄関までやってきた。アルタラスで見たことのあるような形だ。車の反対側のドアが開くと、小走りに男が回り込んできて、私の正面のドアを開けた。

「やあ、ハンメルさん、ありがとう。」

 車のドアを開けさせて、車から出るこの仕草もアルタラスでみた。そうか、では、この男が。

「ロウリアの外務卿閣下ですね。初めまして、大日本帝国クワ・トイネ公国公使館附の参事官、大場一郎です。御出迎えありがとうございます。」

「いや、こちらから会談を希望したのです。出迎えるのは当然のこと。しかし、こんなに朝早いとは思いませんでした。」

「いやいや、何せ我々は未だ正式な外交関係はありませんからね。正規の執務時間に会談するのはちょっと具合が悪いものでしてね。」

 そうか。やはり日本国中央は我々との会談を歓迎していないということか。

「そうは申しましても、会談のカウンターパートが外務卿閣下となれば、私としてもむげにはできません。本国は一応知らない体でお話ということになっていますので、そのあたりは宜しくお願いします。」

 否応がない。正規の会談ではないということは事前の予測にあったとおりだ。アルタラスのベルシュ大使もそう言っていた。とかく日本国は建前にうるさい。だが、話の通じない相手ではない。表でダメなら裏からということは聞いていたが、やはりという思いがある。

「こちらとしては、どのような形であっても会談ができるという一点で満足しております。この上は、短い時間でも構いません。私の話を聞いていただければと思います。」

 大場参事官は、首を縦にふりながら、いつの間にか設置されていた椅子の方向に手のひらを向けた。

「確かに。時間は有限です。スマートに行きましょう。」

 そう言いながら、私に着席を促した。私が席に座ると彼も同じように席に座った。

「御用の向きはこちらとしても想像がついております。緊急の人道的援助を希望ということですね。喫緊に迫っている王都の人民の生命の危険に対するものとしての。」

 私の目は驚きで大きく開かれた。

「た、確かに。そのことが会談の目的ですが、なぜそれを。」

 いかん。埒もないことを聞いてしまったと思ったが口に出してしまった以上はもう遅い。

「まあ、一つはクワ・トイネの行商人の行動ですね。我が国の製造した食料品が飛ぶように売れており、それはロウリアの国境を通過して、輸出されていることはわかっております。我々は一度売ったものが何処に持ち込まれるのかについては、基本的に感知しません。国外への持ち出しを禁止している商品はその旨通知して販売しており、それを破った者には日本市場での今後の取引は禁止しています。そして、それは満洲国の市場でも同じです。一回こっきりの危険を冒して利益を得ようとするよりも継続的な利益を得ることの方が大きいでしょう。故に、今ロウリアに持ち込まれている食料品は、我が国がロウリアへの持ち出しを認めたと同じです。この会談で今後食料品の輸出が無くなるということはございませんのでご安心頂きたい。もう一つの理由はそちらが知る必要のないことです。どうぞお忘れください。」

 なるほど、やはり諜報員が我が国に潜んでいるということか。今ここでこれを事実上明かしたということは、我が国の行動を見るつもりか。監視を続けていることを許容するかどうか。監視を排除するというのは、敵対と看做すつもりか・・・。いや、ここは忠告の通り忘れよう。それよりも、任務を全うせねば。

「いや、そのあたりについては詮索するつもりはありません。それよりも、本題についてです。日本国に我が国への緊急の食料買い付けを依頼したいのです。できれば、日本国から満洲国のほうへも声掛けをお願いできないでしょうか。」

 日本国の大場参事官は私の顔をじっと見た。

「それは、重要なことですね。しかし、我が国としては、貴国との国交樹立を優先したいと思います。そして、そのためには、必要なことがおありのはずです。外務卿は講和会議に出席されておりました。勿論、講和会議の議事録には記されていない条件があることは御存じのはずです。その件はどうなっておりますか。」

 痛いところを衝かれた。今の我が国の政治情勢で国王陛下の退位などできるわけがない。諜報員を潜ませているのだから、分かっているはずだろう。いや待て、これはなぞかけなのか。だが、誠意だ。誠意しかない。ベルシュも言っていた。日本に対してはともかく誠実な応対を心掛けるべきであると。

「その件については、もう少し時間を頂きたい。国王陛下御自身は退位を諒承しております。ですが今の我が国の政治情勢で国王陛下の退位など行えません。それを行えば、国が持ちません。今も王国の各地では国王に近い貴族の反乱や反乱一歩手前のところまでいっている領地があるのです。国王の退位は国の崩壊に直結します。今少し国内の混乱が収まるまでお待ちいただきたい。」

 必死で言葉を紡ぎ頭を下げた。国王陛下は条約締結後早期に譲位を行おうとしていた。だが、我々が国王陛下の退位を必死で押しとどめているのだ。

「まあ、我々も今すぐにという話をするつもりはありませんよ。」

 頭を挙げると大場参事官は苦笑していた。やはり、日本は我が国の情勢を分かっている。我が国を生かした以上、崩壊に追い込もうとしているわけではない。

「ですが、何らかの措置は必要です。貴国には、あるいはこの世界の歴史には、国王が幼少のときなどに国王の大権を代行する摂政と言う職は存在してはいませんか。」

 な、なるほど。このままでは確かに国王陛下の退位は難しい。だが、摂政なら時機をみて、譲位につなげることができる。

「わ、わかりました。中央を其の方針で説き伏せます。」

「期待しています。それでですね、そうであったとしてもその間の時間稼ぎというものはどうしても必要でしょう。ですが、我が国としては、国王陛下の退位が事実上の国交樹立の条件です、流石にそこは譲れません。そして、それが通商関係構築の大前提です。そして、それは無償援助の前提でもあります。」

「で、ですが!」

 食糧支援はできないということか。王都の民衆は王都を捨てねばならぬのか。だが、それでは・・・、国の中心たる王都が荒れ果ててはこの国全体が・・・。

「クワ・トイネの行商人がこれまで通りに、あるいは規模を拡大して通商を行うことに対して我々は掣肘を加えません。クワ・トイネ国内でクワ・トイネ人の行動について規制を掛けることができるのはクワ・トイネ公国政府に他なりません。私どもがどうこういうことはできません。ただ、クワ・トイネ側としても隣国が有れて、盗賊が跋扈するようになっては困るでしょう。そう、思いませんか。」

 な、なるほど。クワ・トイネ人からの食料買い付けを行えということか。政府間交渉ではなく、平民との交渉で対処せよということか。

「ああ、それでですね。後ろにあるトラックですが、日本国で発生した廃棄物を持ってきております。」

「廃棄物ですか。」

 突然何を。ごみを持ってきたというのか。我が国に捨てるために。

「我が国の食品には賞味期限という期日を明示することが法律上定められています。賞味期限と言うのは、おいしく食べられる期限ということで、腐りにくい食品に対して用いられます。これに対して消費期限という言葉もあります。これは、腐りやすい食品に着けられるもので、消費期限を過ぎた食品は食べたらだめということですね。ということは、賞味期限を過ぎたものでも食べられる食品もあるということになるのですが、残念ながら、我が国では販売することが避けられましてね。廃棄処分ということになることが多いのです。」

「つ、つまり!!」

「ええ、廃棄の処分費用をクワ・トイネの通貨でお支払いしますので、そちらで廃棄処分していただければと思います。ただ、輸送コストが発生しますので、そう何度も行うということにはまいりません。それに、賞味期限切れの食品を販売することは違法とまでは言えないので、我が国でも多少の需要があります。ここ最近は其の需要も小さくなってきているからできたことではありますがね。」

 なんということだ。備蓄はできないが、食品を譲ってもらえるだけではなく、クワ・トイネから食品を購入するための資金まで頂けるとは。

「日本側の好意に感謝します。」

「いえいえ、こちらは国内で出たゴミを海外に押し付けただけです。感謝される筋合いはありませんよ。ただ、そうそう何度も行えることではありませんので、国内の正常化を早急に実施していただきたい。」

「かならず。必ずや。」

「実りの多い会談となりました。あまり長くはこの場にいることはできませんので、これで失礼します。」

 大場参事官が席を立って、車のほうに歩いていく。付き人が、なんか以前見た光景ですねと言っていた。大場参事官は苦笑しながら車に乗り込んだ。

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