大日本帝國召喚   作:もなもろ

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満洲帝國新京特別市 新京ヤマトホテル別館水蓮の間 2675(興信27・2015)年1月29日午後8時

 満洲帝國首都新京の1月の平均気温はマイナス15度である。夜ともなれば、マイナス20度を超えるのは常日頃のことであり、新世界転移後もこの状況は変わらなかった。その極寒のなか、新京ヤマトホテルの別館に3人の男たちが集う。彼らは皆政府高官であり、本来であれば、秘書官が陪席するのが常の事であるが、この時に限っては彼らの腹心の部下たちもこの部屋に入ることは許されなかった。

 

「さあさあ、まずは一献。」

「これは、恐縮です。」

 

 盃を受けるのは、満州帝國国務院外交部大臣、森山直次47歳。そして、同国務院農政部大臣、王康望48歳。注ぐ側は、満州帝國駐箚大日本帝國特命全権大使、洪寅太郎63歳。年齢を加味すれば、盃をはじめに受けるのは洪大使であるが、洪大使がこの会合のホストである。

 

「満洲の冬は寒い。冬はやはり熱燗ですな。日本酒の味がわかるのは、日系三世の血の賜物と言えるでしょうか・・・・。王さんは、ホットワインですが、はて、国産ですか?」

「ええ、黒河省産のワインです。ここ数年の冬はこれを常飲しております。欧州産のワインで試したこともありますが、私は国産のほうが好みですな。洪大使も試してみませんか。」

「それでは、ご相伴にあずかりましょう。・・・ふむ、飲みやすいですな。森山さんは試されたことは?」

「試したことはありませんが、若いころにワインで悪酔いしましてな。それ以来ほぼ食わず嫌いや飲まず嫌いといったところです。」

 

 先に述べた通り、彼らは政府高官である。目的があって会合をしている。本題に移る前の雑談も長すぎてはいけない。部下をシャットアウトしての秘密会合だ。マスコミに知られることは拙い。

 

「さて、今回の会合の趣旨ですが、外交部・農政部の我々2名が呼ばれております以上は分かり切ったことではありますが、まずは、大使の口から趣旨をお聞かせ願いたい。」

「されば・・・。昨日の満農会頭の発言。アルトゥル・コラベリシコフ満洲国農業団体連合会会頭の、「新世界転移によって、さまざまな資源を入手することが困難となった。先行きに対する国民の不安感は非常に強い。国民の食生活を守るためにも食料品の輸出に制限をかけるべきではないだろうか。」との発言ですが、もちろん、貴国の政府は貴国の国民の生命安全に責任があることは重々承知しておりますが、私どもとしては現状貴国の輸出に頼らざるを得ない部分が大です。大幅な輸出制限につきまして、貴国上層部の見解をお伺いしたい。」

 

二人の大臣は大臣は目くばせをして、ややあって、王農相が口を開く。

 

「無論。満日両国は元の世界から切り離されて、たった二か国でこの不思議な世界に飛ばされてきました。人が一人では生きられないように、国も一国では存立は難しいでしょう。そういう観点からいえば、我が国としては、食料差し止めに依り貴国の国民が我が国を恨みに思うような事態は絶対に避けなければなりません。」

「全面的に同意いたします。日本政府としても、この混沌とする情勢の中で両国間で仲たがいすることは望んでおりません。」

「当外交部も両国間の基礎は揺るがぬものとして考えております。コラベリシコフ会頭の発言も、明かり一つない闇夜に放り出されたことに対する国民一般の不安感から出たものであり、日本国との関係悪化を意図するものではないであろうことは十二分に理解しておる次第です。」

「お二方のご発言、まことに安堵しておる次第です。とはいえ、両国国民の先行きの見えぬ状況に端を発する不安感については、無視するわけにもいきません。我々からすれば、貴国で大量に生産されている小麦等の農作物について、輸出の便宜を願う次第でありますが、食料を多く確保したいと考える貴国国民の気持ちも十二分に理解できる。我が国として何か対応可能なことにつきお聞かせ願いたい。」

 

森山外相は、己の鞄より数枚の報告書を、洪大使に差し出す。

 

「まだ調査中の情報も含まれています。またこの場で話すことのできる情報については、事前に軍政部及び幕僚総監部に確認済みです。転移後の国境地帯は、最大限の警戒レベルを維持しております。いまだ国務院は公表しておりませんが、現地人との衝突も複数回確認されています。いまある情報を整理すると、どうも地球でいうところの中世ヨーロッパ程度の文明レベルがこの世界の文明レベルではなかろうかと分析しております。彼らは基本的に、投石や弓矢刀槍を以て国境守備の部隊と衝突を繰り返しています。特に、黒河省・三江省・浜江省の我が国北部及び東部の国境地帯ではそのような衝突が確認されています。しかし、南東部の熱河省だけは、すこし趣が違います。どうも文明レベルがやや上等のようでして、銃火器を使用しているのではないかとの報告があります。といっても、現地からの報告では射程距離も短く、前装式の銃のようらしいのです。ただ、いずれにしても現時点では、我が国の敵ではないというところでは、一致していますし、兵の損失の報告もありません。」

「なるほど、この情報は本国に伝えても?」

「もちろんです。軍政部及び幕僚総監部からも貴国兵部省及び大本営に通達してもらうよう話を進めております。我が国は陸軍国家ですので、貴国から海の情報を得たいとも思っております。」

「情報は、ギブアンドテイクですので、しかるべく対処するよう併せて申し入れます。」

「ありがとうございます。重要な点はここからなのですが、王さん、お話を。」

「はい、ここからが本題なのですが、島国の貴国と違って、我が国は国境線が地続きなものでして、しかも、衛星からの情報が途絶したこともあり、国境線の監視は100%ではありません。そのため、一部匪賊の入境があったようで、一部の農地の略奪や焼き討ちが報告されています。」

「なんと、人的被害は?」

「幸いにして、我が国警察の働きにより、匪賊は駆逐することができているようで、なんとか人的被害の発生の報告は入っておりません。」

「それはよろしゅうございました。しかし、大陸国家というのは厳しいですな。現代兵器の喪失が国境線の守護をここまで危険にさらしているとは・・・」

「まことに衛星情報の喪失は我が国にとって厳しい。そして、これらの情報は、未だ調査中として、公表はしていないところですが、すでに噂話として市井に流布しております。」

「さもありなん。通信機器は生きておりますので、情報を秘匿することは困難でしょう。」

「まことにもって。先のコラベリシコフ会頭の発言も、かくのごとき情勢から出でたもので、我が国としては、この声を無視することは難しいこともご理解いただけるかと。」

 

 洪寅太郎は唸り声をあげ、目をつむる。満洲政府上層部は日本国との関係を悪化させるつもりはないが、満農会頭の発言は確かに無視できる情勢にはない。輸出規制はしないとの決定を相手国政府から公表してもらうことは難しい。多少の制限は仕方ない。本国政府には、日満両国国民がぎくしゃくしないよう丁寧な説明を国民にしてもらうより他にない。そのように結論付けつつあった。

 

「洪大使。外交部、そして国務院の一部ではかように考えています。」

 

 洪は思考を止め、森山外交部大臣に向き直る。

 

「お話、伺いましょう。」

「国務院は、日本政府に対して、関東軍の出動を要請します。そして、可能であれば、貴国本国からも増援をお願いしたい、と。」

 

 洪の目が見開く。話の内容は存外のことであった。

 

「しかし、貴国の調査では、相手は、中世程度の文明レベルの集団とのこと。一部銃火器を有している者がいるらしいとのこともありますが、それでも、近世の入り口にはいったかどうかの相手。過剰戦力の投入では?」

「おっしゃるとおりです。しかし、新世界転移以来、我が軍は最大限の警戒レベルを維持し続けており、この事態がいつ沈静化するか予測もたっていない状況です。兵・下士官に満足な休息を与えることもできていない状況です。現場が疲労の限界を超える前に、貴軍の支援を得て、警戒態勢の再構築を図りたいと、軍政部は考えております。そして、貴軍の支援により担当面積を縮小し警戒網を厚くすることができれば、越境匪賊の取り締まりも強化できると考えております。そうすれば、国民の不安感も和らげることができ、洪大使及び日本政府側の希望も対処できるのではないか。われわれはそのように考えております。」

 

 洪寅太郎は再び考える。日本は島国であり、朝鮮半島の北東部で新世界と陸地でつながっている部分があるがごく一部だ。国境警備の困難さについては目が届いていなかった。満州国側の要請は確かに検討に値する。

 

「加えて、満華休戦条約の締結からもう70年が経過し、国土が侵されるということを知らない世代が大半です。国土が侵されるということに過敏になっている部分は少なくないでしょう。兵士が実戦を経験するということもほぼなくなってしまいました。異世界人とはいえ、人を殺したことに対しての心理的苦痛を上申する兵士もちらほらと出現しておるそうです。前線兵士の苦衷を少しでも柔らげることができればと思っております。」

「農作物の略奪といった被害が無くなれば、国民一同の不安感も多少なりとも好転するかと思われます。関東軍の出動、前向きに検討されるように大使には本国への報告をお願いしたい。」

「本件、十二分に検討に値すると思います。必ずや本国政府を動かします。また速やかな部隊の展開ができるように関東軍司令部には、私のほうから作成立案を依頼したいと思います。」

「よろしくお願いいたします。軍政部と幕僚総監部には外交部から連絡をいれておきます。」

「わたしは、満農の会頭を押さえます。少しばかりでも、トーンダウンしてもらわなければなりませんからな。」

 

 かくして会合は終了し、三名の男たちは帰宅せず、寒風吹きすさぶ中それぞれの職場に戻っていった。




満洲帝國の南東部でパーパルディア皇国に国境が接している設定です。
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