日満鍬杭使節団、ムー国訪問
(写真)マイカル港にて大谷日本全権と握手するチャーチワーデン外相
10月6日午前10時12分、ムー国南東部に位置するマイカル港第3埠頭に我が国海運業御三家の日本郵船が誇る豪華客船「東洋丸(78,000総トン、乗客定員1,500名、平成2年11月就航)」が接岸を果たした。東洋丸には、日満両国の外交使節団や我々マスコミ関係者を始めとして、ムー国の駐クイラ大使ジョージ・ニコル・マクドナルド閣下とその随員が一時帰国の為、クイラ王族にして大蔵大臣のハールーン・モサメッド・ベルディエルート大公殿下及び王国外務省西方局長イブン・ムサド・バイダス男爵閣下がムー国内への在外公館設置の為、クワ・トイネ公国外交使節団クワ・トイネ陸軍大将マキスイ・ハンキ団長閣下はムー国との国交樹立の為にそれぞれ乗船していた。
マイカル港では、ムー国の外務大臣であるジルベルト・チャーチワーデン氏が出迎えに来られていた。氏を含めてムー国関係者は、我が国の誇る豪華客船の大きさに驚いていた様子であった。東洋丸寄港に際してはムー国は第三埠頭を浚渫したと発表している。埠頭周辺の水深が東洋丸の喫水に足りないということだったようであるが、これは従前の自国の港湾設備では入港させることが不可能な巨大な客船が存在するということを認識することができるという証左である。ムー国首脳に柔軟な思考力を持っている人物がいるということであり、国交樹立の条約締結交渉に期待が持てると言えよう。更に、ムー国民もまた使節団を歓迎するようにマイカル港の見物人が多かったことも好意的な材料だ。
杭日満鍬四箇国の代表は、マクドナルド駐クイラ大使の紹介を経てチャーチワーデン氏と握手を交わした。ムー陸軍軍楽隊の演奏を背景に代表団はオープン馬車に乗って、マイカル中央駅へと向かっていった。今後は、ムー国首都オタハイトに於て政治・行政・経済・金融・文化の状況を調査し、我が国とどのような形態の国交を結ぶか検討を行う予定となっている。
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客船「東洋丸」諸元
所有者 日本郵船
建造所 三菱重工業長崎造船所
起工 平成元(2649(1989)年2月11日)
進水 平成2(2650(1990)年4月29日)
竣工 平成2(2650(1990)年11月10日)
総トン数 78,000トン
全長 270メートル
全幅 33メートル
最大速力 23.4ノット
航海速力 20ノット
デッキ数 14層(旅客区画)
乗客定員 1,500名
乗組員 700名
建造費 140万円
平成2年の竣工当時は世界最大の規模を誇った豪華客船である。日本郵船は、昭和63年6月の定例株主総会で「紀元二千六百五十年記念」と銘打ち、世界最大の豪華客船を建造することを公表した。親会社である三菱合資会社を始めとして三菱財閥以外の財界関係者からも高評価を得て、日本郵船は平成元年2月11日の紀元節に三菱重工業長崎造船所での起工式を執り行った。世界最大規模の客船ということで、同盟国である満洲国や南洋群島連邦から船舶技師や工員が臨時雇いの募集に殺到した。進水は翌年の昭和節であり、起工式と同じく政財各界から多数の来賓を迎えて式典を執り行った。そして、竣工は11月10日である。慶応3年のこの日は大政奉還の勅許日であり、大正、昭和、今上と即位の大礼が行われるなど皇室との所縁も深い日である。
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馬上将、ムー統括軍情報通信部長と旅順艦上で会見
今回のムー国親善艦隊の旗艦は、満洲帝國海軍の総旗艦である戦艦「旅順」が充てられている。艦齢七十年を超す老朽艦ではあるが、度重なる改装を経て今も尚現役の軍艦である。戦艦旅順は、元々日本海軍の戦艦として建造された戦艦武蔵である。
10月6日午後2時、その軍艦旅順の艦橋には、今派遣艦隊の司令長官を拝命した馬世光満洲帝國海軍上将閣下が幕僚一同とともにムー統括軍情報通信部長アーサー・エルドリッジ氏以下情報通信部員を歓迎していた。マイカル港の水深の問題で戦艦や航空母艦といった大型艦は入港することができず、沖合に停泊していた。エルドリッジ氏はムー海軍の内火艇で旅順に乗艦した。
馬上将は、旅順の艦橋、第一主砲塔、機関砲塔、誘導弾発射機、機関室、通信室、将校食堂、艦尾ヘリポートなどを視察させ、第一主砲塔の前で記念写真を撮るなど友好ムードを演出した。エルドリッジ氏らは当日は旅順内部で宿泊し、本日以降も航空母艦や巡洋艦などの各種艦艇を視察する予定となっている。
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満洲帝國海軍軍艦「旅順」諸元
所有者 満洲帝國海軍
建造所 三菱重工業長崎造船所
起工 昭和13(2588(1938)年3月29日)
進水 昭和15(2600(1940)年11月1日)
竣工 昭和17(2602(1942)年8月5日)
転籍 昭和31(2616(1956)年4月1日)
排水量 65,000トン
全長 265メートル
全幅 38.9メートル
最大速力 34.5ノット
乗員 1,112名
兵装 46cm(50口径)砲3連装3基9門
15.5cm(62口径)砲単装2基2門
巡航誘導弾40発
対艦誘導弾10発
20mm機銃8基
艦載機 回転翼機5機
満洲帝國の独立を決定づけた満華戦争後、満洲帝國軍は陸軍を中心に急ピッチで整備がすすめられた。この整備が一段落した頃、満洲帝國海軍の整備が始められた。当初の海軍の担当は純然たる海上の黄海と満露国境を流れる黒竜江の大河の領域であった。だが、国軍の整備とともに満露国境の黒竜江の警備は陸軍が担当するようになった。陸軍の整備が重点的に進められていたころは、海軍の整備は遅々として進まず、一時期は海軍の廃止論も出ていたようだ。満洲海軍にとって冬の時代は終わり、陸軍と同じく中華民国海軍を仮想敵と定めた海軍の整備は日本海軍から購入した巡洋艦や駆逐艦を中心となって進められた。日本海軍最後の戦艦となっている紀伊型戦艦(紀伊、尾張、常陸、駿河)が建造され始めた昭和31年に満洲海軍に戦艦武蔵の売却の話が挙がり、満洲帝国側はこれを受けた。爾来、満洲帝國海軍の総旗艦として今も尚旅順軍港を母港としている。
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港区お台場に官立中等学校を設置
国と都の対立に終止符
東京帝國大学に魔導医学の講座が設けられて以降、全国各地の帝大や官公立大学や私大で魔法分野の研究体制が構築されている。東大に医学分野の魔法講座ができたわずか3日後には台北帝國大学で農業分野の魔法講座ができ、北海道帝國大学や九州帝國大学では工学分野のそれが発足した。京都帝國大学では、魔法学そのものを研究する基礎魔法学講座が文学部に設置されるなど拡充が進んでいる。魔法を学問としてとらえる動きが進むにつれて、大人だけではなく、子供の内から魔法を体系的に学ばせる機会が必要であると考えた文部省当局は、クワ・トイネ公国やクイラ王国に魔法分野を含めた学校創設について意見交換を行った。しかし、両国ともに国民に対する普通教育という観点からの学校設立には未だ社会基盤が整っていないということで、両国国内で行うのは困難と言う回答であった。そこで、日満両国に対して自国の子女を学ばせ、将来の参考としたいという希望を伝えるに至った。
こうして今回設立されたのが、東京高等師範学校附属柵川中学校と東京女子高等師範学校附属常盤台高等女学校(尋常科のみ設置)である。両学校は魔法学以外の学問は日本人の教師が担当し、魔法学の教師はクワ・トイネ公国とクイラ王国から募集する。学校長は日本人が就任するが教頭は他国人を任命する予定となっている。募集定員はそれぞれ1学年200名程度を予定しており、入学資格は日本国民と我が国と国交を有する国の子女となっている。日本・満洲国民等の場合には小学校卒業が必要な条件ではあるが、それ以外の国では初等教育修了程度ということで条件は緩和されている。両学校は来年4月開校となっている。
また、クイラ王国大学魔法学部長であるカリム・アンマール魔導師が7月の定例記者会見で触れた、「魔法を使えないとされていたフェン人がクイラ国内に移住したところ魔法を行使できるようになった事例がある」という話から転移前世界から来た日本人なども将来的には魔法を行使できるのではないかということから日本人や特例日本国籍取得者にも入学資格がある。将来的には、満洲帝国内で開学される予定の中学校との連携も視野に入れている。
両高師は東京文理科大学に併設された機関でもあり、将来的には附属高等学校や高等女学校高等科の設置も検討され、文理科大学やその他の大学への進学も可能となっている。なお、両高師へのクワ・トイネ、クイラ両国民の入学も来年度から実施される見込みである。
両学校の設置を巡っては、国と東京都との間で激しいやり取りが行われたと言われている。中等学校の設置は都道府県区市町村の管轄でもあることから、東京都は乗り気であった。だが、東京都長官は地方自治体である東京都の首長であると同時に国の官吏でもある。閣議への出席資格もある国政にとっての重要ポストだ。東京都議会では、都令に基づく都立中学の設置を熱望する声も高かったが、最終的には国による設置となることになった。魔法分野の研究が進み、我が国民から魔法使いが生まれたときは、教育機関の拡充が図られることもあるだろう。