大日本帝國召喚   作:もなもろ

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何気に一般人の目線は初めてだったりします。クワ・トイネの現状。まあ、どこの世界にも困った層というのはおるものです。


刑法(明40法45)抜粋 / クワ・トイネ公国マイハーク西部共同租界 長崎控訴院マイハーク分院 中央暦1639年10月14日(火)午前10時

(公然猥褻罪)

第百七十四條 公然猥褻ノ行為ヲ為シタル者ハ六月以下ノ懲役若クハ五百円以下ノ罰金又ハ拘留若クハ科料ニ処ス

(強制猥褻罪)

第百七十六條 十三歳以上ノ男女ニ対シ暴行又ハ脅迫ヲ以テ猥褻ノ行為ヲ為シタル者ハ六月以上七年以下ノ懲役ニ処ス十三歳ニ満タサル男女ニ対シ猥褻ノ行為ヲ為シタル者亦同シ

(親告罪)

第百八十條 前四條ノ罪ハ告訴ヲ待テ之ヲ論ス

(器物損壊等)

第二百六十一條 前三絛ニ記載シタル以外ノ物ヲ損壊又ハ傷害シタル者ハ三年以下ノ懲役又ハ五百円以下ノ罰金若クハ科料ニ処ス

(親告罪)

第二百六十四條 第二百五十九條、第二百六十一條及ヒ前條ノ罪ハ告訴ヲ待テ之ヲ論ス

 

 

―――――

クワ・トイネ公国マイハーク西部租界 長崎控訴院マイハーク分院検事分局

 ― 長崎控訴院マイハーク分院検事分局刑事係検事 山崎晴好

 

 検事分局の第三検事室で事件資料である員面調書を読んでいると、部屋のドアがノックされた。どうやら、検事分局書記の高須君が今回の事件の参考人を連れてきたようだ。

 

「山崎検事。参考人であるナルメディア通り23番地のサマナさんをお連れしました。」

「お疲れ様です。サマナさん御足労頂きましてありがとうございます。どうぞ席にお座りください。高須さんも、記録の準備をお願いします。」

 

 クワ・トイネ公国マイハーク共同租界。この地域は特殊地域である。かつて中華民国の上海や天津などに存在した行政自治権や治外法権を有する地域を、この現代に蘇らせた。法の正義を認識する我々司法官にとっては、面白いことではない。だが、その必要性は認識している。

 

「さて、サマナさんにお聞きいたします。ご職業は、マイハーク共同租界ナルメディア通り23番地にある銀月亭という御店の店主である。メニューは、お酒と軽食を出す。つまりは、酒場の店主である。これに間違いはございませんか。」

「へ、へえ。そのとおりでございます。」

「ありがとうございます。事実確認を続けます。それで、昨晩、本年10月13日の夜、銀月亭を訪れた日本人が数人おりますね。そこで、彼らはお酒と軽食を飲んでいた。これも間違いありませんね。」

「へ、へえ。間違いはございません。よくうちに来てくれる方でございまして、常連の方々です。」

 

 なるほど。マイハーク警察が聴取した内容に相違はないな。高須君に目を向けると頷いた。

 

「それでは、ここからがお話の核心となります。彼ら、えー、三菱倉庫マイハーク出張所勤務の白浜幸雄、37歳。同じく黒石武夫、36歳。三井倉庫マイハーク出張所勤務の渡晃37歳。以上の三名はあなたのお店で酒を飲んでいるときに口論となり、喧嘩に発展。お店の木製のコップ4個、陶器の皿6枚を破壊し、背もたれ付の椅子2脚を半壊した。テーブル1台にも、その喧嘩の際にできた傷がついているが、これは損傷程度。損害額としては、ええと、壊されたものは、クワ・トイネで製造されたものではなく、日本製のようですね。コップ4個で3円50銭、皿6枚で7円80銭、椅子がこれは、背もたれ部分が折れているので、警察官の調書には半壊と記載されているようですが、全壊ですよね。ざっくりと見積もったところ100円くらいの椅子ですかね。つまりは、2脚で200円。テーブルの傷は修復可能ですので、とりあえず置いておきましょう。そういうことで損害額は211円30銭。ということで、椅子の損害額が不明瞭ですが、ひとまずこの金額でお間違えはありませんか。」

「へ、へえ。警察のかたに昨夜話を聞いたところ、似たようなことをお話になられやした。」

 

 ふむ。損害額についても同意しているということか・・・。

 

「この損害額についてなのですが、我々とそちらでは、通貨の価値が違いますので、一概には言えないとは思いますが、我が国で200円と言うのは、日雇い労働者が一日働いた賃金の額に相当します。これに相当するものとして、こちらの大工さんの日当が10~15ベーイという賃金と聞いています。固定の為替レートですと、1000ベーイで1円に相当します。これを基準にして考えた場合ですが、大工さんの日当ベースですと、18年から27年相当。ただ実際、1年365日休まずに働くというのもないと聞いていますので、月のだいたいの月収が200ベーイから300ベーイとも聞いています。これを参考にすると年収50年から80年分に相当します。この計算でいえば、店主、貴方にとって途方もない損害に該当しますが。」

 

 そう。この酒場の店主、どういうルートで入手したのか、日本製や満洲製の皿や調理器具、テーブルや椅子などを店の備品にしている。私は、机を指でトントンと叩きながら次のセリフを言った。

 

「にもかかわらず、貴方は、昨夜、警察官に対する事情聴取で、被疑者の酔っ払いたちに対して寛大な処分をと申し出ています。いくら、その場で被疑者の同僚たちから被害相当の弁償を受けたとはいえ、ご店主、貴方の受けた損害はそれなりのものであったのではございませんか。」

 

 そう。大工の賃金と飲食店の経営者の収入は違いがあるだろうが、数10年分の年収に相当する損害を受けたと言っていいだろう。そう簡単に許せるものだろうか。

 

「へ、へえ。壊した物の弁償はしていただきましたし、何よりあの人たちはうちの店の常連さんです。うちの店としましては、皆様方に重い責任を背負っていただくよりも、これからもうちの店を御贔屓にしていただいて、うちで飲み食いしていただいた方が、儲かるという算段でございまして、はい。そういうことから、検事様におかせられましても何卒あの人たちに対して寛大な処分をお願いしたいと、こう思っておりますです、ハイ。」

 

 俯きながらも、店主は上目遣いで私を見て話している。気に入らんな。全く以て気に入らん。

 

「・・・既に警察官からも説明を受けていると思いますが、器物損壊罪は親告罪です。そもそもご店主が被害届を出さない限り彼らを処罰するということそれ自体ができません。ですので、今回ここにお越しいただいたのは、ご店主、貴方の本心を聞かせていただきたいと思ったからです。日鍬経済文化振興協定の規定に依り、クワ・トイネ人に対する日本人の犯罪は、在マイハーク日本領事が裁判をすることになっています。このマイハークの経済規模拡充、発展は我等日満両国人の手によって為されています。しかし、経済的な恩恵を一方的に与えているからと言って、日本人が我が物顔で何をやらかしてもよいというものではありません。もし、三菱や三井の会社の人間が金を握らせて、貴方を黙らせたということであれば、これはよろしくないことであると思います。今後の日本人とクワ・トイネ人との間の交流関係にもよろしくない影響を生じさせる虞が大であると認識しています。私は、検事として、公益の代表者としてそのような不正義は見過ごすことができないと強く認識しております。その上で、もう一度お伺いします。サマナさん、警察へ被害届を出すつもりはございませんか。」

 

 昭和16年の学生運動は、聖徳太子憲法と五箇条の御誓文を帝國憲法の精神として前文に明記する帝國憲法増補を発布するに至った。「官武一途庶民ニ至ル迄各其志ヲ遂ケ人心ヲシテ倦マサラシメン事ヲ要ス」。金を握らせて、被害者に泣き寝入りさせる。そんな行動が帝國臣民としてゆるされることではない。帝國憲政の神髄は臣民一人一人の立憲的な精神の確立、それに向かっての不断の努力によってなされなくては成らない。私はそのような不正義を許すわけにはいかない。

 

「え、いや、そうは申されましても、ちゃんと壊した物の賠償はしていただきましたし、あっしは納得しておりやす。ですので、その・・・」

 

 賠償されれば、それでよいだと。金さえ払えば、悪事がもみ消される。それでは、治安が悪化する。あとで苦労するのは、あんた方なんだぞ。多少イライラしているのが自分にもわかる。

 

「それに、件の人間たちにはあまり良くない噂もある。仕事中の女給の臀部を触っているという話だ。こんな下卑たる行為は許すべきではない。サマナさん、貴方もそうは思いませんか。」

「は、はあ。まあ、しかし、その、酒に酔って、女のシリを触ったぐらいですし、その、まあ、飲み屋じゃ、よくあることですよ。」

 

 公然猥褻の事実を嗤いながら話す飲み屋の店主。私は目が点になった。クワ・トイネは我が国よりも貞操観念が厳しいと聞いていたが、これはどういうことだ。

 

「サマナさん。その、クワ・トイネの方々の性に関する観念は、我々の国よりも厳しいと聞いていたのだが、その、それはよろしいのか?貴方のお店では、奥方や娘さんも給仕に出ていると聞いているのだが。」

「あはは。検事様、そんなに深刻に話すことじゃございませんですよ。うちのカカアだって、まんざらじゃなさそうでしたし。あたしもまだまだイケるわねって喜んでいましたよ。」

 

 呆れてしまいモノが言えないというのはこのことか。己の細君のお尻を触られて、笑って流す男がいるというのか。

 

「山崎検事。その、我が国でも下町の飲み屋などでは、その、そういう雰囲気のお店もあるということらしいので、その・・・。」

「高須さん。それは、赤線と何が違うのです?」

「赤線とは違います。そういうことをするお店ではないのです。」

 

 ―――――

 ― クワ・トイネ公国マイハーク共同租界ナルメディア通り23番地「銀月亭」店主・サマナ

 

「ふう。厄介な目にあったぜ。」

 

 日本人検事の事情聴取が終わり、租界朝日通り3番地の分院を出て、家路を歩いている。交通費の足しにしてくれということで、乗り合いバスの乗車賃分のお金を高須という御役人に貰ったが、それは使わずに歩くこととした。

 あのあと、検事さんと高須さんの間でどうでもいいようなやり取りが起こった。赤線ってのは、要するに売春宿のことだ。あの検事、山崎っていったが、世間慣れしてねえんだな。飲み屋と売春宿の違いが判らねえってんだから。まあ、まだ若造のようだったから、已むを得ねえか。

 それにしても日本か・・・。あの時はどうなる事かと思ったが・・・。

 

 今年の2月の半ば。マイハークの町にお達しが降った。なんでもマイハーク伯爵領の領都であるマイハーク市、この港湾都市のはずれの部分をそっくりそのまま外国の人間がやってきて、町を新たに築くってことで、市民の中で移住者を募集するってことだった。経済都市マイハークと雖も市街地を外れれば何もない大平原。そんなところに街をつくろうってんだ。まあ初めは小さな町ができるってことだろう。当然だが、収入は減る。誰も移りたがらなかった。みんなが躊躇していたので、市のお役人がぐずぐずするなと発破を掛けに来た。当時マイハーク市のカラニウス通りに店を構えていたが、この通りの集会でくじ引きをして、移住者を決めることとなった。そして、見事に俺が移住の札を引いてしまった。通りの店主たちは、すまねえと謝ってくれ、餞別ももらった。俺の店は市が相場より高く買い取ってくれた。カミさんは、まあ決まったもんはしょうがないねと言ってくれたが、先行きは不安だった。

 だが、その気持ちはすぐに吹き飛んだ。2月の末、何もないはずの荒野にやってきた俺達家族だったが、摩訶不思議な建物を見つけたのだ。コンテナハウスっていう代物で外壁が金属でできてやがる。おまけに室内は快適だ。ランプなんて目じゃねえほどの明るい光が灯っており、夜でも昼かと思わんばかりだ。井戸もねえのに水もきれいなものが出てくる。話に聞いたことがある程度の寝具も用意されているという、天国がそこには広がっていた。おまけに風呂なんて貴族様が入るようなものも集会場近くに設置されていた。各通りから選抜されてきたらしい他の連中も驚いていた。 

 そんな驚きの連続だったが、本当に度肝を抜かれたのは忘れもしない3月3日だ。夜月明りしかない暗い大地だったが、海のほうから強い光が照らされた。何事かと思った俺達移住者は、コンテナハウスから外に出てみると、海のほうから物凄い大きな音が聞こえてきた。すぐにマイハーク城の騎士が俺達に対して、町の造成が始まったのだと告げてきた。町の造成は急激な速度で進むらしく、それゆえ夜でも工事が行われるのだという。音と光については翌朝対処するので、今晩は布団をかぶって休むようにとの指示であった。

 翌朝、起きて外に出てみると昨日は何もなかった海岸が、モノで埋め尽くされていた。俺たちは声が出なかった。城の騎士がいうには、これからもたくさんのモノが運ばれてくる。同時に人もやってくる。単純労働者も必要だが、そのほかに人が集まる以上は飲み食いするところや遊ぶところが必要であるから、その準備をするようにとのことであった。

 そんなこんなで、飲み屋をやっていた俺たち家族のコンテナハウスに日本からやってきた人がやってきた。三菱商事という会社の渉外担当である和鍋さん、麒麟麦酒という会社の下地さんという人だった。彼らは俺達に日本製の厨房機器を与えた。冷たい空気でものを冷やす冷蔵庫や火も出ないのにモノが焼けるかまどを使って労働者たちが飲み食いする場所を作ってほしいとのことだった。俺たち家族は死に物狂いで機械の使い方をマスターし、店は繁盛している。

 ここマイハーク共同租界では、マイハーク市と同様の貨幣を使うことが租界規則として定められている。だが、日本人の中には、クワ・トイネの通貨を持たずに日本の通貨で支払う者もいる。両替を忘れていたと言って払ってくるお金だが、両替を担当している三菱銀行マイハーク支店に持っていくと、これがクワ・トイネの通貨で支払ってもらうよりも何十倍のもうけが出る。お店にまた来てくれた人には差額をと申し出るのだが、両替の手間賃だからと受け取らない。まあ流石にカミさんが、それならその日はタダで飲み食いしてくれということで話は落ち着くのだ。

 そうやって俺たちの店は繁盛している。それどころか、マイハーク本市に店を構える大商会の収入に匹敵するんじゃないかってくらいの稼ぎを得ている。どっから聞きつけてきたのか、カラニウス通りで店をやってた連中が移住を申請のため、俺のとこに口添えを頼んできたほどだ。

 マイハーク租界は急激に大きくなっている。数日で新しい建物が建ち、市街地を広げている。その中には我々クワ・トイネ人だけではなく、日本人や満洲人と言った外国人も数多くいる。だが、租界の広さは決まっているらしいため、新規でのクワ・トイネ人の居住申請は現在ストップしている。住む場所がないためだ。

 租界を統治している共同委員会に租界の拡充を求める陳情が本市のほうからもあるらしいが、未だに拡充はなされていない。

 

 そんな状況だから、俺としては、日本人の人と事を構えるつもりはない。ましてやあの検事はうちの店の常連じゃない。常連さんを守ってこその商売だ。白浜さんや黒石さんは、これまでもうちの店に何度も足を運んでくれる常連さんだ。多額のと言う言葉では表せないくらいの金を落としてくれる。俺のカミさんの尻を触るのはまああれだ。愛嬌ってもんだ。

 気を付けねーといけねーのは、娘だな。あの山崎っていう検事のいうことに一理あるとすれば、そこだ。嫁に出す前に、遊んでいるなんて風聞が立った日には、嫁の貰い手がいなくなってしまう。白浜さんが娘のアンネの尻を触ろうとした日は、カミさんが防いでくれた。

 

「ちょっと、白さん。触んならあたしのシリにしとくれよ。」

「ハハハ、これすまねえ。アンネちゃんもいいケツしとるけんなあ、ついさねえ。」

「もう、遊ぶんだったら、アカセンいってからやっとくれよ。うちは飲み屋なんだからね。」

「すまんすまん。アンネちゃんもごめんなあ。」

 

 白浜さんはうちの店に安い食器とかを持ってきてくれたり、麒麟麦酒以外のビールとかを卸してくれる会社を紹介してくれたりと、世話になっている。これまでの義理があるから、お役人に売るようなマネはしたくねえ。娘を貰ってくれるってなら別だが、日本に奥さんがいるって話だしな。うちの娘で遊ぶのだけはやめてほしいとこだ。

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