ところで、一度ほかの空港を経由して目的地に行く民間航空機って給油して再度飛び立つのと乗客が乗り換えするのとふぉちらがデフォなんでしょうか?
パーパルディア皇国皇都エストシラント 第一外務局応接室
― パーパルディア皇国駐箚ムー国大使 ジェフリー・マグナム・ムーゲ
「マリンドラッヘ局長。ムーゲ大使をお連れしました。」
案内役の第一外務局次長が応接室の扉の前で声を掛けると、部屋の中から入室を促す声が返ってきた。部屋に入ると、第一外務局長マリンドラッヘ伯爵令嬢が席を立ち、挨拶をしてきた。
「ムーゲ大使。ようこそいらっしゃいました。」
「こちらこそ、本日は宜しくお願いいたします。」
応接椅子に座ると、すぐにお茶が出てきた。ムー大陸にあるヒノマワリ王国産の茶葉を使用していると聞いた。なるほど新興とは言え文明圏の国家だな。帆船とはいえムー大陸迄航海できる船舶を持っている。しばしの間、懇談を楽しむ。とはいえ、この懇談も気を抜けない。ちょっとしたことで、パーパルディアの情報を得ることが可能だからだ。
ふむ。パーパルディアでは、魔導通信の映像技術を研究中か。多少なりともものになりつつあるか。はてさて、どこまで信用してよいものなのか、まあよい。あとで情報部に探らせよう。
「ところで、ムーゲ閣下。貴国からの申し出の件なのですが、いささか疑問があります。」
「はい。何故、パーパルディアの内陸部に空港を設置するかということですね。既に御承知の通り、ムー本国には現在日本国満洲国の使節団が訪問をしております。この際に、日満両国との間で意見を調整した結果、神聖ミリシアル帝国と貴国パーパルディア皇国の協力が得られればという条件付きではありますが、日満両国とムー国間の飛行器械直行便を運航することが合意されました。」
マリンドラッヘ局長が一つ頷いた。
「そのことについては、駐ムー大使であります、ゲラルト大使殿下より報告が届いております。先週の末、大使公邸で我が国の対アルタラス政策を巡る会合が開かれ、その際にムー側からこの合意についての説明が行われたと聞いております。殿下からは日本、満洲、ムーの関係にミリシアルと我が国が関わるのかどうかの試金石になるとも聞いております。」
「左様です。この我が国と日満両国との間の合意については、ミリシアルと貴国の協力が必要不可欠となるのです。」
一息付けるために、お茶を一杯飲む。マリンドラッヘ局長は、私の言葉の先を待っているようだ。さて、どの程度パーパルディア本国では検討されているのだろうか。
「我がムーと日満両国とで飛行器械を運航する。当然ながら、飛行器械には航続距離と言う問題が付きまといます。それは局長も御承知かと思います。つまり、ムーと日満両国とを行き来するためにはどうしても給油のために着陸する必要があります。」
「なるほど。しかし、駐ムー大使からの報告では、我が国の内陸部に航空機の基地を置かせてもらいたいとの内容だったと報告を受けております。給油の為の航空機の基地を我が国に置かせてもらいたいというのであれば、既にエストシラントの郊外マイゼンブルクにムーの飛行場があると思います。マイゼンブルク飛行場では、いけないのでしょうか?」
ふむ・・・。話がきちんと通っていないのか?・・・いや、本国外務省からの連絡では、ゲラルト殿下は飛行器械にはあまり精通していないと言っていたな。認識に齟齬があってはいかんな。
「いえ、貴国の内陸部に求めるのは給油のための飛行場ではありません。飛行器械が飛行中に何らかのトラブルに見舞われた場合に不時着できるための着陸専用の基地なのです。平たく言えば広い原野のようなものがあれば、とりあえず問題はございません。あとは、無線基地を附設させてもらえばと思います。連絡が取れれば、あとは我が国の方で救助の人員を派遣いたします。」
救助の為ということで、マイクロバスと給油車を何台か輸入させてもらうこととなっている。これを置いておくためのスペースも必要だが、とりあえずは、大使館で土地を借りることで何とかなるだろう。
「ちょっと待ってください。飛行器械の行き先は、ムーと日満両国とおっしゃっておりましたね。確か、ムーとパーパルディア間の飛行器械は、オタハイトを離陸した後、ミリシアルのルーンポリス、ミルキーのマンマアージ、マールのドレイユを経てエストシラントまで飛行してきているはずです。日本国や満洲国はエストシラントよりも東に位置する国々と聞いています。我が国の上空を飛行するだけだとしたら、航続距離の勘定が合わないのではありませんか?」
なんと。我が国のパーパルディア大使館からの情報が誤った形で本国に報告されているのか?これは一体どういうことだ。情報の根幹が誤った形でマリンドラッヘ局長に報告されているのか?
「ええと・・・。何か情報に齟齬があるようですが、ムーと日満両国の間で運行する飛行器械は、我が国で運用されている飛行器械を使用しません。日満両国で運用されている機体を使用します。そのため、飛行器械の航続距離が格段に飛躍しているため、貴国国内はおろかミルキーのマンマアージ飛行場を経由することなく、ルーンポリス国際空港を経由するだけでオタハイト迄飛ぶことができると言うことらしいのです。」
「え??」
マリンドラッヘ局長の目が見開いている。本当に知らないのか?こちらを油断させるためのブラフなのではないかと思ったりもしてみたのだが、これは。
「少し、少しの間だけ時間をください。情報を確認してきます。」
「え、ええ。」
私の返事が先か否か、第一外務局次長が席を立ち、足早に部屋を出ていった。やれやれ、今日の午後の予定はキャンセルかなこれは。
―――――
― パーパルディア皇国第一外務局次長 ハンス・ツー・オイゲンベルグ
「ブレッカー書記官!!ブレッカー書記官はおるか!」
「はい、なんで御座いましょうか。」
第一外務局第二文明圏課の部屋のドアを乱暴に開けて、私は駐ムー国パーパルディア大使館からの魔信を口述筆記した者の名を叫んだ。奴は書類を書いていたようだ。ブレッカーは乱暴に席を立ち、小走りで私のもとにやってきた。
「貴様の書いたこの報告書の記載だが、内容について重大な疑義が生じておる。どういうことだ。本当に、駐ムーのパーパルディア大使館からの魔信の口述筆記を基にして、作成したのか!?」
「え、あ、そ、それは、大使館からの情報にいくばくかの疑義があったために、大使館に対して情報の精査を行った後に再度報告を行うように命じたうえで、とりあえず信用のおける情報を私が精査した上で作成しました。」
「この馬鹿が!!口述筆記した魔信原文を見せよ。」
はいっとひきつった声を挙げながら、足早に自分の机に駆け出して、机の上の書類の束を漁りだした。私とブレッカーのやり取りに驚いたアルテンブルク二課長がこちらにやってきた。
書類の束を持って、ブレッカーが戻ってきた。差し出してきた書類をふんだくって中を読む。ガタガタと震えているブレッカーがうっとうしい。
日満とムーの航空機の飛行経路は我が国の上空を経由して、ルーンポリスで給油した後にオタハイトに到着する。この経路を使えば、飛行時間は24時間を切るだろう。だが、そのためには、日満両国が国交を結んでいないパーパルディアやミリシアルの上空を通過する必要がある。日満の飛行機の飛行高度は約10000メートル上空であり、ワイバーンの上昇限度が4000メートルであることを鑑みれば、我が国がどうのこうのいえる話ではない。いわば無人の空だ。通過するだけならば問題はないといえよう。だが、問題なのは航空機が故障して不時着を必要とするようなときだ。日満両国は我が国と国交を結んでいないため、不可抗力と言えど、不法侵入となる。
これを回避するため、日満両国と我が国との国交が締結されるまでの間は、形式的な話ではあるが、ムー国が機体を保有し、ムー国の飛行器械として、飛行器械を運航することとなる。航空会社をムー国、日本国、満洲国3国の資本で設立し、日満両国の航空会社はいくらかの機体を新会社に無償で譲渡する。新会社には経営陣にムー人、日本人、満洲人の3カ国を平等に取締役として参画させ、運用の現場には、日満両国の人間が主体となって雇用される。なお、満洲国の国籍法では二重国籍が認められているらしいので、飛行器械の操縦士などにはムーの国籍を取得してもらうことも考慮に入れるべきであるらしい。
飛行器械の機長には、ムー人を就任することで、万一の不時着の際にも、パーパルディアやミリシアルには、乗客をムー人として扱うように要請する。日満両国の法令に、乗客は機長の指示に従う必要があるという規定があり、これを拡大解釈して、不時着後の遭難状態においてもムー人の機長の指揮下におくことで、準ムー人としての待遇を受ける。パーパルディアにおいてもムー人を害することは無いであろうから、このような環境下で万一の場合に日満人の乗客を保護する。なお、日満両国の航空機における事故率は、0.0002%程度とされており、不時着するような確率は非常に低いと言えることは付記しておく。
読みながら、私の手が震えている。まるで、話が違うではないか!!私は読み終わると、ブレッカーをキッと睨みつけ、先ほどまで読んでいた書類を投げつけた。
「なんだこれは!!我々に提出された報告書の内容とまるで違うではないか、この馬鹿がっ!!」
書類が宙に舞う。ブレッカーは地べたに座り込み頭を下げた。
「す、すみません!」
「謝ればよいという話ではない!!なぜ、こんなふざけたマネをした!!」
「は、はい。その内容があまりにも荒唐無稽で、日満両国の飛行器械の航続距離然り、飛行器械をムーにて無償譲渡するという内容然り。噂では日満両国はムー国よりも上の技術力を有していると聞いています。にもかかわらず、ムー国にムー人の会社を設立し、経営者のムー人よりも下の従業員に日満人を雇うなどと、そのあまりにも日満両国がムーにこびへつらいをしているようでして、その、後日再度情報の裏取りをした後で再度報告しようと、」
近くの机の上を手のひらで叩く。バァーンと大きな音がして、第二文明圏課室内に響き渡る。
「この大バカ者が!!たとえ真偽不明の情報であろうと、たとえ得心がいかない情報であろうと情報は全てそのまま上に挙げよ!!情報の真偽を決めるのは、貴様ではない。ブレッカーだけではない。お前たちにもいっておく。情報は、たとえどんな真偽不明な情報であろうとすべて上に報告せよ。アルテンブルク課長、この旨再度課内に徹底させよ。オストヴァルト総務課長とシュタウヘンベルク第一文明圏課長にもこの旨通達せよ!!」
「はっ!!」
すぐさま踵を返して、応接室に戻る。何ということだ。皇国外務局の中でも指折りのエリートを集めた第一外務局でもこのありさまか。
未成年の、それも女性のレミール殿下ですら、真偽不明の情報でも上に報告せよと情報の重要性を認識しているにもかかわらず第一外務局局員がこの様とは。頭が痛い。
―――――
― パーパルディア皇国第一外務局長 エルト・フォン・マリンドラッヘ
ムーゲ大使から日満両国とムー国との間の合意事項についてあらかた説明が終わったところに、ハンスが戻ってきた。ムーゲ大使に中座する非礼を詫びて、席を立つ。ハンスに目くばせををし、ともに応接室の外に出ていくこととした。
通路を横切って、別室に入り、ハンスの報告を聞いた。当たってほしくない予想は得てして当たるもの。ハンスが確認した第二文明圏課の課員がムー国の我が国の大使館から送られてきた情報とムーゲ大使の情報は凡そ合っていた。
「なんということ・・・。頭が痛いわね。」
「情報はどんな内容であろうと全て上に報告せよと二課長に指示を出しました。第一外務局としても情報の重要性について再度徹底させるよう手を打つべきかと思いますが、まずはムーゲ大使との会見を終わらせなければなりません。」
溜息を吐きながら、眉間のつまむ。第一外務局の職員には、日満両国の情報をある程度は開示しているのだけど、まだまだ、日満両国の特異性というものを掴み切れていない。だけど今はムー国の大使との会見を終わらせなければ。
「ええ、いずれにしてもこの申し出は、皇帝陛下の裁可を仰ぐべきね。」
この案件は一応我が国の上空を飛行器械が飛ぶというもの。皇国の空を無防備なものともしかねない。皇帝の許可が必要だろうと思っていたが、ハンスは異論を口にした。
「しかし、ムー国側は前もって本日の会合の用件を伝えてきています。ここで、我々が回答を引き延ばすというのは、準備不足を露呈し、我々外務局の落ち度を相手に知られることになりますが。」
「そうは言っても、外務局だけで独断できる案件ではないわ。やむを得ないと割り切るしかないわね。」
念のためと言ったところなのだろう。ハンスもそれ以上は言い返してこなかったため、私たちは会合の席に戻った。
「中座の御無礼を深くお詫びします、ムーゲ大使。ご提案いただきました件ですが、本日これから登城して、皇帝陛下の御耳に入れます。我々外務局としては、この件は非常に魅力的であります。確認ですが、この案件は、ミリシアル側からもある程度色よい返事はいただけているものとみて間違いはありませんでしょうか。」
ムーゲ大使は鷹揚に頷いて言葉を発した。
「無論です。ミリシアル側からすれば、担当窓口は我がムー国です。これまでの外交上の付き合いは非常に長く安定したものです。ミリシアル外務省から特段の異論が出ているという連絡は入っておりません。」
「安心いたしました。ところで、この暫定航空協定ですが、署名するのは、ムーとミリシアルと我がパーパルディアということになっておりますが、本協定の実質的な担当窓口は他にあると観て間違いはございませんか。」
ムーゲ大使が、二コリと笑みを浮かべた。
「左様ですな。この暫定航空協定は我々ムーが音頭を取り、署名者はムーとミリシアルとパーパルディアの3国であることは間違いございません。飛行器械の航行ルートに、ミルキー王国とパンドーラ大魔法公国とが掛かってありますので、彼らには一応声を掛けることはしますが、ミルキー側はミリシアル、パンドーラ側は貴国で抑えてある以上は、特段の問題はないでしょう。」
「なるほど。お続けください。」
「貴国が気にしているところですが、実質的な担当窓口が関係してくるのは、ミリシアルのルーンポリス国際空港内での乗客の乗り換え手続きに関する対応となりますので、今回の案件で貴国が実質的な対応窓口とやり取りをすることはございません。ムーの飛行器械の乗客については我々ムーの方で処理をさせていただきます。ま、そうではありますが、実質的な担当窓口との橋渡しにつきましては、今後とも、我々が仲介を果たしていくというのはやぶさかではありません。」
今回の会合における重大な利益はこのことだ。日満両国との国交樹立に関して、ムー国が介入してもらえるというのは、彼らとのパイプが細い我々にとって重要な話だ。
「それはそれは。助かります。何分我々外1のほうでは、彼らとの外交チャンネルが薄いものでして。我が国としては、この暫定航空協定を速やかに、そう少なくとも今月中もしくは、来月のできるだけ早い時期には締結したいものですね。」
「左様ですな。ちなみにですが、なんでも飛行器械の胴体下部のことを彼らは腹と呼んでいるらしいですよ。」
ふむ・・・。腹ですか。腹の中には臓器がある。空を飛ぶ以上、日満両国は我々に飛行器械の腹を晒してもよいということを言っているということに繋がりますね。我々のアルタラス懲罰を前にしてこの暫定協定の締結は、彼らからの了解のメッセージということになりますね。
「なるほど。飛行器械の腹ですか。いささか胸襟を開いてもらえると思っていただいてよいということですかね。」
「老婆心ながら申し上げておきますが、我がムーはもとより、彼らも騒乱は望んでおりません。下手すれば、この暫定協定が白紙に戻ることも考えられることですので、そのあたりは重々お含み下さい。」
「勿論です。貴重な機会は一度失われたら再び戻ってこないものです。担当部署には気を引き締めるようにと忠告を送りたいと思います。」
「よろしくお願いしますよ。」
ムーゲ大使が手を差し出してきたので、握り返した。さて、この件速やかに御了解を戴かなくてはなりませんね。