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[緊急・秘]
宛:アマドル・エスパルテロ外務卿
発:アルタラス王国駐箚シオス王国特命全権大使
報告内容:パーパルディア皇国からの要請について
日時:中央歴1639年11月2日(月)
本日10時、パーパルディア本国第三外務局からアルタラス外務局及び在アルタラス王国パーパルディア大使館へ対して重大なる要請が発せられた。本件に関しては、驚くべきことに平文による魔信で内容が発せられており、既に本国においても受診していることと思われる。そのため、在アルタラスのシオス大使館は、アルタラス外務局やパーパルディア大使館に対して今回の要請について、どう対応するのか、あるいは、この尋常ではない魔信を聞いたうえでの所感を確認するためにそれぞれに職員を派遣した。
まず、アルタラス外務局は天地をひっくり返したような騒ぎになっていた。顔見知りの職員を捕まえて話を聞いたところ、「とうとうパーパルディアの牙が我が国に向いた。あのミリシアルに対しても輸出実績があり、我が国の財政を支えているシルウトラス鉱山の所有権を移転だ。名前を奪うだけでは飽き足らず、とうとう利権そのものに手を入れてきた。アルタラスとしては至急、ミリシアル大使館と交渉を行い、この要請をパーパルディアが撤回するように働きかける所存だ。」というような話を聞いてきた。暗号を用いずに諸外国にも知らせる形で魔信を発した。パーパルディアはメンツにかけても撤回しないのではないか。
一方で、パーパルディア大使館へと派遣した職員からの報告であるが、パーパルディア大使館もまた同様に大きな騒ぎとなっていた。というのも、今回の要請において、大使館は全く無視された形となったからだ。本来であれば、本国の出先機関である大使館が、派遣先の外交当局と交渉を行ったうえで、両国での合意を図る。パーパルディアの場合は、本国からの要請を基礎にして、大使館の側がそれよりも過大な要求を突きつける。「交渉」の末、その過大な要求部分が大使館の手柄となり、それを懐に入れるもよし、それを上に挙げて点数稼ぎをするもよしといった具合であるらしいのだ。今回はパーパルディア本国が既に要請内容を相手側の外交当局に伝えているため、大使館による要求の上積みができない。
手柄を立てることも、私腹を肥やすこともできなくなったパーパルディア大使館の空気は悪いらしい。通常は、王都郊外の地方で過ごすパーパルディア大使が王都に至急向かっているらしい。せめて、アルタラス側の返答を聞く席にだけは同席する必要がある。本来であれば、外交交渉は大使の仕事だ。大使不在というのは、大使の面目もたつまい。
ここ数日は、ミリシアル大使館とアルタラス外務局との間で、極めて頻繁に往復があるものと思われる。随時大使館から本国へ連絡を入れる。
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パーパルディア皇国駐箚ロウリア王国特命全権大使の手記
日時:中央歴1639年11月2日
我々文明圏外国家の外交関係者の間では、あの8月事件に対してパーパルディア皇国がアルタラス王国に対して何のリアクションも行わないというのはありえないというのが、共通した見方であった。当初は早い時期になんらかの行動があるものと思われていたが、彼らは動かなかった。それどころか、フェン王国に対する平和的進駐と植民都市の設置という、これまでのパーパルディア皇国の対外政策とは性格を異にする手法には、第三文明圏とその周辺に何か、外交的な地殻変動が起こっているとでもいうべきだと思わざるを得ない。
先のロデニウス大陸における敗戦以来、我がロウリア王国を見る諸外国の目は厳しい。我が国はパーパルディア皇国から多額の借金をしてあの戦争に及んだと聞いている。パーパルディアの第三外務局を通して大使館が借金の調達をしたのではなく、皇国の国家戦略局が直接ロウリア本国に乗り込んで宮廷と取引をした。
ロデニウス大陸で戦争が起こったため海路での物資の輸送に穴が開いた。アルタラスは、魔石の輸出に制限をつけた。トーパやマオなどに運ばれる魔石は大量の取引にもなるため、船が使われる。だが、日満両国が我が国に魔石が渡らないようアルタラスより西を航行する船舶に対する船舶の可能性に言及を示した結果、アルタラスは、貿易の縮小を行うに至った。魔石の輸入量が減ったために、諸外国では魔石の国内価格が大きく上昇した。それでも、戦争が始まる前は我が国が圧勝するのだろうと踏んでいたであろうから、我が国に対して厳しい目を向けることは無かった。海を越えて遠征をおこなうことは難しいが、航路を脅かすことは可能だ。戦後の早期の貿易復活まで耐えれば、よいと考えていたのだろう。
だが、ふたを開けてみれば、ロウリアの一方的な敗北に終わった。そして、敗戦で混乱した祖国の沿岸には海賊がはびこるようになった。航路の安全が脅かされていることに対しては、我が国の責任が大きい。
そこに発生したアルタラスの混乱。文明外国家は今戦々恐々としている。アルタラスの鉱山を奪取しようとしているパーパルディアは、そこからとれる魔石をどうするのか。これまでのように文明外国家に輸出してもらえるのか。価格を引き上げるのではないだろうか。そんな不安の声がささやかれている。この件に関しては、第三外務局は何らの声明を発していない。
そして驚くべきことにアルタラスと魔石取引のある神聖ミリシアル帝国も正式の声明を発していない。ミリシアル大使館周辺からは「不快感」を表す声が上がっているに過ぎない。
批難声明が発せられていないというのは、パーパルディアとミリシアルの間で話がついているということだ。だが、パーパルディア第三外務局の声明は今日の午前だ。大使館側で動きが整っていないということも充分に考えられる。とはいえ、パーパルディアがミリシアルに何らの話も通さずに、アルタラスの鉱山を奪取しようとするのは考えにくいことではある。
だが、話がついているのであれば、不快感を表明した理由が説明つかない。不快感をしめされてなお、パーパルディアが動きを止めないのであれば、ミリシアルの意思が無視されたことになる。
わからん。ミリシアルはこの件に介入するのだろうか。アルタラス産の魔石のことを思えば、放置はしないとは思うのだが・・・。
それに比べてムーは沈黙を保っている。全く声が聞こえてこないと大使館員は言っていた。距離が離れすぎているがゆえに動きが取れないのであろうか。アルタラスには、ムーの飛行器械の基地があるはずだ。アルタラスの混乱は快く思わないはずだ。ムーは飛行器械を使用して、魔石の空輸を行っている。船舶で運ぶよりも数は少ないだろうが、輸送にかかる時間が段違いだ。それを考えれば、放置は拙いはずだが・・・。
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[緊急]
宛:ビーデン・リンスイ外務卿
発:クワ・トイネ公国駐箚大日本帝国特命全権公使 ライムライト・オランゲ
報告内容:パーパルディア皇国からの要請について
日時:中央歴1639年11月2日(月)
本日午前、公使館の通信部魔信室が受信した内容について、日本国内の動きを報告いたします。本件は、日本資本である東京魔信社も受診しており、この内容については、すぐさま報道各局に知らされ、臨時ニュースが流れました。
これを受けて、報道各社が外務省や首相官邸に詰め寄せ、外相や首相のコメントをもらおうとしたのですが、外相も首相も足早に移動するのみで、記者団の質問には答えませんでした。
昼過ぎのテレビ各社のニュース番組でも、番組の内容が一部改変されて、この問題についての討議が行われました。いずれの番組でも、拡張主義的な対応を取るパーパルディア皇国の行動を容認しないという論調が目立っております。この件につきまして、報道各社からコメントを求められております。本国とも調整のうえでと回答としています。御指示をお願いします。
政界では、与党政友会の動きは鈍いです。外相と首相がノーコメントを貫いておりますので、与党としては動けないのだと推察しています。一方の野党側の動きは迅速です。
まず、野党第一党の民政党は吉崎幹事長(幹事長とは政党の代表を補佐する政党のナンバー2でありながら、党務を総括する為強大な権力を持っている)への記者の囲み会見で、「懸念」を表明されました。アルタラス方面地域情勢に与える影響がどのようなものになるのかを気にしていました。曰く、有望な鉱山の割譲など本来であれば到底飲めるような要求ではないはずで、このままでは紛争発生は不可避だろう。有力な国家の調停が必要ではないか、とのことであった。一方で第三党以下の反応は強硬でした。日本社会党の磯田書記長は、「独立国に対する不当な要求は許されざるものであり、これを理由とした軍事力の行使は不法である。帝国の国是に背くものであり、帝国政府の責任において、断固とした意思を示すべきである。」という強い言葉を発しました。その他民社党、共産党、帝政党も温度差はあれど、同様にパーパルディア皇国の行動を非難しております。
日本の政治的な意思決定機関は、政府、国会、そして枢密院があげられますが、枢密院は沈黙を保っています。枢密院のトップである枢密院議長は宿舎である枢相官邸から本日は一歩も外へ出ていません。枢密院の官舎は、天皇の居城である宮城の三の丸区画にありますが、会議が開かれた形跡がありません。首相、外相以外の他の政府の閣僚も沈黙を保っております。
なお、駐日アルタラス公使が、外務省を訪問し、徳川外相との会見を望んだそうですが、外務省側はこれに応じず、三條政務次官がこれに応対したとのことでした。外務大臣はともかくとして、事務方のトップである松平次官が応対にでなかったということは、政府内部ではアルタラスの問題に深入りするつもりはないのではないかと言うのが、在京の大使、公使間では専らの噂となっております。
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ジェラール・ジュアン駐満アルタラス公使(当時)の回顧録
中央歴1639年11月2日
ついに恐れていたことが起こった。パーパルディア皇国が我が国に牙をむいた。
私が満洲国に駐在してから、地球世界の歴史を記した本を読むのが趣味となった。その歴史書によれば、パーパルディア皇国に似たような国家が、地球世界にも存在したことがわかる。それを考えてみると、パーパルディア皇国が我が国に牙をむかないわけがない。私は、この日までの間、何度も本国外務局と駐在国満洲国の間を往復した。
本国に対して、満日両国が盟主となっている大東洋共栄圏に加入して、軍事同盟関係を結ぶべきだと、申し入れを行った。このような内容は魔信で行うわけにはいかない。パーパルディア皇国側に傍受されれば、危険だ。飛行機を使えば、満洲アルタラス間は半日もかからないが、飛行機の代金は我々にとっては高額だ。そして、このような申し入れを何度も行ってくる私を本国は煙たがった。曰く、軍事同盟などパーパルディアを刺激するだけだ。曰く、クワ・トイネやクイラの後塵を拝することなどできぬ。曰く、ミリシアルが存在する限りパーパルディアが我が国を狙うことはあり得ない。我が国がパーパルディアに支配下に置かれるなどミリシアルにとって不都合だからだ。曰く、科学文明国と魔法文明国とでは技術の地盤が違う。技術開発における協力関係を構築することはできない。曰く、満洲国も日本国も付き合い始めて日が浅い。それに日本国は信用に置けない振る舞いをすることがある。といった具合だ。
本日のパーパルディア外務局の要請発表後、満洲国内は大きな衝撃を受けたと言っても過言ではなかろう。
新京中央魔信署が受信した情報は瞬く間に満洲全土を駆け巡った。満洲国は今臨時国会が開かれている。国務院の閣僚の中には、国会に出席していた者もいた。国会の予算委員会で、質疑が行われていたところにこのニュースが飛び込んできた。衆議院予算委員会では、昨日発表された満洲・ムー間の航空路線協定締結に関しての質疑が行われており、交通部大臣の平井出貞三氏が委員会に出席していた。野党自由党の衆議院議員が、舌鋒鋭く指摘した。曰く、パーパルディア上空を我が国民を乗せた飛行機が通る。斯様な覇権主義国家の領空を本当に安全に飛行できるのか。民間機が襲撃される虞があるのではないか。とのことだ。
鋭い切り口に平井出大臣は答弁に苦慮していた。さもありなん。昨日の平井出大臣の説明では、満洲国はパーパルディア皇国との間で皇国領空通過についての許可を直接には取り付けていない。ムー国が、どうのこうのいったとしても、直接協定をやり取りしていないのだ。パーパルディア皇国という国がどういう国なのか、これでこの国の国民もわかったことだろう。
予算委員会は政府与党側の強硬な休会提案の申し出により、休会となった。私は、国務院外交部に向かった。何としても、満洲国との協力関係を結ばねばならない。我が国の背後には満洲国がいるぞとパーパルディアに分かるように何らかの動きをしてもらわねばならない。だが、私の動きは失敗した。森山大臣はおろか、外交部次官にも大東洋地域担当の外交部審議官にも会うことはできなかった。国会対応に駆り出されたとのことであり、あろうことか直接の担当である楊大東洋司長にすら会うことはできなかった。
面会に応じてくれた、大東洋司の西部処長に私は詰め寄った。我がアルタラスの後ろ盾になってほしい。パーパルディア皇国からの不当な要求を拒むためには、軍事力の保証が必要なのですと。だが、処長の一存では当然対応できるはずもなく、あまつさえそのような特別の、軍事同盟締結のような交渉をするのであれば、条約締結の全権委任が必要であり、私にそのような委任がされていないことを伝えてきた。そうであった。私には、そのような権限はない。だが、事は一刻を争う。なんとか話を取り次いでほしいと伝えるも、まずはそちらの本国の意向を確かめてから、全権委任状を交付してもらってからの話だという。パーパルディア皇国からの要求を拒むためにはスピードが必要であり、とりあえず話だけでもと何度も頼み込んだが、結果は変わらなかった。
公使館に戻ってきた私に、外交部に陳情に出ていた公使館職員からの報告が届いた。先ほど応対してくれていた大東洋司西部処長が上司である楊大東洋司長から叱責を受けたとの話だ。軍事同盟締結に関する全権委任状をもらってくるようにとのアドバイスを行ったことを叱責されたらしいとのうわさ話が「急速に」広まっているということだ。
私は天を仰いだ。少なくとも外交部大東洋司では、この問題でアルタラス側に着くという動きはしないということだ。だから、司長が処長を叱責したという噂が、こちらに早急に届くようにしたのだ。だが、ここで諦めるわけにはいかない。鉱山を取られては、我が国は立ち行かなくなる。魔石による貿易収入があるからこそ文明圏外きっての富裕国なのだ。何か手を探さねばならない。