アルタラス王国王都ル・ブリアス アテノール城
― アルタラス王国駐箚満洲帝国特命全権公使 ローズモンド・マニャール
2日前のパーパルディア皇国の宣言以来、アルタラス王国内は騒がしくなった。パーパルディア皇国の領土割譲要求と王女ルミエスのパーパルディア貴族への降嫁要求に対して、王宮は寝耳に水と言う反応で右往左往した。駐アルタラスのミリシアルやムーの大使館にアルタラス外務局の役人が押しかけ、パーパルディアへのとりなしに奔走している。
私は、駐アルタラス公使として今後の対応について本国に照会を掛けた。本国の意向は静観せよとのことであった。当初は情報収集の必要性も認めず、公使館に引きこもれとのことであったが、流石に駐在使節として情報収集もしないのはいかがなものかと食い下がり、情報収集については最小限行うことをもぎ取った。
「折角の申し出だが、ここでパーパルディアへ敵対的ととられるような行動はできない。今ミリシアルとムーを通じて事態の打開を図ってもらうように交渉を依頼しているのだ。」
情報収集の範疇を超えているのではないかとも我ながら思うが、大垣駐アルタラス日本公使も伴って、アテノール王宮を訪問した。国王臨席の下アルタラス外務局長のユグモンテ卿との間に会談を持つこととなった。会談にはルミエス王女も臨席する。自分の将来がかかっているのだ。貴女の将来は貴女の手でつかみとりなさいと叱咤して、この場に連れてきた。
「この度のパーパルディアの声明はルミエス王女の将来についても言及しております。本人の承諾、いえ承諾とまでは言いません。ですが、御内意も確認しないうちに勝手にはパーパルディアの貴族の夫人として降嫁させられるだなんてあんまりではございませんか。」
「やむを得ないでしょう。我が国にとって譲ることのできない鉱山、この割譲を譲歩させるのです。王女の降嫁についてまで譲歩させることはできますまい。」
「ですから、それを覆すためにも後ろ盾が必要なのではありませんか。我々満日両国と手を結べば、かの国を掣肘し得ます。我々は、魔石の鉱山など欲してはいません。あなた方の商売敵にはなりません。我々の国の国民世論はあなた方に同情的です。政府を動かすのは難しくありませんよ。」
「マニャール公使、先走り過ぎだ。我々にはアルタラスとの軍事同盟関係を斡旋するような権限は与えられていない。」
私とユグモンテ卿との会話に大垣公使が口だしてきた。口惜しいがその通り。だから、アルタラス側を動かしてあくまでもアルタラス側からの申し出ということにしないといけないというのに。
「マニャール公使、貴女は先ほど「我々、満日」と言っておられますが、日本側との間に足並みをそろえられてはいないではありませんか。そのような状況では、とてもとても我々は動けませんよ。それに、いくら我々とて、鉱山を奪われるようならば、パーパルディアに抵抗する。魔石の輸出はその時点でストップする。鉱山の採掘施設を破壊してでも、止めて見せると。ミリシアルにはその旨伝えております。ミリシアルとて、我々との魔石の貿易を大事にしています。我々からすれば、今は落としどころを探ってもらっているところなのです。下手にパーパルディアを刺激するわけにはいきません。」
クッ・・・。それでは、私のキャリアが・・・。それにルミエス殿下も・・・。
「殿下。ルミエス殿下とて、自分のあずかり知らぬところで自分の将来が決められてよいというのですか。貴女はこれまでとても熱心に様々なことを学んできたはずです。それは、このアルタラス王国の発展の為ではありませんか。パーパルディアに嫁いではこれまでの努力が無に帰してしまうのですよ。もっと抵抗なさるべきです。」
「・・・マニャール閣下。ありがとうございます・・・。でも、お父様にこれ以上の御迷惑は・・・。」
ああ、この子は将来に絶望している。なんてこと・・・。こんなことでこの子の将来が決められてはいけない。
―――――
― アルタラス王国外務卿シモン・ド・ユグモンテ
「公使!!何を!!」
大場公使の叫び声があがった。マニャール公使がルミエス殿下の側に素早く駆け寄り、胸の内ポケットに入れていた護身用拳銃の銃口を殿下のこめかみに押し当てる。
「陛下。何卒満日両国に対して軍事的な協力を視野に入れた関係構築の申し入れを行うよう、外務局へ指示を。御裁可を願いたてまつります。いえ、この際我が国だけでも構いません。パーパルディア皇国程度ならば、何ほどもありませぬ。我が国単独でも北の国境からにらみを利かせることが出来ましょう。」
この女、気でも狂ったのか。ルミエス王女は、はっとした顔で目を開けたかと思えば、悲痛な表情に変わった。国王陛下も亦驚愕な表情を浮かべている。
「マニャール公使、君は一体何を考えている。我が国の第一王女に対して無礼にもほどがある。」
「その第一王女を他国に売り渡そうとされておられるのは、外務卿。貴方ではございませんか。」
「何を言うか。そもそも、王族は政略結婚で他国と縁を繋ぐのが定めではないか。パーパルディアの伯爵家と縁を結ぶのであれば、」
「王族の結婚相手が伯爵家では、不釣り合いでしょう。他国では後ろ盾もないのですよ。外務卿、そんなところへ貴方は王女を送り出そうとされている。」
そんなことは分かっている。パーパルディアはアルタラスの名誉を貶めようとして、この婚姻を持ち出したのだ。王族の婚姻相手が他国の伯爵程度などありえぬ。だが、おそらくパーパルディアは8月の王女殿下の演説を知ってしまったのだろう。ルミエス王女の名誉を貶めることで屈服させようとしている。ならば、ここでかわしても相手の執着は止まらない。今度はまた違った形でルミエス殿下を狙ってくるはずだ。ならば禍根はここで断った方がよい。
だいたいルミエス殿下があの8月演説を行った原因は、マニャール公使にこそあろう。マニャール公使とルミエス王女は時おり面会していたはずだ。満洲国流の女性観を。国際政治観を教えたのは、公使だろうに。
「そもそも、」
パーン!!
大きな破裂音がして、部屋の壁に置かれてあった壺が割れた。む?彼は!!
―――――
― アルタラス王国第一王女 ルミエス・ラ・ファイエット
マニャール公使は、お姉さまは私の為に怒ってくれている。それが嬉しくて、そして悲しくて。せめてあと少し、お姉さまのぬくもりを感じていたい。私はリルセイドが動き出そうとするのを目で静止した。
ユグモンテ卿の言わんとするところは、私にもわかる。私と鉱山では、鉱山のほうを守らねばならない。鉱山は我が国の富の源泉。奪われるわけにはいかない。翻って私。パーパルディアに睨まれた私は、最早この国のお荷物。そんな薄暗い気落ちを吹き飛ばす銃声が部屋に響いた。あれは、ベルシュ大使。
「銃を降ろすのだ。マニャール公使。其方の行動は、法に触れている。」
ベルシュ大使も銃を握っている。いつの間に、そのような武器を持つに至ったのでしょうか。
「邪魔をしないで!!今ここで彼らの目を覚まさないと、殿下は、殿下の将来が無くなっていしまうのよ。」
「貴族には貴族の役割が、王族には王族の役割があるのだ。ルミエス殿下を子ども扱いする出ない。」
子ども扱い・・・。ええ、そうね。私が吹っ切れていなかったから、お姉さまにこのような思いを、行動をさせてしまった。私が蒔いてしまった種。私が摘み取らねばなりませんね。
「・・・・マニャール公使。あなたの想いはうれしく存じます。ですが、私はアルタラスの王族として、王族としての務めを果たします。・・・パーパルディアに嫁ぎます。」
「!そんな!馬鹿なことをおっしゃいますな。こんな、こんなことが許されてたまるものですか。」
お姉さまの声が震えています。私も泣いてしまいたい。でも、それは許されません。
「マニャール公使。其方も文明国の外交官ならば、聞き分けるべきなのだ。アルタラスのことはアルタラスが決める。其方が、このような無理強いして決めてよいことではない。其方がルミエス殿下を殊の外、気に入っていることはわしもよく知っている。だが、彼女は王族なのだ。王族には王族の務めがある。国と国とを繋ぐのも王族の役割なのだ。さあ、銃を降ろせ。」
ベルシュ大使の言葉に、マニャール公使が膝から崩れこみました。ああ、なんということでしょう。私は敬愛するお姉さまにこのような顔をさせてしまったのですか。やるせない気持ちでいっぱいですね・・・。
「陛下、マニャール満洲国公使に対してペルソナ・ノングラータの宣言をお願いします。」
え・・・。
―――――
― アルタラス王国駐箚大日本帝国特命全権公使 大垣秀徳
なんだ。なんだ、この女の取り乱しようは。アルタラスに我々に対して庇護を願い出るように促すとは。本国からの指示に反するではないか。冗談ではないぞ。
本国はアルタラスの切り捨てにかかっているというのに。魔石取引で稼いでいるこの国に我が国の支援は必要ないはずだ。欲しいのは、ムー国とも共用を検討している空港施設の周辺だけで充分なのだ。この国の独立などしったことではないはずだ。それでも、こちらから切り捨てたとは思われないようにしなければならない。我が国とこの国の関係を鑑みれば、アルタラスが我が国に庇護を求めるようなことは無いはずだ。中途半端にプライドが高いこの国は、我が国とは産業構造が異なる。魔法技術と科学技術。相いれないだけではなく、魔法技術では断トツのミリシアルと結びついているこの国が我が国に尻尾を振ってくるようなことは無いはずだ。それを、こちら側に引き込もうとするなど、何を考えているのだ。パーパルディアとの火種を抱えているこの国を受け入れれば、パーパルディア側からの心証も悪くする。パーパルディア如きが何を言ってきても我が国が動じることは無いが、それでもあちらは現・地域大国だ。我が国の足場固めが済むまでは無駄な労力を割くべきではない。
冗談じゃない。この女と同調したと思われるようなことになってはコトだ。
「陛下、マニャール満洲国公使に対してペルソナ・ノングラータの宣言をお願いします。」
この場を切り抜けるには、この女を切るしかない。
国王陛下が、ペルソナ・ノングラータとは何かと質問してきた。ユグモンテ外務卿が、国王陛下に奉答した。即ち、マニャール公使に対する国外退去処分。外交官に相応しからざる者に対して、接受国が行う処分だ。
「お待ちください。マニャール公使の行動は確かに問題ではございます。それでも、ルミエス王女殿下の将来を憂いて、王女のためを思ってこその行動でございます。何卒、彼女に対しては寛大な処分を願わしゅう存じます。勿論今回の行動に対する処分はあってしかるべきものでございましょう。せめて、自発的な離任を求めてはいかがでございましょうか。」
またしても、ベルシュ大使が口出しをしてきた。何を考えているのだ。あんたはそもそも部外者だろうが。
「ベルシュ大使、貴方は部外者のはずです。口出しはご遠慮願いたい。」
「大垣公使。其方は、情に薄いのではないか。彼女が心底から王女の今後を思っての提案であったことは其方も承知しているはずだ。王宮での狼藉、それも、王女に対する不敬だ。外交官でなければ、処罰は免れぬ。だが、それでも、そこに至った経緯、王女殿下に対する真心だけは、認めてやらねば不憫であろう。」
大きなお世話だ。
マニャール公使が対ロウリア戦争の講和会議をアルタラスで行うという構想を実現させたことで、彼女の声望は高かった。私抜きで、満洲国とロウリアは根回しを行った。私は出し抜かれた。そのせいで、私は本国からの評価が低い。競争相手が自滅したのだ。その瑕疵を利用して何が悪い。