パーパルディア皇国皇都エストシラントの中心部にある第一外務局外務監察官室では、部屋の主であるレミールが溜息をついていた。彼女の手許には、バーラス臣民統治機構長から届けられた書類が握られている。
バーラスから届けられた資料は、今後の貴族の粛清に関する資料である。この粛清を契機として、皇国は属領統治の方針を転換する予定であり、政府の上層部は知っておくべきであるとして、カイオス経由で渡されたものである。レミールは、資料の性格からして、自身が閲覧すべきものではないとカイオスに返そうとした。レミールは外務監察室に所属する外務監察官であるが、監察官は帝前会議に出席する身分ではない。しかし、カイオスはレミールは今後皇国の施政に携わっていく人間であることから、少しずつでも内政に関わるようにすべきであると説得した。
カイオスもレミールも同じく今後の皇国の繁栄のためには属領統治の方法を転換しなければならないという点では一致した見解を持っている。カイオスは子爵家と言う貴族、それも所領を持たない法衣貴族ではなくパールネウス王国から続く歴とした土地持ち貴族の出身でもある。地方統治の経験があり、民情に明るいこともあって、皇国の繁栄のためには、属領をより発展させて、国力を高めるべきだと考える。つまり、皇国の方針転換には積極的な姿勢を見せている。対して、レミールは、ブラウンシュバイク公爵家と言う権門出身であり、地方統治の経験はない。また、属領民に甘い顔をすると、彼らはつけあがり、反抗し、反乱することになる。発展させようとすれば統治コストも今まで以上に必要となる。彼らを発展させれば、反乱を起こされたときの鎮圧のコストも高くなる。統治コストと予想される利益が見合っていない。ミリシアルやムーから統治姿勢を改善するように促された以上は何らかの対応は必要であるが、それは必要最小限でよいと考える消極的な考え方を有している。
故に、レミールは、この書類を読むことはあまり有意義な時間であるとは思ってはいなかった。それよりも、日満関係の文書の精査やムー国との国交樹立交渉の状況把握の対応に時間を充てたかった。
満洲製のソファーに座って書類を読んでいたレミールの耳にドアをノックする音が聞こえた。入れと声を掛けると、第一外務局次長のハンス・ツー・オイゲンベルグがドアを開けて入ってきた。
「なんだ、ハンス。青い顔をして。」
レミールは先ほどまで読んでいた書類をテーブルにおいて、書類を読むのを中断した。そして、テーブルに置いていたテーカップを持ち上げる。中のお茶はまだ暖かった。レミールがカップを動かし口をつけようとしたところ、ハンスは報告した。
「アルタラスで事件です。カスト駐アルタラス大使が、アルタラス国王ターラ14世から打擲されたとのことです。」
「は?!」
レミールの動きが停まった。目を丸くして、2,3回激しく瞬きをして、険しい顔をした。
「どういうことだ。なぜ、駐アルタラス大使がターラ王と会っているのだ。第三外務局はわざわざ公開魔信を使って駐アルタラス大使に要請に関する交渉の任務を与えないことを言明しているのだぞ。」
「わ、わかりません。」
「じゃあ、なぜ、そんな情報が飛び込んだ!!」
レミールがテーカップを持つ手をテーブルに叩きつけた。カップの中に入っていたお茶が宙を舞い部屋に飛び散った。ハンスは
「カ、カスト大使が公開魔信で檄文を流しました。」
「!!貸せっ!!」
ハンスが魔信を口述筆記した書類を渡そうとしたところ、レミールはその書類をひったくった。読みだしたレミールの手がプルプルと震え出し、両手でぐしゃっと潰すとテーブルに叩き投げた。
「冗談じゃないぞ。そもそもなぜ大使が国王と会っているのだ。エルトは、エルトはどうした。」
「マリンドラッヘ局長は、カイオス局長と連絡を取るために手段を講じているところです。」
「手段を講じている?どういうことだ?カイオスは第三外務局にいるのではないのか?」
レミールの怒気がすこし薄れて、困惑したような雰囲気が漂った。
「カイオス局長は、カイオス子爵家の当主としての任を果たすべく、領地へ一時帰還されている途中です。今年の領地の収穫量と徴税額を確認や、国家への物納金納の納入数量を確認。領地の経営方針と状況の調査報告と指示などを果たす予定で移動中とのことです。」
「カイオスを大至急呼び戻すぞ!!カイオス子爵家の国家への納税報告は期日猶予を私の名で皇帝陛下へ乞う。ハンス、付いてこい。」
「はっ、しかし、どちらへ向かわれるのですか?」
バッと立ち上がったレミールが動き出すのを後目にオイゲンベルグ局次長が問い掛ける。カイオス局長の召喚にむけて、今上司が動いていることは先に伝えたはずだ。レミールは歩きながら答えた。
「勿論カイオスへの伝令だ。此度は危急であるからして、伝令兵に皇都駐屯のワイバーン隊より人員を差し向けてもらう。エルトには彼らへのツテは無かろう。だから私が動く。ハンスは私とエルトの間に入れ。まず、エルトにこのことを伝えて、カイオスへの伝令の準備を中止させよ。そして、情報収集の指揮を取るように伝えよ。このレミールが命じたと言い、エルトを第三外務局へ向かわせよ。」
「はい。殿下、しかしながらその旨、一筆いただけませんでしょうか。第三外務局の掌握の為には、第一外務局長の肩書では不十分です。」
早歩きになっていたレミールがピタッと立ち止まると、ため息をついて、踵を翻した。そして面倒そうな顔をしながら、返答した。
「其方の言には一理ある。至急書面をしたためる故、それを持って第一外務局へ行け。」
「御意」
監察官室内に戻ったレミールは数日ぶりに執務机に座って、書類を期差し始めた。
―――――
― パーパルディア皇国第三外務局長 クラウス・フォン・カイオス
「うーむ。こういう機械があれば、農作物の収穫量の増量に繋がるのだが。」
シオスの貿易商を経由して我が国に届けられた日満両国の書籍類を読みながら、領地へ向かう。馬車に揺られているが、馬車の揺れ抑えられている。段違いの乗り心地だ。試作した馬車の乗り心地はだいぶましだ。。
日満両国からの書籍に乗り物の歴史を記したものがあった。その中に、車体の揺れを軽減する車体の機構の解説があったため、試しに皇都の職人に作らせてみたが、なるほどだいぶ違いがある。なんせこれまでの馬車では揺れが激しくて書類を読むことなどできなかったのだからな。
今は、農耕機械に関するパンフレットを読んでいる。トラクターやコンバインと言った農耕機具があれば、作付面積が増えるだけではなく、収穫のために必要な人員も少なくて済む。小作人を増やさなくても増収に繋がるのであれば、我が家の権勢を高めやすい。気がかりなのはランニングコストだ。機械文明であるがゆえに魔石で動かすことができず、クイラで獲れるという石油で動くという。これを入手するのが大変だ。
なんとかして、我が国でも採掘できないだろうか。我が国でも手に入るとすれば、逆に日満両国に売ることもできよう。そうなれば、農耕機械の買取価格にも色を付けてもらえるのではないか。だが、どうやって見つければよいのだろうか。
やはり、クイラから職人を呼ぶのが一番良いだろうな。日満両国が自国の工業製品を動かすための燃料を調達しているのだ。どの程度のレベルなのかは別として、科学技術についての基礎知識は保有しているものと解しても差し支えないであろう。
話によれば、日本国では石油が取れないのだという。これはすなわち、石油が存在しないということを調査して知っているということに外ならない。つまり、裏を返せば、石油の探し方について知っているということだ。もし、日本国や満洲国が握っている石油の探し方を我が国で実行してもらえたら・・・。
「ふっ、国交も結べてないうちから、埒もないことを。現実逃避も甚だしいな・・・。」
対アルタラス外交は大詰めを迎えている。あとは、「神聖ミリシアル帝国の顔を立てて」という言い分で幾分の譲歩を行って、交渉妥結だ。シルウトラス鉱山改めレミール鉱山は取れないだろうが、ハルトマイム鉱山ならばいくつかの坑道を割譲させることができるだろう。あとは、ルミエス王女の処遇だ。生きのいい発言をしていたようだが、我が国の貴族に降下してくるということであれば、おとなしくなるだろう。多少知恵が回るようだから、アルタラスへの利益誘導くらいは大目に見てやってもよかろう。対ミリシアル外交のためには、アルタラスをしっかり押さえておくことが肝要だ。ミリシアルにも輸出されている魔石を産出する山があるのだ。
アルタラスが終われば、ようやく対日満両国との外交関係構築に乗り出す必要がある。第一外務局とも連携を取る必要がある。おそらくムーでの交渉になると思うが、私としても一枚かみたいところだ。両国の進んだ技術を取り入れるために、カイオス子爵家がその利を取れるようにだ。ムーでのルートの他にも外交ルートを持ちたいところではあるな。何と言っても、日満両国の現在の立ち位置では、第三外務局が正式な交渉担当なのだからな・・・。ふむ。国家戦略局のミクリッツ男爵を味方に引き入れるか。彼をクワ・トイネやフェンあたりに派遣して、日満両国と接触させる・・・。
「あーいかんいかん。現実逃避もここまでにせねば。」
今年は例年と違って、領地への戻りが遅くなっただけではなく、滞在期間も短い。例年であれば、2週間から1月の間領地経営に宛てているのだが、今年はアルタラスへの外交のために、1週間程度しか余裕がない。移動中にも領地の書類に目を通しておかねばならない。領地についてからすぐさま指示を出さねばならぬからな・・・。