満日共同情報分析組織
満洲帝國と大日本帝国は、満洲帝國が中華民国から独立した当初の時期から密接な関係を有していたことは周知の事実である。しかし、その関係性は時期により変化している。
満洲帝國が独立した直後のころは、整備された軍事力を保有していなかったこともあり、国防は大日本帝国の駐屯軍である関東軍が全面的に支援を行っていた。国際社会からは、満洲帝國は大日本帝国の傀儡国家的な見方をされていた。事実として、この時期の満洲帝國の国際社会での地位は不安定なものであり、満洲帝國は国際連盟への参加も打診していたが、なかなか叶わなかった。中華民国は、満洲帝國の建国は中華民国の独立と領土保全を承認する九カ国条約違反であると主張しており、実態調査のために国際連盟から派遣された調査団の報告書でも満洲帝國の建国は問題解決に適さないと指摘されていた。
国際連盟の理事会は、リットン報告書を基礎にした事件調停案を提示した。中華民国の主権を留保した上で広範な自治権を有する自治国としての地位を満洲国は与えられた。また、満洲国の治安維持は、本来満洲国の官憲によって行われることとしながらも、当面の間は日本の軍隊が協力することを認めていた。露土戦争の結果として西暦1878年3月に結ばれたサン・ステファノ条約の内容に酷似した内容であり、原状回復を訴える中華民国側からも満洲国の維持を訴える大日本帝国側からも双方から不満の出る調停案であった。但し、サン・ステファノ条約について既知であった日本の外務官僚は、条約によって成立したオスマン帝国の自治国であるブルガリア公国が後日ブルガリア王国として正式に独立した事実に鑑み、欧州列強が将来的にも満洲国の独立を認めない意図を持っていないことを看破していた。外務省からの提言を受け入れた犬養首相は、リットン報告書と国際連盟日支紛争調停案は、満洲の現状について日本の立場をよく理解していただいたものであるが、最終的な結論としては、国内の調整もあることから直ちに賛否の返答はできない。十分な検討の時間が欲しいと国際連盟理事会に連絡を送り、事態の引き延ばしにかかった。
満洲帝國の建国直後は以上のように、欧州列強諸国は日本国とやり取りをしており、直接満洲国側とやり取りをしていなかった。このため、満洲国の側も日本国の側から国際社会の様々な情報を受け取ることが多かった。
この関係に変化が訪れたのは、満洲国が自治国としてではなく、独立国家として再出発することになった西暦1942年2月7日の李制憲声明が起点であろう。第二次リットン調査団の調査報告を基にした国際連盟理事会特別委員会報告が採択されたのを受けて、欧州列強各国は満洲帝國と正式な外交関係をスタートさせた。これにより満洲国が独自に国際社会の情報を取得する機会が訪れたのである。
更に「独立」初期に秘密協定として締結されていた満日議定書が表に出ることとなり、満日間の片務的な相互防衛関係が再確認されることになったが、これが時代の変化に対応しきれないでいた。「独立」当初は、日本関東軍が全面的に満洲防衛の任に当たっており、国防のための情報も日本関東軍に最終的に集約され、満洲帝國国務院軍政部は関東軍が集約し分析した情報を与えられるだけであった。時期が降るにつれ、満洲帝國の軍隊機構が整備され出すと、満洲帝國軍が独自で情報の収集分析を行うようになった。
この動きが決定的となったのが、1942年11月7日の国際連盟理事会で第二次リットン報告書を基礎とした満洲地域の情勢報告が可決されたときであろう。同じく、連盟理事会では日本代表により満洲帝國の独立と国際連盟への加盟を認める付帯決議が提出された。中華民国側の反発は大きく、蒋介石は実力を以てしても、独立を阻止すると息巻いた。満洲帝國国務院は中華民国が独立阻止に向けて実力行使に出てくることが充分に懸念されると判断した。開戦が近いと判断した満洲国側は、戦争指導について円滑に動かしむるため、11月19日、国務院軍政部の内部組織であった参謀司を独立させて、満洲帝國皇帝に直隷する統帥本部を設置した。統帥本部には、作戦用兵動員を司る第一司と情報防諜を司る第二司が置かれることとなった。この統帥本部第二司が満洲帝國における軍事関連での情報処理官庁の始まりを為すに至るのである。
1942年11月27日、東京の参謀本部庁舎において、于深澂満洲帝國陸軍統帥本部第二司長と岡本清福大日本帝国陸軍参謀本部第二部長との間に「時局危急の為の情報諜報分析結果共有取扱指針」が交わされるに至った。これによると、満洲帝國新京特別市に満日両国陸軍の情報取扱武官を常駐させ、中国本土の情報の精査を行わせることを目的とした共同機関を設立させることとした。その人員は、統帥本部第二司員及び参謀本部第二部員・関東軍司令部員から抽出し、民間の欧米人系の情報協力者も数名準備することとなった。毎週金曜日に統帥本部及び参謀本部の課長級を交えた連絡会議を開くことで情報の共有を完全ならしめることとした。
組織の設立から間もなくの12月8日に中華民国は総動員令を発した。このため、中華民国への入境が難しくなったことから、この機関が中国本土の情報を入手して、機関の運営を軌道に乗せるのはもうしばらく経ってからのことである。
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満洲帝國奉天省旅順市 関東軍司令部 満日共同情報分析官室
― 満洲帝國陸軍陸軍上尉 李周鍾(幕僚総監部国防情報処から出向)
「遅い!!内閣官房は何をやっているのだ。」
日本の参謀本部第二部から出向してきている木江中佐がいらだった声を挙げた。日本の台湾軍司令部がアルタラスから発信された広域魔信をキャッチした。数日前に発信されたパーパルディアの広域魔信と比較すると電波(と言っていいのだろうか)は弱く、不鮮明な部分もあったそうだが、内容は驚くべき内容だった。現役の国王が現役の駐在外国大使を殴打した。にわかには信じがたい内容だ。
奉天省旅順市にある関東軍司令部には満日共同情報分析官室が置かれてあり、満日両国の軍から将官が各1名と統合作戦本部・各軍作戦本部の情報武官から佐校官1名尉官各2名、統合作戦本部情報部所属の文官1名の計各14名の合計28名が出向という形で派遣され、軍事関係の情報を共同で分析共有している。
隣に座っている統帥本部から出向してきている汪桂元少校殿が話しかけてきた。
「李上尉。統帥本部中央情報処理処からの連絡だ。新京の共産党本部から各下部団体に一斉に指示が入ったらしい。明日以降の国会議事堂前のアルタラス擁護の集会から、手を引けとのことだ。機をみるに敏というか、共産党の連中は手が早いな。」
11月2日のパーパルディア皇国の要請を受けて、野党各党の支持団体は、国会議事堂前広場で、政府批判を展開していた。「パーパルディア皇国の侵略からアルタラス王国を守れ。政府は不当な割譲要求に抗議しろ。国会も声を挙げろ。」との内容で、駐満フランス大使や駐満アルタラス公使館からも今日から人がやってきていた。お調子者のルパープ・フランス大使もやってきて、「諸国民の連帯で暴虐なる専制君主を打ち倒すのだ。」などと調子のいいことを言っていたな。
「木江中佐殿。満洲共産党で動きがありました。下部団体へ、政府批判の集会への取りやめを指示したようです。日本の政党のほうがで動きはありませんか。」
政党の動きと言うのは厄介なものだ。政府の軍事行動を掣肘することがままある。たとえそれが弱小の政党であったとしてもだ。国会で取り上げられなくとも、国会前広場や国務院前などで街宣活動をすれば、それが公共の電波に乗ることはしばしばある。
木江中佐が、日本側の武官に状況を確認した。
「李上尉の質問だが、まず日本の共産党においても同様の措置を講じたようだ。もともと、共産党の連中は立憲君主以外の君主制を忌避しているところがある。野党共闘ということで、そもそも乗り気ではなかったと言うところなのだろうかな。」
「では、その他の政党の動向はいかがでしょうか。」
「少なくとも、現時点で社会党や民社党の支援団体は、帝國議会議事堂前広場の使用許可を取り下げる申請はしていません。」
ふむ。ということは、明日以降もアルタラス擁護の政治運動は継続されるとみていいだろうか。おっと、新たな情報が本部から転送されてきたな。
「・・・皆さん。衆議院の予算委員会に緊急招集されたうちの森山外相が気がかりな答弁をしています。もし殴打の事実が確かならば、まずはアルタラス側からパーパルディア側に謝罪を、とのことです。」
室内がざわ・・・ざわ・・・と騒がしくなっていった。
「まずいですね。領土割譲の要求を受けている側に謝罪をしろとは・・・」
「しかし、割譲要求と殴打事件はまた、別物では?」
「そうは言ってもだ、切り離して考えるべきと言う意見は分かるが、それが国民に正しく伝わるかな?国務院はアルタラス問題から一歩引いたというような誤ったメッセージを内外に与えかねないのでは。」
「アルタラスとパーパルディアの間の海峡は、対ムー貿易のシーレーン的な位置づけです。民間船舶の安全を考えるとアルタラスの保全は重要です。」
「だが、アルタラスの宮廷とは折り合いが悪いと聞くぞ。軍事支援を求めることなどしてこないのでは。」
「ただ、仮に支援をしてきたとしても、我々から兵は出さんだろう。」
「まさか。シーレーン防衛ですよ。いくら金を出し渋る財政部局とはいえ・・・」
いくつかの懸念事項について意見交換をしていると、スーツ姿の文官が木江中佐に紙を差し出した。木江中佐は差し出された紙を読み始める。段々と眉間にしわが寄っていき。ついには、紙をクシャッと丸め潰した。ざわついていた部屋が静まり返った。
「ふー。内閣官房は今日は動かん。」
「国務院内閣官房庁が、日本の内閣官房に首相通しの首脳電話会談を行うように根回しをしていたということを聞いていましたが?」
「その会談は、明日以降だとのことだ。」
語気を荒めて木江中佐が言うには、事件の第一報が入ったのが、今からおよそ1時間ほど前の午後3時半。日本の台湾軍や我が国の台南領事館が傍受した内容が満日魔信情報共有協定によって中央官庁に届いたのが、50分ほど前。そこから、満日両国の事務方が情報収集を行い、満洲国側は首相同士の協議が必要と判断し、日本側の首相の調整機関である内閣官房に連絡を取った。日本の内閣官房は、緊急の電話会談が必要かどうか、情報の精査を行い、その必要はなしと判断したため、満洲国側の事務方である内閣官房庁に通知した。
「内閣官房の連中は動きが遅いだけではなく、判断が甘い。早急に日満両国の意見を一致させて、鍬杭両国とも意見調整をしなければいかんだろう。アルタラス情勢に軍事介入が必要ということであれば、マイハーク西部租界を前進基地としなければいかん。あそこはあくまでもクワ・トイネ公国の主権下だ。早急にクワ・トイネ側との調整が必要になる。なぜ、それがわからんのだ。」
「日本側は、アルタラス情勢に軍事介入しないということを早期に決定したのではありませんか。」
「バカな。そんなことを内閣官房の事務レベルで決定できるわけがない。」
またしても部屋がざわつき始めた。時刻は4時半をまわって、普通ならば終礼を行って、当直に事務引継ぎを行う時刻だが、さてどうしたものか。定時上りは無理そうだな・・・。