本年6月11日に、クワ・トイネ公国東部に位置するオクレンカ伯爵領の領都スピアウオータにおいて、日満鍬杭4カ国の同盟関係を維持し、相互の発展を促進する目的の大東洋共栄憲章が署名調印された。この同盟関係を強固なものとし、軍事的な関係にとどまらず、政治経済文化のあらゆる点においても四か国の紐帯を確かなものとするため、常時から四か国の情報共有を行う為の常設事務局が設置された。その事務局は、クワ・トイネ公国の公都に置かれ、且その場所は、現在整備中の新市街の区域に設置されている。勿論、新市街とは日満両国の公使館が置かれている地域に近い場所である。
大東洋共栄憲章が規定する同盟国の意思決定機関は、同盟構成国の首相が一堂に会して年一回行う首脳会議、外相が年複数回定期的に集合する外相理事会に分かれている。基本的には外交上の諸問題は外相理事会において決められ、首脳会議はそれらの承認と、全体的な枠組み作りに役割分担がなされている。これらの会議体を運営するのが常設事務局である。事務局とともに、外相理事会等を運営する為、本国官庁から出張してきた官僚による事務レベルでの調整も亦行われている。本日、外相理事会に向けた事務レベルでの調整の中でも最も高レベルでの調整が行われている。
同盟国外相理事会準備会合の参加者は、各外交統括官庁の次官レベルが出席していた。日本国から外務次官伯爵松平頼信、満洲国から外交部次官ロマン・トゥーロフ、クワ・トイネ公国からランベルト・ボタン外務卿筆頭補佐官、クイラ王国から外務次官男爵ハッターブ・バスリーの4名である。
―――――
クワ・トイネ公国公都クワ・トイネ 外務局庁舎外務卿執務室
「・・・以上が本日の会議の要旨であります。」
外相理事会準備会合に出席していたランベルト・ボタン クワ・トイネ公国外務卿筆頭補佐官は、上司であるビーデン・リンスイ外務卿に準備会合の報告を行った。この部屋には、リンスイ外務卿とエミサスカ・カナタ首相が座っていおり、報告者であるボタン外務卿筆頭補佐官は、リンスイ卿の机の前で立って報告していた。リンスイ卿は自分の執務椅子に座り、カナタ首相はリンスイ卿の左斜め前に位置する来客用のテーブルセットのソファーに腰かけていた。ボタン筆頭補佐官の報告が終わるや否やカナタ首相は、テーブルの前に置いてあるコーヒーに手を伸ばして飲み始める。
日本の南部、沖縄から台湾地方にかけてわずかではあるが栽培されてきたコーヒー豆の原材料となるコーヒーノキはクワ・トイネの大地にも移植された。日本や満洲ではコーヒーは常飲されてきたが、その大部分を輸入に頼っていた。特に満洲では、コーヒーノキの生育はほぼ困難であり、ほぼ100%の輸入となっていた。輸入が途絶えたため、コーヒー豆の価格は急騰している。既に一般庶民が気軽に飲めるものではなくなっており、代用品が市場には出回っている。このため、生育環境に適した沖縄から満洲にかけて大規模な殖産が奨励されることとなったが、コーヒー豆が実るまでは3年から5年が掛かる。ただ、大地の女神の祝福を受けるクワ・トイネにおいては、おそらくもう少し早い時期での収穫が見込まれている。実地確認にあたった日本の台湾帝國大学農学部の教授が生育の速さに驚いており、1,2年での結実が期待できるとのことらしい。クワ・トイネ政府の農業部門、貿易部門では、対日満貿易における優良輸出品として、コーヒー豆を外貨獲得の貴重な手段として位置づけている。
今、カナタ首相は試飲用として日本側から提供されたコーヒーに手を付けている。いずれはこの国でこれが当たり前に飲めるようになる。そしてそれが貴重な外貨獲得の手段となるだろうことを思うと頬がほころぶ。
「ふむ・・・。首相、やはり日本は軍を派遣する気はなさそうですな。」
カナタ首相の意識がコーヒーに移っていたのを知ってか知らずか、リンスイ外務卿はカナタ首相に話しかけた。首相はコーヒーをテーブルの上に戻してから、外務卿の問いかけに答えた。
「そうですね。この一件を利用して、マイハーク西部租界の一層の発展をと思ってはいましたが、やはり日本政府は外に軍を出すのは慎重ですね。」
「我等がロウリアに攻められた時とは違いますな。」
「仕方ありません。国ごと転移するという摩訶不思議な状況に遭ったのです。その混乱もようやく収まりつつあるなかで、せっかく獲得した食糧を奪われようとしたのです。防衛反応が過敏に働いたということなのでしょう。」
カナタは再度ティーカップを持ち上げて口へと動かした。一口飲んでカナタは再度語り始める。
「アルタラス単独では、パーパルディアには対抗しえない。ならば味方を募るべきでしょうが、それもしていない。おそらく、ミリシアルがパーパルディアの行動に掣肘を掛けることを期待しているのでしょう。実際、ミリシアルにとってアルタラス産の魔石が手に入らなくなるのは痛いはずです。代わりの品質の魔石を手に入れるのは容易ではない。上昇志向の強いパーパルディアが魔石鉱山を奪取したとなると、パーパルディアが魔石を独占して、国際社会での地位向上や更なる国力増強に用いると考えられます。ミリシアルにとっては自国の戦略物資を仮想敵国に握られるという大いに問題となる未来図です。そのようなことをパーパルディアに許すとは考えられない。そうは思いませんか、外務卿。」
「ええ、まさに。しかし、首相のおっしゃる通りならば、秘密裏に一気呵成に物事を進めるはず。公開魔信を利用して、諸外国に知らせた意味が分かりませんな。」
WHYポーズをして、疑問を述べるリンスイ卿に、カナタは苦笑して回答する。
「ええ、その点が私にもなにがなんだか・・・。とはいえ、大東洋の情勢は複雑怪奇といえども我々ができることはただ一つです。我がクワ・トイネの国力を向上させること。外務卿、週明けの外相理事会では、ロデニウス大陸西部の海賊掃討の協力を是非とも取り付けてください。我が国単独で利を得ようとすれば、クイラ王国が反発します。我が国だけではなく、クイラも含めて日満両国の支援を受けられるような体制の構築をお願いします。」
「承りました。ボンタ補佐官。駐アルタラス大使に命令だ。直ちにロウリア大使に接触して外交交渉を行わせるのだ。海賊の掃討となるとロウリアの領海へ入ることとなる。海賊退治の名目で日満両国の海上警察権力の執行を受け入れるようにと、いやむしろむこうから願い出てもらうように働きかけをさせるのだ。」
「駐アルタラス大使は、今アルタラス外務局の動向の調査を主に行っていますが、そちらはどうしましょう?」
「それは中止・・・いや、誰か別の職員に引き継がせよ。アルタラスの問題はアルタラスが決めるわけではない。だが、アルタラス側の意向を全く知らぬというのも問題だ。」
「承知しました。」
ボタン筆頭補佐官は、在外公館に指示を出すために、外務卿執務室を後にした。ほどなくしてコーヒーを飲み終えたカナタ首相も首相官邸に戻っていった。
リンスイ卿は考える。ミリシアルの目もある中で、パーパルディアはどう動くのか。徹底的な制裁をアルタラス島に掛けることが果たしてできるだろうか。だが、大使の顔をつぶされては、パーパルディアとて黙っていられまい。どういう決着になるのか。その中で我が国がどう動くのかを・・・。
―――――
[省秘]
[幹部内]
外務大臣 殿
外務政務次官 殿
外務審議官 殿
外務参預官 殿
外務省各局長 殿
平成27年11月7日
同盟国外相理事会準備会合における会合内容報告
報告者:外務次官 松平頼信
記
同盟国外相理事会準備会合においては、今回のアルタラスにおける騒動について、周辺国である我々同盟国の行動をどのようなものとするかが焦点となりました。具体的にはいくつかの局面での場合分けが為されております。
前日までの局長級課長級準備会合においては各国から次のような意見が提出された。
今年の同盟国外相理事会議長国であるクワ・トイネ公国からは、アルタラスを巡る問題については、硬軟いずれの展開に至っても大東洋共栄憲章に定められている外交関係の一般原則に基づいた活動を加盟国が実施できるような体制の整備が必要であるという主張がなされました。具体的には、パーパルディア皇国によるアルタラス侵攻を抑制するためのメッセージとして、クワ・トイネ公国マイハーク西部租界の充実と同地に日満杭3国も同時に共用が可能となるような軍事施設の建築が必要であり、かつそれを諸外国に公表するというものです。同時に、アルタラス王国には先の戦争においても仲介国の労を取ってもらった恩があるとともに、アルタラス王国の政治的独立の維持はパ―パルディアによる他の大東亜諸国に対する政治的抑圧を防御するための一策となり得る。パーパルディア皇国がアルタラス王国を屈服させては、大東洋の地域にパーパルディアの支配的空気が蔓延する可能性を無視すべきではないという意見も併せてなされました。
これに対して、クイラ王国側からは、今我々の間には、ロデニウス大陸西部のロウリア王国の国内情勢不安定と言う懸念事項が生じている。ロデニウス大陸西部の海岸地帯では海賊の襲撃が頻発しており、ロウリア側はその動きに対処しきれてはいない。同盟国会議として考えるならば、ロデニウス大陸の静謐をまず始めに考えるべきであり、ロデニウス大陸の政治的安定を一番に重視すべきである。今ここで、パーパルディアとの間に事を構えようとする動きを見せるのはどうだろうか。アルタラスに対して仲介国としての恩はあれども、彼らは大東洋共栄憲章機構の加盟国ではない。条約加盟国以外の国通しの争いに対して、我等がコミットするのはいかがなものかと思う。斯様な反論を中心として意見が提出され、我々にとって重要なことは自国の立場を国際社会で明確なものとするために国力を向上させることであり、それを国際社会の各国にも認知してもらうことである。そうすれば、我々の条約の精神は自然と注目を集めることになるだろうという漸進論的なものでありました。
満洲国側は、ロデニウス大陸の情勢にこれ以上深入りすることは避けたいともともと考えていることは、日満両国の間ではすでに諒解事項であり、明確な意見は述べていないもののパーパルディアを掣肘するかのような意見には反対でありました。但し、軍事利用にとどまらない範囲では、マイハーク西部租界の拡張には同意しています。
以上の点を踏まえて、本日の次官級外相理事会準備会合では、クワ・トイネ側からは、前日と同様の主張がなされるとともに、ロデニウス大陸西部地域への海上警察権の行使を前提とした、マイハーク西部租界とクイラ王国のジワーグラッサへの期限付き駐兵権の申し出がありました。
クワ・トイネのボタン次官の説明するところによれば、ロデニウス大陸西部の海賊行為がこのまま長期化し、その範囲が拡大するようなことになれば、南部はクイラ王国の領海にも、その影響が及びかねない。北部には日満軍が占領しているカルーネス軍港があるため、その影響は食い止められるだろうが、南部はそうではない。北部から海賊の掃討を強めるだけでは敗残兵力が南へ南へと移動し、ついにはクイラ王国領海にも到達する可能性がある。クイラ王国の西部に位置するルンドブラード辺境伯領には、ムー国との貿易を担っていた港町ジワーグラッサが存在するが、今はこの港町における貿易の継続は難しくなっている。このジワーグラッサを起点にしてロウリア側へ海上警察権力を行使し、航路の安全を回復する。
提案に際してクイラの外務次官は、国王の承認は得られてはいないが、ルンドブラード辺境伯領における貿易の衰退は、クイラの経済にとっては、凶事であることから、航路の安全の回復に日満側が手を貸してくれるというのであればありがたいとの発言があったことから、クワ・トイネとクイラの間では事前の諒解があったことは確かである。
海上警察権の行使と言っても、警保院が対応する案件ではないと考えます。いくら中世風の世界とは言え、海賊と言う以上は、警察官で対処しきれるとは思えません。そうなると、この件は、海軍の鎮守府警備隊程度の戦力が必要になると考えますが、本国の情勢を見る限り内閣が了承を得られる可能性は少ないとみております。
満洲国側も、対応する海域は広いものとなるでしょうから、我が国単独では受けられないと、我が国の動向を理由として提案を回避する方針を述べていました。
本件については、外相理事会にて決すべきと判断し、返答は保留しております。
以上簡単な報告まで。