一時保存したつもりでしたが、投稿になってました。追記します。
パーパルディア皇国 皇都エストシラント パラディス城 地竜の間
― パーパルディア皇国第三外務局長 クラウス・フォン・カイオス
突然ワイバーンに強襲され、私の乗る馬車が停められた。何事かと思い、外に出れば、竜騎士が伝令文を持ってきていた。「事態急変す。至急に皇都に帰還せよ。」というレミール殿下の書状で私は皇都に引き返した。引き返す途中の町で、第二報が到着し、私の目はくらやむばかりであった。アルタラス情勢は一体どうしてそのようなことになったのだ。
皇都に到着すると街中が大騒ぎであった。在エストシラントのアルタラス大使館はエストシラント市民からの投石で、多数の窓ガラスが割られており、憲兵が周りを取り囲んでいた。アルタラスを討伐せよという群衆が我が第三外務局や統帥本部に押しかけており、街中が異様な熱気に満ちていた。
これはよろしくない。私はすぐさま第一外務局へ赴き、マリンドラッヘ局長を連れて、レミール殿下に伺候した。殿下は、私のかを見るや、苦い表情を浮かべて、すぐさま参内せよとおっしゃった。そして、私はパラディス城地竜の間で皇帝陛下に対している。
「カイオス。この件、誠に残念ではあるが、其方の監督不行き届きとして沙汰されることとなる。だが、その処分は公にはできぬ。意味は分かるか。」
意味と言われても、思考する為の情報が全くと言っていいほど足りていない。陛下には、正直にここ数日の状況がわからぬ故に奉答しかねることを申し上げた。陛下はそれもそうかとおっしゃられて、アルデ統帥本部総長の発言を促した。
「カイオス局長は、事件の発端は存じておるだろうが、そこから先のエストシラントの状況はまだ十分に知らぬと思う。こともあろうに、駐アルタラスのカスト大使は、自分が殴られたことを公開魔信で世界に知らせた。この魔信は当然、我等も傍受するところとなった。そして末端の兵士、場末の市民に至るまでがこの情報に接した。市民の怒りはすさまじいものとなり、アルタラス大使館は投石被害を受けた。アルタラスの大使館員にも被害が出ている。そしてだ、皇軍の将兵は統帥本部に押しかけ、アルタラス懲罰を頑強に主張している。」
アルデ総長は沈痛な表情で話し始めた。皇軍の外征を抑制するという方針が6月末の帝前会議で話し合われたとき、アルデ総長はその方針について理解を示したに過ぎなかった。だがその後、統帥本部からミリシアルへと人を派遣して軍事視察に向かわせたり、兵研での研究が進んで、装備の更新が行われたりすると、その意義を深く理解するようになった。皇軍の正規軍は少しづつではあるが、着実に良い方向に向かっていた。アルデ総長には、その潮目が変わろうとしているのが理解できているのであろう。声には落胆の響きが漂っていた。
「そ、そんな・・・。統帥本部の教育局や情報部では外征の抑制方針が受け入れられていると聞いていたのですが。」
「そうだ。統帥本部には、ミリシアルに約一月の間派遣され、ミリシアルの軍事システムの一環に触れた若手職員がいた。こちらに戻ってきてからは、我が軍の改革に向けて精力的に動いていた。統帥本部に押しかけてきた連中に対して、その若手職員は、いたずらに軽挙妄動せずに皇軍の発展に専一すべきと主張した。だが、その若手職員は、激高した監察軍の将兵たちによって袋叩きにされた。アルタラス如きに皇国の面子を潰されて放置せよとは何事かということでな。上官に対する殴打だ。件の連中は営倉送りとなったが、釈放の要求がひっきりなしにきている。多少のガス抜きは已むを得んと我等は判断した。」
思わず右手で顔を隠した。軍部の状況も外務局のそれとそう変わらなかったということなのか。
「しかし、本格的なアルタラス侵攻となりますと、流石にミリシアルの動向が気になります。彼らが魔石の供給地たるアルタラスの混乱を許すとは、考えられません。ここはそれを丁寧に説明して、」
この問題を複雑にしている最大の要因は、アルタラスが世界有数の魔石生産国であることにある。魔石文明の長たる彼らが我が国がアルタラスを支配下に置くことを認めるとは思えない。ミリシアルとの諍いは、国際社会での我が国の立場を危うくさせる。皇帝陛下は、私の言葉を聞くや、マリンドラッヘに目を向ける。
「それについては、余も気がかりであった。エルト、説明せよ。」
「はい。アルタラス王の暴挙が我が国に伝わった翌日、私に対して秘密裏にミリシアル大使公邸に向かうように指示がありました。6日と7日の2回、いずれも日が落ちてからですが私はそこに向かい、ミリシアル側との間に協定を結ぶことができました。ミリシアルにとっては、今回のアルタラス王の暴挙は、世界の秩序を乱すものと判断したようです。ある程度はという条件付きではありますが、我が国のアルタラス支配を認めるものとなっております。」
なんということだ。マリンドラッヘ局長から渡された書簡は、まるで我が国が対日満両国の外交姿勢を確かめる踏み台のような役割を与えられているではないか。あえて、火中の栗を拾えというのか。
「もちろん、カイオスの懸念とするところも余は理解している。正直に言えば、ミリシアルの遣いっ走りのような役どころを皇国が与えられているのは、不愉快極まりない。だが、アルタラス支配に向けての第一歩と考えれば、悪くない。高品質の魔石を我が国が直接手中に収めることは、国力の向上に繋がることは間違いないのだからな。」
皇帝陛下の声はあくまでも淡々としていた。国力の向上。この言葉を使うときの皇帝陛下はいつも上気していた。我が国の未来に確信が持てる。そのようなお気持ちだったのであろう。それが今やどうだ。無表情で淡々と言葉を繋いでいる。むなしい。
「さて、アルデ。軍ではすでに一部の部隊で動員準備を進めているということであったな。」
「はっ。新たなドクトリンを下にした部隊は現在再編中です。従って、既存の部隊で対処するということをまずは、考えております。あくまで予定ではということですが。」
既存の部隊か。確か、エストシラントの北部で錬成中と聞いていたな。ということは、南部に駐屯している部隊か。しかし、気になる言い方だな。
「具体的には、カイオス局長。監察軍を一時的に指揮下に置きたいのですが。」
む。アルタラスへの戦争に監察軍を使用するというのか?それは・・・。
「アルデ統帥本部総長。私も聞きかじりでしかないのだが・・・。アルタラスの軍は文明圏外国家ではありながら、魔石貿易による収益でミリシアルの装備を一部取り入れていると聞いたことがある。監察軍では荷が重いのではないかと思うのだが。」
私の懸念を聞いた、アルデ総長は、申し訳ない顔をしながら、続きを話し出した。
「左様です。その懸念は充分にあります。旧式の艦船では上陸前の艦砲射撃も不十分なものとなりましょう。おそらくは、海岸地帯から少し進んだ先で膠着状態になることが予想されます。しかし、御懸念は御無用。アルタラスの正規軍を引き付けているところに、現在練兵中の部隊を実戦テストも兼ねて他方面から上陸させて、一気にアテノール城制圧を目指します。ル・ブリアスには、他国の外交官も未だ駐在しておりますから、戦火に巻き込むわけにはいきません。」
それでは、監察軍が本来被るはずのない被害を被るだけではないか。正規軍も監察軍も同じく皇帝陛下の軍隊ではあるが、監察軍は第三外務局の私兵的な位置づけでもある。第三外務局が他の文明圏外国家に対して威圧的な行動をとれるだけの実力ではあるのだが・・・。
「カイオス局長の懸念は確かなのですが・・・」
「アルデ、そこから先は余が話そう。カイオス。今回の件でもそうだが、第三外務局はいささか手癖が悪い。ル・ブリアスの我が国の大使館は否定しているが、アルタラス国王が行幸に及んだのは、アルタラス国王による情報収集が目的ではなく。カスト大使が呼び寄せたのではないかと余は睨んでいる。彼らが増長しているのには、監察軍の存在も否定はしきれまい。既に、ブラウンシュバイク公爵家とリッテンハイム侯爵家には了解を取っている。監察軍には一度痛い目に遭ってもらう。形式的には其方の失点ともなるが、それが其方に与える罰でもあると同時に、第三外務局の空気を入れ替えることにもつながるであろう。よって、この件には、カイオス、其方は一切口を出すな。渡りに船だが、監察軍の部隊からもアルタラス懲罰のため出征を希望する願出が出ている。其方の署名はないが、これを利用させてもらう。」
なるほど・・・。手駒が減るのは痛いが、それも今後の第三文明圏周辺情勢を考えれば、アリか・・・。
「了解しました。しかし、陛下。それにアルデ総長。軍の再編中の部隊は、まだ錬成中と伺っておりますが、それほどまでに優秀なのですが?まだ、少数しか錬成できていないとおっしゃいましたが。」
「それについては、イノス、説明せよ。」
「はい。カイオス局長。我が国家戦略局は、何年も前から諜報員を各国に送り込んでおります。勿論、ル・ブリアスにもです。今回は彼らが案内役となり、アテノール城まで最短ルートを通って彼らを送り届けます。そして、今回は、ル・ブリアスにおける衝突を最小限に納めるためということで、ミリシアルの大使館諜報員からも助力するとの話が入っています。」
な、なんと・・・。ミリシアルが裏で手を回すとは・・・。しかし、これでアルタラスへの軍事侵攻は確定か・・・。あとは、日本国と満洲国がどう動くかだな・・・。
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(アルデバラン・マリンドラッヘ協定)
議定書
パーパルディア皇国に駐箚する神聖ミリシアル帝国の特命全権大使バークショー伯爵コール・ジャスパー・アルデバラン及びパーパルディア皇国第一外務局長エルト・フォン・マリンドラッヘは、其の各自の政府及び皇帝より同様の訓令を受け、アルタラス王国問題に対する協議を行い、左の通り議定せり。尚、本議定書は、両国政府外交部局内部において閲覧され、公開の意図がないことを予め議定せり。
第一條
神聖ミリシアル皇帝は、パーパルディア皇帝に対して、ミリシアル皇帝の神聖にして志尊の帝冠の恩寵がアルタラス島を覆わざることを認める。
パーパルディア皇帝は、神聖ミリシアル皇帝に対して、パーパルディア皇帝の神聖にして志尊の帝冠の恩寵は、アルタラス島を完全に覆わざることを認める。
アルタラス王の王冠は、尊重されなければならない。
第二條
神聖ミリシアル帝国政府は、パーパルディア皇国政府が、アルタラス王国政府に対して、完全なる抑圧を行わざる限りにおいて、アルタラス王国政府への外交上の指導権を保持し、アルタラス王国が国際社会の一員として相応しい外交的態度を取得するように指導監督を行うことを承認する。但し、アルタラス王国がこの覚書が締結された現時点で、文明圏外国家と締結している条約上の諸権利に関しては、アルタラス王国政府の固有の権限として尊重されなければならない。
第三條
神聖ミリシアル帝国政府は、パーパルディア皇国政府が、アルタラス王国政府に対して、完全にして超越した内政上の指導権があるものとは、認めない。その指導権は、抑制的なものでなくてはならず、パーパルディア皇帝による各諸侯への指導権と同様のものであってはならない。
パーパルディア皇国政府は、アルタラス島には議会が設置され、アルタラス諸侯の自由な意思をある程度尊重する姿勢を示すが如き方策を実施しなければならない。
第四條
パーパルディア皇国政府は、アルタラス島の静謐を特に重視し、国際社会・国際経済の混乱を招くことが無いように特に留意しなければならない。アルタラス島の混乱は必要最小限のものとしなければならならず、パーパルディア皇国軍隊はその意義を深く理解して行動しなければならない。
第五條
両国は、本條款の内容に対しては、他国に公開せざることを約す。パーパルディア皇国は、文明圏外国家の意向、就中近年パーパルディア皇国付近にて強力なる国力を有する国家の存在に特に留意し、本議定書の約定の実施に対しては、特にその意向を注視する姿勢を見せることに留意すべきことを約す。
中央暦1639年11月8日、エストシラントにおいて之を書す
コール・ジャスパー・アルデバラン 手署
エルト・フォン・マリンドラッヘ 手署
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