勝てば官軍のつもりなんでしょうねえ。
パーパルディア皇国皇都エストシラント エストシラント港湾管理局
― エストシラント港湾管理局長 エルンスト・フォン・ラインバッハ
「ライゼンベルグ子爵閣下から出港許可願いです。」
「ホレス伯爵、ベヌーチ子爵、マクネシー子爵、ロンベルグ男爵の次に、3番桟橋に船をつけるように指示せよ。予定の出航時刻は8時間後だ。」
「インメルマン伯爵家家令より、彼の家が庇護しているニコラエル子爵家、ポストゲル男爵家、アルトゲン男爵家の兵士の乗船する船が、ホールドワン伯爵家よりも先に出港準備を整えたので、順番を繰り上げるようにとの強い要請が入りました。」
「駄目だ。インメルマン伯爵家の輸送船は、他の船よりも大きい。予定の6番桟橋の付近には同規模の船が既に停泊中だ。不用意に動かしては、全体の遅延に繋がる。」
「そ、それが、先々代ブラウンシュバイク公爵の御息女が嫁がれたインメルマン伯爵家が戦場への先駆けを行わずしてなんとするかとの強い要請であり、先順のロペス子爵家とホールドワン伯爵家からも先を譲るとの話を得ておるとのこと。既にタグボートが順番の入れ替えの為に向かっております。」
「貴様!!さては、私に黙って、ボートの艇長に指示を出したな!!現場は無茶苦茶だぞ、この馬鹿野郎が!!」
部下を睨みつけ、怒鳴りつける。エストシラント港はただでさえ大混乱だというのに余計なことをしおってからに。
「ご安心ください、局長。軍政局に連絡して、軍港地区の桟橋を使用することの交渉を行っております。」
港湾管理局次長が私を宥めながら話しかけてくる。確か、この部下は、局次長の寄子であったか。面倒なことだ。
「何をバカな。軍の施設を民間の商会の船舶が使用できるはずが無かろう。勅許会社であればともかく、彼らが使用するのは一般の商会の船だぞ。おまけに外国の商会の船を借り上げた者もいる。軍は防諜に気を遣う。軍が民間の船舶の出航準備に軍港の桟橋を使わせるはず等ないであろう。」
エストシラント港の商用埠頭は、第1から第8の桟橋すべてがこの出征の為の出航準備に使用されている。貴族連合軍がアルタラス出征の為と称して、商用港水域に多数の輸送船を投錨停泊させた。いつでも出征できるようにという建前でだ。そのせいで、文明圏外国の商用船が桟橋を使うことができなくなった。タグボートもいつでも使用できるように抑えられたるとともに埠頭や桟橋に接岸できるような航路をふさぐ形で停泊させたためだ。貴族のそれぞれが先陣を切るために、相互に邪魔をして停泊させた。港湾管理局としては、商業活動に悪影響が出るから移動させるようにと通知しても、ブラウンシュバイク公爵家やリッテンハイム侯爵家の権威を傘に着て、一介の子爵であるが、港湾管理局長である私のいうことを聞き入れようともしなかった。
エストシラントの商会からは物流が滞り始めたという声が聞こえ、このままでは、私の責任問題にも発展しかねないと、苛立ちを抱え始めたころ、アルタラスで、王女が死んだという発表がなされた。その死んだ王女こそが我が国に降嫁してくる姫であったようだが、貴族連中はこの発表に激高した。我が国に降嫁してくるのが死ぬほど嫌だとは、無礼極まりないといった具合で死んだ王女を詰り始めたかと思えば、いや待て、文明圏外のまともな医療体制を有していない国だからと言ってそんなに都合よく死ぬかといった疑問に続いて、死んだなんてのは嘘っぱちに違いない、そくもそのような下手な芝居をうってまで我が国を愚弄するかという結論にたどり着き、貴族連合軍が駐屯していたリップシュタットの杜では、アルタラス討伐ののろしが上がった。
港湾管理局に次々と出港許可願いの申請書が届いた。出航は申請順に処理されるのが通例であるが、港湾水面は多数の船舶でごった返しており、調整に苦慮している。軍港が借りられればという思いはあるが、それは現実的ではない。そう思っていたが、この局次長は違う意見を持っているらしい。
「御心配には及びません。軍港施設を所管する軍政局の施設部長は、リッテンハイム家の庇護をうけるベストパーレ伯爵家の縁者です。私もまた同じくベストパーレ家の寄子です。日頃から付き合いがございますので、既に話を通しておる所でございます。」
「左様か。」
ふん。軍政局がどういおうとも、軍で力を持つのは統帥本部だ。統帥本部がアルタラス征伐の為に監察軍を送るという話が聞こえてきている。監察軍の出師準備に軍港が使われるはずで、そうはうまくいかぬであろうに。
「ああ、軍港区域を使用されるときは、私に使用の割り振りを担当させていただきたい。商用港区域の混雑もまだ解消されてはおりませんからな。局長にはそちらの方に尽力していただきたい。」
ふん。リッテンハイムの門閥貴族を優先して廻すつもりだな。勝手にされるが宜しいと返答して、私は港湾管理の業務に戻った。
タグボートが非常に細やかの動きをして船を移動させている。腹立たしいことだ。あちらこちらで移動を邪魔するような位置に船があり、作業が遅々として進まない。
気をもんでいるところに受付から先触れもなしに貴族が来たとの連絡が入る。第三外務局のカイオス局長だと。一体なんだというのだこの忙しいときに。応接室にお通しせよと返答して私も急いで向かう。正直時間が惜しい。応接室に向かう途中で、相手の貴族も歩いてきた。何というせっかちな。部屋を清める間もなくやってくるとは。
二人して応接室に入り、ほぼ同時に着座する。クラウス・フォン・カイオス子爵。爵位は私と同じであり、家門もまた私と同じ中立の、二大門閥の庇護をうけないパースネウス共和国時代から続く家だ。これまで、特に付き合いはなかったが。
「ラインバッハ局長。一体なぜ、貴族連合軍の軍兵が乗る船が次々と出港しているのだ。」
カイオス局長は椅子に座ると、お茶も出ないうちどころか、挨拶もしないうちに口を開いてきた。しかも、カイオス局長は私に詰問してきた。
「はい?なぜも何も、船舶出航の申請があり、その書類事態に不備はなく、我々港湾管理局は法に則り粛々と業務を執行しているにすぎませんが。」
私が驚きとともに、不快感を顔に浮かべて答えを返すと、ハッとしたカイオス局長は気まずい顔をしてさらに言葉をつづけた。
「いや、貴殿を責めるような言葉遣いをしてしまった。申し訳ない。そうではなく、彼らはアルタラスへ向かうために出港しているはずだ。第三外務局からはまだ皇帝陛下に対し奉り、アルタラス王国に対する開戦宣言を発布するよう上奏していない。外国に対して兵を用いるような行動を起こしているのだ。アルタラスにはまだミリシアルやムーと言った列強国の外交使節が駐在しているのだ。その彼らがいる真っただ中に兵を向かわせるなどと悪戯に彼らを刺激するようなことはしたくない。局長、彼らの出航申請を保留してはもらえないか。」
なるほど。
「残念ながら、カイオス局長。彼らの出航許可申請書の渡航先は、我が国国内となっています。デュロ港やバテロン港、パールネウス港と言った形で記載されています。書類に不備はないのです。私の一存ではどうしようもありません。」
おそらく、いや間違いなくカイオス局長のいうことは正しい。彼らの向かう先はアルタラスだ。
「それに、たとえアルタラスの港が渡航先としても、商会の船で向かうことになっています。つまりは、民間船です。船長の申請書がアルタラスでの貿易を目的としてあれば、アルタラスへ向かうことに対して港湾管理局から掣肘することはできません。」
「だが、第三外務局からアルタラス王国周辺海域は危険であり、渡航の制限を布告をしているはずだ。」
「ええ、しかし、それは、我がパーパルディア皇国船籍の船には該当しても、他国の船籍の船まで規制はできません。それは、御了解いただけると思いますが。」
なるほど。カイオス局長は戦争を止めようとしているのか。だが、門閥貴族の子飼い連中が大挙して港湾管理局に押し寄せてきて圧力をかけているのだ。私個人の力ではどうしようもない。
「しかし、皇帝陛下の開戦宣言の前に軍を動かすなどあってはならぬことだ。ラインバッハ局長。我等は其の一点において協力できるはずではないか。」
カイオス局長がすがるような眼で私を見てくるがどうしようもない。門閥貴族連中に睨まれて、職を追われるようなことはさすがにごめんだ。
「無茶を言われますな。カイオス局長の言もわかりますし、私自身も彼らの向かう先はアルタラスであろうことは充分に想像できます。しかし、彼らの申請を却下する法はないのです。」
カイオス局長が頭を抱えているが、私にはどうしようもない。
「それよりも、開戦宣言をだすか、ミリシアルやムーに対して退避勧告を出すべきではございませんか。戦闘に巻き込まれるにしてもまだ日はあると思います。彼らは今朝から大挙して出航していっていますが、アルタラスの方でも迎撃はするでしょう。アルタラス首都からでも脱出してもらった方がよろしいのではないかと思うが・・・」
「・・・やはりそれしかないか。・・・先触れもなしの突然の訪問申し訳なかった。これで失礼されていただく。」
カイオス局長はお茶も出される前に帰っていく。すまないなカイオス局長。どうしようもないのは確かだが、私の本音を言えば、彼らにはもうエストシラント港を出て行ってもらいたかったのだ。このままあの貴族連合軍が皇都にとどまっていては、皇都の物流が滞ることは明らかだ。既にその兆候は見られている。100万の人口を有するこの皇都で物流の停滞などあってはならないことだ。それに、数年前から計画されていたエストシラント港の拡張整備の予算もその執行が停止されている。
文明圏外のアルタラス相手の戦争なんざどうせすぐに終わるんだ。私にしてみれば早く日常に戻り、この麗しきエストシラント港の港湾整備を再開したいのだよ・・・。