クワ・トイネ公国訪日使節団の任務は、日本国内の視察を行い、日本国内の状況を直接確認して、政府に報告することが主目的であるが、同時に日本と国交を樹立し、クワ・トイネとの間に貿易を開始するか否かの外交交渉を行うこともまた任務の一つと位置付けられていた。クワ・トイネ本国は隣国ロウリア王国の動静を訝しみ、戦争状態に発展するのではないかという危惧感を抱えていた。ロウリアだけでも手に余るのに、日本国からも挟撃されてはかなわない。日本国が接触した目的は何か。貿易関係の構築にあると先方は説明しているが、その真意がほかにあるのか否かを探り出すことも重要な任務であった。
結果から先に言えば、訪日使節団の「偵察」任務は順調であり、日本国がロウリアと手を組んで、我が国に侵攻することはないと断言できるほどの「調査結果」は得られていた。だが、その結果を得るに至る経過は説明することができない。何故そう結論付けたのかを説明できなければ、本国は納得しない。したがって、訪日使節団の報告書には、「さまざまな政府高官との会談の結果、日本国が我が国に対する領土的野心を有していると根拠づけることはできない。現状においては、平和的に貿易を行い、国内において不足している穀物等の取得を希望している。」との結論を記載するにとどめられた。
外交交渉を行うに際して、日鍬両国担当者が特に留意したのが、機密保持である。情報には、相手方に開示できる情報と開示できない情報がある。日本側は自国の国内でもあるため、本庁舎で会議を行えば足りるが、クワ・トイネ側の機密対策をどうするのかが問題となった。協議の結果、クワ・トイネ側は室内では使節団内の会議は執り行わず、野外スペースを設置して会議を行うこととなった。この会議の間は、日本側は彼らに近づくことは許されておらず、芝生の上に天幕を張って、その中で行うことで防諜対策とした。
「日本側の我々に対する対応は手厚いし、防諜に配慮する姿勢をこうして見せています。こういった点も報告書に記載し、日本側の友好的姿勢を強調するというのはいかがでしょう。」
使節団全員を見渡しながらヤゴウは賛意を求める。長方形の会議机を口の字型に並べた、野外会議室の広さは5m四方といったところだろうか。使節団10名が入って会議をするのには十分な大きさだった。
「結論に至る経緯は、なかなか説明することは難しいのです。小さな事項をこつこつと積み上げて、結論に持っていった形にするべきでしょう。」
「賛成する。あの日の出来事を記載しても、本国の納得は得られないだろう。」
皆が話す口ぶりをみると、あの日私が抱いた感覚は皆も同じだったことがわかる。
「では、使節団各位は、なんでも見聞きしたことや待遇に関して記載したメモを私にください。これは、報告書の最終調整日の前々日までに受け付けます。」
書記役のオランゲが纏める。オランゲはもうパソコンの扱いに習熟していた。日本側は我々が扱う言語の文字をパソコンに登録し、外字という機能を使って、報告書の作成の利便性を向上してくれた。流石にタイピング速度は日本人と比べてまだまだ遅いが、これがあれば、報告書の下書き、添削、清書の時間短縮につながる。
日本側はこういった機械の輸出については、難しいとの回答を示した。なんでも、電気というものがなければ、これらの機械は動かないということで、持って帰っても何の役にも立たないとのことだ。電気の輸出はできないかについて重ねて尋ねてみたが、電気についてはそちらで発電できるようにするしかないとのことだ。発電所と送電設備についての映像を見てみたが、このような施設を作るのにどれだけの時間と費用を要するのだろう途方もつかない。食料品の輸出とこれらのインフラの輸出をバーターにできないか。この件についても会議はつづく。
「そもそも、どれだけの量の輸出ができるのか、まだわかっていないのです。」
農務局からの使節団員、コンダイが話し始める。
「我々クワ・トイネ中央政府は、各地の貴族領の農業生産総量と公国直轄地の総量についての統計が何もない。それはそうです。租税分の農作物の収穫後、残ったものは農民が食べ、余ったものは家畜が食べる。それでも余ったものは放置です。収穫も農民が必要とする量しか収穫しません。
ロウリアでもパーパルディアでも、他国では、春に種を植え、秋にすべてを収穫して、また春に種を植えるというサイクルで農作物を生産しています。そんな彼らですら、国家全体の農作物総量というのは記録していないのです。記録する意味がないからです。農作物を大量に輸送するとなれば、馬匹が必要ですが、馬だって農作物を食べる。わざわざ生産した農作物を馬に食わせてまで運ぶ必要がない。それに中央に集めたところで腐らせるだけだ。実際に農作物を集約することの必然性もないのに統計なんて取りません。
各貴族や直轄地の動員可能兵力を把握するために成人男子の数から彼らが一年間に食べるであろう量を推測することは可能です。でも、それはあくまでも必要な量であって、余剰生産物を図ることじゃない。特に日本の計量、計数のシステムを視察して以来、我々が試みたこともない方法を使っていて、全体量を計算しています。お手上げですよ。」
コンダイがまくし立てて喋った内容については自分も頷かざるをえない。我々の計量能力、計算能力、統計能力で、クワ・トイネ全体の農作物の量など図ることはできないのではなかろうか。
「そうは、言っても日本側が我が国に求めているのは農作物だ。我々が日本側に渡すことのできる唯一のものだ。この国には他のものなどいらんだろう。我が国が求めたいものは山ほど持っているというのにな。」
ハンキ将軍の苦笑に我々も同じく苦笑した。
「日本の輸送船について我々は理解した。少なくとも港にまでもっていけば、たとえ荒天のなかであろうと彼らは期日通りに入港し、期日通りに日本に向けて出港することができる。港に届けるまでをどうするのか。これをどうするかだが。」
「現状では、日本のように各地に分散して集めて出荷する。これにより、移動の時間を短縮することができ、より多くの量を日本に送ることができると考えます。さらに、馬匹が食べる分ですが、これもあわせて、持っていくのではなく、途中途中の村々で準備させて、それを充てるようにすれば、輸送のコスト、つまり馬匹が食べる分ですが、これを減らすことができると考えます。問題は、日本の船を停める施設です。おそらく、マイハークですら、日本の船を桟橋に停泊させることは厳しいでしょう。各地に日本の船を停めさせるためには工夫が必要です。」
財務局から派遣された、ホント氏が問題点を指摘する。工夫といっても、これまで日本の港を視察し、日本の輸送船を見てきた結果として言えることは、港を大きくするしか他にない。入港できなければ、資材の搬入などできない。だが、どうやって・・・。ホント氏は、ハンキ将軍を見続ける。はて、なにかあるのか?
「ふう・・・。オランゲ君。田中殿をここに呼んでくれないか。」
「ここにですか?ここは、我々が防諜を目的とした借りている空間ですよ。我々の方から足を運んだ方がいいのでは?」
「いいのだ。もちろん、皆にも聞いてもらう。田中殿他、そうだな、2.3名は来るかもしれんので椅子を用意してくれ。」
ハンキ将軍の指示に従い、椅子の準備を行う。オランゲが電話で田中氏に連絡をとる。すぐに来るそうだ。10分ほどして、田中氏が天幕の外から声を掛けるので内に入ってもらった。
「こちらで、お話とはいったいどのようなお話ですか?」
「うむ・・・。田中殿ここから先は、議事録も取らぬ、映像録音も取らぬ、メモすら取らぬ。その上でだ、あくまで非公式の会談だ。そう思って聞いてほしい。」
我々が一同シーンとした。ハンキ将軍は、田中氏を貫くような目で見ている。田中氏は、何もしゃべらない。しかし、混乱した様子も困惑した様子もみられない。そして、わずかに頷いた。
「国交樹立については、我々は前向きにいや本国に確認を取る必要があるが、樹立するということで決した。だが、問題は貿易問題だ。我が国は確かに大地の女神に愛されている。そして、余剰農作物も豊富だ。それは間違いない。貴国の要請の多くに応えることは可能だ。だが、どの程度応えることができるのかがわからない。われわれは、余剰生産物の総量について全く情報がない。統計など取っていないからだ。そして、我々は必要な分だけ収穫し、不必要な、つまり租税として納めさせる分と農民が食べる分以外は、収穫すらしない。そのまま放置だ。家畜には勝手に食べさせている。こういう状態なので、我々は日本にどの程度を輸出できるのか全くわからない。それが一つ目の問題点。
つぎに、余剰生産物を収穫した後の輸送だ。我々には、継続してこれらを輸送する仕組みがない。馬車で運ぶといっても、貴国が必要とする量を届けることが難しい。これが2つ目の問題点だ。
最後に輸送船が停泊できる港。これが我が国にはない。貴国の港で見たような設備もなければ、貴国の船を停められるような大きな桟橋もない。
どうしたらよいだろうかと悩んでいる。我々は、国交樹立については本国がたとえ反対したとしても、説得する。そういう方向性を定めた。そのうえで、聞きたい。貿易問題をどのようにすれば貴国の望みにかなうだろうか。」
なるほど。ハンキ将軍は、国交樹立を約束するので、貿易上の障害を取り除いてほしいと申し出ているわけか。さもありなん。この問題、本国では絶対に解決できないだろう。日本国の力を借りるより他にない。
田中氏は俯いて考えている。5分もたったころだろうか。鞄を取り出し、何枚かの写真を取り出した。これは、麦畑か?高空から撮影されたものに相違ない。これはまさか。
「私も、この場限りのこととして申し上げます。この写真についてもこの場限りのこととして、忘れてください。この写真は、貴国に侵入した我が軍用機が高空から撮影したものとなります。一面の麦畑。それもどこまでも続いております。近くに民家がないことから、おそらく、人の手が入っていない自生の麦畑なのでしょう。こういった数々の写真をみれば、貴国が大地の女神に愛されているとおっしゃるのも理解できます。このような光景は、我が国の農業生産品の貿易相手国満洲国の麦畑を見ているかに思います。しかし、満洲国の麦畑は人の手が作り出したもの。貴国のそれとは違います。このような麦畑や大豆畑などを一気に収穫して、次も同じように生えてくるのかと思うことがありますが、そのあたりはいかがでしょうか。」
やはり、我が国を上空から撮影したものだったのか。しかし、これほど鮮明に映っているとは恐ろしい限りだ。これでは、我が国の軍事施設など丸裸だ。む、これはエジェイの城塞都市ではないか。やはり丸裸だった。日本国が敵に回っていなくて本当によかったと思う。
「それについては、特に心配していない。というのも、50年ほど前に我が国とロウリアの間に戦争があったことはご存じと思う。その際に、畑を焼かれたり、敵に収穫させないように、根こそぎ収穫したことがあるが、次の年にはもう芽が出ていた。もちろん、今回のような大規模な収穫を経験したものはおらぬので、慎重な対処は必要であろう。万が一のことも考え、種を植えるという準備を進めておくことには同意する。」
ふむ。ハンキ将軍とホント氏の間である程度打ち合わせは終わっていたという事か。流石は財務局の人間だ。決断が速い。
「ありがとうございます。次に収穫量なのですが、我々は、このような写真を数多く保有しております。もちろん、この場限りの話ですので、引渡等には応じかねますので、ご了承ください。我々は、この写真からおおよその面積を計算することが可能です。そして、面積がわかれば、一単位当たりの収穫量を実査に測り、その値を乗算することで、総収穫量の概算が出せると思います。我が国の農業は、肥料や農薬を使うことで単位面積当たりの収穫量を増やしております。たとえ単位当たりの収穫量が我が国の半分としても、貴国の無人の穀倉地帯から、我が国が昨年輸入した量の半分程度の輸入を得ることが可能です。これに、人の手が入っている地域から収穫したものを合わせることで、我が国が必要としている輸入量を十分に賄うことが可能と考えております。」
「人の手が入っていない、穀倉地帯か。この件本国に必ずや了解を求めましょう。それで、実際の収穫なのですが、それについては。」
「はい、このような麦畑に我が国の農業機械を入れて一斉に収穫するというのはいかがでしょう。無論、輸送につきましては、我が国が請け負います。そのためには貴国に我が国の軍隊を入れていただくことが必要です。もちろん民間の力も借りる必要がありますが、陸軍工兵隊の力をつかって、野戦軽便鉄道を一気に敷設いたします。これまであなた方が乗られていた鉄道列車よりも小さなサイズとはなりますが、輸送力を考えるとトラックなどで運ぶよりも優れていると思います。いずれは、標準規格の鉄道を敷設することをお約束します。ただし、その際は貴国にも出資していただく必要があります。今回のやり方は、非常緊急の手段です。」
「港はどうしましょう。我々の港では、貴国の船を接岸することは難しいですが。」
「もちろん、それについても我が国で対応いたします。いくつかの港湾施設に、我が国の船舶が接岸できるように大至急の工事を行います。必要とあれば、昼も夜も工事を行います。それだけのことをしなければ、我が国が貴国から早期に穀物を輸入することは不可能でしょう。正直言って、ご相談いただきまして、助かりました。失礼ながら、貴国単独で貴国の国内輸送を担当されるとしたら、我が国が希望する輸入量にはとても足りないと考えておりました。」
「いや、こちらこそ、解決策を提示していただき、感謝します。しかし、この話、この場限りと申しましたが、政府の許可は取られていないのですか?」
「まだ、省内で秘密裏に動いています。現実問題として、我が国が介入しなければ、我が国の必要量は確保できません。しかし、それをこちらから言い出すことはなかなか難しい。他国に軍隊を入れるということになるので、国交樹立前にそのようなことは基本的には控えなければなりません。ですので、貴国からの要請としていただければと思います。」
なるほど、軍を動かすということにずいぶんと慎重になっている。このような姿勢は本国に伝える必要があるな。
「よき、非公式会談でした。我々は、本国に了解を取り、正式に提案の準備を進めます。」
「ありがとうございます。私も報告する用意がありますのでこれで失礼します。」
田中氏が席を立つ。会議を再開すべきだ。懸念事項の大半はこれで解決した。
「本国に速やかな魔信を送る。各員準備してくれ。」
ハンキ将軍の声に我々は、報告内容の検討に移った。この内容を実施するとなれば、クワ・トイネの文明レベルは相当に上がる。絶対に成功させなければならない。
物語を動かしましたが、原作を読んでいて疑問だったところを再構築しました。