大日本帝國召喚   作:もなもろ

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作戦本部が作戦を秘匿する意図は?
外務省が現状を否定する意図は?


大日本帝國東京都新宿区市谷 兵部省庁舎 2675(平成27・2015)年11月15日(日) 午後6時

大日本帝國東京都新宿区市谷 兵部省庁舎

 ― 東西新聞政治部 松山政人

 

 兵部省で緊急の記者会見が開かれるという情報が社に入ったのは、本日の午後3時過ぎのことだった。

 最近のエストシラントのきな臭い話は現地のクワ・トイネ通信の特派員を通じて入ってきていた。そういうことで、今日は日曜日だったが、妻と子供たちとの時間を取れず、自宅の自室でこれまでの取材メモの整理及び更なる情報収集を行っていた。東西新聞の子会社であるクワ・トイネ通信の特派員は、東西新聞本社で短期間の研修を受け、携帯電話や電算機の簡単な使用を習得させた。彼らと連絡先を交換し、電子機器の使用方法の相談に乗ったり、取材した情報を東西新聞本社にも流してもらうなどしていた。その特派員から日曜日の朝からパーパルディア貴族の将兵の乗った船が次々と出港しているという情報が飛び込んできた。港湾当局に提出された出航届によれば、国内の他の港への移動ということだが、何やらきな臭い動きだと思っていたところだ。

 現地特派員からの情報収集も一段落し、そろそろ妻の御機嫌取りのために、夕飯は外に食べにいこうかと妻に相談しようと持っていた矢先、社用の携帯電話から着信音が鳴った。画面を見てみると当直の職員からの緊急連絡だった。

 

”霞倶楽部及び市谷記者会から緊急連絡。外務省・兵部省の合同緊急記者会見が兵部省庁舎で開かれる。開始は今から2、3時間後。政治部・国際部の休日待機記者及びその他急行可能な記者は直ちに兵部省庁舎に向かわれたし。”

 

 ざわりとした感覚を覚えた。何かが起こった。背広に着替えて、財布や携帯電話などを鞄に入れて出立の準備をした。リビングに向かい、テレビを見ていた妻にこれから省庁の記者会見に急行することを伝える。夕食の用意について問われたので、不要と答えた。せっかくの日曜日なのにと言う声を背中で聞き、玄関のドアを開けた。

 

 ・・・・・

 市ヶ谷の兵部省に到着したが、正面玄関は閉まっていた。営門には、陸軍の兵士が歩哨にあたっていた。市谷記者会から事前に伝えられていた通りに、新聞社の社員証を見せ、庁舎内に入りたいと伝えると裏の通用門に回ってくださいという。通用門に行くと、歩哨の兵士から誰何を受ける。同じく、社員証を見せて、入庁を申請する。社員証をカメラに向けるように言われるので、言うとおりにしたところ、数十秒経ってから通用門のドアが開いた。

 通用門から入ると、業者用の入り口から入庁するように通される。厳重な体制のように見える。兵部省の記者クラブである市谷記者会が入っている兵部省三号棟は、我々報道関係者や外部の業者、一般国民が行政手続きのために訪れるための建物である。 

 市谷記者会の東西新聞が入居している個室にたどり着いた。東西新聞、帝都新聞、大日新聞、日本経済新聞、旭日新聞の大手5社は個室を用意されている。この大手5社のほかに日本放送協会を加えた6社が記者クラブの幹事を持ち周りで担当する。大手は常駐1名から2名程度の記者を配置する。省庁の広報担当などからの記者会見などは幹事社が受け取って、大手者の常駐記者やそのほかの社に情報を配布している。

 

「今日の当直は、汪か。」

「松山先輩。」

「挨拶は良い。今回の記者会見について聞きたい。」

 

 うちの当直は、社会部の汪だったか。俺の出身大学の後輩だったか。入社時の挨拶周りに来た時にそう話していたんだったか。

 

「先輩。今回の記者会見どうも込み入った事情がありそうですよ。」

「ふむ。例えば。」

「ええ、それがですね。まず、今回の記者会見、呼ばれているのは、大手五社の新聞社とJBCの担当のみです。」

「何っ?」

 

 我が国の新聞社とテレビ局は密接な関係を持つ。我が東西新聞社がテレビ東西との間に密接な関係を持つように、新聞社はキー局と呼ばれるテレビ局を傘下に置いている。他の大手は、帝都新聞は帝都テレビ、大日新聞は大日テレビ、日本経済新聞はテレビ東京、旭日新聞は富嶽テレビといった具合だ。報道の媒体が新聞と言う紙からラジオ、テレビへと移行していった際に、新聞社がこれらの新規メディアへ出資する形で誕生していった。もはや、新聞よりもテレビの方が優勢なのは売上高などをみれば一目瞭然であるが、新聞社の方が親会社なのはこの歴史的な経緯によるものである。

 

「テレビ局は呼ばれていないのか?」

「ええ。今日は、大日と旭日の当直にテレビ局の職員が入っていたんですが、ラジオとテレビ局、そして雑誌関係は記者会見には入れないということを申し伝えられております。」

「ふむ・・・。テレビを入れないとは、これはまた不可解だな。」

「報道管制を敷くというのは間違いないでしょうね。」

 

 ふむ、やはりきな臭いな。今回の動きは。

 

 ・・・・・

 記者会見場はいつもの大記者室では行われなかった。3号棟の広報課会議室が使われた。15名程度の椅子が、長方形の形にの配置されている部屋であり、各社2人も入れば部屋が狭くなるような部屋であった。

 

「松山さん、一体何が話されると思う?」

 

 日経の鄭記者から話しかけられた。

 

「さて、尋常ではない話であることは確かで、おそらくアルタラスとパーパルディアとの間の衝突が起こったものと思われるが、」

「ただ、そういうことであれば、こういう秘密裏の会見を開くことは無いということだよね・・・」

 

 そうだ。アルタラスとパーパルディアとの間の緊張関係のついての情報は既に国内に入ってきている。ここで報道管制を敷く理由にはならないはずだ。

 つらつらと思考していたところに会議室のドアが開く。竹崎季長外務報道官、西田秀房兵部報道官が入ってきた。ふむ、軍服?

 

「ひい、ふう、みい・・・。大手6社はそろっているようですね。では、これから記者会見を始めます。今回は、臨時会見なので、私が司会を行います。こちらの武官は皆様ご存じないと思います。大河内作戦総長の高級副官柴咲陸軍少将です。」

「ご紹介に預かりました柴咲です。本日は報道各社の皆さんに伝えるべき情報がございますので、こちらに参りました。」

 

 西田報道官が紹介した柴咲高級副官からの情報はやはり予想していたというべきか、驚くべき情報であった。

 

 ・・・・・

「ここまでで質問はありますか。」

 

 西田兵部報道官が一息をいれようとして、話を切る。我々取材陣にも困惑の顔が浮かんだ。年の功だろうか。我々の中で一番年かさな大日新聞の政治部副部長の南李氏が質問を始めた。

 

「この場に作戦本部の報道官や大本営総務部の広報官ではなく、高級副官の柴咲閣下がお見えになったということは、この航空偵察によって得られた事実を、作戦本部は御自身で公表することはないということですか。」

「この偵察で得られた事実は、空軍の本部から発表するつもりはありません。おそらく大本営の広報官も同様でしょう。」

「その理由について教えていただきたいのですが。」

「事は軍機軍令に抵触する話です。だから、高級副官の私がこの場にて報道各社の方々に説明を行っています。」

「しかし、わざわざ空軍が偵察機を飛ばして得た情報です。国費を投じた国軍の軍事行動によって明らかになった情報はなるべく開陳する。この情報を表に出さないのは、政府大本営間の昭和44年協定にも違反しませんか。」

「その44協定でも、事項が軍機軍令に属する事項については除外されています。ことは軍機軍令に属する話です。何卒ご理解を賜りたい。」

 

 不可解な話だ。柴咲高級副官が話した内容は、空軍の偵察機がアルタラス水道の高高度偵察を行い、その結果得られた情報についてである。

 アルタラス水道において、パーパルディア民兵が乗船したと思われる船がアルタラス水道を南下し、アルタラス島へ向けて航行していた。航行していた一隻の船は次々とパーパルディアの港を離れ、南下していく。アルタラス海軍は航行していた船に臨検を出そうとしたようである。このようであるというのは、高高度偵察では、声までは聴取不可能であるから、小舟がパーパルディアの船に向かおうとしていたことから推測した事項であるとのことだ。ところが、パーパルディアの船はこの臨検を拒否して、アルタラスの小舟を沈めてしまう。アルタラス側は拡声の魔道具を使用して、停船を命令したようだが、パーパルディア側はこれを拒否して航行を継続した。そして、ついにはアルタラス海軍の船そのものに攻撃を加えるに至った。ここに至り、アルタラス海軍もパーパルディアの船に攻撃を加えた。アルタラス海軍のほうが攻撃する船の数も多く、パーパルディアの船は簡単に炎上し、撃破された。

 あっけなく思う間もなく、水平線上にまた別のパーパルディアの船が現れた。今度もまた一隻だけで航行しており、先ほどと同じような経緯を経て沈黙化した。このようなやり取りが5度にわたって続いた。アルタラス海軍側の被害は始めの2回の襲撃時のものにとどまった。その2回はいずれも停船命令を数回出した後に攻撃を加えられてから、反撃したが、3回目からは停船命令を発しても尚航行を続けた場合には攻撃を加えていたからである。

 6度目の襲来は、2隻の船が同時にやってきた。洋上にはアルタラス側が攻撃を加えた船が3隻ほど浮いていた。これを確認したのであろうか、パーパルディアの船は帆の向きを変え増速したようだった。パーパルディアの船から火矢による攻撃が加えられると、アルタラス側も即座に応戦し、1隻のアルタラス海軍の軍船の甲板が炎上したもののパーパルディアの船は数度の攻撃を加えられると沈黙した。

 ここまでが現地時間で午後3時頃まで、つまり日本時間の午後5時までの「衝突」の経緯であるという。今は現地時間で午後4時。こちらの午後5時といえばもう日没を過ぎているが、アルタラス水道では日没はもう少し後のはずだ。おそらく午後6時くらいまでは太陽が出ているはず。現地ではまだ「交戦」が発生する可能性がある。はて、そういえば、この交戦はどのあたりで行われたものだろうか。

 

「先ほど、柴咲副官殿は「衝突」とおっしゃいましたが、これは最早「交戦」というべきで、アルタラスとパーパルディアとの間で開戦したというべきではございませんか。」

 

 旭日の三船記者が質問を投げかけた。すると、柴咲副官は横目で外務省の竹崎報道官を眺めた。竹崎報道官は口を開いた。

 

「その件についてはこれから私が話す内容でしたが、お答えします。我が外務省としましては、現時点ではあくまでも現在の状況は不幸な衝突として考えております。作戦本部の偵察記録を見る限りでは、三船記者のいう状況は、アルタラス海軍とパーパルディアの民兵との衝突です。アルタラス王国とパーパルディア皇国との間の交戦ではないと考えております。ええ、あくまでも衝突です。外務省では、本件は不幸な事故と認識しております。アルタラス当局とパーパルディア当局との間で外交によるこれ以上の衝突の激化は回避可能と考えなければならないと考えております。」

 

 驚きだ。周りの記者諸君も驚いている。外務省がこれほどまでに状況把握を誤っているとは思いもよらないことだ。三船記者が反駁する。

 

「それはいくら何でもおかしいのではありませんか。1度や2度の衝突ではないのです。柴崎副官殿のお話では、現地時間の今日の午後3時までで6度の海上での衝突、いや交戦が起こっているのですよ。現地は未だに日が出ているはずです。もう一交戦起こっても不思議ではないはずです。」

「ふー。三船記者、「交戦」ではありません。「衝突」です。いいですか。外務省はこれ以上我が国周辺での武力衝突事態の発生を望んではいません。」

 

 なんだ。なぜ、外務省はこれほどまでに頑ななのだ。意味が分からん。質問している三船記者も困惑している。

 

「しかし、竹崎報道官。柴崎閣下のご説明によれば、最悪アルタラス本土も危険です。邦人への退避命令が必要であると考えるのですがいかがでしょうか。」

 

 空気を変えようというのだろうか帝都新聞の池田記者が質問した。竹崎報道官は一つ頷いて答えた。

 

「ご安心ください。駐アルタラス公使館には既に大臣からの訓令を発せられております。万一の場合の邦人の避難先は確保しています。」

「その避難先の安全はどのようにして守られるのでしょうか。」

「そうですね・・・。まあ、この記者会見そのものがそもそもオフレコですが・・・、まあいいでしょう。アルタラスには、ルバイル国際空港と言う、ムー国とミリシアル帝国が共用で使用している空港があります。空港とその付属地には治外法権が設定されています。当然空港とその周辺の警備もムーとアルタラスが行っております。現在我が国は、ムー国においてムー国との国交樹立交渉がほぼ終了しています。その関係ではありますが、ムー国からは、既に緊急事態発生時には、ムー国の空港付属地にある政府施設を邦人の避難先として確保してもらえることを了承してもらっております。」

「なるほど・・・。」

 

 不思議だ。既にムー側と交渉が終了しているということは、外務省がアルタラスが危険であることを以前から認識していたことになる。その想定で動いていて、緊急事態発生時の邦人への対処も行っているにも関わらず、現状認識はズレている。ふむ・・・。

 

「外務省は、現時点ではアルタラスとパーパルディアとの間は交戦状態にはない。つまり、まだ危機回避は可能と考えているということですが、」

「ええ、そのとおりです。」

「それは、どのくらいの可能性のお話でしょうか。竹崎報道官個人の見解でも構いませんが。」

「・・・。そうですねえ・・・。まあ、可能性という点ではねえ・・・。」

「ああ、本省幹部の方々も同じような認識でしょうか。」

「ふむ・・・。まあ、そうですね、まあ、外務省としては最後の最後まで希望を以て事態の収拾を図りたいというのが主眼ですね。」

 

 ふむ。これはひょっとすると。

 

「霞が関ではなく、戸山の御意向ですか?」

「・・・。」

 

 戸山の殿様。現在の外務大臣徳川侯爵を意味する隠語である。江戸時代、尾張藩の下屋敷が和田戸山(現在の東京都新宿区戸山)にあった。明治維新後、尾張藩の下屋敷に尾張徳川侯爵家の東京本邸が築かれた。このことから、尾張徳川侯爵のことを「戸山」ということがある。

 

「勘違いしてもらいたくはないが、外務大臣は現状認識が怪しいわけではない。本省の幹部会議でも、アルタラス情勢は危機的であるという認識を持っておられる。ただ、アルタラスかパーパルディアかの外交当局からの正式な開戦宣言があるまでは、ムー国を通じて、事態の収拾に全力を挙げようとしておられるだけだ。」

「なるほど。そして、それは、」

「勿論、大御心にも沿うものであると聞いています。」

「あ、いえ、首相官邸の意向については、」

「おや、松山記者でしたか、これはずいぶんと不見識ですね。行政権はいや、外交大権は畏れ多くも陛下の大権事項でありますよ。首相官邸の意向とは。まあ、首相は行政各部の統一を保持し、監督する権限を持っておられますが、外交のことについて、首相の意向を気にされるとはねえ。」

 

 後で知ったことだが、竹崎報道官は士族籍であるが、出身は華族肥後細川侯爵家の分家細川男爵家の三男だったそうだ。華族の手は長いな。

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