作戦本部の作戦秘匿の意図がここで明らかになりました。
満洲国軍の階級は史実とほぼ同じです。満洲国軍では兵も3階級でしたが、4階級に改めました。
官署執務時間規則(康徳三年十二月十一日院令第十一號)
茲ニ官署執務時間規則ヲ左ノ通制定ス
官署執務時間規則
第一條 官署ノ執務時間ハ休日ヲ除キ左ノ通トス
一 三月一日ヨリ十一月三十一日迄
午前九時ヨリ午後四時ニ至ル但シ土曜日ハ正午迄トス
二 十二月一日ヨリ翌年二月末日迄
午前九時三十分ヨリ午後四時三十分ニ至ル但シ土曜日ハ午後零時三十分迄トス
第二條 土地ノ状況又ハ事務ノ性質ニ依リ必要アル場合ニ於テハ官署ノ長官ハ主管部大臣ヲ経テ國務総理大臣ノ認可ヲ受ケタル後所属官署ノ執務時間ヲ変更スルコトヲ得
第三條 官署ノ職員ハ事務ノ都合ニ依リ必要アル場合ニ於テハ執務時間外ト雖モ執務スベシ
第四條 削除
第五條 現業ニ従事スル者ノ執務時間及休暇ニ付テハ本属長官之ヲ定ム
附則
本令ハ康徳四年一月一日ヨリ之ヲ施行ス
康徳元年院令第五號ハ之ヲ廃止ス
附則
本令ハ康徳六年一月一日ヨリ之ヲ施行ス
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満洲帝國新京特別市 空軍本部 2675(興信27・2015)年11月16日(月) 午前8時
満洲帝國新京特別市の西部には帝國軍用地があり、ここに二つの庁舎が並列して建築されている。
一つは満洲帝國陸軍の軍令機関である統帥本部が入る庁舎である。現在は、奉天省旅順市に移転した旧関東軍司令部(現在は軍政部と国務院情報中央処が入所)を模した地上3階地下1階建ての建物である。旧関東軍司令部は帝冠様式とよばれる日本風の屋根や天守閣風の建物を上層階に乗せたものである。日本陸軍の士風を色濃く受けた満洲陸軍の総司令部にこのような庁舎が建てられるのは必然と言えよう。
変わってこの隣には、もう一つ軍令機関の庁舎が置かれている。同じく地上3階地下1階建ての建物であるが、こちらは純近代的な様式である。この建物には満洲帝國各軍を総合調整する帝國軍全軍の統帥機関である幕僚総監部と海軍の軍令機関である海軍本部、空軍の軍令機関である空軍本部が入っており、統合庁舎と言われている。
建物の大きさ自体は統合庁舎の方が統帥本部庁舎よりもやや大きいが、1部署と3部署が入居しているということを考えると、統帥本部庁舎ははるかに大きいと言えるだろう。
11月の新京の平均気温はマイナス3度であり、平均の最低気温はマイナス7度にもなる。朝方ともなれば、マイナス10度を超えることもざらにある。そんな日の朝、まだ官庁執務開始時間のよりも1時間は早い時間に既に登庁している男たちがいた。一人は、統合庁舎三階にある空軍本部次長室の主、空軍中将ゴルドブギーン・フクラスナ空軍本部次長。ふくよかな顎鬚を生やしてはいるが、目つきは鋭い。もう一人は、統合庁舎2階にある空軍本部第一司長の文陽一郎空軍少将。丸眼鏡を掛けており、整備畑を中心に昇進してきた。そして、最後に空軍本部第二司長の汪泰聖空軍少将。情報軍官らしく、一番軍人らしくない風貌をしていた。
朝早いということもあり、部屋はまだ暖房が充分にかかっていなかった。彼らは空軍外套を着たまま密談を行っていた。秘書として付き従う空軍本部次長附も司長附も外しての密談であった。
「それで、東京の大使館附の武官からの連絡は?その後続報は来たのか?」
「はい、未だ不確かな部分も多くありますが、昨夜お知らせしたように、領空侵犯の事実はどうも動かしがたいようであります。」
「なんとも面倒な・・・。」
満洲帝國空軍中央軍令機関の組織について規定する空軍本部令(康徳26年軍令空第一号)には、「第四條 空軍本部総長ハ空軍参謀軍官ヲ統督シ、教育ノ事ヲ監視シ、空軍大学校、陸地測量部、空軍文庫及外国公館附空軍武官ヲ統括ス。」と定める。同時に「外国公館附空軍武官ハ、空軍本部第二司附トス」との規定に依り、外国公館附空軍武官は情報部門に所属することになっている。
日本國在勤帝國大使館附空軍武官趙志雲空軍上校から空軍本部に昨夜一報が入った。日本陸空軍機が高高度航空偵察中にアルタラス王国の領空に一定時間滞在した、日本の作戦本部内では緘口令が敷かれている様子だ、という内容である。空軍本部の当直軍官は、直ちに第二司長へ報告し、汪司長は登庁した。そして、汪司長は文司長に、日本駐在武官からの報告を伝達するとともに満洲空軍の偵察行動の状況について確認した。文司長も直ちに登庁し、マイハークに進駐した航空偵察隊本部から届けられた戦闘要報を確認していた。
11月8日、旅順の関東軍司令部で、満日の統合作戦本部長級(満洲帝國軍幕僚総監と大日本帝國軍大本営総監)の緊急会合が極秘裏に開かれた。この時、アルタラス危機に対する調査のため満日両軍の航空機による航空偵察に関する協定が締結された。この時点では空軍の司令部偵察機を使用しての航空偵察を意図していた。我が国はクイラ王国のバッスラーに軍民共用空港を持っており、日本はクワ・トイネ公国のマイハークに軍民共用空港を持っていた。航続距離の関係から日本がパーパルディア皇国に近い空域を、我が国がアルタラスに近い空域をそれぞれ、偵察することになっていた。
しかし、海軍本部がこの協定に異議を示した。マイハーク港沖合で我が海軍の航空母艦黒竜江がクワ・トイネ公国海軍機とクイラ王国海軍機に対する艦載機発着艦の訓練を施している。この訓練を一時中止し、海軍航空隊の早期管制機を用いて偵察を行えばよいではないかということである。この提案には確かに一理あった。なにより、空母艦載機を使えば、航続距離を節約できる。空軍は偵察行動部隊を編成し、動員令を発令していたが、一旦様子を見ることとなった。
ところが、海軍本部からの異議は取り消された。クワ・トイネ側とクイラ側が訓練中止に難色を示し、日本の海軍軍令部が空母黒竜江へ随伴艦をつけることを拒んできたのだ。この結果、海軍本部総長は幕僚総監部会議で謝罪し、改めて空軍の司令部偵察機での偵察作戦に賛同してきた。
既に偵察計画は、我が国がパーパルディア側の空域を、日本側がアルタラス側の空域を担当することで両国で調整がなされてきた。この間も、アルタラス情勢は緊張の度を増してきた。茲から再調整することは難しい。そこへ海軍本部から、マイハーク空港の施設で、日本海軍航空隊が使用する予定だった施設を我が国空軍が使用することの許可を取り付けてきたとの連絡が入った。渡りに船とは此の事かということで、マイハーク空港へ我が国と日本の空軍部隊が進駐し、偵察行動が開始できるようになった。
「まさか、後ろから撃たれるような真似をされるとは思いませんでしたな。」
「その言い方は不謹慎ではありませんか?」
汪司長の言葉を文司長が嗜める。だが、汪司長は止まらなかった。
「しかし、どう見てもこの流れはそうではありませんか。空母黒竜江が出撃出来なかったのは随伴艦が同行を拒否したからです。流石にこの新世界と雖も、空母が随伴艦なしに外洋へ航行するのは問題ですよ。そして、日本空軍のアルタラス領空侵犯を指摘したのも日本海軍の武官ですよ。」
「だからと言って・・・。日本は同盟国ですよ。友軍に悪感情を持ってどうします?」
「ですが文さん。今の日本海軍の海軍本部総長の柳沢閣下は、政治的な動きをしていることで情報部内では公然の秘密ですよ。何らかの意図があって今回の一連の動きに絡んだとも。」
「日本空軍機がアルタラス王国の領空を侵犯してしまったのも彼らの工作とでも。そんな馬鹿な。」
「その話はちょっと待ってくれ。今は総長に挙げる話を詰めておきたい。」
ゴルドブギーン次長が二人の間に割って入った。部屋はまだ寒いが、そろそろ空軍本部総長が登庁してくる時間だ。
「文司長。確認しておきたいが、我が空軍機もパーパルディア領空に侵入していたのかね?」
「はい。飛行記録を確認しますと、どうも明らかのようです。」
「なるほど・・・。さて、どうしたものか。」
ゴルドブギーン次長がソファーにもたれかかりながら腕を組み目を閉じた。唸り声をあげている次長に向けて汪司長は自身の見解を述べた。
「法の建前を言うのであれば、我が国とパーパルディア皇国との間には現在国交がありません。いうなれば、開戦宣言後の国家間の戦争中、自由行動状態と何ら変わりありません。領空侵犯とは、相互に主権国家として認め合うことが前提です。現状では、我が国の行動は領空侵犯ではないと言い切ることは充分可能です。」
「作戦司としても汪司長の意見には、同意します。我々も領空主権と言う概念を知らなかったわけではもちろんありませんが、新世界各国の技術レベルをみるに、両軍での作戦立案の際に新世界各国に対する配慮が欠けていたというのは否定できません。」
ゴルドブギーン次長は、片目を開けて、溜息をつく。
「軍としてはそれでいいかもしれんが、このことは政治の領分だろう。政治的配慮というのは軍の見解よりも優越するときが往々にしてある。今我が国はパーパルディア皇国と国交樹立を進めている。そのさなかの領空侵犯だ。外交部がよい顔をしないことは確かだろう。」
「しかし、パーパルディア皇国側に我が国が領空侵犯をしたと認知できますでしょうか?」
「さて、それは分からんよ。この世界の国々のことを我々は熟知しているわけではない。ケモノが空を飛ぶ世界だ。ゾウガメの甲羅が機関銃の弾を防いだこともある。早急な結論を出すのは得策とはいえんよ。」
「なるほど・・・。」
会話が停まったことを受けて、文司長が口を開く。
「しかし、アルタラス側が日本空軍機の領空侵犯の事実を知ったとして、抗議を行うでしょうか。アルタラス本国は今はパーパルディア皇国との間に交戦中です。一国でも味方が欲しいときでしょう。いくらアルタラスは日本との間の関係があまり良くないとしても、日本側が条約違反を真摯に謝罪すれば、水に流すくらいの理性はあるのでは?」
ゴルドブギーン次長は目を細め、口髭を漉きながら話をつづけた。
「アルタラスはそうだろう。だがね、アルタラス領空侵犯が公になると、我が国のパーパルディア領空侵犯も公になると言ってよいだろう。我々は注意していたにも関わらず日本機だけが侵犯をしたということになれば、作戦協議が十分でなかった、それも我が国が認識してい事を作戦会議の場で述べずにいたということになる。それでは、日本側の我々に対する認識が悪化する。それは避けたい。そうなるとだ、我が国は分が悪い。相手がパーパルディアだ。アルタラスのようにはいかない。従って、我が国としては日本国に対して領空侵犯の事実は認めないようにと言うしかない。総長にはそのあたりを含めて説明するしかないだろうね。」
「なるほど・・・。」
両司長が頷いた。時刻は8時35分。もうそろそろ、総長が登庁する。説明のための事前ブリーフィングは終わったかと思ったが、口髭を漉くのを止めた次長は更に話始めた。
「それに我が国と日本国の関係はちょっと微妙なものになりかねないんだ。」
「次長、それは?」
「うむ・・。海軍本部次長から通知された事項だ。司長級はいずれ知っておかねばならないことなんだが、アルタラス島沖合に派遣された我が国の潜水艦が帰投中なんだが、お客さんが乗ってるんだよ。」
「お客さんですか・・・。」
「うむ・・・。お客さんの名前は―」
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満洲國軍軍人の任命方法について(日本国軍対比あり)
満洲國軍軍人の階級は、日本国軍と同じように武官と兵に分かれる。ただし、階級の呼称が一部異なる。また、日本国軍における語と満洲国軍における同じ語の語彙が異なる場合がある。
満洲国軍における官等及び兵の等級は陸海空軍別に別個の法令で制定されるが、官等等級の数は同じである。日本国軍の場合は、陸海軍別の2種類、武官と兵とで別個の合計4法令が制定されている(陸軍武官官階(昭和26年勅令第165号)、陸軍兵職階(昭和26年勅令第166号)海軍武官官階(昭和26年勅令第167号)、海軍兵職階(昭和26年勅令第168号))が、満洲国軍においては、陸軍武官ノ官等及兵ノ等級ニ関スル件(康徳8年勅令第259号)、海軍武官及兵ノ等級ニ関スル件(康徳4年勅令第37号)、空軍武官ノ官等及兵ノ等級ニ関スル件(康徳21年勅令第362号)の3法令によってそれぞれ規定され、武官と兵で分けることをしていない。
満洲国軍の階級は、武官と兵に分かれる。このうち武官は、軍官、准尉官、士官に分かれる。満洲国軍における士官とは、日本陸海軍における下士官のことである点に注意が必要である。武官は、文官が高等官と委任官に分かれるのと同じように分けられる。軍官は高等官に、准尉官は高等官と委任官に、士官は委任官にそれぞれ分けられる。
軍官は、将官、校官、尉官に分けられる。将官は親任官と勅任官に相当し、校官と尉官は推任官に相当する。
将官は上将、中将、少将に分けられる。上将は親任官である。上将と中少将で任命の方法が異なる。官吏の任命書たる官記は全て横置き縦書きである。書式は、始めに現在の官姓名が紙面の下寄せで書かれて、改行して紙面上寄せで、「任 官名」と記載される。その先は、親任官、勅任官、薦任官、委任官それぞれで記載される内容が変わってくる。
上将は親任官である。親任官とは、任命するにあたり皇帝が直接官記を手渡す式典を行って任命される官を言う。上将の任命は、軍政部が起草した官記と推薦書(官記等)が国務院に送られたあと、執政府に送付される。執政が閲覧点検した後、官記等が日本国東京宮城内に置かれている宮内府東京支処に送られる。満洲帝國皇帝は、官記等を閲覧点検の後に官記に親署する。親署の後、官記等は宮内府東京支処から満洲帝國執政に再び送られ、尚書府において「皇帝御寶(皇帝御宝)」と銘された璽が鈐される。官記は国務院に送られ、御璽の隣に、国務総理大臣が年月日を自ら記入し、副署する。官記はその後執政府に送られ、執政府において上将を任命する親任式が挙行される。官記は皇帝の代理人たる執政が直接手渡す。親任式は、満洲皇帝の宮殿である大同殿において行われる。
中少将は勅任官である。勅任官とは、皇帝の命令によって任命される官を言い、勅任官の推薦は国務総理大臣が奉行する。官記の交付は国務総理大臣が皇帝の意思を奉じて行う。中少将の任命は、軍政部が起草した官記等が国務院に送られる。官記等は国務院から執政府に送られたあと、執政が閲覧点検する。その後尚書府において御璽が鈐される。その後官記が国務総理大臣に送られ、年月日が記入され、国務総理大臣の副署がなされる。官記は国務総理大臣から交付される。但し、中将の官記の授与は大同殿で行われ、少将の官記の授与は執政府庁舎で行われるのが常例となっている。なお、かつては親任官を特任官、勅任官を簡任官と呼んでいたが、名称に重厚さが足りないということで官種名が日本風の名称となった。
校官と尉官は、それぞれ上校、中校、少校と上尉、中尉、少尉に分けられ、これらは薦任官である。薦任官とは、皇帝への奏上の後に任命される官であり、推薦の上奏は国務総理大臣及び国務総理大臣を通じて各部大臣によって行わる。官記の交付は、国務総理大臣が皇帝の意思を告げ知らせて行うものであるとされ、この行為を宣行という。校官と尉官の任命は、軍政部が起草した推薦書が国務院を通じて執政府に送られ、執政の裁可を受ける。その後、推薦書への裁可が行われたあとに、官記に「国務院之印」と銘された璽が鈐され、年月日が記入された後に国務総理大臣が副署する。国務総理大臣の副署した官記は軍政部大臣に送られ、軍政部大臣は、之を直接対象者に交付するか、対象者の本属長官に送り、彼らに交付される。なお、高等官たる准尉官の任命もこの方法による。日本国における奏任官に該当する。
高等官ではない准尉官と士官は委任官にあたり、士官は、上士、中士、少士に分けられる。委任官とは、皇帝が自身の官吏任命大権をそれぞれの国家機関に委任し、各国家機関で任用する官吏をいう。士官の任命は、各官衙、各部隊、各学校などから推薦書が軍政部大臣に送られる。軍政部大臣は、その推薦が至当と認めたときは、官記を作成し、官印(「軍政部之印」と銘される)を鈐され、年月日が記入された後に軍政部大臣が副署する。副署された官記は軍政部大臣から対象者の本属長官に送られ、彼らに交付される。
これらは全て武官という枠組みの官吏に該当する。満洲國軍には文官も所属するが、文官は武官とは違った法令が適用される。ただし、官吏の官記などは同じような手続きを取る。軍人には武官たる軍人と文官たる軍人と文武官以外の軍人が存在する。そのなかでも直接統帥の枠組みに属する者、即ち軍事を担当する者として兵が存在する。
兵は兵長、上兵、中兵、少兵の4階級に分けられる。徴兵によって入営する者、志願兵試験を受験して入営する者の2種類がいる。兵の場合は官記と言わず兵籍登録書又は辞令書が交付される。少兵として入営するときに兵籍登録書が交付され、中兵以上に昇進したときには辞令書が交付される。兵の数は陸軍兵定員令(康徳16年勅令第239号)、海軍兵定員令(康徳16年勅令第240号)、空軍兵定員令(康徳16年勅令第241号)それぞれで上限が決まっており、その上限にいたるまでの員数を雇用することができる。軍政部は、定員令の範囲内でそれぞれの各官衙、各部隊、各学校における兵の定員を定めている。各官衙、各部隊、各学校はそれぞれで雇用試験を行い、兵の雇用を行う。