パーパルディア皇国皇都エストシラント パラディス城御休息室
― パーパルディア皇国宮内府大臣フランツ・オイゲン・フォン・オットー大公
「何故、この時間に至るまで余に一切報告がないのか!!貴様らは皇国の高官としての職責をいかに考えおるのか!!」
パラディス城で皇帝が執務を行う皇帝執務室よりも更に奥にある皇帝が日常生活を送る御休息室の中で皇国文武の高官が一堂になってひれ伏している。皇帝秘書官長フリートヘルム・ゲープハルト・フォン・フォルストブルグ伯爵、統帥本部総長シニョール・ランベルト・フォン・アルデ伯爵、国家戦略局長マリウス・グスタフ・フォン・イーリントン侯爵、第三外務局長クラウス・カルステン・フォン・カイオス子爵そして私宮内府大臣フランツ・オイゲン・フォン・オットー大公。
「ゲープハルト!!見よ、この無様な様を。」
皇帝陛下が皇帝秘書官長のフォルストブルグ伯爵の眼前に数枚の羊皮紙を突きつけた。伯爵は震えながら紙を手に取った。
「8度だぞ!!8度!!馬鹿の一つ覚えのようにただ悪戯に船を突っ込ませて撃退される。連中の頭には何が詰まっていたのか!!」
昨日11月15日、皇国の貴族連合軍を名乗る門閥貴族の係累たちは徒党を組んでアルタラス島へ向けて侵攻を開始した。ただ、徒党を組んだと言えば聞こえはいいが、実際には烏合の衆の集まりでしかなかった。彼らは海軍の艦隊宜しく船団を組んで、一致協力してアルタラス上陸を目指すのではなかったのだ。出航していった船はお互いに連携もせずに我先にとアルタラス島を目指し、彼らに対する臨検を実行しようとしたアルタラス海軍によって行く手を阻まれ、各個撃破された。
状況を見守っていた、いや監視していたというべきであろう第三外務局長のカイオス子爵は、貴族連合軍の船がエストシラント港を出港するや、すぐさまエストシラント港湾管理局長エルンスト・アードリアン・フォン・ラインバッハ子爵に面会をとった。ラインバッハ局長は、貴族たちの出航許可申請書に不備はなく、港湾管理局としては許可を出さないというのは権限に抵触する行為であり、粛々と業務を遂行せざるを得ないと言ったところであった。
カイオス局長は統帥本部総長アルデ伯に連絡を入れ、貴族たちの出航を軍の権限で留めることができないか要請に赴いた。アルデ伯の言としては、貴族連合軍は皇国軍の統帥に服していない地方諸侯の軍勢であり、統帥本部として掣肘を掛けることはできないという話であった。皇国には皇帝の統帥権に服する皇軍と皇帝の統治権(≒行政権)に服する(地方)諸侯がおり、これらはそれぞれで皇帝に服している。軍事的な事項で皇帝を補佐する統帥本部は、地方諸侯の上官ではなく、むしろ同格の存在であるから指揮することはできないというのが、アルデ伯の見解であった。
そういう意味では、皇国には行政職を統括する人間は皇帝以外にいない。軍事的な問題は統帥本部が、司法権については司法尚書が、皇帝一族の生活全般及び貴族についての儀礼典礼については宮内府大臣の私がそれぞれ統括しているが、行政については皇帝の統治権に服するものとされ、統括官が存在しない。皇帝秘書官がこの任に当たるということもできるが、名前から察せられるように彼らはあくまでも皇帝の補佐官ではなく、秘書官であるというのが建前なのだ。
それでも、皇帝陛下は秘書官長に信頼を置いている。ルディアス皇帝が皇太子のころから見出し、自らが鍛えたという自負があるのだろう。
「ゲープハルト、緊急時の対応を見直せ。緊急時の対応を決めていたとは言うがこの様だ。だが、平民を使うことの是非ついては言うに及ばぬ。そもそも、其方らが見出した平民は臣たる者に在らずとは言いながらもなるほど天晴な忠義者であったことはカイオスより聞いている。海の藻屑となった貴族と言う名の屑どもなどよりも皇国に対して忠実だ。彼らのなお一層の地位を保障せよ。まずは、服制だ。皇帝秘書官室附としての身分を外見でまずは保障せよ。」
ほう。カイオス局長は一体どういう上奏をしたのであろうか。皇帝陛下が平民に対してかくも細やかな配慮を行うとはな。
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― パーパルディア皇国第三外務局長クラウス・カルステン・フォン・カイオス子爵
今目の前で恐懼している皇帝秘書官長は事務処理能力の高さは折り紙付きだが、皇国全土を統治するような強い権限は当然ながら持ち合わせていない。それでも、貴族たちを停める可能性があるのは皇帝秘書官以外にはいないというのが、私の判断であった。私は、皇帝秘書官室に赴き、すぐさまの面会を願い出たが、あいにくの安息日であったがために皇帝秘書官長以下幹部は不在であった。
安息日の皇帝秘書官室には鍵がかかっているが、部屋の前には伝令夫が常駐している。休日であったとしても、緊急招集が必要な事態が勃発したときは、伝令夫が皇帝秘書官の各屋敷に走り、職員の呼び出しが行われることになっている。私は伝令夫を遣いに出し、皇帝秘書官長の登城を要請した。
ところが、この伝令夫が貴族の身分ではなく、単なる平民の身分であったことが災いした。貴族を安息日に働かせるというのは難しい。そのために平民を雇ったことまでは理解できるが、平民には力不足であった。私の指示を承けた伝令夫は皇帝秘書官長の屋敷に出向いたが、平民の服装であったことが災いして、屋敷の門番からすげない対応をされた。たかが平民が皇帝陛下の覚え目出たい秘書官長を呼び出すとは何事かということであった。伝令夫も自己の職責を果たそうとしつこく食い下がるが、門番から打擲されるに及んだ。秘書官長、副秘書官長、秘書官長補佐と言った具合に何件か回ったが、後になるにつれて、手洗い歓迎を受けた伝令夫の服装は汚れが目立つようになり、とうとう秘書官長補佐の屋敷では初手から物乞いは去れとばかりに痛めつけられたのだとのことだった。
伝令夫は痛めつけられた体をかばいながら皇城へと戻り、私に役目を果たせなかったことに対して泣いて許しを乞うた。話を聞いて私は驚き、自ら秘書官長の屋敷に赴くことを伝え、伝令夫に屋敷の位置を尋ねた。皇帝秘書官は皇帝の御側近くに仕える者達であり、収賄などを防ぐために、彼らの住所地などは「非公開」とされていた。とはいえ、それは表向きの建前であり、彼らも貴族なのだから、自然とその住まいなどの情報は洩れるものである。
それでも伝令夫に聞くまでは自分は皇帝秘書官長の屋敷を知らなかったと言うためだけのあくまで保身の一貫でしかなかった。秘書官長の屋敷を知っているというのは、供応や贈賄の可能性を疑わせるに足り、私の政治的な汚点となり得る。故に建前を守り、伝令夫から聞き出そうとした。私が秘書官長の屋敷の位置を知ったのは、伝令夫が秘密を洩らしたからに他ならない。緊急時の職責を果たせず、秘密を洩らしたということでおそらく伝令夫は処罰されるであろう。気の毒なことではあるが、彼が刑事的な処罰は受けぬように減刑の嘆願は行うつもりではあったし、もし伝令夫の職を失っても我が屋敷で雇ってやろうとも思っていた。
だが、匹夫に過ぎぬと持っていた伝令夫は、あくまでも自己の職責を果たさんとする決意を表明した。秘書官長の屋敷の位置を教えることはできない、何としても私が連れてくるので、私の署名入りの要請状と貴族の身分を表す証拠のようなものを借り受けたいと申し出てきた。たかが平民と侮ることなかれ。彼は皇帝秘書官室附という職を名誉ある職と受け止め、驚くべき覚悟を以て職務に臨んでいるのだと理解した。
そのとき、私の脳裏に日本と満洲の最高法規である憲法の語句がよぎった。「臣民」。君主を補佐する臣と君主に従う民は分別される存在であった。政治的素養も経済的理解も知的教養を持たない民は国家にとって統治される存在でしかないと考えていた。しかし、彼らは違う。彼らの国の民は臣であり民であるのだ。我等は君主に仕える者だけが臣であり、それ以外の民は国に住んでいるだけの人間なのだ。彼らは国家の構成員すべてが臣民であるのだ。人材と言う点ですそ野が広い。社会の各層に有能な人材がいる。都市も農村も問わぬ。国土の全ての場所に公共的で能動的で自律的な人間がいるのだ。
だが彼を見よ。平民であっても、名誉ある地位につけ、教育を行えば、その本分を果たそうとする者がいる。教育だ。教育によって我がパーパルディアにも臣民を創ることができれば、皇国の現状は変えられるのだ。
私は彼に身支度を整え、新たな服に着替えることを命じた。服はこちらで用意した。パラディス城の衛兵から服を借り、私の署名入りの要請状を我が家の紋章が入った木箱に納めて渡した。更に、私の乗ってきた馬車を使うように指示して再度秘書官長の屋敷に向かわせた。
効果は劇的であったようだ。馬車から降りた伝令夫に驚いた門番は、カイオス子爵家の紋章の入った木箱を見て驚き、屋敷に通された。だが、訪れたはいいものの秘書官長は屋敷を不在にしていたようだ。秘書官長の屋敷の使用人が私のところに伝令としてやってきてそれを知ったが、そのときはまだ昼過ぎであった。そこからがまた長かった。秘書官長の呼び出しと副秘書官長と秘書官長補佐の招集を経て、彼らがパラディス城に登城したのは、夕方になってからであった。
そのころには貴族連合軍の船は全体の3分の1が出港していったようだ。混雑していた港湾内から船が徐々に減ったことでこれからの出航準備にかかる時間が減ることが予想されていた。秘書官長たちは過去に発布された法令を読み返していた。するとやはり、貴族連合軍の船舶の出航を留めることのできる法的な根拠は見つからなかった。では、皇帝陛下の勅書を発行してもらうことはできないかを尋ねた。しかしこれも、皇帝陛下の命令によりアルタラス征伐の臨時予算が組まれて既に執行されているということ、皇帝陛下の勅命はアルタラス討伐であって、貴族連合軍がとどまっていたのは時機を伺っているに過ぎなかったということであって、彼らの行動を中止させるのはアルタラス討伐を取りやめということになり、朝令暮改となることを指摘され、これも不可能となった。
まごついている間に統帥本部総長のアルデ伯が登城し、我等に合流した。アルデ伯は我々に貴族連合軍の大惨敗を伝えてきた。正規軍のワイバーンロード隊を上空に送って動向を偵察していたところ、単船で突撃を行い、各個撃破され続けていた。6度目の攻撃からは2隻、7度目は3隻、8度目は6隻が船団を組んで、突撃していったが、アルタラス海軍に多少の損害を与えただけですべて沈没した。16隻の船が沈められ、アルタラス海軍に与えた損害は、上甲板延焼7隻、内訳が4隻が損害が軽微なうちに消火し戦闘続行は可能と判断。1隻は消火し、自力航行は可能だが数日の修理が必要と判断。1隻が相当な火災を発生して曳航された様子で、1隻が消火不能にて自沈といった様子であったようだ。
アルデ伯はこれはまずいと判断して、直ちに一時的に指揮下においた外務局監察軍南洋艦隊に出動を命じた。貴族連合軍の船舶は続々と出港しており、日が沈むため洋上で待機するだろう。その後は船団を組んで、翌朝戦闘を開始するに違いない。その際に格が落ちるとはいえ監察軍の指揮下に置いた方がよいと判断したようだ。アルタラス海軍は当初2隻で相対峙したが、その後増援を得て、最終的には20隻程度の陣容で6隻に相対した。おそらく、これからもアルタラス側の増援は増えるであろうから、軍の力が必要になるが、艦隊に出動を命じた以上皇帝陛下への報告が必要と判断し登城したようだ。
皇帝秘書官長と私は皇帝陛下への上奏を待ってほしいと頼んだ。戦闘が拡大するのは好ましくなく、まずは、南洋艦隊の力で貴族連合軍の洋上での待機に力を貸してほしいと頼んだ。アルデ伯は、南洋艦隊に貴族連合軍への命令権は無いため、難しいと反論した。だが、当初の作戦である正規軍新編部隊の投入が間に合っていないため、修正の為にも翌朝まで報告は待つと約束してくれた。おそらく、皇帝陛下の裁断は総攻撃にあるだろうと私もアルデ伯も見越していただからだ。
「アルデ。気になることがあると言っていたな。」
「はい。ワイバーンロード隊が上空偵察を行っているさなか、我々のはるか上空でムー国の飛行機械に酷似した存在が上空を飛行していたと竜騎士が報告をしておりました。彼は、ムー国の飛行機械と申しておりましたが、私は日本国満洲国の偵察機であると判断しております。」
「やはりか。余もそう思う・・・。」
皇帝陛下もこの戦いに日本国満洲国が興味を持っているということを知っているのだ。ならば、下される結論は・・・
「アルデ。偵察にワイバーンオーバーロードを使え。」
「なんと。戦闘でもないのにオーバーロードを出すとおっしゃいますか。」
「うむ。万が一を考えるとな。向こうの機体が偵察機ということであれば、戦闘は不慣れであろうことは想像がつく。不意はつけるだろう。」
「陛下。彼の国々と緊張状態を作るのはまだ時期尚早と判断いたします。」
私の進言にアルデ伯とイーリントン侯、フォルストブルグ伯が同意した。
「落ち着けカイオス。余も望んで事を起こすつもりはない。それにだ、日満両国にとっても、偵察行動は秘密裏に行われる軍事行動の一貫のはずだ。万が一我々が向こうの偵察機を撃墜したとしても事を公にするとは思えぬ。我等の争いに中立を表明しているはずの彼らが軍用機を差し向けたとあってはだ。アルデ、もしそのようなことが起こり、彼らを救助することがかなうならば、全力を以て救助に尽力させよ。その際は捕虜ということになるが、カイオス、彼らに対して十分な歓待をせよ。彼らの返還交渉は国交樹立の交渉の糸口となる。我々が寛大である事を示すことになるだろう。」
「なるほど。」
「イーリントン侯。アルタラス平定の裏工作を開始せよ。もはや猶予はならん。ムーやミリシアル、日満両国を刺激することは避けたかったが、たとえぼんくらな貴族共であってもパーパルディア皇国がアルタラス王国相手に負けたというような結果は断じて許されぬ。列強各国だけではなく、文明圏外各国に侮りを受けることになる。よいか、迅速だ。迅速にアルタラス国内を平定せよ。」
「承知いたしました。」
「アルデ。新編中のかの部隊をできる限り速やかに投入せよ。集結に時間がかかるであろうが、他の監察軍や貴族連合軍による総攻撃は速やかに実施せよ。」
「はい。既に監察軍南洋艦隊には出撃を命じております。これより、統帥本部に戻りまして総攻撃の命令を下します。」
「うむ。カイオス。当初の予定とは異なるが、卿には今後も動いてもらわねばならぬ。日満両国との国交樹立交渉、先のあれは不確実なものだが、何か他に糸口を探れ。駐ムー大使のグレーゴール=パルネス公のルートしか今のところ接点がないが、本国と離れているのがやや気にかかる。日満両国が接触してこないので、こちらから動かねばならぬが癪に障る所ではあるが、最早時に猶予がない。彼らと直接交渉の機会を探りたい。」
「はい。しかし、陛下。外1のほうはどうなされますか。」
「外1はグレーゴール=パルネス公のルートの統括をさせる。だが、ムー大使としての職務と新たな国交樹立交渉の2つの仕事をさせるわけにもいかぬ。予備のルートと言うか、ルートは多い方がよいだろう。多面的な視点で物を考えることができる。」
「了解しました。」
やはりか。アルタラスへの総攻撃は日満両国を刺激しかねなかったが、やむを得ぬか。