アルタラス王国王都ル・ブリアス アテノール城
― アルタラス王国外務卿シモン・ド・ユグモンテ
暗澹たる思いとはこのことか。
パーパルディア皇国からの外交要求とそれに続くターラ陛下によるカスト大使の殴打によって我がアルタラス王国は危機に陥った。外国の大使に対して直接の暴力に及ぶ。この文明圏外の諸外国のなかにはよほど腹に据えかねることがあったのだろうと陰では同情してくれたが、外国使節に対する身体不可侵は、神聖ミリシアル帝国以下先進11カ国会議でも受け入れられている文明国の法に違うという公式見解を出さざるを得なかった。勿論この見解も各国の自由意思によるものではない。在アルタラスのパーパルディア大使館員が、わざわざ我が国に駐在する各国の大使館に押しかけていき(しかもこともあろうにミリシアルやムー国を筆頭とした各国の新聞記者を引き連れてだ!)、回答を要求した結果だ。
それでも私は駐アルタラスのミリシアル大使と必死にやり取りを行った。外交要求の以前から、そう、あの8月の変事からミリシアル大使とやり取りを行い、政治的抑圧は脇に置いておくとしても、アルタラスの政治的独立は文明圏の法に依って保障されるべきとの発言を得ていた。パーパルディア皇国からの外交要求に関しても、国際社会におけるアルタラスの現在の地位を変更するが如き外交要請は文明圏の法によって排せらるるべきであるとの発言を得ていた。国王陛下による殴打事件後も、謝罪とそれに附随するある程度の歓心を買うための貢献はあるとしても、それはアルタラスの政治的独立を侵害するものであってはならないという形で踏みとどまっていた。
この他にも日満両国が各国のパーパルディア大使館へアルタラス問題に関する平和的解決を望むという文書を手交していた。ありがたい話ではある。そもそも、文明圏外各国がパーパルディア皇国に対して物申すという姿勢自体があり得ない話だ。パーパルディア皇国による第三文明圏とその周辺文明圏外国家の一極支配体制に風穴を開けるような試みともいえる。だが、やはり彼らは少しずれている。皇国が軍事行動を抑制するようにという文書を受け取っただけで態度を改めるはずはない。我が国に加勢するというのであればまだしも、口出しだけで皇国の行動を停めるべくもない。まあ、聞くところによると、皇国大使館の受付で文書は不受理となるか、受付職員が受け取ったあとにそのまま捨てられたそうだ。このようなパーパルディア側の態度は、一国を侮蔑した敵対行動にも等しいが彼らは特に別段の行動に移していない。やはり彼らは、物事を考える基準が少しばかり違うのだと思う。
ルミエス王女の「薨去」。これがパーパルディア皇国軍の我が国侵攻の直接の原因となったようだ。死を偽装したことがすぐにばれるとは、つくづくあの姫君は嫌われているなと思った。いや、あれはバレたと言ってもよいものなのだろうか。斜めの解釈が真実というのはどう評価すればよいのやら。
駐パーパルディア大使からパーパルディア皇国貴族の出航の知らせを受け取った私は、直ちにミリシアル大使を訪問し、調停を依頼した。大使は、始まってしまったものは仕方ない、ともかく一戦して、膠着状態をつくれればそれでよし、海上で睨みあっている間に在パーパルディアのミリシアル大使が勧告に動く、その時間をつくれればよいとのことであった。
ところがだ、海上での戦闘は我々の予想をひどく裏切るものであった。王宮に届く次々の報告は、我が海軍が一方的にパーパルディア皇国の船を沈めていくというものであった。パーパルディア皇国軍は何をとち狂ったのか単船、そう、たった一隻の船を我が海軍の艦船群に突っ込ませて、あえなく撃沈させた。それも同様の行動を繰り返した。相手方の意図が読めず、困惑していた海軍本部長官を始めとした軍部だけでなく、私もパーパルディア軍の行動が理解できなかった。
だが、次々と届く報告がパーパルディア皇国が我が国に本気で侵攻する意図がないとでもいわんとするのごとき内容であったことに気づいた私は海軍本部長官に彼らの撃沈ではなく、拿捕を要請した。パーパルディア皇国の目的が、自国の国民に被害が出たことを理由として侵攻を正当化することにあると思った私は、これ以上彼らの被害を出さないことが交渉の糸口になると判断し、軍部に申し入れを行った。だが、軍部からの回答は芳しくなかった。敵が攻撃を仕掛けてきている以上これを排除するのは当然のこととして軍部は迎撃の続行を決定した。
已むを得ぬという思いはある。パーパルディア皇国側は最終的に6隻の船団を編成して、洋上攻撃を仕掛けてきた。我が海軍はこれを撃退した。多少の被害を受けたが、戦闘中に沈んだ艦はいなかった。戦闘後曳航を断念して、自沈させたにすぎず、乗組員もほぼすべて他の船に乗り移った。パーパルディア皇国を相手にして完全な勝利と言うべきであろう。街は歓喜の声を挙げているようだ。
だが、我が海軍が相手した船にパーパルディア皇国が保有しているはずの魔導砲を備えた軍艦がいなかった。このことは海軍関係者を唖然とさせた。パーパルディア皇国が意図しているのは間違いなく自国民被害を理由とした報復攻撃だ。国王陛下も私の言葉に同意したが、海軍関係者に対して迎撃の成功を嘉した。いや、正確にはそうするより他になかった。明日からが戦いの本番だ。ここで士気を落とすわけにはいかない。
私はミリシアル大使館を訪問し、大使に至急の面会をと願ったが、ミリシアル大使は郊外に行楽に出かけているとのことであった。10日ほど休暇で離れる予定であったが、明日にも急遽帰還するということであった。この時期に面会がかなわなかったのは痛いが、既定の方針のとおりに動くより他にない。膠着状態をつくり、その間にミリシアルの調停を待つしかない。
一夜明けて、王宮に向かった。今後の善後策を協議し、海軍の戦闘状況を把握するためだ。海軍関係者の表情が暗い。
「モルダウ長官。」
海軍本部長官のモルダウ卿に声を掛けると、長官はひきつった顔で私を見た。
「なにやら浮かない顔をされているが。」
「ええ。パーパルディア皇国が本気を出してきました。前線からの報告によれば、80門級戦列艦、パーパルディア皇国監察軍南洋艦隊旗艦のカスパールの存在が確認されました。」
「監察軍南洋艦隊か。」
とうとうパーパルディアは本気を出してきたいということか。80門級の戦列艦は確かに脅威だ。我が海軍の軍艦は一番大きなものでも50門級と聞いている。だが、監察軍は皇国軍でも二線級の軍艦が中心。旗艦が80門級ということであれば、指揮下に置いているのはこれよりも劣る戦力のはずだ。いやまて。
「パーパルディア海軍の本国艦隊の姿は確認されていないのかね。」
「ええ、カスパールが最大戦力のようです。そのほかはそれよりも劣る性能の艦です。おそらく50門級が4隻、30門級が12隻というところのようです。しかし、カスパールのマストに掲げられている将旗はポクトアール子爵家のものでした。」
「む?モルダウ殿。ポクトアール子爵家と言えば確か。」
「ええ、外務卿も御存じの通り、フェン王国駐留軍司令官であるポクトアール提督が監察軍南洋艦隊を率いているということになります。ユグモンテ卿、これはやはり、卿が昨日仰っておられたようにパーパルディア側は平和的進駐の意図があるとみるべきでしょうか?」
海軍本部長官がすがるような眼で私を見てくる。私に聞かれても困るというものではあるのだが・・・。
「ポクトアール提督といえば、フェン進駐を平和裏に成功させ、現在もパーパルディア皇国のフェン植民地の治安を安定させている皇国軍の中でも指折りの実力者です。その彼がやってきたというのであれば、その可能性も充分にあるというべきですが。」
「ユグモンテ卿、卿は昨日は私にパーパルディア皇国は平和的進駐の意図があるとおっしゃいました。今日になってその発言に自信を持てぬとおっしゃるのですか。」
「いや、正直パーパルディア皇国側の意図が読めぬのだ。なんというか。そもそも、パーパルディア皇国は、先日我ら相手に損害を与えられたにもかかわらず、おとなしくしているような国家であったかね?」
「そ、それは・・・。」
海軍本部長官の目が泳いだ。そう、我等の知るパーパルディア皇国であれば、斯様な事態になったとすれば、その報復は苛烈なものになるだろう。そこに、ポクトアール提督のような軍政家として有能な者を指揮官に選んだ意図がわからぬ。
「それよりも長官。防衛戦は大丈夫なのか。なんとか膠着状態に持ち込んでもらわねばならぬのだが。」
「パーパルディア皇国の本国艦隊ならばともかく監察軍が相手ならば、まだ何とかなるという程度ですよ。こちらの戦力は50門級戦列艦が6隻、30門級が10隻と言う程度です。80門級と戦えというのは手厳しいですが、まだ戦力差を考えるとやってやれないことは無いという程度です。ただ、仮にここをしのいでも、我々の戦力は消耗するでしょう。南洋艦隊から増援を至急呼びましたが。この戦には間に合いません。なにより、ロデニウス水道の海賊対処に戦力を残す必要がありましたので、多くはよべませんでした。おそらく、この海戦で傷つくであろう我等の戦力を回復させるまでには至らないでしょう。一方でパーパルディア皇国側はまだ本国艦隊の、そう100門級や120門級の軍艦が控えているのです。我々はこの一回きりの戦力しかありませんよ。」
海軍本部長官が昏い眼をして言った。うむ・・・恐らくそうだろう。この海戦が終わるまでには、ミリシアルを動かさねばならぬ。なんとかして、一部地域、それもなるべく小さな範囲の割譲に留めねばならぬな。