フィルアデス大陸・アルタラス島間アルタラス水道海上
― アルタラス海軍北洋艦隊司令官 アレクシ・ピエール・クジネ
「徐々にこちらに近づいてきているということか。一体何が目的なのだ。」
パーパルディア皇国の軍艦が眼前に広がっている。昨日までの商船の群れとは違う。本物のパーパルディア皇国軍隊の軍艦だ。中央にパーパルディア皇国監察軍南洋艦隊旗艦のカスパール。魔導砲を80門搭載する戦列艦だ。パーパルディア皇国にあっては旧式艦とされているが、我が国を始めとする文明圏外国家にとっては脅威だ。その両隣におそらく50門級と思われる戦列艦2隻が固めている。この外側と背後に30門級と思われる戦列艦が2隻ずつの4隻。これが艦隊の本隊と言うところだろう。この7隻の本隊の両隣には50門級戦列艦を部隊指揮艦としているのであろう小部隊がある。中央に50門級そしてその隣に30門級が2隻ずつの5隻小部隊が横一列に並んでいる。そして、この皇国軍艦隊の両端に商船群がある。雑多な商船が目視確認できる範囲で2,30隻はある。昨日のように我々に対峙するというのではなさそうだ。
「司令官閣下。あちらのワイバーン隊も気になります。なぜ、敵艦隊上空を旋回しているだけで、攻撃を仕掛けてこないのでしょうか。」
「わからん。敵が何を考えているのか。増援があるのだろうか。」
敵艦隊の上空にはワイバーンが4騎上空を旋回している。確かに攻撃のための戦力としては4騎は少ない。増援を待っているということであろうか。ということは、敵には竜母が後方に控えているということになる。竜母には随伴艦がいるだろうから、その戦力も加えるとすれば、戦力差は大きくなる。もちろん我々も増援は要請しているため、一方的に開くということはあるまいが、正直に言えば、今が一番ましな状態だ。それに敵は徐々にこちら側に向かってきている。本国海軍本部からの命令でこちらから戦端を開くことは禁じられている。我々は圧力を感じながらも徐々に後ろに下がるしかない。
そういえば、敵の本隊はなぜ30門艦を横隊の後方に置いたのだろうか。横一列に並べるのが陣形としては有効なはずなのだが・・・。
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― パーパルディア皇国監察軍特務艦隊司令官 マクシミリアン・ヨーゼフ・ポクトアール
「陸地は見えて来ているが、測距長、陸地との間の距離はどうだ・・・ふむ・・・もう少し近づくべきだな・・・。艦長、帆の数、風向きには細心の注意を払ってくれたまえ。徐々にだ、アルタラスへ徐々に近づくように艦隊の速度を合わせてくれ。見張り員にもアルタラス艦隊の動向を常に監視し、報告するよう再度徹底を。」
今月の始め、カイオス第三外務局長からエストシラントに帰還するよう急遽命ぜられた。
フェン赴任から2か月、カイオス局長から依頼されたフェン進駐とフェン進駐軍の軍紀維持には今のところ問題はないということで腹心の部下であるクレメント・ツー・オンデイズ副官からも報告が挙がっている。彼も赴任当初はフェンと言う片田舎への赴任ということで任務を軽く考えているところがあった。だが、フェンの軍祭において日満両国軍を自らの目で見たことで、フェンでの任務が実は日満両国軍を探る事、彼らに秘密裏に接触することということにあるということを理解し、彼らの行動様式、思考の根幹を知ることに注力している。まだまだその調査にも時間が欲しい。副官は軍の官職につけられるものであるため、私の帰還に付従う義務はないが、フェンでの状況を説明するためには、付いてきてもらう必要があると考え、エストシラントに付いてきてもらった。
エストシラントで私を待っていたのは、フェンにおける報告会ではなく、臨時の司令官への補職であった。アルタラス征伐については、軍の上層部から入る内容程度しか抑えてなかったが、何やら特命があるようだ。アルタラスは文明圏外国家ではありながら、なかなかの軍事力を有する国家だ。特に海を渡って攻め込まねばならぬ以上、海軍の力が必要だ。アルタラスもその点は理解しており、旧式の戦列艦を複数保有している。監察軍で対処不可能とは言わぬが、正規軍の派遣が望ましいところ、監察軍を出す必要があるということで不可解に思った。
アルタラス派兵について検討する会議にはルディアス皇帝陛下、アルデ統帥本部総長、カイオス局長、私、そして監察軍南洋艦隊司令官のウンベルト・ステファン・シウス提督であった。アルデ総長から話された作戦の前半は、フェン進駐のときのように平和的な進駐を装うことが必要とされた。そのため、過去の平和的進駐の実績を持つ私が前面に出て、アルタラス艦隊に圧力をかけて、徐々に後退させる。そして、作戦の後半は、これまでの戦争の根幹を覆すかのような作戦であった。統帥本部総長が編成に尽力した特殊部隊を秘密裏にアルタラスに上陸させる。時機を見計らって、私からシウス提督へ指揮権を移譲し、後方に控えている正規軍の竜母からワイバーン隊による強襲、監察軍艦隊をアルタラス正規軍へぶつけて、正規軍を突破して、アルタラスへ上陸する。特殊部隊は地下水道などを使用してアテノール城を急襲する。アテノール城急襲の報に混乱するアルタラス陸軍を釘付けにし、特殊部隊は国王ターラ14世の身柄を確保する。そして、アルタラス王から戦闘終結宣言を発させて、一気に終戦へと持ち込む。戦闘に入れば、勇猛果敢なシウス提督が指揮をとる方がよいが、戦闘に入るまでは我々の行動の意図を読ませぬ欺瞞行動が必要があり、その役目は私の方がふさわしいいということであった。
戦闘に入るまでは南洋艦隊旗艦のカスパールに私の将旗を挙げて置く必要がある。そして、シウス提督も私の指揮を邪魔せぬよう司令官室に引っ込んでいる。カイオス局長からは、この作戦は戦闘による混乱・治安の悪化をアルタラスに起こすことなく、アルタラスを平定することを意図している。アルタラス側には何が起こったのかもわからぬという戸惑いを生じさせ、アルタラス軍の戦意を挫くことに意味がある。何が起こったのかもわからぬうちに降伏させ、士気を喪失させる。そうすることで、アルタラスだけではなく、近隣諸国の度肝を抜き、パーパルディア皇国の国威を高めることに意義がある。日満両国と言う軍隊は我々の想像を超える軍備を有している。近隣諸国もそれを理解しつつある。だが、そのことで相対的に我が国の権威が低下するかのような状況を放置するわけにはいかない。日満両国だけでなく、我が国も上位にあるということを示すことが重要だと力説した。
皇帝陛下からは、戦闘を我が国が完璧にコントロールせよとお言葉を戴いた。シウス提督に指揮権を移譲するまでは戦端を開くな。タイミングが重要だと念を押された。ミリシアルなどからの横車が入る前にアルタラス王を確保する必要があるとのことだ。
だが、不確定要素がある。それが、門閥貴族の存在だ。統帥本部主導の作戦があるため、貴族連合軍には自重を依頼し、艦隊の端に押しのけた。主戦場から遠ざけられたことに不満を持っていると聞いている。なんとか我慢してくれていればよいが。
「しかし、提督。皇国の、兵研の技術力とは凄いですね。ムーやミリシアルにもこのような兵器はないと聞いておりましたが、我が国がこの世界の最先端を行くとは思っておりませんでした。」
オンデイズ副官がしきりに感心している。日満両国への情報収集から我々はこの兵器の存在を知った。ミリシアルもムーにも存在しなかった兵器だ。日満両国のように遠いところから敵軍を攻撃できるような魚雷やミサイルといった兵器を積んでいるわけではない。おまけに彼らのように深いところまで潜れるわけではない。せいぜい海竜が水面に近いところを泳いでいるかのように偽装できるというところだ。それも初見殺しといった程度でしかない。だが、
「ああ、このままこの兵器が進歩していけば、魚雷の開発の至るかもしれないし、もっと深いところまで潜れるかもしれない。そうすれば皇国の地位は列強の更に上位に食い込めるだろうな。」
「そうですね。おそらくこの数年でミリシアルは列強一位の座を明け渡すことになるでしょう。その後釜に我々が肉薄できるようになれば、ですね。」
「ああ、そのためにもこの作戦を何とか成功せねばな。」
「はい。」
気持ちの良い返事だ。若い者はよいな。
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― パーパルディア貴族連合軍 ホールドワン伯爵
何をしているのだ。あれだけの戦力を有していながら、戦端を開こうとせぬ。それどころか、戦闘全体の指示は南洋艦隊に従ってほしいなどと。我等は皇帝陛下からアルタラス討伐の勅命を受けて馳せ参じてきたのだぞ。それを、田舎勤務の司令官如きが指図するとは何事か。
我等パーパルディア貴族が戦場に赴いているのだ。こんなところで足踏みしてどうするか。疾くアルタラスへ上陸し、パーパルディア皇帝の命に背いたアルタラスの蛮族共を討伐せねばならぬ、殺しつくし、奪いつくし、焼き尽くし、アルタラスを蹂躙せねばならぬ。そうして、アルタラスの領土を皇帝陛下に献上するのだ。
おそらく我々出征した貴族にも相応の下賜があるはずだ。辺境の蛮族の地だ。税を課すにも、ギリギリまで搾り取れるだけ搾り取ればよい。その後はまあどうでもよいな。奪いつくせば捨ててもよかろう。
どうせ、鉱山地帯は皇国の直轄地となるのだ。持っていても飛び地になるだけ。管理が面倒だからな。出征費用を回収して、部下に配れるだけの財産を分捕ればよいだけのことだ。
家令が他家と折衝している。いつ艦隊連中を出し抜くか。我が家だけ抜け出しても多勢に無勢だ。だが、一斉に飛びかかれば、艦隊の連中も我々をほおっては置けぬだろう。インメルマン伯爵は残念だったのう。まさか、アルタラス如きに後れを取るとは思わぬことであったろう。さぞかし無念であったに相違ない。我等は其の仇も討たねばならぬというのに、全くあの田舎者めが、何を躊躇しているのだ。