この話に出てくる人物
ライムライト・オランゲ(大日本帝国駐箚クワ・トイネ公国特命全権公使)
中央歴1604年6月11日、クワ・トイネ公国リンスイ伯爵領トースイにて、リンスイ領都の徴税官オランゲ騎士爵家の三男として出生。35歳。
12歳の年にリンスイ伯爵に御目見えし、公都クワ・トイネにある伯爵邸にて公国の外交事務に携わるようになる。トーパ、パーパルディア皇国などの在外大使館での勤務経験も持つなど若手の中では優遇されているが、リンスイ伯爵家が代々クワ・トイネ公国の外交政務を担当してきた家柄であるため、外交事務に携わる者も基本的には伯爵領から捻出されてきたため、特別に外交センスがあるというわけではない。日満両国が初めての接触を求めてきた際の会談にも同席したため、経験値は高い。
ハンキ将軍を団長とする日本満洲使節団の一員として日本国を初めて訪れる。この際に、オランゲは使節団の中でもいち早くパソコンの使用について習得した。この新技術への順応性が彼が日本駐在公使となる決め手となった。
まだ年若いということもあり、彼が本国で得ていた給与水準では、日本で生活するための最低限の生活で3日と持たぬものであった。これを解消するために、彼をはじめとする公使館職員は積極的に語学教授のアルバイトを実施するなどフットワークの軽いところを見せてもいる。
とはいえまだ年若く、また日本国の外交姿勢をよく理解していなかったことから、対朗戦争貫徹国民総決起集会出席事件を引き起こし、日本外務省から苦言の申し入れを受けるに至った。
クワ・トイネ公国公使館は、東京元麻布にあるオーストリア=ハンガリー帝国大使館に隣接する地に設置され、公使館敷地内に公使館事務棟、公使公邸、公使館職員宿舎が建築されている。設計・施行は大林組が担当した。
ゲーアノート・クリストハルト・フォン・レーデ(大日本帝国駐箚オーストリア=ハンガリー帝国特命全権大使)
西暦1957年7月23日、オーストリア=ハンガリー帝国ケルンテン公爵領クラーゲンフルト市にて出生。58歳。
ケルンテン公爵は、オーストリア=ハンガリー帝国皇帝が保有する爵位の一つであり、レーデ伯爵家は公爵領政府に代々仕えてきた貴族である。1848年革命以降、オーストリア内部では世襲貴族による支配が揺るぎ始め、市民勢力の政治参加が始まった。レーデ子爵家(当時)はケルンテン公爵領ザンクト・ファイト地方の一部を治める領主貴族であったが、現在ではオーストリア=ハンガリー帝国の地方議会であるケルンテン公爵領議会の議員となっている。
レーデ大使は、外交官としてのキャリアを優先し、家督は父から継承したが、議員の地位は嫡男に地番を譲っている。大使がレーデ伯爵を、嫡男がレーデ子爵を名乗っている。
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大日本帝國東京都元麻布 オーストリア料理店「シュニッツェル」
― 大日本帝国駐箚クワ・トイネ公国特命全権公使ライムライト・オランゲ
私の公使としての報酬の一か月分が吹っ飛んでいくようなこの店には既に何度も足を運んではいる。ただ、それはこの店を訪れるただの客としてではない。この店を利用する客が招待する客として、相伴に預かっているだけだ。だから、私はこの店の客ではない。だがこの店のボーイは私の顔覚えてくれており、店に入るや否や最奥のゲストルームへ先導する。
ゲストルームの前の席には私をこの店に招待してくれた人物の随行員が座り、料理が並ぶのを待っていた。外交官、特に外交使節長は単独行動を行わない。必ず随行員をつける必要がある。外交使節長の秘書を兼ねているからである。特に、このゲストルームの中にいる外交使節長は、日本駐在の外交使節長の中でも指折りの存在となっている。日本国が転移する前の世界では八大列強と呼ばれた大国の一つであり、秘書の役割を果たす者が2人、SPと呼ばれている外交使節長の身体警護の役にあたる者が2人の合計4人が付き従う。私の場合は秘書が一人付き従うだけだ。
だが、外交使節長同士の会話が行われる際は、随行員は席を外すことが求められる。外交機密を取り扱う場合もあるため、その秘密を取り扱う資格がない者の同席は許されないからだ。
「お連れ様が到着いたしました。」
「入ってもらってくれ。」
店のボーイがゲストルームのドアをノックし、ドアを開ける許可を求めた。私は相手側の随行員に会釈して、私の随行員と相手側の随行員が挨拶する声を背にして、私はゲストルームに入っていった。
「急にお呼び立てして申し訳ない。」
「いえ、私もご相談したいことがございましたので。」
大日本帝国駐箚オーストリア=ハンガリー帝国特命全権大使ゲーアノート・レーデ伯爵が、席から立って私を出迎えた。席に着くように促されるまま私は相手の正面に座った。
「さて、御出でいただき感謝する。まずは、一杯。」
「恐縮です。」
地球世界では、世界三大貴腐ワインの一つと言われていたらしいハンガリーのトカイワインを薦められた。
このワインの醸造設備が10月に入って我が国に設けられた。コンボウ子爵領内にブドウの産地があり、日本国との国交樹立後の様々なやり取りの中で、コンボウ子爵が日本のワインメーカーに醸造所誘致を打診していたが、日満共同租界の外にあたるということで日本側からは難色が示されていた。そこで、コンボウ子爵はハガマ伯爵領のマイハークからリンスイ伯爵領を経由してコンボウ子爵領へと向かう鉄道敷設について、この鉄道付属地に対して領主が持つ裁判権を留保し、長崎控訴院マイハーク分院への上訴を認めることができるように両伯爵に働きかけた。この交渉が成功し、日本の醸造メーカーとハンガリーのワイン販売会社の日本支社が共同出資したコンボウ醸造所(株)が、クワ・トイネの法令の下で設立された。
甘口のワインは実に美味い。このワインがあと半年もすれば、我が国から輸出できるということらしい。本来であれば2年は寝かせる必要があるらしいが、そこは大地の女神の恩恵を受け、魔法を持つ我が国の力で、熟成の期間の大幅な短縮が可能とのこと。外貨獲得のチャンスだということで、他領の農作物でも様々な試みが始まっている。
この点において我が国はクイラ王国に後れを取っている。クイラは日本や満洲の法令を直訳したような法令を施行し、日満両国企業の法的保護を前面に押し出している。クイラは農作物の採れない土地柄だが、代わりに鉱物資源に事欠かない。日満両国のメーカーが次々とクイラに進出し、クイラ国内で製造された工業製品が日満両国に輸出され、莫大な関税収入を上げている。
「さて、お越しいただいた理由は他でもありません。アルタラスを巡る問題でこの世界における国際法秩序について確認をしておきたいと思ったからです。」
「伺いましょう。」
「何故、アルタラスはパーパルディア皇国に宣戦布告をしないでしょうか。既に、パーパルディア皇国軍はアルタラス本土に上陸し、彼らはアルタラス国土内で魔法攻撃を行い、アルタラス軍を打ち破り、王都に攻め入ろうとしております。この期に及んでもなお、未だにアルタラス王国政府は戦争状態であることを宣言しておりません。アルタラスが戦争状態にあるということであれば、第三国にとっては其の国民に危険を回避する行動をとるように訓示を発することができます。戦争中の国から自国民を退避することで危険を回避するということです。この点は、パーパルディア皇国も同じです。アルタラスには、ムー人やミリシアル人と言った格上の国の人間もいるのです。彼らに危害が及ぶということは、パーパルディア皇国にとっても宜しくないはず。にもかかわらず、両国ともに宣戦布告を行っていない。我々の感覚からすると実に不可解です。」
・・・なるほど。よくわからない。
「その、私どもからしたら、閣下が何が気がかりになっているのかということが、今一つ理解できません。いや、その、仰っている言葉の意味はわかるのですが。」
レーデ大使の眉間にしわが寄った。いかん、まるで言葉選びを間違ったか。今少し説明を願いたいと話を続けると説明を続けてくれた。
それによると、アルタラス自身が自国が戦争状態にあると宣言すれば、他国はそれを前提として自国の外交政策を行うことができる。戦争状態の宣言をしていない状態で、アルタラス国内が危険であるということを認定して行動を起こすのは、よろしくないということだ。アルタラスの国内の統治についての責任はアルタラス政府が負う。独立国と言うのはそういうことだ。自らの力を以て国内を統治しなければならない。だからこそ、アルタラスの頭越しに、アルタラスの状況が危険だということを他国が決めつけるような真似をするのは、國際信義に悖るということらしい。
だからこそ、アルタラス政府は責任を以て自国が戦争状態にあることを宣言して、他国に対してその他国政府が保護すべき他国民を避難させるように促さなければならない。自国民に対する保護は自国政府が行わなければならない。それは、他国の領域内にある場合でも同じである。だが、他国の国内で自国の権力を行使することはできない。故に、アルタラスの協力が必要なのだということだった。
つまるところ、アルタラスの面子を慮って日満両国は自国民に帰国せよと働きかけることができないということだ。
「ですが、閣下。2,3時間前に日本外務省は自国民に対してアルタラスへの渡航を停止するように呼びかけましたぞ。これは即ち、アルタラスに滞在する日本国民に対してのメッセージにもなっておりませんか。」
4時半ごろだったか、竹崎外務報道官の記者会見があり、その場で日本国民に対してアルタラスへの渡航停止勧告が発令された。同時刻に満洲国でも国務院外交部のスターマー報道官が同様の勧告を行った。この報道は、夕方のニュース番組を通じて、国内全土に広められた。日本国民が保有している携帯電話には、政府広報を通じてこの勧告が通知される仕組みになっているという。アルタラスにも携帯電話の基地局が設置されているというし、田舎にでも滞在していない限り、情報は入ってくるだろう。
そう思っていたが、レーデ大使は首を横に振った。
「確かに事実上はそうでありましょう。しかし、外交と言うのは形式をも重んじらねばなりません。今のこの状況では、日本国がアルタラス側の認識とは意を異にして、アルタラスが危険であると決めつけた形となっています。國際信義上好ましい形とはいえません。」
別にアルタラスはそういうことを気にしてはいないとは思うのだが、さて、どう返したものだろうか・・・。
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― 大日本帝国駐箚オーストリア=ハンガリー帝国特命全権大使ゲーアノート・クリストハルト・フォン・レーデ
目の前の若者が困惑している。ううむ、これは弱った。
「半年前に日本国満洲国はロデニウス大陸における戦争に介入しましたな。この際には、確定日付の在る最後通牒を発した後に開戦宣言を発しております。これは、オランゲ公使も御承知でしょう。」
公使が首を縦に振って頷いた。
「この手順は、日本国も含めた我々の世界で百年ほど前に結ばれた條約「開戦に関する条約」において定められた手続きです。我々の世界では、戦争は明確な手続に則って行われなければなりません。」
「はい、我が国も日本国からの要請により、その条約に加入する手続をとりましたが、条約が定めている内容におかしなものは書かれてありません。我々の世界での、開戦にあたっての流れとも共通する内容であると考えております。」
但し、何事にも例外はある。宣戦布告が行われなかった戦争などいくらでもある。それでも、最後通牒又はそれに類似されるようなものが発せられなかった事例は数少ない。
「パーパルディア皇国はアルタラスに向けて領土割譲の要求を突きつけました。しかしこれには、受け入れなければ、自由行動をとると言った旨の記載はなかった。従って、この文書は最後通牒ではない。我等のこの認識に誤りはありませんか。」
「ええ、確かにそのように解することができます。ですが、パーパルディア皇国はこれまでも、法外な要求を他国に突き付けた後に出兵して相手国の王族を滅ぼしてその国を併合するか、王族を押さえつけて属国化してきました。アルタラス側が割譲の要求を受け入れたのであれば、軍事行動はなかったと思われますので、アルタラスは拒否したのだとみることができます。」
話がかみ合わぬ。唸っているとオランゲ公使が話を続けてきた。
「問題とされている宣戦布告ですが、我々の世界ではこれを行わなかったと言っても別段問題となるわけではありません。確かに宣戦布告と言う行為自体は事実上存在していますが、それは、戦いの前に士気を挙げる行為と似ています。そもそも、レーデ大使の元いた世界のような国際法上の義務を定めるという国際法は基本的には存在しません。また、国際社会における行動の基準は基本的には上位の国に許されるかどうかということが基準となります。」
なるほど。クワ・トイネ公使館が我等の大使館に隣接した地にできて、我等が彼らを教育する傍ら、彼らを通してこの世界の国際法を調べるよう部下に伝えていたが、いささか要領の得ない報告が続いていた理由はこれか。ふむ・・・・。
「しかし、ミリシアルやムーは自国民の退避をどのように考えておられるのでしょうか。アルタラスの北部にあるアマンダ港は、パーパルディア皇国に抑えられてしまいましたし、ルバイル空港から飛行機で退避させるのでしょうか。このままでは、自国民にも被害が出かねないと思うのですが?」
「別段問題ないのでは?ルバイル国際空港周辺地域は、ミリシアルとムーの国人が治外法権的に借り受けている土地です。おそらく、アマンダ港が民間に開放されるまでここで避難をするのでしょう。パーパルディア皇国もミリシアルとムーをこれ以上刺激したくないでしょうからこの地域を攻撃することはありません。だからこそ、竹崎報道官もアルタラス滞在中の日本人にそこに避難するようにという話を下のではないかと思うのですが。」
ふむ・・・。そうか。駐日公使のオランゲ氏の耳には入ってないということか。パーパルディア皇国兵がルバイル空港周辺施設を攻撃したことは・・・まだ伝えるべきではないな。