この話に出てくる人物
シモン・ド・ユグモンテ(アルタラス王国外務卿)
文明圏外各国における外交を専任する官庁の設立は、アルタラス王国をそのはじめとする。かつての文明圏外各国は封建体制による、封建領主同士の関係性において対外関係を処理しており、領主の専断によって行われていた。封建体制が拡充し、一定の勢力を持つ領主がそれより上位の領主の支配を受け容れるようになると、王と貴族の制度が始まった。この段階においても君主同士の関係性において対外関係を処理することが継続した。地方において辺境伯という広い領域を支配する領主が誕生することもあったが、戦争に備えた比較優位な軍事力や隣接地域との交易における権限を保有しているにすぎず、国全体の外交を担っているわけではなかった。
アルタラス島において非常に高純度の魔石が採掘されるようになり、それが近隣諸国のみならず神聖ミリシアル帝国にも輸出されるようになった頃からアルタラス王国の政府に大きな変化が見られた。シルウトラス鉱山をはじめとする高純度の魔石を輩出する鉱山地帯はアルタラス王家が接収した。元々の領主は抵抗するが、これらは皆王家の騎士団によって排斥されるに及んだ。ファイエット王家はここにアルタラス国内における絶対的な存在を確立した。この鉱山のから産出される魔石の取引は王家の勅許商人によってなされた。これがユグモンテ一族の起こりである。
ユグモンテ一族は他国への魔石売買を通じて国内外に顔を売り、次第に魔石売買以外の取引も担うようになる。さまざまな国と通商関係を通じたやり取りを行うようになり、ついには他国との間に国際的な約束を締結するようになった。このころになるとアルタラス王国は、ミリシアルの官制に倣い、ユグモンテ一族に外交事業を専任させるようになり、ユグモンテ家の屋敷を外務局と称するようになった。ユグモンテ一族が商取引の際に各国に構えていた商会もまたミリシアルに倣って大使館と称すようになり、商会長を大使を改めた。
中央歴1586年生まれの53歳。父の隠居に伴い、6年前から外務卿に就任した。ユグモンテ家は子爵位を持つが、領地は持たない。魔石貿易で得られる利益の8割を王家に納めるが、2割でもアルタラス国内でもダントツの富豪である。
王家に構える屋敷は外務局の庁舎も兼ねており、政府庁舎としての本館と一族の私的空間である別館に分かれる。
一族の権力の源泉がアルタラス王家と対外貿易で結びついていることを理解しており、国内貴族の意向よりもミリシアルなどの大国の動向を特に重視する。貿易を重視する為、かつてはお得意様であったロウリア王国大使とも親交が深かったが、ロウリアの敗戦後は時候のあいさつ程度の関係に留めている。戦争の勝者となった日満両国並びに鍬杭両国がロウリアに代わってお得意様になることを望んでいたが、前者は魔法文明ではなく、後者も科学文明を積極的に取り入れつつあるので、対外収益に危機感を持っている。
王家の継承権問題では、王太子のホーラントへの承継やむなしの立場をとっていた。母親であるメラニエル男爵夫人は、パーパルディア皇国ローゼンベルグ伯爵領の出身である。彼女の存在は国内におけるパーパルディア皇国の政治的圧力が強まるとの見方が大である。一時期、外務局で仕事をするルミエスに政治的な才能を感じ、王太女として擁立すべきかとも思ったが、過激な政治的思想を身に着けるに至り、その策を封印した。また、国内に科学文明を取り入れようとするルミエスとの間には、経済的にも対立関係を生じさせていた。
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アルタラス王国王都ル・ブリアス 外務局庁舎
― アルタラス王国外務卿シモン・ド・ユグモンテ
アテノール城が崩壊した。一番被害がひどいのが国王陛下が居住する奥向きの宮殿だ。奥向きの宮殿は全壊した。宮殿が建っていた場所は瓦礫の山となっており、かつての威容は跡形もなくなっている。
回廊でつながった表向きの宮殿にも被害がでている。奥向きの宮殿と相対した部分の壁には大小さまざまな穴が開き、建物の全体的に凹みや亀裂が生じている。建物内部もまた被害は大きい。新年の宴会や大規模な公式行事で使用する太陽の間の壁には大きな亀裂がいくつも入っており、天井に吊るされていたシャンデリアは全て床に落ちて壊れた。いつ崩れても不思議ではなく、補修ができるかも不明らしい。
奥向きの宮殿とは回廊でつながっているが、少し離れた場所に建てられていたメラニエル男爵夫人とホーラント王太子が住む館にも被害が生じている。奥向きの宮殿が爆発した際の衝撃や飛翔物が館に衝突した。館の壁には凹みや亀裂が多数生じており、置いてあった調度品が倒れ、壊れたものも多い。館の安全が確認できるまでは男爵夫人と王太子には城外に避難していただくこととなった。
・・・さて。考えねばならぬ。奥宮殿が崩壊した時刻を考えれば、国王陛下は奥宮殿で過ごされていたはずだ。そして、あの爆発に巻き込まれたとみるのが至当だろう。御いたわしいことだ・・・。だが、それが真実ならば、新たな王に即位いただかねばならぬ。だが、これが実に難しい・・・。
「それで即位式の準備ですが・・・ユグモンテ卿、聞いておられますか?」
むっ?いかぬ。考え事に夢中になってしまった。
「すまない。どうしてもターラ陛下のことが頭をよぎってしまった。」
「お気持ちは分かりますが、政府筆頭のあなたがしっかりしてもらえませんと・・・」
我が国の政府は、魔石貿易が国の根幹にあるという特殊な状況であるがため、外務卿たる私が政府の筆頭ととらえられている。一応、諸外国の例に倣い、王国宰相職を置き、国の古くからの重鎮であるオノレ・シャルー大蔵卿を宰相として国内の事務を総括している。このほかには宮内卿、資源局長官、内務卿、アルタラス騎士団長、海軍本部長官が国の重臣として王に仕えている。この内、宮内卿は昨夜のアテノール城奥宮殿爆発時に巻き込まれて負傷した。崩壊した柱の下敷きとなり、全身を強く打ち、意識が戻らない。
「宮内卿もおられないのです。新たな国王陛下の即位に向けての準備を迅速に行う必要があります。」
「実は迷っているのは、そのことなのだ。」
「迷う?いったい何を迷っておられるのです。」
私は懸念する事項について話した。このままホーラント殿下を即位させてはパーパルディアの圧力が強まる。それは国にとって良いこととは思えない。
「おっしゃることは分かりますが、ターラ陛下の御血筋はホーラント殿下しかおられません。ホーラント殿下を差し置いて、傍系の王族に戴冠させるというのは無理があるでしょう。」
シャル―卿が反対意見を出すと、皆がそれに頷いた。そうではないのだ。
「そうではない。ターラ陛下には今一人御子がおられるではないか。直系の。」
私がそういうと、皆が眉をひそめた。この場の皆はルミエス王女のことを知っている人物ばかりだ。
「それは・・・いくら何でも無理でしょう。既に王家が故人として発表しているのです。今更生きているなどと、それに、そのようなことはパーパルディアの心証を害しますぞ。」
「それも・・・やむを得ないと判断する。ここで、パーパルディアの力が国内に強まるようなことはよろしくない。我が国は独立国なのだ。パーパルディアの力が強まるのはミリシアルにとっても望ましくないところのはずなのだ。ここは、我々が思い通りにならないと言うところを見せなくては。」
「では、なぜもっと早く抵抗しないのですか。」
静かな怒りを感じて言葉を発した者の方向を見た。
「あの時、もっと早くに抵抗していれば、パーパルディア監察軍の南洋艦隊を押し返すこともできました。敵が攻撃に移るまで、我が海軍は敵に横対して、一方的に攻撃することができたのです。パーパルディア海軍は確かに明らかに戦争を避けていました。ですが、それは誤りでした。そう、そもそも監察軍の艦隊が我が国にまで出張ってきていたのです。奴らは機会を伺っていたにすぎないのです。我々が手出しをできないということを知って、もてあそんだのです。そして、私の部下たちはたくさん戦死した。パーパルディアに抗うというのならば、もっと早く抗ってもらえれば、部下たちは無念の死を選ばずに済んだはずです。」
海軍本部長官のモルダウ卿が静かな怒りを不完全燃焼させるようにポツポツと話し始めた。我が海軍はパーパルディアに初撃を許した。それも、かなりの近距離から攻撃を受けたので、命中弾も数多く、初手で大きな被害を出してしまい、現場は混乱したそうだ。
「モルダウ卿の怒りもわかる。だが、ミリシアルは戦争における一方の当事者の側に立つことを望んでいいのだ。ミリシアルは世界の頂点に立つ。公平な立場であることを望んでいる。どちらかの立場の明確な敵となることを望んでいない。」
「ならば、なぜ未だにミリシアルは動かないのですか。」
モルダウ卿が叫んだ。会議室の皆が私の顔をじっと見ている。背中に嫌な汗が流れるような気がした。
「・・・ミリシアルにもいろいろと準備があるのだろう。だが、何度も言う通り、ミリシアルは我が国内でパーパルディアが覇権を立てることを望んでいない。だから、」
「もう、たくさんだ。ミリシアル、ミリシアルと。外務卿はパーパルディアを刺激するなという国王陛下の御命令を軍に出させておいて、今度はパーパルディアを逆なでしようとルミエス王女を担ぎ出そうとしておられる。」
「海軍が受けた被害については陳謝する。戦死者にも哀悼の誠をささげる。ミリシアルは必ず動く。だから、」
「ユグモンテ卿、陸軍も海軍の意見には同感だ。」
アルタラス騎士団長が目を細めて私を見た。
「王都近くまでパーパルディア軍が進撃している。パーパルディア本国からも駐留軍が出動している。今叩けば、おそらく現地のパーパルディア軍に大打撃を与えることが可能だろう。だが、海軍が壊滅した今、新手が、それもパーパルディア正規軍が投入されては、もはやなすすべはない。パーパルディアと戦って、華々しく散るというのならばまだしもだが。」
「いや、パーパルディア軍と戦うというのではない。これはあくまでも政治的な抗争だ。」
「この状況でそれを仕掛けると。現状、ミリシアルは頼りになっていないではないですか。外務卿はミリシアルを過信しておられるのでは。」
そんなはずはない。ミリシアル大使は確約しているのだ。それに国際政治の観点から我が国がパーパルディアに組み込まれるのは許すはずがないのだ。
「陸軍と海軍は、これ以上外務卿の主導では協力はできません。我が国の後はホーラント殿下が嗣ぐ。そして、パーパルディアとの関係を改善する。以前外務卿が言っておられた、フェンでの対応を鑑みれば、パーパルディア本国も我々に対して苛烈な対応はとらないでしょう。その方向で、外務卿には調整を願いたい。」
「何を・・・。ミリシアルに調整を依頼していた私が今更パーパルディアの機嫌を取るなど、ミリシアルの機嫌を損ねることになる。もう少し時間をくれ。必ずミリシアルは動く。」
私は頭を下げて頼んだ。パーパルディアの力が強まるのは、我が国にとって問題だ。ミリシアルとの関係にも水を差しかねない。ミリシアルは距離が遠い。だからこそ、ミリシアルに接近しても、ミリシアルの支配下にはいる事にはならないのだ。我が国は両国の間でうまく渡り合っていかねばならないのだ。