パーパルディア皇国 皇都エストシラント 統帥本部総長室
アルタラス王城が崩壊したことをパーパルディア皇国軍の攻撃によるものと誤認して、皇都エストシラントの各所で戦勝を祝う声が踊っていた。貴族街では、二大門閥貴族の屋敷にお祝いの使者が列をなしていた。彼らに対応したのはそれぞれの屋敷の執事たちであり、それぞれの屋敷の主人はこれからの行動を如何とするか頭を悩ませていた。平民街では昼間から酒を飲んでわいわいと騒ぐ平民たちの姿があちらこちらでみられ、商業地区では商人たちがアルタラスの権益にどう食込むかと言う話に花を咲かしていた。
一方、政府機関では皇帝の不興を知ってか、アルタラス王城の崩壊を慶ぶものはおらず、黙々と執務に明け暮れていた。パーパルディア皇帝の最高軍事顧問機関であり、最高司令部でもある統帥本部もまた静かであったが、総長室の空気は静かと言うよりも暗かった。
「はあ・・・。どのくらいの被害が出たものか・・・。詳細な報告が届くのが怖い・・・。」
部屋の主、統帥本部総長シニョール・ランベルト・フォン・アルデ伯爵は消沈しきっていた。事の起こりは、今朝がたになって、統帥本部に暗号魔信が届いたことである。
進取の気鋭に富むパーパルディア皇帝ルディアスは、フェンに進駐したパーパルディア皇国軍を通して、日満両国と秘密裏に接触することを命じた。それも国家機関ではない民間人であればなおよいという話であった。魔法文明ではない、日満両国にとって魔道具の存在は珍しいものであり、話のタネになるということでなかなかの高級品として売れていた。日満両国の周りは魔法文明国であったが、その彼らの国でも魔道具は高価なものであり、基本的にはパーパルディア皇国から購入するしか新規獲得することができず、おいそれと売れるものではなかった。そのような背景から、フェンでの取引を通して、パーパルディア皇国は日本円や満洲圓を集めた。
フェンやクワ・トイネなどの現地協力者を通して、実銃数丁を手に入れるとともに、模擬銃40丁ほどを入手した。ルディアスは先進兵器開発研究所と魔導技術研究所に命じて、これらの分析とともに模擬銃の威力強化を命じた。実銃についての分析はなかなか進まなかった。なにしろ、パーパルディア皇国は魔導文明国である。科学文明で作られた銃器の構造の分析は難しかったし、冶金技術も到底及ばなかった。
しかし、模擬銃の威力強化は、100メートルほど離れた相手を殺傷する能力を持つ程度までなら可能であった。エアガンそのものに材質を強化する魔法陣と風魔法を使用して玉を発射する空気圧を増幅させる魔法陣を仕込むだけで済んだからである。魔導銃は、一般兵が使用するマスケット銃のように火薬を使わない。このため、使用できる者は風魔法の使い手に限られたが、連射機能等の点から有望な兵器と考えられた。
統帥本部は、新兵器を使用した実験部隊の錬成に着手した。日満両国でいうところの特殊部隊に近いものをイメージし、部隊そのものを当面は秘匿すべきものとしたため、機密保持能力に疑義が出るような人間は排除された。また、かような「兵器」を遊具として販売させることのできるという日満両国の国力を正しく認識することができるという思想適性も重要であるだ。なんといっても、日満両国の情報は上層部がシャットアウトした。名前も知らない文明圏外国家であるというだけで彼らを見くびるような、モノの価値を正しく理解できないような人間は任務に使えない。ただし、恐ろしい国家であるとして、過度に彼らを畏れるような胆力の足らない人間もまた適性を欠くと言える。
斯くして、パーパルディア皇国統帥本部は、最新鋭の「兵器」を持たせた実験的な部隊、統帥本部直属独立第一魔導兵中隊を編制した。魔導兵中隊の構成は以下のとおりである。
独立第一魔導兵中隊(定員50人)
<中隊本部>
中隊長
中隊本部附
中隊副官(1人:兼第一小隊隊員)
主計員(2人:専任・非魔導兵)
魔信員(1人:専任・魔導兵)
<隷下部隊>
第一小隊(8人)
小隊本部(小隊長、第一分隊員、第二分隊長、第二分隊員で構成)
小隊長兼第一分隊長
第一分隊員(3人:内1人中隊副官兼務、内1人小隊本部員兼務)
第二分隊長(1人:小隊本部員兼務・小隊長補佐)
第二分隊員(3人:内1人小隊本部員兼務)
第二小隊(8人)
小隊本部(小隊長、第一分隊員、第二分隊長、第二分隊員で構成)
小隊長兼第一分隊長(1人)
第一分隊員(3人:内1人小隊本部員兼務)
第二分隊長(1人:小隊本部員兼務・小隊長補佐)
第二分隊員(3人:内1人小隊本部員兼務)
第三小隊(8人:構成は第二小隊に同じ)
第四小隊(8人:構成は第二小隊に同じ)
輜重兵小隊(15人:弾薬・食糧輸送任務、魔信、伝令、その他後方任務全般)
小隊本部(小隊長、小隊長補佐、小隊本部附の計3名(魔導兵)で構成)
第一分隊(4人:分隊長(魔導兵)と分隊員3人(魔導兵1、非魔導兵2)で構成。)
第二分隊(4人:構成は第一小隊に同じ)
第三分隊(4人:構成は第一小隊に同じ)
※一個分隊で二個小隊を担当。残る一個分隊は中隊本部と全体を担当。
統帥本部の当初の編制計画では、指揮官である中隊長と直接戦闘に当たる小隊長は分けるべきという意見があった。だが、現時点では優秀な魔導兵を確保することが難しく、中隊長抜擢予定者もまずは現場を知ることが重要であるという意見を申し出たため、中隊長が小隊長を兼ねることとした。小規模と雖も単独で作戦遂行能力を持たせるために、後方支援部隊を附置した。
だが、統帥本部が期待して送り込んだ部隊は其の初陣で大きなそして回復が困難な損害を出したようだ。
『陸亀はほぼ冬眠に着いた。』
パーパルディア皇国の躍進を象徴するリントヴルム。統帥本部はこれに倣って独立第一魔導兵中隊に「陸亀」という秘匿呼称を与えた。独立第一魔導兵中隊の中隊本部魔信員から発せられた暗号文は、部隊員がほぼ全滅したという冬眠の符号を用いた。実際どの程度の被害が出たのかは正確な報告書が届けられるまでは分からないが、ほぼと言うからには大きな損害が出たことは容易に想像ができた。
「閣下、部隊の再編を行うべきと具申いたします。実戦ではどうだったのか、これについては、確かに分かってはおりません。ですが、これまでの部隊錬成過程をみますと、この小規模の特殊部隊は実に有用であるということは分かっております。」
「だが、あの兵器を使いこなすには優秀な魔導兵が必要だ。なかなか代わりとなるような者がいない。」
部下である作戦部長の具申にアルデ統帥本部総長は眉をしかめて話を返した。幾重にも及ぶ選抜を行ったうえで部隊員を選定した。代わりがいないというのも確かなのだ。
「やむを得ません。機密保持能力があると認められる者のみで再度部隊を編成することを提案します。ただし、部隊員に対する思想教育を継続して実施するということが重要となります。統帥本部から中隊本部に思想監督官を派遣して、彼に部隊の軍紀維持・部隊員への思想統制に対しては中隊長と同様の権限を与えるということでどうでしょうか?」
「・・・」
アルデが乗り気でないということ察した作戦部長は再度説得を行った。
「先進兵器開発研究所と魔導技術研究所もこの兵器の将来性について強い興味を持っています。訓練では有用ということは我々も報告していますが、実戦の場でどう使えるのか。この兵器は風魔法を使用します。より効果的であり、魔力消費の少ない魔法陣の開発について、戦場での使用を体験した人間の知見のフィードバックを彼らは欲しています。今回はどの程度フィードバックできるかはなはだ疑問ではありますが、中隊本部が壊滅したのではなさそうですので、それなりの報告ができると思います。現場の声を研究所に渡して兵器の改良を進めていく。そのためにも部隊の再編は急務であります。閣下、何卒。」
作戦部長が頭を下げると、アルデは分かったと言って、頭を挙げるよう促した。
「ありがとうございます。そうなると、ポクトアール提督には早めにフェンに戻っていただけかなければなりませんな。重しが必要です。」
部隊の編制地にはフェンが選ばれていた。フェンは、日本に近い位置にあるということから日本人が観光によく訪れ、日本人との貿易が盛んだ。また、尚武の気風を強く持つフェン人は、日本人の模造銃を入手し、軍事訓練に使用しているという。魔法が使えないフェン人は、同じく魔法が使えない日本人の武器を輸入しているが、軍用品の輸入はまだ本格化していない。そのため、模造銃を使用して、実銃が届くまで訓練しているのだという。そういう関係で、フェンでは魔導銃を手に入れやすい。
「アルタラスは本来南洋艦隊の担当領域だ。作戦は終了しているのだから、すぐにでも帰還するだろう。だが、ポクトアール提督に陸軍の中隊長格に任じるというのはできんぞ。」
「ええ、あくまでも重しとしての役割を期待しております。独立第一魔導兵中隊の選抜に洩れた者には跳ね返りも多くおりますので、重し役は多い方がよろしいかと。」
「全く以て厄介なことだ・・・。」
アルデが溜息をつくと、作戦部長も肩を落とした。