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[極秘]アルタラス統治要綱基礎概略
パーパルディア第一外務局試案
・アルタラス王国は現時点で極めて不安定な状況にある。
・この不安定な状況を生じさせた原因がパーパルディア皇国にあることをパーパルディア皇国は厳粛に受け止める。
・アルタラス王国は極めて高品質の魔石を生産する国であることを我々は認識している。
・この魔石の流通に穴が開くことは避けたいと我々は認識している。
・したがって、アルタラス王国の正常化に対して我々は協力して事に当たることを決定する。
・アルタラス王国における政情不安を迅速にかつ効果的に取り除くため、神聖ミリシアル帝国、ムー王国、大日本帝国、満洲帝国及びパーパルディア皇国を中心とした(仮称)アルタラス統治委員会を設立する。
・アルタラス統治委員会は各国から委員2名を選出し、ル・ブリアスに設置する。
・統治委員会は、アルタラスに安定を導くため、パーパルディア皇国派遣軍を中心とした多国籍軍を指揮下に置く。パーパルディア皇国派遣軍は、派遣命令の終了までの期間、パーパルディア皇帝の命令を受けず、統治委員会の命令を受ける。
・委員会は一般的かつ包括的な命令をアルタラス政府に発し、アルタラス政府は、委員会の命令を具体的に実行する。
・魔石産出地帯に速やかに戒厳令を敷き、魔石の安定産出を実行に移す。
・魔石の採掘に際しては、パーパルディア皇国が無償にて援助を行う。
・魔石の輸送は、多国籍軍が護衛を行う。
・アルタラスの平穏が維持されていると委員会及び各国政府が判断したときは、委員会及び多国籍軍は速やかに解散及び撤兵する。撤兵の順序は、パーパルディア皇国軍を第一とする。
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パーパルディア皇国皇都エストシラント ミリシアル大使館
― パーパルディア皇国第一外務局次長 ハンス・ツー・オイゲンベルグ
「話になりませんな。」
第一外務局が徹夜して作成した協定要目提案書を読んだアルデバラン大使は、書面をテーブルの上に無造作に放り出して言い放った。フンッという声が聞こえてきそうな顔をして椅子に仰け反って座り、腕を組んで乱暴にパイプをふかし始めた。相対して座るマリンドラッヘ局長がどのような顔をしているのか、後ろに立っている私にはわからないが、相当苦い顔をしているだろうことは容易に想像できる。
「ご不快はごもっともかと存じます。しかし、どうか我等に手を差し伸べていただけませんでしょうか。アルタラスの安定のためには、貴国の協力が必要なのです。」
マリンドラッヘ局長が椅子に座ったまま頭を下げた。私もそして随行員の第一外務局員2名も直立したまま頭を下げた。
深夜に招集された第一外務局の幹部は、アテノール城崩壊と言う第一報に対して皆言葉が出なかった。またしても貴族軍が独断で事に及んだのかという気持ちだった。しかも、今度はこれまで行われてきた凶行以上の凶行だ。
そもそも、10日ほど前に、マリンドラッヘ局長はアルデバラン大使との間にアルタラスの平穏を極力害さないということで、アルタラス進駐についての了解を得ていた。当初はじっくりとアルタラスへ進駐する予定だった。アルタラス現地を混乱させることなく、パーパルディアの威信を浸透させていく。形式的には支配はしないが、実質的に支配していく。ミリシアルとの間に、アルタラスを従属させないと取り決めていた。だから、ゆっくりと徐々に従属を浸透させていくはずだった。それを、田舎貴族共がぶち壊した。
「アルタラスの平穏維持は、貴国に課せられた責務です。ほかならぬ貴女が私と協定を交わしたはずです。10日もたたないうちに、その責務を我が国にも背負えというのは・・・流石にあきれてものが言えませんな。」
「恥を忍び、こうして申し出ております。このままではアルタラスの治安が悪化する恐れが大と聞いております。悪化する前に、貴国のお力添えを得ましてなんとか治安の悪化を防ぎ、アルタラスの対外貿易を正常化させたいと考えております。」
「勝手なことをおっしゃいますな。」
アルデバラン大使の冷たい声が部屋に染み渡っていく。私もマリンドラッヘ局長も未だ頭を挙げろとは言われない。
「確かに。アルタラスの王城たるアテノール城が崩壊したという話そのものを聞けば、アルタラス国内、いや王都ル・ブリアスの治安の悪化は不可避だということはわかります。ですがそれは、全てパーパルディア皇国の行動によって引き起こされたものであって、我がミリシアルは全くかかわっていない。違いますかな。」
「はい。大使閣下のおっしゃる通りです、ですが、」
「まあ、頭を挙げて下さい。そんな調子では私も話をしづらい。オイゲンベルグ君たちもだ。君たちに頭を下げてもらったところで事態は何も変わらない。それとも、君たちの頭一つには事態を変えるだけの、我々の行動に変化をもたらすだけの価値があるとでもいうのかね。だとしたら、とんでもない思い上がりだが。」
ここまで言われてしまっては頭を挙げないわけにはいかない。頭を挙げたところ、ミリシアル側の突き刺すような視線が伝わってきた。
「そもそもだ。アテノール城の崩壊がおこったのは今日の深夜だ。半日程度しか経過していない。にも関わらず、こうして事態の打開策を持ってきたというのだから、この事態も予見済みといううがった見方もできるわけだが。」
「違います!!違います閣下。今回の出来事は私どもにも全くの寝耳に水のことでした。私どもは徹夜して―」
アルデバラン大使の言いがかりとも言うべき主張に対してマリンドラッヘ局長は即座に反論した。厳しい話だ。私たちは夜中に執事から叩きおこされて、第一外務局に参集した。アルタラスで極めて不穏な情報が舞い込んできたからだ。予見済みだったというのならば深夜に集まる必要はない。だが、今の我々はそういう目で見られているということだ。なかなか厳しい話だ。アルデバラン大使は手のひらを見せて、マリンドラッヘ局長の反論を途中で遮った。
「私個人としては、先ほど話したような事実は存在しないと考えている。いまだ情報が少ないが、おそらくは貴国の諸侯軍が暴走した結果であると考えている。」
「しかし、諸侯軍がアテノール城を崩壊させるだけの威力をもつ攻撃魔法を持っているとはおもえないのですが・・・。」
「だとしてもだ。他に誰がいるというのかね。すくなくとも、パーパルディア皇国正規軍はあんな無茶はせぬまい。」
忸怩たる思いだ。皇国の軍隊には、二系統が存在し、そしてその一方は統制が取れておらず、その乱れをミリシアルは喝破している。身内の恥を知られて、それを指摘されるというのは実にキツイ。
「それに、この度の帰国の提案、問題というのは、それだけではない。」
「と、仰いますと?」
アルデバラン大使は、ハッと笑いながら、そして冷淡な目を浮かべながら、マリンドラッヘ局長をとらえている。唯一の救いは、マリンドラッヘ局長がしっかりと正面のアルデバラン大使を見据えていることだ。私では恥ずかしくて顔をそむけてしまったかもしれない。やはり、局長は胆力がある。
「列強国を協同し、その権威を用いてアルタラスを安定化させる。なるほど、その意味は確かによくわかることだ。アルタラスの地は第三文明圏外という地区に該当するが、その地においても我がミリシアルやムー国の権威は通用する。そうですな。」
「はい。お恥ずかしながら、我が国単独では、かの地における重しとしては不完全でございます。ですので、貴国の名をお借りしたく、こうして推参いたしました。」
「なるほど、確かに重しとしては我が国とムーはそうでしょう。ではなぜ、この中に日本国と満洲国の名を入れましたかな?」
ミリシアル大使の目が一層きつくなった。やはり日満両国の存在がネックになったか・・・。この提案、我々としては、第三文明圏周辺地域における日満両国の存在を無視することはできない、むしろその力を大いに活用すべきと言う観点からのものだ。両国の力は日に日に増しつつある。皇帝陛下からもなんとか直接接触できるよう機会を伺えとの話もあったと聞いている。両国は未だ外3の管轄下にある。それはよろしくない。なんとか、外1で引き取らねばならない。
「大使閣下、閣下も日本国及び満洲国についてその国力については聞き及んでおられるはずです。日満両国は、アルタラスを先のロデニウス大陸における戦争における講和仲介国に依頼しました。講和を仲介できる国と言うのは、それなりの国力が必要です。日満両国は第三文明圏外国家群におけるアルタラスの地位について深く理解していると言ってもいいでしょう。彼らの外交姿勢は各国の協調をその基礎に置いていますが、リーダーシップを執る国の存在を不必要とはしていません。彼らがアルタラスを講和仲介国に選んだということは、彼らがアルタラスの存在を重要と考えているからにほかなりません。その彼らがアルタラスの混乱を放置するとは考えにくいと思います。」
「ふむ、マリンドラッヘ局長の考えとしては、彼らをアルタラスの安定に役立てたいというのですな。」
「はい、彼らの国力については日に日にその強大さが知れ渡りつつあります。しかし、一方で、彼らはムーと同じく科学文明国です。魔法文明国ではありません。第三文明圏と文明圏外周辺国家群は魔法文明国の集まりです。文明の基礎が違うのだからこそ、彼らは一歩引いているのだと思います。ですが、今はそうも言っておられません。第三文明圏外周辺国家群は、日満両国の本来の実力を知りつつあるのです。統治委員会に彼らの名が乗るというのであれば、周辺国家群も安心できるはずです。」
我々としてはあくまでも、アルタラス統治のために彼らの力を借りたいだけだ。だが、副産物として期待しているものもある。それが日満両国との正式な接触だ。いまだに第三外務局に属する各国の大使館は日満両国に接触していないと聞いている。これ以上彼らに任せてはおけない。
「私としては、日満両国を招聘することに賛成できない。」
アルデバラン大使の冷たい声が部屋に浸透していく。ふかし終わったパイプをパイプレストに無造作に置きながら、身体を前に傾けた。顔を挙げて、マリンドラッヘ局長の顔を見て、大使が言葉をつづけた。
「なるほど、日満両国がこの周辺国家で突出した実力を持っていることは、私も様々なレポートを読んで知っている。そして、そのレポートは本国にも渡っている。いまだ話半分を思っている連中もいるだろうが、パーパルディア大使である私やアルタラス大使など第三文明圏とその周辺から似たようなレポートが届いているのだ。話半分とはいえども、相当な実力を有している国家が存在するということは、本国も気づきつつあるといってよかろう。」
統治委員会に日満両国を入れるというのは、第三文明圏周辺の状況を鑑みれば必要なことだ。彼らを無視するようなことは得策ではない。だが、ミリシアルは第一文明圏だ。日満両国の存在を身近に感じてはいない。
「貴国は日満両国の実力に目をつけて、その実力に相応しい国として外交をしようとしていることは私にもわかります。ですが、外交とは実質だけではなく形式も亦重要です。形式・格式を無視しては、秩序は保たれません。そうではありませんかな、マリンドラッヘ局長、いやマリンドラッヘ”伯爵令嬢”。」
やはり、ミリシアルが気にしているのはそこだったか。国家の格というものは、一朝一夕に定まるものではない。平穏な状況であれば、時間をかけて浸透・向上していくものだ。
「列強第一位のミリシアル、列強第二位のムー、そして列強第四位のパーパルディア。この三国が名を連ねるのは、まあ問題ないでしょう。そこに、無格の日本国と満洲国の名を連ねる。それは、我が国にとって許されるべきではない。」
「しかし、日満両国の実力は、列強第二位のムーが認めているのです。だからこそ、ムーはあの短期間で国交樹立にこぎつけました。第二文明圏までも彼らの国力が認知されているといっても過言ではないのではありませんか。」
「だが、その列強第二位のムーが認めている日満両国と貴国は正式に接触すらしていない。」
「っ・・・」
くそう・・・。外3のバカどもめ。なぜ、奴らは彼らの公使館に足を運ばないんだ。おかげで、我々は恥をかいている。カイオス局長一人が優秀だからと言って、あの組織はクズ共の集まりでしかない。
「それにまあ穿った見方をすればですが。先進11カ国会議への参加要請は、我が国が行っている。言い換えれば、どの国が大国である、どの国が列強国であると認定するのは我が国がずっと行使してきた権限なのだ。貴国が日満両国を委員に招聘して、我が国と同列に置くというのは、その我が国の権限に手を突っ込むような真似をしているとも考えられる。」
「!いえ、決してそのような。私どもは、あくまでアルタラスの平穏維持のため、彼らの力を借りようと」
「まあまあ、あくまでも穿った見方をすればということです。私は外1の貴方方とそれなりに付き合ってきました。貴方方がそのような考えを持っているとは思っていない。」
厳しい話だ。我々外1はミリシアルやムーへの駐在経験がある職員ばかりだ。彼らのことを良く知っているし、世界秩序への挑戦など考えてもいない。
「だが、貴国は短期間でフィルアデス大陸で覇権を確立した国家です。他国と戦争を繰り返して、国を大きくしていた。強大な軍事力を示し続けて列強国の地位を勝ち取ったのです。それだけに、中央世界での貴国の評判は・・・まあ、これ以上はやめましょう。」
アルデバラン大使は、我々に通告した。今すぐにこの構想に乗ることはできない。まずは、貴国単独でアルタラスの平穏を維持する努力をするべきだと。それに並行して、アルタラス産魔石の貿易にも支障をきたすことが無いようにパーパルディアは尽力すべきであると。そのためには、パーパルディアがアルタラスの鉱山を「管理下」に置くことについては反対しない。
この状況で、アルタラスの鉱山管理に支障が出るほど、アルタラスの平穏維持が難しいというときは、日満両国を外した形でなら統治委員会に名を貸してもよい。又は、ムー国と我が国が共同で先進11カ国会議に日満両国を推薦し、先進11カ国会議にて彼らが常時参加国として定められた後ならば、名を連ねてもよいということだった。
極めて高いハードルだ。列強4位のレイフォルが滅亡したので1カ国は空いている。だが、その代わりの枠を第二文明圏が放出するかは不明だ。それに常時参加国が1カ国増えるということは持ち回り参加国が1カ国減るということだ。それを納得させることができるのだろうか。
いや、そうではない。そのやり方だと、先進11カ国会議は1年半後の開催だ。1年半はアルタラスを我が国単独で統治せねばならぬということだ。これは、もう事実上の拒否ということだ。