アルタラス王国王都ル・ブリアス 聖ベルナルド大聖堂
― 在アルタラス王国パーパルディア皇国副使 ウィリアム・コスタ・ツー・シュタルデン
「ここか。蛮族の教会にしてはなかなかのものだな。」
カスト大使の密命を受けて乗り込んだのは、アルタラスの国教タスターラ教の総本山聖ベルナルド大聖堂。王都ル・ブリアスの端に位置する場所に建てられており、広大な教皇領をアルタラス各地に有する。教皇にはアルタラスの王家の人間が即位するのが習わしとなっている。現教皇は、ターラ王の叔父である。
「何者か。」
馬車が停められる。教会の衛士か。馬車についている紋章に気が付かぬのか。身の程知らずの田舎者が。
「無礼者。こちらはアルタラス王国駐箚パーパルディア皇国副使閣下のお車だぞ。警戒を解け。」
馬を停めながら馭者が叫んだ。そうだ。まことに無礼な連中だ。私の乗る馬車に対して槍を向けてくるとは実に不愉快な連中だ。
「ここは、アルタラス王家や高位貴族の方々の礼拝施設だ・・・です。パーパルディア皇国の方々が来るような場所ではないです。早々にお引き取りください。」
なんと!!なんという愚か者どもだ。パーパルディアの貴族として認められているわしが、こんなところまでわざわざ足を運んだというのにも関わらず、帰れだと!!アルタラス人の分際で実に無礼な兵士だ。
幾度か押し問答があった。ポクトアール提督からアルタラス大使館に対して、アルタラス国内の荒事は控えよとの話があったということをカスト大使は伝えてきている。この通達が無ければ、この衛士共は今頃消し炭になっていたことであろう。だが、そろそろ私の我慢も限界だ。そう思っていたところに、衛士の上役がやってきたようで、教皇府に指示を乞うので少し待ってほしいということだった。
全く以て兵士に対する躾がなっておらん。わしのようなパーパルディア貴族が尋ねてきたときは、まず上に指示を乞うのが正しいのだ。底辺のクズどもが対等に応接をしようと言うのが間違っているのだ。我等に唯唯諾諾として従うか、そうでなければ上に指示を乞うべきなのだ。全く躾がなっていない蛮族はつかれるわ。
そうこうしていると、老人が現れた。ほう、一番上が出てきたか。蛮族にしては目端の利くことだな。どれ、顔を見せてやるとするか。
「出迎え大義。聖ベルナルド教皇殿だな。」
馬車の窓を開けて、顔を出す。老人たちの顔がゆがんだ。なんだその顔は?
「副使閣下。こちらは、聖ベルナルド教皇猊下にございます。馬車から降りてご挨拶を」
「下郎、推参なり。わしを誰だと思っておるのか。」
教皇の付き人が、あろうことか、わしに馬車を降りて挨拶をしろなどとぬかす。愚かなり。アルタラス人如きになぜ下馬して礼を乞わねばならぬのか。「殿」と敬称をつけてやっているのだ、何が不服だ。
付き人が憤慨したような顔を見せて、半歩進んだが、教皇が手を水平に上げていなした。ほほう、王族の一員というだけあって流石だな。
「副使閣下。こちらは、パーパルディア皇国の貴族の方がおいでになるような場所ではありません。何用でこちらにお越しに?」
「教皇殿、何を言っているのだ。用があるから来たに決まっているだろうが。これ以上わしの門前で待たせるな。疾く、入れよ。」
教皇たちは不審な顔をしている。しかし、とうとう観念したようだ。
「わかりました。ただ、門に入ったところで下馬をお願いしたいのですが。」
「何を言うておる。アルタラス国王も大聖堂の車寄せまで馬車で向かうだろうが。わしに歩けと申すのか、教皇殿は。其方は、まだアルタラスの立場を理解されていないのか。」
すごんで声をかけると、教皇たちの顔が引きつった。愚かなことよ。ここまで言われねばわからんと言うのか。
「わかりました。どうぞお進みください。」
全く時間を無駄にしたな。馭者に対して進むように促すと、馬車が動き出した。
・・・・・
馬車は門の中に入り、敷地内の道を進んでいく。私が用があるのは、大聖堂ではない。当初の予定の通りに馬車を進ませていくと、後ろから「どちらに向かってますか。」だの、「そちらは大聖堂への道ではありません」などといった声を張り上げている。ふん、大聖堂などに興味はないわ。
そうこうしているうちに墓所に到着した。まだ真新しい柩の安置小屋。ターラ王は娘の為に墓石を発注していたが、その完成を待つまでの間の殯宮がここだ。
「何をなさいますか!そちらにはルミエス王女の棺が!」
「死者の眠りを妨げようとなさるのはおやめください。」
もう追いついてきたのか。
「やかましい。黙っていろ。」
馬車から降りて、安置小屋に迎い、中を改める。ふむ、これか。部下に命じて棺を開けさせる。・・・まったく、カスト大使閣下はどこからこの情報を手に入れたのであろうな。
「教皇殿。これはどういうことかな。説明してもらおうか。」
俯いていた教皇の肩がビクッと跳ね上がった。棺の中は空だった。
「そこの下郎は、死者の眠りがどうとか言っていたが、どこに死者がいるというのかな。」
下郎は信じられないといった顔で棺に駆け寄り、棺の中と教皇を何度も見返す。ほう、教皇の単独犯だったか。
「猊下。これは一体・・・」
教皇殿は下郎の言葉も聞こえていない様子だ。だが、好都合というものよ。
「教皇殿。我が国を欺き、ルミエス王女の死を偽った。これは、皇国に対する背信と言うべき行いだ。これから其方に話を聞かせてもらう。だが、せめてもの情けだ。縄は打たんでやる。連行しろ。」
わしの命令でパーパルディア皇国大使館の兵士が教皇の脇を固める。縄を打って野良仕事用の馬車にでも押し込んでやりたいが、ポクトアール提督の話もあったからな。あまり手荒な真似はすまい。
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発:第三外務局長クラウス・カルステン・フォン・カイオス子爵
宛:アルタラス王国駐箚パーパルディア皇国大使アルベール・ハイトベルグ・ツー・カスト
大使からの連絡については確かに皇帝陛下に奏上した。
そのうえで、この件は実に高度な政治的判断を有するがため、カスト大使においては、軽々に口外せぬように注意されたい。また、軽挙妄動は慎み、アルタラス情勢を一層の混乱に落とし込むことのないように、慎重にも慎重な対応を皇帝陛下は望まれているという点を充分に理解されたい。