11月17日の記事では、ユグモンテ子爵邸の箇所は・・・。
パーパルディア帝国外務大臣官房編纂『パーパルディア帝国外交百年史』
・・・専制帝政期末期のパーパルディア皇国において第三外務局長を務めたクラウス・カルステン・フォン・カイオス子爵(後のパーパルディア皇国立憲政府、パーパルディア帝国政府における首相、子の代に伯爵に陞爵)は、当時の腐敗した外交官の行動抑制に腐心していた。半ばなし崩し的に始まったアルタラス侵攻は、アルタラス国王の崩御という大事件を引き起こした。アルタラス王国の混乱に乗じて、現地のパーパルディア外交官が不当な要求をアルタラス当局に行うことで、ミリシアルとムーの反発を恐れたカイオス子爵はこれを抑止するため、特に通達を発することを決め、自身で草稿を起案した。通達草案に記載していることは、内政干渉を行わない、大使や大使館員がアルタラス当局に対して金品を要求しない、外交活動に関する本国への報告義務など少なくとも当時より列強国であったミリシアルやムーにおいては当然のこととされており、このような通達を発せねばならないところが、この時期の専制帝政期外交官の腐敗ぶりを象徴するようなものであった。
しかし、このようなカイオス子爵の努力は、パーパルディア第三外務局と言う組織によって抵抗を受けた。曲がりなりにも官僚組織が存在していた専制帝政政府であったがために、第三外務局として発する通達である以上、部署内で検討が行われた。その結果として、いくつかの修正が行われた。局長から大使及び大使館員への義務的指示となっていたのが、努力義務的指示と言う形で表現は後退した。パーパルディア皇国もまた世界の一国家であると記していた箇所は列強国
の地位を前面に押し出す形となり、外交活動の包括的報告義務を定めた個所はミリシアルとムー関連の報告義務に矮小化された。
カイオス子爵家は、この当時のパーパルディア皇国において力をもっていた門閥貴族と呼ばれる貴族集団には属してはおらず、貴族としての地位を以て通達を発布することは難しかった。これまでもこのように貴族の政治集団の既得権益を侵害するような通知や指示を阻害する事象は起こっていたが、その度にカイオス子爵は部課長と粘り強い交渉を行ってきた。その結果、実情を少しでも好転させるように動いてきたと後年述懐している。
アルタラス侵攻に際して発しようとした通達は、諸外国の目が自国に厳しくなっていたことから、時間をかけて説得するということはできず、皇帝秘書官長フリートヘルム・ゲープハルト・フォン・フォルストブルグ伯爵、第一外務局長エルト・マクシーネ・フォン・マリンドラッヘ伯爵令嬢、第二外務局長ベルトホルト・イザーク・フォン・リウス伯爵、そして第三外務局長カイオス子爵の四者会談を行い、その修正案を以て在アルタラス大使館へ通達を発することとした。この修正案は、部課長会議の第二次草案を母体とはしているものの第一次草案への揺り戻しを図った個所がみられる。二次草案において列強国の地位を強調した個所は列強国の外交慣習に沿った行動をとるべきとしてカイオス草案に近い表現に代わった。全体的に努力義務的な規定には変化はなかったが、本国の第三外務局への報告対象が明確になった。
こうして、カイオス子爵が草稿を起稿してからわずか1週間と言う異例の速さで通達は発せられた。中央歴1639年11月27日のことである。
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(第一次草案、通称「カイオス草稿」)
アルタラス王国は皇帝陛下もお認めになっている文明圏外の独立国であり、世界の諸国家もその存立に注視する点では特に注視すべき重要な国家である。アルタラス王国駐箚大使及び同大使館職員はこの意味をよく弁え、世界の諸国家の一つとしてのパーパルディア皇国と言う地位を深く理解し、外交の正道を踏み外さぬよう第三外務局は以下の諸点を通知する。
一、アルタラス王国駐箚大使及び同大使館職員は、アルタラス王国が独立国であるという点を十二分に理解し、同国政府の要職を務める者に対して内政干渉と判断される又はそれを疑わせるような内容の請求、申し出、要請、教示、助言その他表現の如何を問わずアルタラスの国政に容喙するが如き動作を厳重に慎むことを要す。
二、アルタラス王国駐箚大使及び同大使館職員は、アルタラス王国の国政に影響力がある要人をパーパルディア皇国大使館に召喚して、外交的特権又は経済上の利益の要求を行うことは公的にも私的にも厳重に慎むことを要す。即ち、奴隷、高純度魔石や金品を皇帝陛下の外務局が承認したる條約上の義務を超えて要求することについては慎しむことを要す。
三、アルタラス王国駐箚大使及び同大使館職員は、神聖ミリシアル帝国とムー王国とは第一外務局の管轄に属することを理解し、アルタラス王国における外交は彼らとの外交にも関わることであることから、事の軽重を問わず、第三外務局への報告を怠らざる様に職務に忠実たるべきことを要す。
(第二次草案、第三外務局部課長会議修正)
アルタラス王国は神聖にして不可侵たる皇帝陛下により存続が許されている文明圏外の国であり、世界の諸国家もその存立に注視する点では非常に特異な国家である。アルタラス王国駐箚大使及び同大使館職員はこの意味を深く理解し、世界の列強国の一つとであるパーパルディア皇国と言う地位を深く理解し、列強国のなすべき外交の要諦に沿った活動を行うよう第三外務局は以下の諸点を通知する。
一、アルタラス王国駐箚大使及び同大使館職員は、アルタラス王国の非常に特異な独立状態を理解し、同国政府の要職を務める者に対して内政干渉と判断されるような内容の請求を慎むことに務める。
二、アルタラス王国駐箚大使及び同大使館職員は、アルタラス王国の要人を不用意にパーパルディア皇国大使館に召喚して、過度の要求を行うことは慎むことに務めなければならない。即ち、奴隷、高純度魔石や金品の供出を要求することについては慎しむことに務めなければならない。
三、アルタラス王国駐箚大使及び同大使館職員は、神聖ミリシアル帝国とムー王国とは第一外務局の管轄に属することを理解し、アルタラス王国における外交は彼らとの外交にも関わることであることから、神聖ミリシアル帝国とムー王国に係わる案件については第三外務局への報告を怠らざる様に職務に忠実たるべきことを要す。
(第三次草案、皇帝秘書官長及び第一第二第三外務局長会議修正案)
アルタラス王国は神聖にして不可侵たる皇帝陛下により認定されている文明圏外の一国家であり、世界の諸国家もその存立に注視する点では重要な国家である。アルタラス王国駐箚大使及び同大使館職員はこの意味を深く理解し、世界の列強国の一つであるパーパルディア皇国と言う地位を深く理解し、列強国の外交慣習に沿った外交の正道に沿った活動を行うよう第三外務局は以下の諸点を通知する。
一、アルタラス王国駐箚大使及び同大使館職員は、アルタラス王国の非常に特異な独立状態を理解し、同国政府の要職を務める者に対して内政干渉と判断されるような内容の請求を慎むことに務める。内政干渉を疑われるが如き行動か否かは第三外務局へ照会し、指示を請うことに務める。
二、アルタラス王国駐箚大使及び同大使館職員は、アルタラス王国の要人を不用意にパーパルディア皇国大使館に召喚して、圧力を伴う要求を行うことは慎むことに務めなければならない。即ち、奴隷、高純度魔石又は金品等の供出を不当に要求することは慎むことに務めなくてはならない。
三、アルタラス王国駐箚大使及び同大使館職員は、神聖ミリシアル帝国とムー王国は第一外務局の管轄に属することを理解し、アルタラス王国における外交は彼らとの外交にも関わることであることから、神聖ミリシアル帝国とムー王国に係わる案件については第三外務局への報告を怠らざる様に職務に忠実たるべきことを要す。この二か国に係わる事項は第一外務局との協議の上、第三外務局より行動方針については後日指示する。
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アルタラス王国王都ル・ブリアス ユグモンテ子爵邸 中央暦1639年12月3日(木)
― アルタラス王国シモン・ド・ユグモンテ子爵
別館に押し込められて早1週間。あの日、11月17日の政府会議以来、軍部の統制が緩み、とうとうクーデタまがいのことが起こった。
王位継承の問題もあるため、国王陛下の崩御については慎重に扱うべきと私は主張していた。もちろんそう長い間隠し通せるわけではないことも理解していたつもりだ。とりあえずの中継ぎとして聖ベルナルド教皇猊下を還俗させて、王位に着けることを工作していたが、あろうことかパーパルディア皇国の連中は教皇猊下を生者を死者と偽る真似を行う、聖職者にあるまじき者として軟禁してしまった。
王位継承者は最早ホーラント王太子殿下とするしかない。だが、殿下は御年7歳。後ろ盾が必要だ。教皇猊下を摂政にすべく工作を重ねてきたが、私がぐずぐずしていると判断したのであろう、11月26日アルタラス騎士団長と海軍本部長官が兵を集めて外務局庁舎を包囲し、私を別館へと連行し、軟禁した。
翌27日、王国政府はターラ陛下の崩御を内外に宣布した。王位はホーラント殿下が継ぎ、摂政には生母メラニエル男爵夫人が就任したことも併せて告示された。メラニエル男爵夫人の摂政就任。これこそは、これこそは私が最も避けたかったことだ。
メラニエル男爵夫人の下にはパーパルディア皇国貴族が屯している。男爵夫人の出自を考えればそれは当然と言える。実家のツテと称して、パーパルディアの下級貴族や騎士爵位の者が彼女に仕えているが、上位貴族の紐付きであることは周知の事実だ。何しろ、男爵夫人の実家であるローゼンベルグ伯爵領の家臣団はパーパルディア本国より派遣されてきた貴族により中核が構成されている。ローゼンベルグ王国時代の王族や家臣団はパーパルディア皇国国内に分散配置され、相互の連絡は取れないように監視されているくらいの徹底ぶりだ。その所領もわずかばかりのものとなり、地位も下級貴族相当のものとなっている。
ローゼンベルグ伯爵領から「付き従ってきた」という貴族が真に男爵夫人の忠実な家臣と言うことを信じるほど愚かな者はいない。王家が保有するシルウトラス鉱山から産出される魔石は王家の財産として男爵夫人の下にも分配されるが、男爵夫人はそれを下賜として自分に仕える貴族に下げ渡すことがある。家臣に財産の一部を下げ渡すことは、それ自体は別段問題ではない。だが、男爵夫人の財産は、下げ渡しによりパーパルディア貴族のほしいままに切り分けられ、自己の荘園の魔道具に廻すことにも事欠くさま。
このような状況下で、男爵夫人がアルタラス国王の摂政に就任する。アルタラス王家の財産そのものが侵食されることは間違いない。ああ、恨めしいことだ。
結局、海軍本部長官達の言のほうが正しかったというのだろうか。ミリシアルがアルタラスをパーパルディアの勢力下におくことはないと思っていた。だが、今に至るまでミリシアルが強硬にパーパルディアに迫ったという話は聞いていない。モルダウ長官は、ミリシアルとパーパルディアの距離は長い。なるほど、正面戦力でいえばミリシアルはパーパルディアよりも強力だ。だが、距離の長大さは補給を困難にする。ミリシアルが軍事行動を起こして迄アルタラスを助けるはずがない。もし補給計画が失敗したら。そう思えば、ミリシアルの腰が引ける形となるのは明白だ。
彼らはそう言い、ミリシアルの介入を頼みとしていた私を政府から追放した。おまけに摂政政府は、アルタラス向けの魔石取引量を増量した。パーパルディア向けの貿易量を減らし、その分をアルタラス向けに増やしたのだ。私は理解した。ミリシアルとパーパルディアは何かと言いながら裏で手を組んだのだ。しかも、輸入魔石量の減量という形でパーパルディア本国は身を削った。高品質の魔石は取扱いが難しい、ゆえに採掘量の増産はなかなか難しい。それは、パーパルディア本国の魔法技術を持ってしてもと考えていたが、ひょっとしたら増産も難しい話ではないという話なのだろう。増産までの間は、アルタラス王家の保有する分を横流しするつもりなのだろう。そうして、摂政政府はパーパルディア本国と結びつき、シルウトラス鉱山の経営にパーパルディア本国を巻き込むつもりなのだ。
ああ、なんということか・・・。我が国の希望は、ルミエス王女しかおられない。だが、彼女の消息は聞こえてこない。駐日公使からも駐満公使からもまだ彼女が日満両国のいずれかに入国したという報告は届いていない。彼女が故国の情勢を知ればきっと行動を起こすと思うのだが・・・。