パーパルディア皇国皇都エストシラント 第三外務局 中央暦1639年12月6日(日)午後
― 第三外務局長クラウス・カルステン・フォン・カイオス子爵
我が屋敷に昨夜、トーパ王国のアルホ大使の使者がやってきた。至急、できれば明日にでも、私との会談をお願いしたいということであった。尋常な話ではない。文明圏外の大使が、安息日に会談を希望するなど私以外のパーパルディア貴族であれば、門前払いの扱いを受けてもおかしくはないほどだ。
使者が持ってきた書状には会談の内容が、魔王復活についての援軍要請ということであった。おとぎ話をするために至急の会談を望むなどトーパ大使の気がふれたとしか言いようがない。始めはそう思った。だが、トーパ大使の気が触れていないとするのであれば、私の現状認識は誤りということになる。少なくとも、トーパ大使のアルホは魔王復活が尋常のものではないと判断しているということになる。何万年も前の古代の、文明水準は今と比較にならぬほど前の魔族の侵攻を何故気にしているのか。少なくとも話だけでも聞いてやらねばなるまい。あの国も最近日満両国に接近していると国家戦略局のミクリッツ男爵からの報告もあった。少しは歓心を買う必要があるだろう。
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ふむ・・・。だいぶ緊張しているな。たかが、おとぎ話如きというのはやはり間違いなのか。
「至急会いたいということであったからな。安息日で給仕もおらぬ故もてなしも難しい。」
この通り茶ぐらいは出させてもらうと言い、我が家の執事の一人がティーカップを置いて部屋の外に出ていった。全く、困ったやつだ。文明圏外の大使がパーパルディア貴族の私を安息日に呼び出したのが気に入らぬのだろうが、あろうことか他国の大使を睨むような真似をするとは。トーパ大使の緊張もほぐれぬではないか。
「それで、詳しい話を聞かせてもらおうか。魔王復活と援軍の要請ということであったが・・・」
「はい。お時間をくださりまして、どうもありがとうございます。本国から昨日入ってきた魔信でございます。」
アルホ大使の話は、昨日の使者の話を詳しくしたものでしかなかった。要は、他国から攻められたので援軍を乞うと言う話でしかない。さて、何としたものか・・・。
「その、アルホ大使。私には卿が、いやトーパ本国がなにを危惧しているのかよくわからない。」
私は昨夜考えたことを伝えた。世界は進化している。あのころにはなかったはずの魔導砲などの強力な武器も存在している。魔王は封印されていたという。ならば、魔王の時間は数万年停まっていたはずだ。数万年の文明発達のアドバンテージがあるではないか。アルホ大使は私の回答に驚きつつも、答えた。
「おっしゃることは道理とは思いますが、我が国にはその魔導砲もワイバーンも戦力としてございません。特に文明圏外各国が持っているワイバーンも我が国の気候では生息できないため、対魔王戦は苦戦が予想されております。何卒、パーパルディア皇国のご支援をお願いしたい。」
なるほど。そうであったな。魔導砲などの我が国にも脅威になり得る兵器や魔道具は輸出していなかったな。これは何としたものか。参戦自体はよい。ここで、しっかりと恩恵を示すことで、国威を示せることは、今後の第三文明圏での我が国の地位を示すことに繋がる。だが、大使は知らないのであろうか、それとも忘れているのか・・・。
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パーパルディア皇国駐箚トーパ王国大使 エルッキ・イルッカ・アルホ
なんということだ。パーパルディア皇国は魔王の恐ろしさを理解していない。伝承の通りならば、魔王単独で遅くべき魔力量を持ち、高位の魔導士であっても人間では対抗しえないはずだ。それなのに・・・。
「ただ、他国から攻められたので、皇国に救援を求めるという話ならば分からんでもない。」
「そ、それは・・・。」
「うむ。我がパーパルディア皇国は第三文明圏の盟主たる存在だ。トーパ王国は長年の間、我が国が保護してきた国である。その被保護国から救援を求められれば、それに応えるのが保護国としての義務であろうと私は考えている。」
おお、魔王に対する脅威は共通認識の確認まではいかなくとも、パーパルディア皇国は救援を行ってくれるということか。本国の指示には反した形となっていたが、奴隷の供出をすべて断るということをしなくてよかった。満洲国が奴隷貿易の片棒を担ぐということはできないといったということで、実際の供出は遅れてはいるが、完全に手の平を返すことにならなかったことがよかったかもしれぬ。これで、会談の首尾は上々と言える。
「だが、今の状況では難しかろう。」
な、なんということだ。そこまで言っておいて、手の平を返すと言うのか。
「な、何故です。我が国はこれまでパーパルディア皇国に尽くしてきました。カイオス閣下もそのことは今おっしゃっていただけたではございませんか。」
やはり、奴隷の供出量を削減したのがいけなかったのか。そう思ったが、カイオス局長は眉をひそめた。何だ、何だというのだ。
「気づいていないのか?よろしい、いささか実務的な話になるが、援軍を送り出すとして、いったいどういう形で送るのだ?」
「え、そ、それは陸路、いや、それでは時間がかかります。ならば、海路で・・・」
私が答えると、カイオス局長は、ふーっと溜息をついた。
「なるほど。トーパ人とパーパルディア人との間ではやはり魔王に対する脅威の認識が違うのだろうな。これほど慌てているとは、やはり、認識に相違があるということなのだろうな。」
どういうことだ。
「まず、パーパルディアから陸路でトーパを目指す場合だが、この通り道には、卿も存じているだろうが満洲帝国がある。そして、海路で目指す場合だが、以前は確かに航路があったが、現在では航路上に大日本帝国の領土が存在している。海路でトーパを目指すとなると、以前はリーム、マオの沿海を通って、トーパに至っていたが、現在、同じようなことをしようとすると、満洲の沿岸、日本の朝鮮半島の西海岸を南下して、対馬海峡を横切り、同じく朝鮮半島の東海岸を北上して、マオの沿岸を通過するという形となる。聊か遠回りとなるうえに、途中で補給ということも難しい。あるいは、フェン国に我が軍の基地がある。そこを補給地にすれば若干の短縮にはなるが、それでも、マオまで無補給で行くとなると、いささか厳しい。そうなると、陸路で移動ということになる。」
「ならば、陸路でお願いできませんか。途中での補給については、マオ王国と満洲国に我が国から連絡を行います。」
「残念だが、その満洲国と我が国は正式な国交を結んでいない。」
あ。そうだった。日本側も満洲側も半年以上も前に国交を交わしていたので、当然のように思っていたが、パーパルディア皇国は日満両国と未だに国交を有していない。皇国の内部事情は極めて複雑な状況にあり、自国以上の強国と接触するということを拒んでいるということらしい。おそらくはカイオス局長はこの一派には組していないだろう。国交を結んでいないと言った時の苦い顔がそれを物語っている。
「しかし、それでも、魔王の復活は世界の危機です。軍の通過の交渉をお願いできませんか。」
私がそう食い下がると、カイオス局長はまたしてもふーとため息を漏らした。
「国交を結んでいない状況で、他国が軍を通過を許すと?一笑に付されるがオチだとなぜ気づかぬ?それとも気づかぬふりをしているのか。」
む・・・。それは、確かに・・・。だが。世界の危機ではないか。
「おそらくだが、満洲国も日本国もそのあたりの危機感は薄いと私は考える。かの両国は転移国家だというではないか。この大陸に生を受けた私が卿のいうような魔王の脅威とやらに共感していないのだ。ならば、転移してきて一年もたっていない彼らが同じように卿等の認識に共感できるとは思えん。もちろん、彼らとて他国の救援のために、軍を動かすことはあるだろう。それはロデニウスでの騒乱でも理解できる。だが、他国への救援の為に、知らない国の軍隊を通過させるようなことはないだろう。」
そ、そうかもしれぬ。だが、魔王の脅威は、伝承の通りならば・・・。
「どうであろう。日満両国に援軍を頼んでみては。そしてだ、いつまでもこのような状況が続くのは、今回の件を見てもよいこととは思えぬ。だが、我が国が日満両国と正式に接触するのは、いささか面倒だが、今少し時間が必要だ。それを少しなりとも短縮するために、観戦武官の派遣を受け入れてはもらえぬだろうか。」
むう・・・。こちらが、要請に来ていたはずなのに、逆に要請をされてしまうとは・・・。だが、観戦武官の申し出は自体はおかしな話ではない。カイオス局長の意図とは違うが、皇国が我が国に興味を持っていることは間違いないと言える。魔王の脅威を認識してもらえば、遅くなっても援軍を引き出すことができるかもしれぬ。