大日本帝國東京都千代田区霞ヶ関 外務省 2675(平成27・2015)年12月7日(月)
― 外務省中東阿弗利加局一等書記官勧修寺則英
昨日、トーパ王国駐箚の公使から重要な報告が届いた。
『トーパ王国は12月5日朝、突如として北東部国境より以北のグラメラウス大陸と呼ばれたる地域からの他国軍大軍勢の侵攻を受く。北東部国境に配置される警備隊は、該地に構築されたる防衛城壁「世界の扉」を拠点に防戦したるも衆寡敵せず、ほどなく壮烈なる戦死を遂げたりと報告あり。トーパ王国は、騎士団を北東部の緊要地トルメスに緊急派遣せり。該都市は、堅牢なる城壁を設けたる城塞都市にして、北東部国境より続く街道上にあり。若し該都市を奪取さるることあれば、敵の軍勢はトーパ王国内になだれ込み、トーパ王国は滅亡の危難に遭遇するとの価値を持つ国土防衛の要たる所とのことなり。既にトルメスに於てトーパ王国軍は応戦中なり。
予は、トーパ王国外務卿より援軍派遣の要請を受く。もしトルメス陥落せば、王国首都のベルンゲンもたちまちに壊滅の危機に瀕す。斯くならむとする前に、公使館職員の安全に責を負う予は公使館閉鎖を決断し、直ちにトーパ王国より避難せざるを得ず。
公使館駐在陸軍武官は、直ちに本国参謀本部に宛てて事態を通報したり。駐在武官は援軍の派遣を依頼したる旨予に報告しあり、トーパ王国を見捨てての公使館閉鎖は敵前逃亡と同義なることを頑として申し入れたり。御稜威を汚すが如きは元より予としても受け入れられぬことは同感なることを伝え、その場を収めたるが、公使館の閉鎖又は業務続行か、いずれにしても本省の意向を直ちに通達されたく、此の旨請訓致し候。
なお、トーパに侵攻したる軍勢は復活した魔王なるとのことにて、詳細は駐日トーパ公使よりお聞き入れ願い度別段申し入れ候。』
当直職員は直ちにトーパ王国を所管する秀島中東阿弗利加局長と山井中東阿弗利加局第一課長にこの報告を知らせた。また、参謀本部作戦課長、編制動員課長からも連名で当該紛争へトーパ側に立っての介入の賛否、賛成なら緊急にトーパ王国内での陸軍軍人の身分保障についての地位協定の締結を依頼された。更には、駐日トーパ公使から緊急での面会依頼がはいった。通常は、下級の役人が事前に様々な調整を行い、徐々に上に話が進んでいく。始めから公使自らが動くというのは確かに尋常ではない。まずは、山井中東アフリカ局第一課長が駐日トーパ公使館職員と面会する運びとなり、山井課長がトーパ公使館を訪れて、情報の調整が行われた。
そして、本日、世間はムー国との国交樹立のお祝いムードの中、我が中東アフリカ局の職員は緊張した趣でその時を待った。
「トーパ公使のお車正面玄関に着きました。」
「諸君、行くぞ。」
秀島局長は掛け声を発しながら席を立つ。公使のカウンターパートは本来大臣だが、あまりにも事前調整がなされていない。トーパ側は公使自らが応対に臨むことを希望している。救援の使者ということで、そのあたりには配慮せざるを得ない。従って、外務次官が対応することとなり、秀島局長、山井課長、そして中東阿弗利加局参事官たる一等書記官である私が臨席することとなった。
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― 大日本帝國外務次官伯爵松平頼信
正直意味が分からんと言う思いはある。トーパより北にある大陸は不毛の大地であると聞いていた。何万年も前のおとぎ話に魔王というのがいて、フィルアデス大陸に侵攻してきた。何らかの事実が根拠となった寓話程度に考えていた。エルフや獣人、魔法と言ったテレビゲームに出てくる存在に触れていながら、魔王という存在にはテレビゲームの話であるまいにと考えていた。まあ、魔王と言う存在が、それこそテレビゲームに出てくるような絶対悪の存在ならば問題はないだろう。だが、魔王という存在については分からないことが多い。魔王とは知的生命体と言う話もある。ならば意思疎通が可能ではないかと言う疑義は当然に生じる。そこから交渉が可能ではないかという話も当然に生じる。トーパとは軍事同盟関係にはない。その状態で片一方に味方するというのは適切な話ではない。まずは情報収集だ。
「ヒエルぺ閣下の申し入れについては理解いたしました。しかし、軍を派遣するというのは簡単なお話ではありません。」
そのあたりはトーパ公使も知っているだろう。加えて我が国の軍の状況は報道でも出ている通り、いささか混乱している。これが単なる防衛出動と言うのであれば話は別だが、攻勢も含めた出動と言うのであれば、あまり無理はしたくないというのが軍中央の本音だろう。
「本国は、貴国とはこれまで経済的な関係で交流と続けていました。政治面で、特に軍事面での交流はございませんでした。その前提で言いますと、貴国が兵を派遣されることに戸惑われるのは無理もありません。しかし、これは、世界の危機であることをご理解いただきたいのです。」
世界の危機ときたか・・・。まあ、悪い話ではない。ここでトーパに協力することで、彼の国を大東洋共栄圏に引き込むことができれば、帝国の北方の護りに寄与することは間違いない。樺太よりも北部に位置するトーパ王国をしっかりと固めることができれば、安全となろう。それにしても、トーパ王国よりも北部に住民がいて、これまで全くの没交渉であったのにもかかわらず、いきなり、何の前触れもなく攻めてきたというのだから恐ろしい話だ。ひょっとすれば、千島の方からの侵攻も考えておく必要があるかもしれぬ。まあ、既に軍部が哨戒に動いているだろうが、まずは、理性的な接触が図れぬものだろうか。
「閣下。閣下も半年以上我が国に滞在されておられるので、ご理解いただけると思いますが、軍隊の海外派兵には原則として帝國議会で議決された、軍事費用の支出について規定した特別会計法を制定する必要があります。通常会の召集は来月の頭に行われます。来月の頭までに臨時軍費特別会計の法律を作成できるように関係各省に対して外務省よりお願いをしたいと思います。とはいえ、閣下。我が国には軍事派遣に対して現在は慎重な世論があります。従って、絶対ではないとご承知願いたく」
「お待ちください。来月では、相月では、我が国は、我が国の国民は全て殺されてしまいます。魔王は、魔王とその部下の魔獣は、我々人類を食糧としているのです。なにとぞ、なにとぞ、早急な日本軍の派兵を・・・」
「は?」
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― 大日本帝國駐箚トーパ王国特命全権公使 ソイリ・ヒエルペ
事態は急速に転換した。それは紛れもなく、私のあの一言が転換点であった。
「松平次官より話は聞きました。貴国に侵攻している軍勢は、人間を喰うということですが、それは本当ですか。」
徳川外相がアポもなしに緊急の面会に応じてくれた。公使という一国の外交使節長の交渉相手は、国家元首や首相や外相と言った国のトップが務めるというのが常識であるが、それはこの国―日本国でも同じだった。ただ、外交交渉はほんらいであれば、事務方で話を練って、上の人間に話を挙げていく。我々公使の出てくるのは最後の最後というのが多い。下手すれば、儀式的な最終確認だけで終わることも多々ある。今回は緊急の、それも高度な突っ込んだ要請をするということで、日本側は、事務方のトップの外務次官が出てきてくれた。
松平次官は、当初は、正規のルートで話を済ませようとしたのだろう。だが、私が魔王は人を喰うという話をした結果、相手方は皆おぞましいというようにひきつらせた表情をしてあわただしく動き、こうして外交のトップである德川外務大臣と緊急の面会をセッティングしてもらったということだ。日本側は対応を変えた。この機を逃してはならない。
「過去の伝承によれば間違いなく。それに伝承の通りでなくとも、オークやゴブリンと言った魔獣は人を食べます。これは、近年にも世界の扉を超えて、行動した冒険者などからもたらされた情報でも確かです。」
「なんとおぞましい・・・」
德川外相の顔に嫌悪の表情が浮かぶ。外相の隣には松平次官が座り、その周りには、秀島局長を始めとした外務省の人間が立ったまま控えているが、彼らもまた同様に顔をしかめている。
「まさか、ゲームと同じような敵キャラがいるとは。」
「実感がないこととは思います。私もこの国で、ドラゴンクエストなどのゲームに多少は触れました。ゲームの世界と言う存在についても理解しています。しかし、エルフやドワーフ、獣人と言った存在もそのゲームの中におりましたが、それらは紛れもなくこの世界におりますことは皆さまご存じともいます。」
私がそういうと、彼らは黙り込んだ。エルフやドワーフがいるなら、ゴブリンやオークもいてもおかしくはない。しかし、この国のゲームとやらはすごい想像力だ。何のつながりもなかった元の世界の日本国に彼らのような存在をしっかりと表現しているとは恐ろしいことだ。
「やむを得ん。そんな連中をのさばらせておくわけにはいかん。軍部に早急に依頼して北部軍の即応混成聯隊を急派してもらおう。」
「そうですな。首相に至急連絡して、臨時軍事費については緊急勅令を発してもらいましょう。」
やった。やったぞ。日本軍の派遣を引き出した。これで勝った。
「しいては、ヒエルペ公使。至急、我が軍の派遣を貴国に受け入れていただくため、日本陸軍の軍人の貴国国内での身分的な地位に着いての協定を協議したい。そちらの事務方をこのまま残らせてもらえるか。」
「もちろんです。私は、今回の交渉について本国に報告し、受け入れ準備を進めてもらうように本国と交渉します。」
「頼みます。こちらもできる限り支給派兵できるように調整を進めます。」
徳川外相が手を出してきたので、私もしっかりと握り返した。これから忙しくなる。まずは、アールバラからベルンゲンへの街道だ。我が国にたどり着くためには、船で来ることになるだろう。北部軍の即応部隊を動かすと外相は言っていた。そこからなら船で移動するに相違ないはずだ。